第三話 大叢海へ

前回のあらすじ


久々のタマ登場。

しかし特に何があるというわけでもないのだ。






 空を大きな鳥が飛んでいる。

 未来はその姿をぼんやりと見上げていた。

 それが実際にはどれくらいの大きさで、どのくらいの高さを飛んでいるのかははっきりとわからなかったが、翼のかたちまではっきり見えるような気がするくらいだから、決して小さくはないだろう。

 あるいはあれが、以前ムスコロが語っていたハゲタカの化け物なのだろうか。

 あれがひゅうと降りてきたならば、未来の小さな体など簡単にさらって、空へと連れ去ってしまうんじゃなかろうかと思えた。ただ、それは何とも現実味のない想像で、恐怖を感じることは難しかった。


 ぼへーと音が出そうなくらいぼんやりしていたからか、紙月が横から手を伸ばして、半開きになっていた未来の顎を下から軽く叩いた。


「えあっ。もう、なにさ」

「いやなに、見上げすぎてひっくり返りそうだったんでな」


 紙月はくすくす笑う。

 そういう紙月の笑い方には嫌味というものが全くなく、からかうようなじゃれつくような気安さがあって、未来は時々距離感を見失って落っこちるような気分になった。

 未来は友達が少なかったし、その少ない友達も程々の距離感だったので、紙月の人懐っこい態度はなかなか慣れないものがあった。特に意識していないときに急に近づかれると、いまだに未来は変にどきどきするのだった。


 なんだか熱いような湿ったような変な感じがして、未来は叩かれた喉元をさすりながら視線を前に戻した。タマの背中がリズミカルに跳ねて、馬車は軽快に進み続けていた。

 しかし景色は空を見上げる前からまるで変ったようには見えず、本当に進んでいるのか、これもまた距離感が測れない。


 目印もない平原に辿り着いた二人は、そこからさらに西へと馬車を進めた。

 追い出される前に早口で伝えられたハキロからの指示によれば、平原に辿り着きさえすれば、あとは依頼主の方で見つけてくれるので、とにかく西へ進めということだった。

 西。つまり大叢海へ向けてということである。


 帝国西部から、遊牧民たちの住まう西の平原へ抜け、さらに西へ行けば、そこには人の足で踏破することの叶わない広大な草原が広がっており、海のような草むらということで大叢海と呼びならわされている。

 その大叢海のただなかには、空を飛ぶ隣人種である天狗ウルカたちの国アクチピトロが存在し、東西大陸の真ん中を遮り支配しているのだという。

 帝国は、また西方大陸の華夏ファシャ国も、このアクチピトロの交易によって間接的につながっており、そしてそのまだるっこしさと天狗ウルカへの反感から、海路がよく開発されて海運が盛んであるという。


 空を飛べないものには大叢海はどうやっても渡れないが、しかしその大叢海の傍で仕事があるのだという。その仕事が実際にどんなものであるのかまでは、二人は実は聞いていなかった。聞かせてもらえなかった。

 あんまり二人がグダグダするので、しびれを切らしたハキロに最低限の説明だけで追い出されてしまったのである。


「またもや何も聞かされていない二人である、ってな」


 紙月は半分ボヤくように笑うが、未来としても別に心配はしていない。

 なにか、紙月が大いに活躍できる仕事であるらしいので、魔法を使う仕事ではあるのだと思う。どんなものかぱっとは思いつかないが、少なくとも魔法で紙月が困る状況はそんなにないように思われた。


「なんだろうな。またぞろ大嘴鶏食いココマンジャントでも大量発生したかね」

「どうだろうね。あの時は運よく巣を見つけられたけど、僕らもともと索敵能力は全然だし」

「そうなんだよなあ。どっちかっつうと腰据えてやるタイプだもんな」


 以前遊牧民から依頼を請けた時、ふたりは大嘴鶏ココチェヴァーロという巨大な鳥の姿をした馬にまたがり、これを狙う魔獣である大嘴鶏食いココマンジャントの群れを殲滅した。

