第二話 探し人は

前回のあらすじ

探偵(?)と遭遇した二人。

しかし、依頼を断られてしまい……。






「では残念ながらその依頼は請けられない」


 しれっと言ってのけられた言葉の意味を理解するのに、いくらかかかった。


「な、なん」

「おお、いいぞ、その間抜け面。写真機を買っておくべきだったな」

「欲しければ稼いでくださいませ」

「無理だな、止めておこう」

「なんで駄目なんです!?」

「うるさいぞケモチビ。本当はそんなに興味がないくせに騒ぐな」

「なっ」


 ドゥデーツォは薫り高い――しかし安物らしい甘茶ドルチャテオをグイっと飲み干すや、カップを未来に向けて放り捨てた。鎧にカップの破片が飛び散る。


「お嬢様!」

「ばあやの茶はうまいからな。中身はもったいなかった」

「そういうことでは」

「頭を冷やせということだったんだが、今度はお前か耳長」


 ずいと突き付けられそうになった指先が、逆に伸ばされたドゥデーツォの手で握りしめられる。


「あっ、ぐっ!」

、これ以上家具を壊すとまた叱られるんでな」

「お嬢様が大人しくなされば済む話でしょうに」

「死ねと?」

「その前にわたくしの寿命が尽きますわね」

「それは困るな」

「くっ、はな、せっ!」

「そら」


 放せとは言ったが、文字通り急に放されてひっくり返りそうになる紙月を、未来が慌てて支える。


「沸点の低い連中だな」

「あんたが怒らせるようなことを言うからだろう!」

「面倒な奴らだな。図星を刺されたくらいで」

「お嬢様がカップをお投げになったからでは」

「おっとそこか」


 あまりに暢気な発言に、怒りを通り越してあきれ果てた紙月は、思わず立ち上がってそのまま出て行こうかとも思った。しかしカップを投げられた当の未来が、痛いところを突かれたと言うように黙然として老婆に鎧を拭われているのを見て、深くため息をついてこの怒りを鎮めた。


「……改めて聞くが、なんでダメなんだ」

「私は依頼の二重取りはしないことにしている」

「はあ?」

「つまり、こういうことさ」


 ドゥデーツォが胸元から取り出したものに、二人は思わずあっと声を出して驚いた。

 それもそのはずである。なんとそれは二人が先ほど示したものと同じく、《エンズビル・オンライン》で用いられていたゲーム内通貨の金貨だったのである。


「『この金貨の持ち主を連れてくること』。これは私が探偵事務所を開く際に金を出した爺さんの依頼でね」


 手の中でキラキラと光る金貨を指ではじいて、探偵は笑った。


「よりにもよって一件目の依頼がなかなか完遂せずに不満だったんだ。今日はいい日だ」




 探偵が二人を連れて訪れたのは――、正確に言うと二人の馬車に強引に乗り込んで、狭いだの椅子が堅いだの文句を言いながら案内したのは、町はずれのかなり大きな建物だった。

 もともとの建物自体が大きなものであったのもあるだろうが、そこにさらに建て増しを繰り返しているらしく、美的景観としてはいまいち周囲との調和がとれていないものの、迫力は結構なものがあった。


「えーと、ここは?」

「言っただろう、依頼人のヤサだ」

「そういうことではなくて」


 気にした風もなくドゥデーツォは、この商社風の建物の広い入り口を抜けてずかずかと中に入っていく。


「あ、あの?」

「気にするな」


 受付嬢が声をかけるのも全く気にかけず、勝手知ったるとばかりに探偵はのしのし歩いていく。仕方なしに二人もその後をついていくのだが、なにしろ男装の麗人に、女装の魔女、二メートルはある大鎧と個性豊かな面子である。行きかう人々からの視線が痛い。


「えっと、おい。どこに行くんだ?」

「知らん」

「はあ?」

「知らんがどこに居るかはわかる」


 自信満々に歩いていく癖に、知らんと言う。知らんとは言うが、わかるとも言う。

 全く訳が分からずに後をついていくと、やがて建物は様相を変えて、少し埃っぽくなっていく。金槌がものを叩く音や、ごうごうと火の燃える音、ぎりぎりとものをねじる音など、工房のように移り変わっていく。

 実際、物づくりの現場なのだろう、行きかう人々も土蜘蛛ロンガクルルロが目立つようになってきた。中には、二足歩行の人型に近いが囀石バビルシュトノらしき姿も見える。


「ええい、五月蠅い所だな」

「まだなのか?」

「知らん。知らんがもうすぐだろう」


 なんだ、誰だと誰何する声も無視して突き当りのドアを開けた先は、個人用の工房といった具合で、炉のそばに老人がどっしりと腰を下ろして、何かをいじっているところだった。


