第十四章 フーズ・ゴナ・ノック・ザ・ドア?
第一話 冬至祭
前回のあらすじ
もはや男装が似合わなくなってきた女装ハイエルフママ男子であった。
日一日と日が短くなり、一層寒さの深まる頃。
しかし帝国西部スプロの町は、それまでの寒さに凍えるばかりの静けさとは裏腹に、活気に満ち溢れていた。そしてそれはスプロの町ばかりではなく、西部の町という町、村という村、そしてまた帝国の他の地域においても同じようなものであった。
遥か地の果て北の果て、辺境においてもそれはきっと変わらないことであっただろう。
地竜殺しをはじめとした数々の逸話を短期間で積み上げてきた、生ける
などという大層なうたい文句とは裏腹に、毎日のように寒い寒いと愚痴っては暖炉の前を占領する肉の薄いハイエルフとちびっちゃい獣人、森の魔女こと古槍紙月と、盾の騎士こと衛藤未来。彼らもまたその妙な活気と熱気に気づいた。大分遅まきながらに。今更に。仕方ない。寒いから。
「なんかこう……賑やかになってきたよね」
「だなあ。寒いのになあ」
まだ日も登りきらぬ頃から、人々の賑わう声が《
と言っても単に日の出の時間が遅いだけで、帝国時間としては十分に朝と言ってよく、職人たちなどはとうに朝飯も済ませている頃合いだが。
「おいおい、暢気なもんだな。かきいれ時だぞ」
「ええ? 冬場にィ?」
「行事がありゃ仕事もできらぁ」
「行事?」
帝国の世情一般に関してことごとくうとい異世界転生者二人に、壁掛けのカレンダーを指示したのはハキロである。
ハキロは髭の似合わない、いまいち貫禄の足りないおっさん一歩手前の半おっさん冒険屋だったが、気はいいし面倒見も良かった。そのために常識知らず二人の面倒を見る羽目にもなるのだが。
そのハキロはカレンダーの、何日か後の日付を指さした。赤字で記されているのは今月、つまり十二月の二十四日と二十五日だった。
「もうすっかり年も暮れて
「
「まさか
「魔女のしきたりにゃあないんでね」
「便利な言葉だよ全く」
恐ろしく世間知らずな二人に、しかし慣れてしまっているのが悲しいところである。何しろ伝説の始まりである地竜殺しからしてどうこうしてしまったハキロだ。大抵のことでは呆れはしても驚きはしない。だからと言って好き好んで呆れたいわけでもないが。
別に紙月と未来もハキロを困らせたり呆れさせたいわけではないし、おっさんの困り顔や呆れ顔には何の需要もない。しかし異世界常識でわからないことがあったときに尋ねる窓口が固定化していた方が便利だし、散々異世界ガイドとして使い倒してきたのだから今更気にしなくてもいいかななどとふてぶてしく思っていたりもする。
それが図々しい顔から察せられてなお相手してやるのだからハキロも大概お人よしだが。
「
クリスマスじゃん、と呟いたのは紙月である。
「地域によって違うが、二十五日に贈り物を交換するな。子供にゃあ、いい子にしてたらアヴォ・フロストっつう赤い服着た爺さんが玩具や菓子をくれるとか、逆に悪いことするとさらわれるぞとか言うもんさ」
サンタだ、と呟いたのは未来である。
「あとは、なんだ。ああ、ほら、あれだ。挨拶状も送るなあ。友達に、遠くの家族とか親戚、仕事相手とかに。既製品のさ、きれいな絵が描かれたやつとか結構出回ってるだろ。知ってるか? 今年はお前らの絵柄も出てるんだぜ」
年賀状のことかな、と未来。
クリスマスカードだな、と紙月。
そう言えばここ数日は
説明しているうちに興が乗ってきたのか、ハキロも思いつくままに語り始める。
「そもそもの起こりはよく知らん、っていうかどこも勝手に起源を主張してるな。それぞれの神殿で、勝手に祝ってる感じだ。大体一緒だしな。良く聞くのが、冬至で一年で一番日が短くなって、それからまた日の長さが伸びてくから、衰えた太陽の力が増していく、つまり太陽神の再生と復活を祝うって話だな」
「それで」
「おう?」
それからそれから、と雑学豆知識を披露し始めそうになったので、このあたりで切ってやる。
「
「そりゃお前、人が活発に動きだしゃあ、人手も必要になるし、面倒ごとも増えるだろ。そうなると俺達冒険屋の出番だ」
「雑用に力仕事、用心棒ってわけだね」
「そうそう、ミライは物分かりがいいな」
「俺たちそのどれにもお呼びじゃないらしいんですがね」
「まあ、お前らを用心棒にしたら店ごと消し炭になりそうだが」
失敬な、というには確かに火力過多なのは自覚している紙月である。
おかげさまで仕事があまり入らないから、せっかく稼いだ金も減る一方なのだ。
おまけに寒いから外に出たくもないし、何事も面倒くさいので、やる気も減る一方だ。
「まあ冒険屋としての仕事はお前らにはないかもしれないが、一年の締め、仕事納め前の最後の一仕事だ。お前らばっかり遊ばせとくわけにはいかん」
「とはいえ、俺らに何しろってんです?」
「大掃除に、買い出し、飾りつけ、事務所の雑用だけでも人手はいくらあっても足りないさ」
