最終話 ア・ビリーヴィング・ハート・イズ・ユア・マジック

前回のあらすじ


圧倒的なパワーを見せつけたマールート。

しかし竜巻を起こし、空の果てまで吹き飛ばすことに成功。

これが僕たちの信じる心(物理)だ!!






 竜巻が盛大に何もかもを吹き飛ばし、それが収まったと思えば今度は吹き飛ばされた分を取り戻すように荒々しく風が吹き戻り、中庭を滅茶苦茶に荒らしていった。

 それでも、自分たちの成し遂げたことを喜び、達成感に沸き立ち、また眼前で起きたすさまじいスペクタクル・ショーへの感動に、学生たちの歓声と笑い声が響き渡った。


 周囲をゆっくり見まわして、慎重なほどに安全を確認した後、ようやく未来は《盾の結界シールドケージ》を解除した。

 そうしてゆっくり立ち上がって紙月を解放してやれば、抱きつぶされて呼吸のままならなかった紙月は、慌てたように立ち上がってわざとらしく何度も深呼吸して見せた。


「い、いやー、驚いたな! まさかあんなド派手なことになるとは!」

「うん、僕もこんなにすごいとは……おっと、紙月、まだ危ないみたいだ」

「うひゃっ」


 吹き飛ばされた瓦礫のいくつかが落下してくるのを見つけて、未来は紙月を抱き寄せてかばった。

瓦礫は大きな音を立てて未来の肩に当たって砕け散ったが、ただの瓦礫程度では盾の騎士はびくともしない。


 しかし、ぽろぽろと瓦礫が落ちてくるし、竜巻で表面を洗われた違法建築の尖塔たちも、いささか心もとない。すでに何人かの教授たちが走り回り、学生たちの避難を促し、また何かしらのまじないで補強を試みているところだった。

 二人は肩をすくめて、いそいそと建物の中へと戻っていった。


 誰が言うでもなく、しかしなんだか示し合わせたように、ガリンドや教授陣、学生たち、そして《魔法の盾マギア・シィルド》の二人は壁をぶち抜かれた大講義室に戻っていた。

 瓦礫はあらかた撤去されていたが、まだどことなく埃っぽい。

 そこに集まった面々も皆、埃っぽく、そしてくたびれて疲れ果てていた。


 それぞれがどっかりと腰を下ろして、誰かが重たげにため息をつけば、あちらこちらでため息のオーケストラが響き渡った。

 とはいえそれは悪いものばかりではなかった。疲労と緊張からの脱力だけでなく、奇妙な達成感や連帯感のようなものが、一同の間でやんわりと共有されていた。


 学祭の後みたいだな、と紙月はなんとなく思った。

 やってる間は楽しくて、でも大変で、そして終わってみれば疲れ果てて、でも片付けもしないといけなくって、ああでも打ち上げが楽しみだなって、そういう何とも言えず気の抜けた時間。


 どこか心地よい倦怠感を全員が同じ温度で共有していると、学部長ガリンドが教壇に立った。

 拡声魔道具は壊れてしまったようだが、彼は自分の声で何事か言おうとして、埃っぽい空気に激しくせき込んだ。


「げほっげほっ……ううむ、しまらんな。まあいい。諸君、ひとまずはご苦労だった。今回の協力には何らかの形で報いることを約束しよう」

「ひゅー! 太っ腹!」

「一部の学生に関しては、功罪打ち消しあうことと思うが……いまはよかろう! あの傲慢くそトカゲを追い払えたのだ! 素直に喜ぼうではないか!」


 かつてないほど心のこもったガリンドの叫びに、笑いのこもった歓声が一斉に響き渡った。

 学生たちにとっては多少ハチャメチャだがフレンドリーで悪いヒトでもなかったのだが、それはそれとしてガリンドや一部教授陣の胃に穴が開きそうなのはみな察していたのである。


「しっかしまあ、酸欠とは……言っちゃあなんだけど、そんな簡単な手でどうにかなっちまうなんてなあ」

「簡単な手か。君にとっては、燃焼と酸素の関係というものはよく知ったものなのだろうな」


 しかしガリンドが言うところによれば、そういった目に見えないレベルの小さな世界の理屈というものは、現代では大学でようやく教わる高等教育の分野なのだという。


「もちろん、焚火やかまど、それこそ蝋燭の扱いでも、空気を絶てば火が消えるというのは、経験から知っているものは多い。閉所で火をたくと息が詰まってしまうというのも、知る者は少なくない」

「でも知識として学んだわけじゃない?」

「うむ。それぞれの状況では適した行動をとれるとしても、実際には空気がどのようにかかわっているのか、わかっていないのだ。あくまでそういうものだという漠然とした教えと経験があるのだな」


 薪の位置を調整して空気の通りをよくしなければ燃えが悪い。そういうことがわかっていても、燃焼には酸素が必要で云々うんぬんというのは、彼らの考えが及ぶところではないらしい。

 それもそうだ。何しろ酸素なんてものは目に見えない。酸素は空気の一部であって、酸素が燃焼されつくしても、空気そのものが極端に変化して見えるわけではない。色が変わるわけでも、数字で見えるわけでもない。


