第四話 下準備
前回のあらすじ
依頼内容を確認した二人。
遺跡の守護者、穴守。腕がうなる。
よし、そうとわかればさっそく挑もうぜと意気揚々と立ち上がった紙月だったが、これは止められた。
「なんだよ。相手の居場所もわかってるし、さっさと片付けちまおうぜ」
「頼もしいことこの上ねえんですが、地下水道ってのは特殊な環境でやすから」
フムン。
紙月は頷いて座りなおした。
いままで負けなしでやってきたとはいえ、それは性能差でごり押してきたようなものである。特殊な環境下では、必ずしも今まで通りにいくとは限らない。
そもそもの最初から言って、冒険屋として動くにはハキロの補助が必要だった。鉱山ではピオーチョの助けが必要だったし、平原でも先輩冒険屋たちの助言がありがたかった。南部で船に乗った時などは、魔法を使う以外はもっぱら船員たちが主役だったし、その魔法の使い方も適切な指示があればこそだった。
それらを思えば、ここは、先達の冒険屋であるムスコロたちの話を聞く方がよさそうだった。
「まず地下水道ってのは、明かりが乏しいんでさ。大昔の照明はほとんど魔力切れで消えちまって、非常用の
照明にはどんなものがあるかというと、これには少なからず種類があって、それぞれに一長一短の特徴があった。
「角灯は明かりが安定してますな。高めのものであれば硝子で覆っているんで、消えにくい。それに腰にぶら下げてもいいですから、手が空く。
松明は片手がふさがりやすが、棒の先に火がともってやすから、高い位置から照らせるし、何ならそのまま振り回して武器にもできる。火が強いから、水でもかけられなけりゃあそうそう消えはしませんな。それに角灯とちがって壊れもんじゃあねえですから、いざとなりゃ地面に投げても明かりは消えやせん。それに安い。
大まかに言ってこの三種類であるらしい。
欲を言えば三種類を手元においておけばどんな場面にも対応できるが、勿論そんな贅沢は早々できるものではない。
今回の依頼では角灯が良いだろうというのがムスコロの意見だった。
「道中は魔獣もすっかり退治されてやすし、穴守もある程度近づくまでは動かねえ。ぎりぎりのところで角灯をおいて、明かりを確保した上で戦うってのがいいでしょうな」
またあるいは神官の技で暗視を得るというのも手ではあったが、これは他の器具が後に残るものであることに比べて、その場限りのものであると考えると随分割高である。それに暗視の精度も神官の腕次第で、信用できるかは難しいとのことだった。
また次に、水に関する魔道具や法術が欲しいということだった。
下水道にはきちんと人が通れる通路というものがあるのだが、なにしろ古代の遺跡であるから柵などが朽ちてしまって、通路のすぐ横は下水が流れているのだという。
整備された区画であれば柵なども張りなおされて、うっかり落ちるということもないが、穴守が腰を据えているのはそう言った手の届いていない未踏破区画である。
まさか普通に歩いていて足を滑らせて落っこちるなどと言うことはないだろうが、いざ穴守と戦っている最中には、振り払われたり、弾き飛ばされたりして、落とされかねない。
下水道は流れも速く、水も衛生的とは言えず、落ちた際に溺れてしまえば引き上げるのも大変である。
そう言ったことから、水上歩行や水中呼吸が可能になる魔道具や、神官の法術が必要だという。
「そういう道具は、普通に売っているのか?」
「大抵は受注生産でやすが、水道局である程度抱えてるはずですな。貸出なら大分安上がりに済むはずなんで、それを期待した方がいいですな」
「買うと高いか」
「下水道専門で活動するってんなら投資って考えられやすが、普通に冒険屋やってる分にはちと手が出ませんな」
物によるとは言うが、相場を聞いてみたところ、成程貯蓄の乏しい冒険屋には厳しいものがあった。
「ふーむ。どういう仕組みなんだろうな」
これは何という気はなしに呟いた疑問だったが、意外にもムスコロはこれを難なく受け止めた。
「基本的には精霊と親和性の高い魔獣の素材に、
「ほう。水中呼吸は」
「それは確か水精と風精の混合だったか……。俺が知ってるのは呼子笛みてえな口にくわえるもんですな。
「お前、随分詳しいなあ」
素直に感心すると、ムスコロは照れ臭そうに鼻をこすった。
「いやなに、てめえの命を預けるもんですから、詳しく知っといた方が安心でしょう」
「ムスコロは昔から臆病だからな」
「あんたらが無頓着に過ぎるんだろう」
「冒険屋だからね」
「無謀ってんだよ」
どうやらムスコロは少数派のようだが、紙月としても未来としても、全く親しみのない技術であるから、少しでも詳細が知れた方が安心である。
「じゃあ、必要なのはそんなもんかね」
「あとは、まあ、爆弾が欲しいかなと」
「爆弾!?」
ぎょっとして見つめてみたが、ムスコロは至って真面目である。
「剣でも槌でもダメなら斧で切りかかっても同じようなもんでしょうからな。近寄らなけりゃあ動かねえんだったら、少し遠間から爆弾を放り投げて片付けてえ。直接がダメでも、通路は崩せますから、下水に落ちりゃあいくらか手傷も負わせられるでしょうよ」
正直なところ、斧で殴り掛かるくらいの戦法しか想像していなかっただけに、ムスコロという人間の印象が改まる思いであった。
「お前、存外戦術的だなあ」
「『戦い方を考える前に、戦う目的を知れ』とも言いますからな。どかせりゃいいんであれば無理に正面から叩く必要もねえ」
純粋な戦闘能力で言えば大したことがない男であるが、成程それなりに長く冒険屋をやっているだけはある。
とはいえ。
「よし、そう言う買い物はすべて却下だ」
「ええ?」
「全部俺の魔法でどうにかなるやつだったわ」
「明かりも灯せる、暗視も付けられる、水上歩行も水中呼吸もできる。なんなら紙月自身爆弾みたいなもんだしね」
「言うねえ」
「《無敵砲台》の砲台担当でしょ」
「違いない」
しかし、と言い募るムスコロを、紙月は手で制した。
「言ったろう。この喧嘩は俺たちが買った。お前が気に病むことはないよ」
用語解説
・
・角灯
ランタン。最近のものはガラスの覆いがついているが、古い物や安物は紙張りだったり、そもそも覆いがなかったりする。
・松明
長い棒の先に、松脂など燃えやすいものに浸した布を巻いたもの。
火を灯して照明器具にするほか、冒険屋は殴りつけるのにも使う。
・水踏み
水上歩行のこと。
・呼子笛
いわゆるホイッスル。
赤かったり蒼かったり月だったり黒かったり白かったり、色は様々なようだ。
・爆弾
ここではただ爆弾と言っているが、火薬式だったり魔法式だったり、種類は様々。
ピオーチョの用いていた発破もこれの一つだ。
・『戦い方を考える前に、戦う目的を知れ』
歴史上の戦術家の言葉らしい。
戦うことにばかり意識が向いて、なぜ戦うのかを忘れると無駄が増える。
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