「うへえ」
「もちろん、働かせるだけじゃあねえよ」
早速げんなりしてみせる紙月に、ハキロはなだめるように笑ってみせた。髭は似合わないが、笑顔は愛嬌のある気のいいおっさんである。貫禄は足りないが。
ハキロによれば、当日はもとより、すでに広場では着々と祭の準備が進んでおり、それで集まった人々を相手にした出店や屋台も数多く出ているという。
冬至祭の飾りや道具、祝いの酒や、料理の材料、そしてもちろん心地よく飲み食いできるような屋台。また冬至祭の記念品や、特には関係ないけれどお祭りの雰囲気に乗せて在庫品を処分しようという商売熱心な連中の年越しセールが盛大に行われているという。
こういった商いが、当日ほど賑やかではないにせよ、すでに結構な規模になっているらしい。
引きこもりの紙月はさっぱり気付かなかったが、この寒い中も毎日ジョギングしている未来は、あれそう言うことだったんだと納得の顔である。
「ジョギング中に買い食いしてたら意味ないと思って気にしないようにしてたんだよね」
「お前そう言うとこ真面目だよなあ」
しかしそう言う屋台が出ていて、公然と祝日扱いで楽しめるというのならば、話は違う。
酒飲めるな、とご機嫌なのは紙月で、何食べよっかなと思いを巡らせるのは未来である。
その前に仕事しろ、というハキロの小言はできれば聞きたくない。
「まあ、仕事さえすりゃ酒でも飯でも好きにしろ、って言いたいけどよ」
「なんです?」
「お前ら、酒だの飯だの、冬の間そればっかりで太ったんじゃないか?」
秋に引き続き、冬も、太る季節である。
思わず互いを見てしまうのもむべなるかな。
「僕は毎日運動してるし」
「それ以上に食ってる気もするがなあ」
「僕より紙月じゃない?」
「俺はそもそも量を食えないからな」
「お酒も太るよ」
「うぐ」
「度数高いのばっかり飲むし、脂っこいものとかチーズとかおつまみにするし、塩辛いの食べたら甘いもの欲しくなったとか言うし、甘いの食べたら塩辛いものとか言うし、際限なく飲むし」
「うぐぐ」
「太るよ」
「は、ハイエルフは太らない」
未来の手がすっと伸びて、厚着した紙月の脇腹をつまんだ。
むにり。
それが答えだった。
「……働くか」
用語解説
・カレンダー
紙月たちはあまり気にしていなかったが、帝国の暦は一年を三百六十五日と定め、おおむね四年に一度閏日を定めている。ひと月はおよそ三十日間。二月は通常二十八日で、閏年に閏日が加えられ二十九日間となっている。
また一日は二十四時間。
どうやら神々が別のワールドのシートを流用するか、手を抜いたらしい。
・
冬至、つまり一年で一番日が短い日、そしてそこから再び日が長くなっていくことを祝う祭とされる。
北半球にあるらしい帝国でも冬至日はおおむね十二月二十二日前後なのだが、なぜかそれを過ぎて二十四日の夜、二十五日を
その起源や歴史には諸説あるが、帝国においては初代皇帝が定めて以来、法的に祝日とされ、戦争行為を慎むよう法律が公布された記録が残っている。
プルプラちゃん様の仕業なのかは定かではない。
なお聖王国には
・アヴォ・フロスト(Avo Frosto)
赤衣をまとった謎の老爺の言い伝え。起源不明。民俗学者も突然湧いて出てきたと頭を悩ませる存在。
角の生えた四つ足の馬にそりを牽かせて空を飛び(!?)、二十四日の深夜に飛来し、良い子供には玩具や菓子を与え、悪い子供には罰を与えたりさらったりするという。
さらに学者たちを悩ませるのは、毎年その存在の観測や捕獲を目的に作戦が練られるも、一度も捕まえられず、そのくせ姿は見せることがあるという点である。証拠はないが見たものは多いという、たちが悪い怪異。
・挨拶状
帝国では
絵葉書のように絵の描かれたものや、開くと立体的に絵が立ち上がるもの、金のかかったものでは金箔押しのものなども。
他の時期には送らなくても、
・太陽神
太陽の神クルートサンク。
太陽を司る神。または太陽に遣わされた神獣、太陽に祝福された神使などとされる。
三本の足を持つ燃え盛る巨大な鶏の姿をしているとされる。
伝説によれば、朝になると心臓を自らの嘴で突き破って燃え盛る血を浴び、東の果てから焼けながら飛び、西の果てにたどり着く頃に燃え尽きて死に夜となる。夜の間に月の神または冥府の神がその亡骸を東の果ての祭壇に捧げ、朝になると復活し、再びその心臓を突き破るとされる。
趣味の悪い一説によれば、あらゆるものを食らう貪欲さを咎められた魔獣のなれの果てともいわれる。罰として神々によって身体をめぐる血を炎に変えられ、その苦痛から逃れるために心臓を突き破って狂乱のままに世界を飛び回り、死してなお何度でも復活させられては、自死を繰り返しているという。
不死、あるいは再生の象徴。
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