「おお、いたか爺さん。もっとわかりやすい所に居ろ!」

「おわっ、なんじゃお前さん、こんなところまで」

「お前がわかりやすい所にいないのが悪い!」

「どんな理屈じゃい……おっ、おお、もしやその二人は!」


 老人は背こそ低かったが、かなりがっしりとした体つきで、その体躯は、以前の世界でならこんな風に形容されただろう。

 「酒樽のような」と。


「ど、ドワーフ!?」

「おう、その呼び方を知ってるってことは間違いないな。恰好からすると、なんじゃ、《無敵要塞》の二人組か?」

「その呼び名を知ってるってことは、もしやあんた《選りすぐりの浪漫狂ニューロマンサー》の倉庫番!」

「いかにも。HNハンドル・ネームレンツォじゃよ」


 にっかりと笑って見せたこのドワーフこそは、かつて《エンズビル・オンライン》において、ギルド《選りすぐりの浪漫狂ニューロマンサー》の倉庫番として膨大なアイテム・資金を管理していたプレイヤー・レンツォその人であった。


「本名は有明ありあけ 錬三れんぞうという。こっちじゃもっぱらレンゾーで通しとるがな」

「あ、ああ、俺は紙月。古槍紙月。シヅキでいいです」

「僕は衛藤未来です。ミライって呼んでください」

「くすぐったくなる様な敬語はやめてくれ。ゲームの時と一緒で、爺さんで構わんよ」


 三人の微妙にくすぐったくなるような再会にして初対面を打ち破ったのは、探偵だった。


「よし! じゃあ私は帰るぞ!」

「何しに来たんじゃお前」

「お前の依頼だろうがボケジジイ!」

「冗談冗談。じゃあな。とっとと帰れじゃじゃ馬」

「言われんでも帰る!」


 もう用はないとばかりにドゥデーツォは長い脚をするりと翻して帰っていった。


「……結局、なんだったんだ、あいつ」

「性格には難があるし仕事も雑じゃが、物探しは抜群でなあ」


 聞けば、そう言う才能があって、持て余しているところを、錬三が探偵事務所を開くことを勧めたのだという。


「当時、まだ探偵なんてもんは帝都にはなかったし、何かしら適当な枠に放り込んどかんと、ありゃ妙なもんに目を付けられかねんかったからな」

「しっかし、そう言う才能ったって、どういう才能だ?」

「魔術師どもは物探しの術と似ていると言っとる。本人は自分は神だと言っとる」

「気が狂ってるんですか?」

「いたって正気なのが手におえん所じゃな」


 ふと、未来が気づいたように言った。


「あの人に探偵になるように勧めたって言うけど、いつから探偵事務所なんてやってるの?」

「あれが成人した頃じゃから、十年くらい前かの」

「十年前もあんな感じだったのか……」


 そのまま流しそうになりながらも、紙月は引っかかったように小首を傾げた。


「……?」

「そんなもんじゃろ」

「いや、そうじゃなくて、ええと、つまり……爺さん、あんた、その、?」

かのう」


 少し遅れて、紙月がエッと声を漏らした。


「あれ、ニュースとか見んかった? 一応わし、有名人なんじゃけど」

「有名人って…………ああああああああッ!」

「なになになにっ!?」

!!」

「そうじゃって言っとるじゃろ」


 紙月は錬三を指さしたまま、目を見開いた。


「だっ、えっ、ま、マジで!? 本物!?」

「マジマジ。本物」

「な、なに、紙月?」

「ニュースで見た! 《エンズビル・オンライン》つくってる会社の大株主だよこの爺さん!!」

「ええっ!?」

「正確には親会社の会長な、会長」


 MMORPG 《エンズビル・オンライン》を開発・運営する株式会社ラムダは、複合企業体デイブレイク・グループの事実上傘下企業である。

 そのデイブレイク・グループの会長ともなればそれこそ現代の殿上人とでもいうべき存在ではある。


 ではある、が。


「ええ、だって、ええ……!?」


 紙月は困惑した。


「だって、四か月前、ニュースで、あんた、って……!」






用語解説


・有明錬三

 HN:レンツォ。

 《エンズビル・オンライン》ではドワーフの《黒曜鍛冶オブシディアンスミス》としてギルド《選りすぐりの浪漫狂ニューロマンサー》に所属していた。

 現実世界では複合企業体デイブレイク・グループの会長であり、MMORPG 《エンズビル・オンライン》を開発・運営する株式会社ラムダは、事実上傘下企業である。

 ざっくりいうと、どえりゃあ人。


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