最終話 ザ・ウィッチ・トゥック・オフ・ヒズ・ドレス

前回のあらすじ


着せ替え人形にされる未来とファッションショーに興じる紙月。

楽しもうという姿勢の有無だけが違いであった。あるいは性癖。






 森の魔女紙月のファッションショーもといロザケストの依頼は、二週間と少しでようやくひと段落ついた。

 冬が本格的に深まり、事務所から出るのが本当に億劫になるころだったが、職人たちはむしろ活気をいや増しており、寒さなどまるで受け付けないような熱気をもってして、二人のアイテムから仕入れた様々な知識を整頓し、再現しようと躍起になっているようだった。


 ぶっちゃけた話、紙月の衣装をもとにデザインを発展させたところで、帝都には紙月以上の衣装持ちであった《選りすぐりの浪漫狂ニューロマンサー》の一人オデットがアイドルグループ《超皇帝》とやらで活躍しているらしいので、紙月としては勝ち目はないと思っている。

 さらに言えばそれをサポートしているのが帝都の産業を発展させまくったであろう錬三であるのが駄目押しである。地盤が違いすぎる。


 それでも依頼に応えたのは、依頼料が良かったのもあるが、ロザケストの職人としての腕前に期待したというところがある。

 オデットには多彩な衣装があり、錬三にはそれを大量生産させる工場があるだろう。しかしこの二人にはおそらく、新しい何かを生み出すセンスはない。既存のものを使い回しているだけだ。


 だからこそ、同じ材料を与えて、全く違う感性で何かを生み出せるかもしれないロザケストは、もしかしたら本当に西部に栄光をもたらせるかもしれないのだ。


 まあ、深い意図があったわけではなく、なんとなく、そうなったらいいな程度のものだが。

 古槍紙月は、いつだって誰かの一番を見上げてきたのだから。


 別に長旅をしたわけでもなく、激しい戦闘があったわけでもなく、山場もなければ落ちもないような二週間であったが、未来はなんだか無性に疲れた気持ちで、ようやく解放された喜びにほっと溜息も漏れたものだった。

 喜んでファッションショーを見せつけていた紙月にしても、日々厳しくなる寒さには辟易していたようで、ファッションセンスの欠片もない、おしゃれ心を部屋の隅に放り投げた厚着でもこもこに着ぶくれてようやく人心地ついたようだ。


 単純に力技やごり押しでどうにかなるようなものでもない、慣れない仕事に二人はすっかり気疲れし、ロザケストに契約完了のサインをもらうなり、事務所の暖炉前に陣取って丸くなり、ひたすらそのぬくもりにとろけることを選んだ。

 そして依頼料が良く懐も温かくなったので、そのまま自主休暇に入りずるずると怠惰に過ごすことに否やはなかった。


 この寒い中も外で仕事をしてきたり内職に励んでいた冒険屋連中からすると、働きもせずにこいつらは、という気持ちにもなるようだったが、苦労や疲労の種類が違うのであって、労働であったことに違いはない。

 まあそうでなかったとしても、森の魔女印の火鉢魔法を愛用している連中に文句など言えようはずもないのである。

 夏になったら覚えていろよなどとこぼす連中にしたって、おそらくその頃には森の魔女印の便利な冷房魔法が売り出されて飼いならされるに決まっていた。


 しばらくは何にもしないことを決めて、つまりはいつも通り過ごすことにして、二人はもこもこに着ぶくれたままぼんやりと暖炉の火を眺めていた。

 火は薪をチロチロと舐めながら赤々と燃えており、その揺れ動くさまは、じっと見続けていてもまるで飽きないような気がした。実際には、未来などは割とすぐに飽きてくるのだけれど、隣の紙月は暖炉前から動く気がないので、未来は隣のぬくもりを枕代わりにうとうとすることにしている。


 暖炉傍の揺り椅子では、もう百年以上ずっと揺り椅子に揺られているのではないかと思わせるほどにその場に馴染み切った、一等年寄りの暖炉番の老冒険屋が、歯抜けの口元を時々もごもごさせたり、短いいびきを漏らしたり、そして思い出したように目を開いては、薪を放り、火箸で整え、そして再び背景に沈んだ。


