第二話 タマ、平原へ行く
前回のあらすじ
ついに自堕落を叱られるふたり。
そして巻き込まれるムスコロ。
翌日どころかその日のうちに、二人は事務所を追い出されていた。
それも依頼の具体的な内容を聞く前にほっぽりだされたので、ろくな準備もできなかった。もとより準備が必要な二人ではないが。
一応依頼者と依頼先の土地はわかっていたので、二人はタマと、タマにつなぐ馬車を久し振りに引っ張り出した。
タマはこの二人が飼い主だということをちゃんと覚えていてくれたし、久しぶりの装具もきちんと身につけてくれた。それがなんだか健気に思えて、二人は妙な罪悪感にかられた。
飼い主の自分たちがあんなにいい加減だったのにこの子は、と。
実際のところタマはおおむね生活に満足していて、時々考える「そのうち出かけたい」というのも地竜のスケールにおける「そのうち」であって、つまり年単位で先の話だったのだが、まあ二人の生活が改善されるのであればよいことだろう。
行き先は、以前も行ったことのある西の平原であった。
その時はチャスィスト家という遊牧民からの依頼で、大事な家畜を狙う魔獣が大量発生したので、これを討伐して欲しいというものだった。
二人はこの魔獣の大規模な巣を見つけ、まとめて氷漬けにするという雑な方法で壊滅させたのだった。
その時は、
タマは
体が大きいから一歩一歩が大きいのかもしれないし、走り方がうまいのかもしれない。
見た目相応にスタミナもあるようで、
タマは普段の散歩でも十分に満足しているようだが、それでもこうして遠慮なしに走れるというのは気持ちが良いらしく、二人が急かさなくても放っておけばどこまでも走り抜けそうである。それでいて賢く素直で、紙月が頼りなく握る手綱にもよく応えて、街道を順調に走った。
時々細い道を馬車同士がすれ違う時など、向こうが怯えるのがわかっているからか、自分から道の脇に避けてやって、先に通してやるような気遣いも見せた。
もしかすると、御者席でぼけらったとしてる二人より気が利くかもしれない。
日が傾き暗くなってくると、タマは鼻を鳴らし、みゃあみゃあ鳴いて、手ごろな木の下などに自分で腰を落ち着けた。野営の勝手などわからない二人としては、自分でタイミングを計って、自分で恐らくは居心地のよさそうな場所を見つけてくれるタマは恐ろしく便利であった。
二人は例によって例のごとくインベントリからゲーム内アイテムを取り出して、遠慮なく使い倒して野営した。世の冒険屋が見たら殺してでも奪い取りたくなりそうな神秘の安売りである。
魔獣避けになる《魔除けのポプリ》は、タマがいるだけで必要ないことが道中判明した。地竜のにおいに気づいた獣はほとんど例外なく逃げるし、たまの例外も思いの外に機敏なタマに呆気なく返り討ちにあっておやつになった。
食事は《食神のテーブルクロス》を広げれば、必要なだけ出来立ての美味しい食事が出てきた。
きちんと食べ切れる分だけ出てきて、残り物が出るということがない。
これはタマにも使えるのだろうかと試してみたところ、なぜかごろごろと石が出てきてしまって止まらなくなった。故障だろうかと慌てたものの、タマは普通にその石を食べ始め、しかもうまそうに食べるものだから、どうやら正常な動作だったらしい。
まあ、タマは道草も文字通り食うし、何なら土とか石とかもまとめて食べていたので、そういうものなのかもしれない。
山のように積み上げられて行く石を、タマはばりばりばきばきと凄まじい音を立てて食べていく。
止めようにも、《テーブルクロス》は山積みの石の下だから、回収のしようがない。
仕方なしに二人はそれを放置して、満足するのを待つほかなかった。
「でもさ、事務所でもみんなが色々食べさせてるのに、全然大きくならないね」
「そりゃあお前、俺が定期的に《
「ああ、そっか。解いたらどうなるの?」
「わからん」
「えっ」
「今どのくらいのサイズなのか全くわからんから、怖くて迂闊に解けねえんだよなあ」
軽くぼやくように言う紙月だが、なかなかに怖い話である。うっかり小さく見積もって狭いところで解除して、あたりを巻き込んで踏みつぶしてしまうというような事態も考えられなくはないのだ。