 あのときは逃げる大嘴鶏食いココマンジャントを追いかけて巣を探し当てて一網打尽にしたのだが、あれは全く運がよかったとしか言えない。群れをつくる魔獣は大抵賢く、追いかければ逃げるのは勿論うまく出し抜いて撒こうとするし、場合によってはあえて間違った方向に誘導したりもしてくる。


 一塊にまとまってくれさえいれば二人にとってはいい的なのだが、もちろんそんな都合のいい時の方が珍しい。

 あまり賢くない二人は、賢い動物にしてやられる可能性の方が高いだろう。本人たち、とくに紙月がそれを認めるかどうかは微妙なところだが。


「だからさ、生き物相手より、土木工事の方が僕たち合ってるんじゃない?」

「うーん、何とも泥臭い」

「紙月は指一本汚れないでしょ」


 何しろ紙月の使う魔法は多岐にわたる。

 土を耕したり、岩を砕いたり、草木を焼いたり、なんでもござれだ。

 ひとりで人足何人分もの仕事を片手間に終わらせられるだろう。

 それは単純に紙月の《技能スキル》の豊富さだけでなく、それを柔軟に使いこなし、イメージを適切に形にすることのできる紙月本人の身に着けた能力なのだが、本人はそれをあまり自覚していない。

 未来は素直にすごいと思うのだが、紙月は妙なところで妙に自信がないのだった。


「まあ、出張料金払ってまでわざわざ僕らに土木工事頼むとも思えないけどね」

「俺たち高いらしいもんなあ」


 《魔法の盾マギア・シィルド》への指名依頼料は、結構高額らしい。

 らしいというのも、二人は自分たちに支払われる金額はともかく、事務所に入っていく金額は詳しく知らないからである。最初こそ契約書をじっくり読み込んだ紙月も、馴れ合いが続くうちに大分大雑把になってしまい、いまや報酬がどれくらいなのかを支払われた後に知るほどである。

 だからといって不当にピンハネすることもないとは思う、というのが紙月の考えだった。不満に思って出て行く二人を止められるものはいないし、それならば最初から妙な真似はしないだろう。

 人情と合理性のどちらから考えても、そうなるのだ。


 なんにせよ、盛大に魔法を使う仕事だというのならば、紙月としても少し楽しみではある。

 確かに最近はこもりっきりで、半分頭が眠ってしまっているような日々を過ごしてきたのだ。たまには何も考えず頭を空っぽにして魔法を使いまくるようなそう言うこともしてみたい。

 《SPスキルポイント》が尽きるまで思うさまやってみたい。

 スプロの町近郊では、多少の訓練はできても、さすがにそこまで派手にやると以前のように苦情が来てしまうのだ。


 未来の方は毎日走り込んでいるし、もともとが防御|技能《スキル》ばかりの《楯騎士シールダー》とあって、そこまでのストレスは感じていない。しかしたまにはスリルを感じる冒険なんかしたいなー、と感じるお年頃ではあった。


 今回の依頼がどのようなものであるかはわからないものの、二人はぼんやりと期待を膨らませるのであった。


 そんな二人を、大きな鳥はまだ見下ろしていた。






用語解説


・ハゲタカ

 西部の平原には大型の鳥類が空にも地上にもよく見られる。

 物によっては家畜などもつかみ上げて攫って行ってしまうほどの力を誇るとか。

 ムスコロが語ったのははその中でも大型のものらしい。


大嘴鶏ココチェヴァーロ(Koko-ĉevalo)

 極端な話、巨大な鶏。

 草食よりの雑食で、大きなくちばしは時に肉食獣相手にも勇猛に振るわれる。主に蹴りの方が強烈だが。

 肉を食用とするのは勿論、騎獣として広く使われているほか、日に一度卵を産み、また子のために乳も出す。農村でよく飼われているほか、遊牧民にとってなくてはならない家畜である。

 一応騎乗用と食畜用とで品種が異なるのだが、初見の異邦人にはいまいちわかりづらい。


大嘴鶏食いココマンジャント

 名前の通り、大嘴鶏ココチェヴァーロをメインとして狙う、平原の狩猟者。

 二足歩行の小型~中型の爬虫類で、いうなれば肉食恐竜のようなスタイル。

 肉食獣であるし、本来はそこまで増えることはないはずである。

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