第十話 天狗嫌い

前回のあらすじ

助けた少年はスピザエトと名乗った。

紙月たちは彼と話してみるが、特におかしな点はない。

天狗ウルカだからとはいったい、どういう意味なのか。






天狗ウルカ嫌いィ?」


 帰り着き、リーダー格の冒険屋が依頼主に話を通している間、エベノの弓遣いに聞いたところ、天狗ウルカというものは事この西部では蛇蝎のごとく嫌われている種族らしかった。


「もともと天狗ウルカってのは鼻持ちならねえ高慢な連中なんだが」

「はあ」

「大叢海の連中はもう、なんだ。天井知らずだよ」

「天井知らず」

が高すぎて雲突き抜けるレベルだなありゃ」


 詳しく聞いてみたところ、たしかに天狗ウルカという種族は、空を飛べるという種族特性的なものなのか、神話の時代にさかのぼる因縁なのか、他種族を下に見る高慢なところがあるらしい。それでもまあ、ほかの地域の天狗ウルカは付き合えばわかるようなところはあるらしい。慣れるともいうが。


 しかし大叢海の天狗ウルカたちは、なまじ自分たち以外大叢海に住むこともできないという環境に生き続けたからか、完全に他種族を下に見ているらしい。下手すると同族内でさえも見下し合いをしているとか。

 遊牧民たち平原の民は、草原の民と一つの大部族の下にあるというのが体裁だが、実際のところは大叢海から出てくる気のない天狗ウルカたちと平原の民はあまり、というかはっきり仲が良くないらしい。

 それでも大昔に杯を分けた仲だとかでいまもなあなあで関係は続いているものの、天狗ウルカたちは他種族を見下し、他種族は天狗ウルカを毛嫌いしてと、水面下どころか目に見えて相当冷え切った仲らしい。


 これは成程わかる話である。

 あるが、紙月は激怒した。


「それと子供に何の関係があるってんだ!?」

「落ち着け、落ち着けシヅキ」

「落ち着けるか!」


 何しろ自分も子供を連れて歩いている紙月である。ただ天狗ウルカであるというだけで子供がないがしろにされたのだ、我が身を振り返ればこれ以上腹の立つことはない。


 しかも腹の立つことはまだ続くのである。


 一応チャスィスト家も大人であるから、相手が天狗であるかどうかは別として、大事な資産である大嘴鶏ココチェヴァーロを助けてもらったことには感謝をするとして、天幕に三人を招いて礼をしてくれたのだが、問題はその後である。


「なに、巣がある?」

「そうじゃ。連れのものと近くを飛んでおる時に、大嘴鶏食いココマンジャントのものと思しき巣が見えた。何十頭もおる、大きな群れが、巣をつくっておったのじゃ。子供もおった」

「なんと……」

「わしはこれはいかんと思ったのじゃが、連れが捨て置けと我儘を言うので、振り払って、近くに見えた天幕、つまりここを目指したのじゃ。大嘴鶏ココチェヴァーロは、その途中で見つけた」


 この話を聞いて、チャスィスト家の人々は会議を執り行うとして天幕にこもった。

 ローテーションをどうするか、冒険屋たちに任せて襲撃するのか、警備はどうするのか、そう言った会議が行われると思われた。


 しかし長い会議を経て、明けて翌朝、紙月たちに伝えられたのは現状のローテーションを維持せよとの指示だった。


「どういうことだ?」

「どういうことだっていってもな」


 首をかしげる紙月に、エベノの弓遣いは辺りをはばかりように伝えてきた。


「つまり、情報源が信用できないんだろう、連中は」

「なにっ」

「俺に怒るな。まあ落ち着いて考えろよ」


 つまり、こういうことだった。


 大叢海の天狗ウルカたちは、もうずいぶん長いこと平原の民を下に見てきた。朝貢じみた貢物の制度もあるという。そして今回の大嘴鶏食いココマンジャントの件で応援を頼んだ際も、すげなく断られているらしい。自分達で何とかせよというだけならばまだよかったが、できなければ飢えて死ねとでもいうような態度であったらしい。


 ここにきて平原の民の怒りはかなりのものとなっており、次回のクリルタイでもたもとを分かつことを宣言するのではないかとされている。


 そんな中で、たまたまはぐれた天狗が大嘴鶏食いココマンジャントの巣を見つけたなどという情報を持ってくる。

 遊牧民たちはこぞって罠を恐れたらしい。嘘の情報ならばまだよし。しかし、もしその巣というのが、天狗たちの後押しによってできたものならばどうするか。そのような不安まであるのだという。


「こんな子供まで疑うか!?」

「こんな子供だからだろう。大人の天狗ウルカが同じ情報を持ってきたところで、やつらのことなど最初から信じられるわけがない。しかし子供ならどうだ。ちらとでも信じてしまうかもしれん」

「子供を使った騙しとまで疑うのかよ……」


 そう言われればわからないでもない。

 平原の民はもうずいぶんと草原の民に虐げられてきているのだ。その感情を思えば、一概に子供だからどうのなどという紙月の意見は薄っぺらいものなのかもしれない。


「むーん」


 とはいえ、じゃあそれで平原の民の言うことに従えるかと言えばそういう訳でもなかった。

 平原の民には平原の民の言い分があり、スピザエトにはスピザエトの訴えがあり、そして紙月には紙月の感性というものがある。


「未来、お前はどう思う」

「大局的っていうやつを考えるなら、おじさんたちの言うことも、もっともなんじゃないかな」

「お為ごかしはよせやい」

「ふふ。じゃあ決まってるよ。ぼくら、冒険屋だぜ?」

「よしきた」






用語解説


・冒険屋だぜ?

 つまりそういうこと。

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