第九章 ワン・ストーミー・ナイト
第一話 嵐
前回のあらすじ
子供の面倒を見ることの大変さを知った未来。
大人って大変だ。
この世界にも天気予報というものがあるのを知ったのは、ある風の強い日だった。
今日は風が強いなとぼんやり思いながら内職しているところに、買い出しに出ていた所長のアドゾが、事務所の冒険屋を連れて大荷物を持って帰ったのである。
「随分また買い込みましたね」
「なにかあるんですか?」
小首を傾げた二人に、アドゾは荷物をおろして額の汗をぬぐった。
「いやね、広場の掲示板に空読みの予報が出ててね。もう、すぐ、強めの嵐が来るって言うから、備えるのさ」
「空読み?」
忙しいアドゾたちに代わって答えたのは、同じく内職していたムスコロである、
「空読みてえのは、空の神の神官で、学者ですな」
「学者」
「空の様子とか、気温とか、そう言うものの記録を延々と取り続けて、比べて、近いうちの空模様を占う連中ですな。当たり外れは神官の腕にも寄りやすが、スプロの町の神官は、まあ備えて憂いなしって程度には当たりやすぜ」
要するに天気予報士である。それに神官であるというから、積み重ねてきた統計からだけでなく、神からの
天候というものはそれ次第であらゆるものに影響を及ぼすものであるから、それを正確に予報できるとなればかなり好待遇されそうなものであるが、やはり、当たり外れもあるので、まあ公務員として安定はしているという程度であるらしい。
第一神官というもの自体が普通の人間と感性が違ってくるところに、空の神というものは神々の中でも最も古い国津神のうちの一柱であり、それを崇める空の神官というものは大概独特な感性の持ち主で、市井と折り合いがつかないことはなはだしいのである。
普段はさして役に立たないのに、何をするでもなく日がな一日空を眺めて、温度計を眺めて、ひたすらに記録を取っている変人集団と言うのが一般の認識なのである。
「大事なことなんだけどなあ」
とはいうが、まあ、生活に一杯の人々には構っていられるほど余裕がないというのも事実なのだろうと紙月は緩く思う。
「姐さん、嵐くらい魔法でどうにかなりやせんか」
「そうだねえ、森の魔女なんて大層なお名前頂いてるんだ、どうにかならないかい」
「無茶言わんでくださいよ」
嵐くらい、と言うが、例えば紙月も馴染みのある台風だって、そのエネルギーは原子爆弾何万発分くらいはあるという。いくら紙月が魔法に長けていて、人から見たらほとんど無尽蔵に魔力があるとはいえ、あくまで個人である。
人は、天災には抗えない。
「その天災である地竜を倒しちまってるんですがねえ」
「規模が違わい」
第一、仮にできたとしても、無理やりに嵐を散らすなりそらすなりしてしまった場合、その後の被害が怖い。本来降るべきであった雨が降らず、本来降るべきでない場所に水分が行ってしまえば、農作にも影響は出るだろうし、気候にも影響は出るだろう。
予想できないことはするべきではない。
まあ事務所の面子も最初から期待していたわけではない。
ただ、嵐が来るとなると事務所に引きこもるしかなく、その間暇だし、仕事もないので、できれば嵐にはどこかへ行ってほしいなというくらいのことである。
昔からそう言うとき人にできるのは祈ることか事前に備えるくらいのことだ。
さて、嵐自体はどうにもできないと言えど、何にも備えないというのも申し訳ない。
アドゾたちも食料を買い込んだ。これからまた追加の燃料を買いに行くという。
事務所では鍋や容器に、井戸から水を汲んでは汲み置いている。
ハキロも釘のたっぷり詰まった箱を持ち出して、板材で窓をふさごうとしている。
「僕らもなんか手伝えないかな」
「そうだな。とりあえず未来は、ハキロさんの手伝いしろよ。大変そうだ」
「うん」
その背中を見送って、紙月はさてどうしようかと少し考えた。
見上げる事務所はそれなりに年季が入っていて、しっかりとした造りではあるが、強めの嵐が来るとなると少し不安である。
とはいえ、バフ系の魔法は時間制限があり、嵐の間中それを補強し続けるという訳にはいかない。
「後に残るもの、だな」
紙月は壁の薄そうな所や、柱などを選んで、呪文を唱えていった。
「《
これは本来地面から金属の刃をはやす攻撃魔法である。
しかし紙月はこれを調整し、生やす金属の大きさや形を変えることに成功していた。