 そもそも酸素という存在だって、古代聖王国時代から焼かれずに残された記録からそういうものがあるらしいと伝わっているものでしかない。微生物を見ることのできる顕微鏡はあっても、分子や原子の世界を観測する手段はないのだ。


「知識が失われるというのは、本当に致命的なことなのだよ。マールート、奴は非常に強力な魔術師であったが、それは奴の意思の力と魔力の強さ、長年の戦闘経験が大きかった。個体としてみればそれは文句なしの性能だっただろうが、科学的知識をあまり持ち合わせていなかったのは助かったよ」

「でも、あんなにうまくいったのは、ガリンドさんの作戦のおかげです」

「いいや、ミライ。それが君が、そしてみんながそれを信じてくれたからだ。私などのことを」

「信じる心が、僕たちの魔法なんでしょう。そして、ガリンドさんの」

「……ああ、そうだな。そうかもしれない、君たちが信じてくれたことこそが、私がようやく叶えた魔法なのかもしれないな」


 魔法を発動させるには、そうなるのだという確信がいる。信じる心が。

 未来の《技能スキル》だけでは、竜巻のような風は引き起こせなかった。あの場に集まったみんながみんな、ガリンドの作戦を信じ、その先にある結果を信じたからこそ、あのように見事に竜巻が発生し、マールートを吹き飛ばすことさえできたのだ。

 もしも誰かが疑い、そんなことできっこないと叫んでいたら、もしかしたらそれだけで作戦は破綻していたかもしれないのだった。


「しっかし……あいつ、吹っ飛ばされたけど、どうなったんでしょうね」

「残念なことに、というべきか、あの程度では死にはしないだろう」

「うへえ、本当に化け物だな……」

「とはいえ、死なれても困るがね。《竜骸塔》との関係もあるし、招待した手前、うっかり殺しちゃいましたなどとは言えんしな」

「まあ、俺たちが揃ってりゃあんなやつひとひねりでしたがね」

「もし君たちがいい感じに追い詰めてあいつを仕留めてしまうようなことがあったら、いろいろと隠蔽しなければならんかっただろうな……

「おっとぉ……」


 政治は時には人の命なんかもむにゃむにゃしてしまうものなのである。

 それが実際的暴力を十二分に有した組織間の話であればなおさらだ。


「ま、力の信奉者たる奴が、仮にも撃退されたのだ。いくらかは態度も改めるだろう。いままでの分も合わせて修繕費をたっぷりとふんだくってやる」

「ええっと……僕たちが壊しちゃった分って……」

「そんなものがあったかな。私は気づかなかったな。諸君はどうかね」

「見てないでーす!」

「あいつが一人で壊してましたー!」

「よしいい子だ。成績は期待しておきたまえ」

「うわあ、黒い面を見ちゃった」

「まあ、俺たちも利益享受してるからなあ」


 ガリンドはこの際だから、学生どもと一部の教授どもによる物損や、違法建築でガタの来ている分もまとめて請求してやると息巻いていた。どうせため込んでいるんだから身軽になるまで吐き出させてやると。

 いろいろと吹っ切れたらしい学部長は、実に強気だ。


「そういうわけで奴に関しては気にしないでいいが……しかし、君たちは間違いなく目をつけられただろうなあ」

「あー……やっぱりそうなります?」

「ちょっとした掘り出し物と思っていた相手に、こうまでしてやられたのだ。さぞかし熱烈な勧誘を受けることになるだろうよ」

「うへえ……見つかる前に逃げようかね」

「まあ、あんな奴だが、それでも学べる点はきっと多いだろう。性格は最悪で行動も最悪だが、あれでも五百年生きた魔術師だ。実力の程も、目にした通りではあるしな」

「そうなんでしょうけどねえ……先生は寛大ですね」

「なに、私も奴から学ばせてもらったからな」

「先生が?」


 ガリンドは小さく笑って、ぶち抜かれた壁から空を見た。


「奴が言うところによれば、私はガランドーだそうだ。空っぽで、なんにもないのだと」

「そんなことないですよ!」

「いいや、いいんだ。私はだんだんこの言葉が気に入ったよ。空っぽなら、これからなんでも、いくらでも詰め込める。そいつはなかなか、素敵じゃあないかね」


 竜巻がかき乱した空では、散らされた雲が小雨を降らし、遠く虹がきらめいていた。






用語解説


・ガリンド・アルテベナージョ(Galindo Altebenaĵo)

 帝都大学魔術学部第11代学部長。

 歴代で唯一完全な魔法無能力者でありながら、歴代最長の在任期間といくつもの教育改革から魔術学部中興の祖とも呼ばれた。

 在任中に執筆した論文が高く評価され魔導伯に叙任されたことでも有名。

 科学的手法によって現代理論魔術学の基礎を築き、後年にファレーノ計数機を開発したガブリエーロ・ファレーノ博士など近代の著名な学者も氏を恩師と仰いでいる。

 後年にはガランドーと改名したが、これは西方の言語に由来し、「自分は何も持たないがゆえに、何も拒まず、誰でも受け入れる」という意味を込めたとされている。

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