二人が倒した地竜だって結構な大きさだったが、あれでさえまだ生まれた卵からそう離れていないところをうろついていた子供の地竜なのである。
結構な期間を色々食べさせてもらって育ったタマがどれくらいになっているのかは想像もつかない。
ペットのことを詳しく知らないというのも、飼い主として情けない話ではあるが。
その情けなさから微妙に「なにかしてあげた感」でも感じたくなったのか、未来は溢れ出した石の一つを手に取り、タマの口元にそっと差し出してやる。タマはそれを喜んで食べるが、賢いのでちゃんと未来の手は避ける。石だけを綺麗に食べる。
未来は平気でそういうことをするが、紙月は正直見ているだけでもおっかなくて仕方がなく、撫でたり乗ったりはともかく口元はいまだに近づきがたいものがあった。
その日はそうして、石が砕かれる音に閉口して耳栓などして眠り、翌朝になると《テーブルクロス》だけが、風に飛ばされないよう乗せられたタマの顎の下に残っていた。
スプロの町から遊牧民たちの暮らす平原までは、そのようにおおむね平凡なものだった。
平凡の意味を辞書で引く必要があるかもしれないが。
しかしまあ実際、その道のりは平坦な平野であり、平和そのものだった。
仮に盗賊がいたとしても、たいして荷も載っていなさそうなのに、やたらごつい馬がひく馬車など襲い甲斐のないものだっただろう。
平原に入りましたよというような目印は特にない。いつの間にか平原で、どこからともなく平原だ。道を少し変えれば、遊牧民たちと交易する村や町があるかもしれないが、用のない二人はそこまで行ったことはない。
しかしまあ、なんとなくこのあたりかなという程度には、平原のだだっ広い草原ぶりは見ごたえがある。以前来たときは青々と茂っていた草も、枯れたものが目立った。
以前依頼を請けたチャスィスト家と落ち合ったあたりまで来たが、いまはそれも場所を移しているようで、本当にただどこまでもちょっとした丘と草原が広がっているだけである。
なんとなくの距離感からこのように二人は考えていたが、実際にここであったのかどうかは全く自信がない。
なにしろ平原というものはまるで目印というものがないのだ。道もない。木もほとんどない。建物もない。あるいはずっとここに住んでいる遊牧民なら大体の居場所を判断できるのかもしれないが、ずいぶん前に一度来ただけの二人にはさっぱりだった。
何とも言えず寂しい風が、二人と一頭を撫でていった。
用語解説
・西の平原
帝国西方にはどこまでも広がる草原たる大叢海が横たわっており、西部から大叢海まではなだらかな草原地帯が広がっている。
このあたりは帝国の民とも言い切れない遊牧民たちの住まう土地で、西部の人々は彼らとうまく付き合って今日までやってきた。
・
二足歩行の雑食性の鱗獣。首元にたてがみがある。群れをつくる性質があり、人間をそのリーダーとして認めた場合、とても頼りになるパートナーとなってくれるだろう。
・
甲羅を持った大型の馬。草食。大食漢ではあるがその分耐久力に長け、長期間の活動に耐える。馬の中では鈍足の方ではあるが、それでも最大速力で走れば人間ではまず追いつけない。長距離の旅や、大荷物を牽く時などには重宝される。性格も穏やかで扱いやすい個体が多い。寿命も長く、年経た個体は賢く、長年の経験で御者を助けることも多い。
・《魔除けのポプリ》
ゲームアイテム。使用することで一定時間低レベルのモンスターが寄ってこないようにする効果がある。
『魔女の作るポプリは評判がいい。何しろ文句が出たためしがない。効果がなかった時には、魔物に食われて帰ってこないからな』
・《食神のテーブルクロス》
ゲーム内アイテム。状態異常の一つである飢餓を回復する効果がある。飢餓は飲食アイテムを食べることでも回復するが、《食神のテーブルクロス》は入手難易度こそ高いものの、重量値も低く、使用回数に制限がない。
この世界では使用するとその時の腹具合に応じた適切な量だけが提供されるようだ。
『慌てるんじゃない。君はただ腹が減っているだけなんだ』
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