第十五章 ファイト・ファイアー・ウィズ・ファイアー

第一話 甘い親父と教育親父

前回のあらすじ


クリスマス滅ぶべし。

慈悲はない。





 年越しの祭りを過ぎ、ひと月ふた月もすれば、寒さの峠も過ぎる。

 新年と言い張るのもいい加減厳しくなり、当たり前の日常が戻ってくる。

 春はまだ遠く、吐く息もまだ白いが、しかしそれでも冬は開ける。


 帝国西部、スプロの町の人々も日常を懸命に生きていた。


「……寒っ」

「まだ全然寒いよな。雪はあんまり降らないのになあ」

「走ってると風が冷たいんだよね」


 訂正。

 スプロの町の多くの人々は日常を懸命に生きていた。

 その多くの人々に含まれないろくでなし二人は、今日も事務所の暖炉前に居座って、毛布にくるまり丸くなっていた。

 森の魔女印の火鉢魔法もすっかり売れなくなり、冒険屋たちはみな暖炉に突っ込んで熱した温石で満足している中、二人は相変わらず寒い寒いと文句を垂れていた。


 紙月は何しろ筋肉が少ないから生み出す熱量も少ないし、脂肪も薄いのでその熱もすぐに逃げるし、逆に寒さはしみいる。

 そう言う風に言い訳して暖炉の前に根付き、昼から酒など飲んでいるから、暖かくなったと錯覚はするが、それで余計に放熱して、また寒くなる悪循環である。


 未来は運動もしているし、口で言うほど寒いとも感じていないのだが、外を出歩くと子供にからまれるのがこの時期は面倒だし、なにより紙月の湯たんぽ係を事務所の犬に取られたことがあるので、何としてもそれは阻止したいのだった。


 その日の食費も酒代さかしろも考えねばならない下っ端冒険屋たちとしては、忌々しいやら羨ましいやら、何とも言えない姿である。

 しかし働かないで暢気に構えていられる金銭的余裕があるのは事実だったし、隙間風の通る事務所を自主的に補強してくれたり、火鉢魔法を格安で貸してくれたりということもあったので、単純に責めることもできない。


「ありゃ、お前、あれだよ。看板娘みたいなもんさ。愛嬌のある動物枠でもいい」

「へえ」

「いるだけで依頼が増えるんだから、ま、我慢しな」


 というのはおかみさんこと所長のアドゾの言で、実際、森の魔女と盾の騎士が所属する事務所といううたい文句はなかなか広告効果が大きく、特別に営業活動をしなくても以前より何割も増しで仕事が入ってくるのである。

 それが下っ端冒険屋たちの稼ぎにもなっているのだから、文句も言えないということだ。

 まあ、その事実は事実として、暖炉前で呆ける二人組へ舌打ちの一つもくれてやりたい気持ちはどうしようもないのだが。


 実際の効果はともあれ、そう言った気持ちが続くとあまりよろしくないので、アドゾとしても適度なガス抜きは当然考えている。そしてそれを回されるのは《魔法の盾マギア・シィルド》担当となってしまった哀れな冒険屋ハキロである。