そしてこの金属は、魔力に分解してしまうまで、あとに残る。
これを材料にして、事務所を補強していこうというのである。
「おお、これなら風でもびくともしなさそうだね。こっちも頼めるかい」
「よしきた」
所長のアドゾに言われて、脆くなってきたところ、隙間風が入るところも、この際ついでに金属板を張り付けていくことにした。そうすると、金属を張っているところと張っていないところの差が目立つ。
「美しくないねえ」
「美しくないですね」
「あんた、できるかい」
「できらいでか」
調子に乗ったこの二人は、壁という壁を鋼鉄の板で覆ってしまった。こうなるともはや補強というより外側に壁を一枚追加したようなもので、ほとんど要塞である。
「そういや雨漏りもあるんだった。屋根もやろう」
「やりましょう」
紙月も乗らされるととことん乗る人種であるから、《
すげえ、強そう、と冒険屋たちが騒ぐ中で、あれトタン屋根と一緒で雨音うるさそうだなと未来はぼんやり思うのだった。結局窓の目張りも、紙月が魔法でやってしまったので、ハキロも未来も見上げる他にやることがなくなったのである。
しばらく近所の人が見物に集まり、他人事だからと勝手な文句を言うたびに、調子に乗った紙月は鋼鉄のガーゴイルや鬼瓦を屋根に作ったり、壁の金属板にそれは見事な彫刻を追加したりしていった。その度にやはり、はやし立てる声が上がる。
騒ぎが大きくなるとやがて衛兵がやってきて、言った。
「《
「えっ」
「こりゃ見事な要塞だ。法に引っかかるとは言わないが、私らもちょっと警戒しちゃうなあ」
「ぐへぇ、すみません」
「まあ森の魔女さんのやることだし、嵐のための補強だろう? 終わったらちゃんと直しなさいよ」
「はい、すみません」
アドゾともどもしかられ、近所の住人も自分達の家の対策を思い出して去っていった。
「格好いいのにねえ」
アドゾのつぶやきは、冒険屋一同の賛同するところであったようだったが、それはつまり世間一般とは相いれないということでもあった。
とにもかくにも補強が済んで、冒険屋たちは総出で表に出てるものを一つ一つ改めて事務所の中に放り込んでいった。風で飛ばされてしまうからだ。
箒や塵取り、細々とした品はすべて物置に放り込まれ、これも紙月の魔法で補強された。
一番大がかりだったのは、看板である大斧である。
何しろ大男である鎧姿の未来でもちょっと頼りなくなるサイズの巨大な斧である。
しかも張りぼてなどでなく、中身がしっかり詰まった本物の斧であるという。
未来が持ち上げようとしてもふらつくほどで、安全のためにむくつけき男どもが密着するようにして持ち上げて、事務所の中に収めた。
紙月などはこれだけ重いのだから外においても大丈夫ではないかと思うのだが、以前大きな嵐が来た時に、固定していた縄を引きちぎって飛んでいき、石造りの建物にめり込んだことがあるのだという。
そのときはほかにも、銅像が吹き飛ばされたり、建物の二階が吹き飛ばされかけたり、相当な被害が出たようである。
今回はそこまでではないだろうという空読みの見立てだったが、備えておくに越したことはない。
このようにして、《
用語解説
・広場の掲示板
情報伝達手段の乏しい帝国では、市町村が何か公示する時はもっぱら掲示板に張り出し、また役人が読み上げる形となっている。
新聞の号外などが張られることもあり、庶民にとって重要な情報獲得手段だ。
・空読み
空模様を読んで天気を予測する人。
特に空の神の神官のことを言う。
神からの託宣に頼るだけでなく、独自に統計資料などをまとめており、土地によるがかなり正確な予報が出せるようだ。
・国津神
神には大きく分けて三種類あって、もとよりこの世界にあった国津神、虚空天よりやってきた外の神、つまり天津神、そして人から陞神した人神がある。
その他、雑多な精霊神などこの世界にはたくさんの神々が満ちているようだ。
・《
《
空を飛ぶことで多少の地形を乗り越えることができるが、ゲームの都合上乗り越えられない地形もある。
『空を飛ぶというのは人類の夢の一つよな。羽ばたくがよい、若人たちよ。わし? わしは良いんじゃよ。爺さんのローブなんぞ覗いても仕方あるまい』
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