 ぱちりぱちりと薪のはぜる音は、なんだかひどく眠りを誘う。

 木の燃える匂い。揺れるぬくもり。単調なリズム。それに寝かしつけられそうになりながらも、未来がうとうととぐうぐうの合間くらいで何とか意識を保っているのは、暖炉から漂う甘い香りに意識を向けているからだった。


 暖炉番の老冒険屋が、北部の林檎ポーモが安く入ったからと、蓋つきの鉄鍋に乳酪ブテーロなどと一緒に放り込んで、暖炉の火に突っ込んで焼いてくれているのだった。

 冬場は半分死んでいるこの老冒険屋は、それでも未来を孫のようにかわいがってくれており、夢から片足を引き上げている時は、こうして何くれとなくよくしてくれるのだった。


 あまり親戚付き合いがなく、祖父母の思い出も少ない未来としては、この独り身の老人の優しさは何とも言えずくすぐったく、そしてほの暖かく感じられるものであった。


 二人がそうして、暖炉のぬくもりを入り口に、夢の世界の入り口辺りでふらふらしていると、若い冒険屋が二人あての荷物だと言って、大きめの包みを寄越してくれたので、いくらか目が覚めた。

 何かと思えば、それはロザケスト工房からだった。正確に言えば仕立屋組合からの名義で、二人が報酬として要求した衣服が何着か仕上がったので、届けてくれたようだった。


 未来はもともとファッションセンスを磨く以前の段階だったし、こちらの世界のファッションもいまいちわからないので、単に動きやすいものをと注文していた。

 開いてみると、未来の好みに合わせてあまり派手すぎず、少しかっちりとしたフォーマルなスタイルを残しつつも、子供が走り回ることを前提にした丈夫な造りとなっていた。


 冬場に合わせたコートは、少し大きめに仕立ててあったが、これはすぐに大きくなるからという未来の要望と、仕立屋の冷静な予想の折衷案だった。

 早速コートを羽織ってみたが、なかなか着心地が良い。

 生地はいいものを使っており、仕立ても良い。その癖、見た目はあまり金がかかっているようには見えないので、悪目立ちしない。裏地はその分しっかりしているので、暖かさも文句ない。


「紙月はどんなのだった?」

「おう、大学で着てた感じのを頼んでな。着替えてくるから、ちょっと待ってろ」


 紙月は包みを抱いていそいそと部屋に向かい、そうして戻ってきた姿は、日頃見る森の魔女とは全く違うスタイルだった。未来はもちろん、居合わせた冒険屋たちもおやっと目を見開いた。


 首元まで柔らかく覆ったゆったりめのタートルネックに、シルエットにふくらみのある暖かそうなカーディガン。紙月の足の長さがよくわかる綿のスキニーパンツが、上半身のふくらみと合わせて自然なVラインを描いていた。

 元の世界では見かけることのあった着回しではあるけれど、帝国ではこれは結構斬新なデザインであるらしく、ロザケストからの手紙にも面白い挑戦だったと記され、冒険屋たちも珍しそうに眺めていた。


 普段は、毎朝装備として塗っている黒のリップ、《アモール・ノワール》をはじめとした化粧品系の装備も外しているからか、なんだか顔つきも違って見える。化粧している時の顔は、はっきりとした見た目で少し派手な感じがするが、化粧を落とした今は、年相応の柔らかくあっさりとした雰囲気がする。

 風呂に入る時も見かけることは見かけるのだが、こうしてきちんと服を着た状態ですっぴんを見るのは、初めてかもしれなかった。


 来たばかりの頃より伸びた髪は緩くまとめて肩口から垂らしており、着飾らない、気の抜けた感じでもあった。


 ファッション誌の表紙にでも載っていそうな仕立ての服を身にまとい、どうだとばかりに無邪気な笑顔を浮かべて、紙月は暖炉の火に照らされて胸を張った。


「どーよ? こうすりゃ俺も立派な男子大学生って感じだろ?」


 余り気味の袖から覗く指先がピースサインなどを向けてくるのをしり目に、未来はそっと優しく微笑んだ。


「……うん、とっても似合ってるよ、紙月。ああ、そろそろ林檎ポーモが焼けそうだ」


 露骨に話題をそらす未来は、コケティッシュという言葉をまだ知らない。

 火箸で引き揚げられた鉄鍋から、林檎ポーモの甘い香りが、途端に広がるのだった。







用語解説


・コケティッシュ

 心をひきつけ惑わす、なまめかしく色っぽいなどを意味する。

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