 本人は割合真面目な人柄で、付き合いもいい方なので、さして苦でもないが。


「おうい。お前ら暇してるだろ」

「いや、忙しいスね」

「寒いしなあ。あったかくなる仕事を紹介してやるよ」

「結構です」

「はいはい。ほら、こっち来い。書類見せるから」


 お決まりの言葉から始まった依頼の斡旋という名の強制は、もはや慣れ切ったものである。

 冬場は斧を振るよりペンをもって事務仕事することが多かったハキロは、さらに図太くなったような気さえする。

 二人、というか主に紙月がいやいやとごねるのも聞かず、さっさと座る、とテーブルに書類を叩きつけた。

 それで仕方なく紙月がもそもそと動き出し、未来が毛布を畳みながら椅子に座ると、ハキロはまず大きくため息をついた。


「お前らなあ。そりゃ冬場はそうそう大した仕事もないし、お前らくらい蓄えもありゃつまらん仕事はしたくないってのも分からんでもないけどな」

「うえ、お説教だ」

「おやさしくしてやるのはここまでだな。おい、シヅキ。太ったぞ」

「ぐえ」

「ミライは毎日走り込みもしてるな。そこは感心だ」

「ありがとうございます?」

「だがタマだ。お前らな、タマだって運動不足なんだぞ」


 話は事務所の厩舎で昼寝している地竜に移った。

 二人が連れてきた時は事務所も騒然としたものだが、存外に大人しいし、何より賢いので、今では事務所の冒険屋たちも時々餌をやりに行っている。

 特に隠してもいないので、ご近所さんにも知れ渡っているし、地竜が見れるとなれば観光客なんかも見に来る。その見物料も悪くないもうけだった。


「飼うって言ったのはお前らなんだぞ。それをすっかり放置しやがって」

「言ったっていうか、押し付けられたんですけど」

「生き物を飼うってことがわかってないんじゃないのかお前ら!」


 紙月のささやかな反論は鼻先で叩き落とされた。もとは牧場の三男か四男だったとかいうハキロは、家畜に対して色々思うところもあるようだった。


「タマのアホみたいな餌代は確かにお前らの財布から出てるが、金だけ出しゃいいってもんじゃないぞ。餌やりも甲羅磨きも厩舎の掃除も、お前ら気が向いた時しかやらねえ。厩番が全部やってくれてんだぞ。散歩だって、厩番や暇な連中がしてやってるが、ご町内の散歩だけじゃどうやっても運動不足だぞありゃ。毎日とは言わんが、たまには遠乗りにも出てやれ。ほとんど一日中厩舎の中じゃタマも窮屈だろうよ」

「ええ……」

「ええ、じゃない! タマは賢いから大人しくしてくれてるがな、ありゃ本来は外を歩き回る生き物だろうが。それが出歩けもせず寝るしかないってのはよくねえ。日をしっかり浴びなきゃ甲艶だって悪くなる」

「いやあ……寒い間はタマも動き鈍いし」

「あったかい間だってろくに散歩に連れてかなかっただろ!」


 ぴしゃん、と雷が落ちる。

 帝国でも雷が落ちるという表現を用いるのかどうか二人は知らなかったが、恐らく似たような慣用句はあるのだろう。少なくとも慣用句が生まれてもいいくらいには二人はしばしば叱られていた。


「まあまあ、そう悪く言ってやるなよ。厩番もあれが仕事だ。他の連中だって、言うほど馬の面倒を見てやらねえじゃねえか」

「ムスコロさん、そうは言うがね。こいつらときたら思い出したように内職する以外は、日がな一日暖炉前で丸くなって、それで贅肉までついちゃあ情けないじゃあないですか」

「それでもでかい依頼が入ってきた時にゃあ活躍してくれるだろう」

「それでお高くとまっちゃこいつらのためになりませんよ。大体ねムスコロさん、あんたがこの二人に甘いのも俺ぁよくないと思うね」

「ええ? いや、甘いって程のことは」

「いーや甘いね。何かとありゃすぐ持ち上げて庇おうとするんだから、これがよくない。そりゃこいつらは凄い冒険屋かもしれんが、生活がだらしないのはそりゃ別問題でしょう」

「むむ」

「むむじゃないですよ全く!」


 思わぬ飛び火に、助けに入ったはずのムスコロに矛先が向いてしまった。

 なんというか、子供に甘い親父と、口うるさく言う教育ママのようではあった。

 どちらもむくつけきおっさんどもなのだが。


 自分たちのことでこのような口論、というより一方的な叱責が始まってしまうのを見ると、二人も何ともいたたまれなくなり、余計なことは言わないよう口をつぐむのだった。






用語解説


・ハキロ(Hakilo)

 二十代後半の人族男性。斧遣い。最近は事務の方が多い。

 冒険屋としては一般的な強度と、《巨人の斧トポロ・デ・アルツロ》冒険屋事務所の中では比較的良心的な人柄を誇る。

 規格外の《魔法の盾マギア・シィルド》二人の担当を任されているうちに大分図太くなってきた。


・タマ

 《魔法の盾マギア・シィルド》の二人が飼っている地竜の雛。

 帝都大学での実験で生まれ、刷り込みで懐いてしまったために依頼で押し付けられたのだが、賢く大人しく強くと馬としては優良物件。食費が高いのが玉に瑕。


・ムスコロ(muskolo)

 《巨人の斧トポロ・デ・アルツロ冒険屋事務所》に所属する若手の冒険屋。三十がらみの人族男性。

 実力はハキロの二倍程度にはなった。おっさんを数人相手にしても勝てるが、やはりおっさんの群れには敵わない程度。若手集の中では最近頭一つ抜けてきた。

 根が押しに弱い。

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