エイプリルフールIFストーリー
IFストーリー ワンデイ・ノット・ソー・ディスタント・フューチャー
前回のあらすじ
帝都地下に眠るイクサ・ジェネレータを巡る争いの果て、
盾の騎士未来は、帝都を、人々を、そして紙月を守るためにその持てる力のすべてを振り絞る。
命の輝きは、まばゆい。
それはそんなに遠くもない未来のこと。
とはいってもまあ、
町からほどほどに離れた森の中に、小さな小屋が建っていた。
その小屋がいつ建てられたのかは定かではないが、いまでも確かにそこにあることは、時折里に下りてくる魔女の元気そうな姿から見て取れた。
魔女。
そう、魔女。
森の中に住んでる魔法を使う女なので、森の魔女。
最初に呼ばれ始めた理由とはちょっと違うし、なんなら女でもなかったけれど、本人も細かく訂正しないし、人々も詳しいことには興味がなかった。
人々の認識はそんなものだった。
その森の魔女は、紙月といった。
古槍紙月というのが彼の名前だった。
もっとも、郷の人々はみんな森の魔女と呼び親しんでいたので、名前で呼ばれる機会はずいぶん減ったものだった。
魔女様と様付で呼ばれることにも、すっかり慣れてしまった。
その日も紙月は、おとぎ話の魔女のようなとんがり帽子に、それで森の中歩くのはすごいを通り越して馬鹿だよというピンヒールでのんびりと森を歩いていた。
別に暇というわけではない。
人里離れたところに住んでいても、手紙は届くし道は続いている。
西の町で病に苦しむものがいたので治してやったり、東の村でひどい傷を負った木こりの腕を治してやったり、ちょっと遠い町の方で凶悪な魔獣が出たとかいうので暇つぶしがてら蹴散らしてみたり、帝都の大学でなんかよくわからん研究の実験台にされかけたり、いろいろと忙しいのである。
それでまあ、帰ってきたときくらいはのんびりと気を休めたいなあと森林浴がてら森を歩くのである。
生まれ育ちが都会派の紙月としては電気もガスもなければコンビニもないような辺鄙な土地での生活は時々ストレスにもなるけれど、それはそれとしてハイエルフの体は森に何やら親しみを感じるようで、プラスマイナスで言えばややプラスが勝っていた。
「まあなけりゃないで、普通に魔法でどうとでもなるからな……いやでも普通にコンビニは欲しいな」
眠らない町こと帝都なんかでは二十四時間営業の店舗が普通にある。
なんなら深夜にアイスを買いにぷらっと出ることだって可能だ。
紙月が帝都に遊びに行ったときなんかはちょくちょく足を運ぶのだが、深夜の時間帯は大体目の死んだ学者みたいなのとか、目の死んだ冒険屋みたいなのとか、目の死んだ役人みたいなのとか、そういう連中が用法用量を守っていなさそうな量の栄養剤を買い込んでいくのでちょっと期待してたのと違う。
「あと少し放っておくと家が森に侵食されるのがな……」
ハイエルフ・ボディは確かに自然を好むのだが、自然というものは人工物と別に仲がいいわけではないのである。
いつ建てたか本人もちょっと怪しいところのある小屋なんかは、ちょくちょく手入れをしてやらないとすぐにツタだのコケだのに覆われてしまうので、家周りだけでも植物を焼き払えるちょうどよい威力の魔法がないものかと紙月は模索中だった。森を焼くエルフである。
さて、あてもなく歩いていたかのように見えた紙月は、小屋の裏手のすこし開けた広場に足を向けた。
そこには世界観に後ろ足で砂かけるような和風テイスト極まる直方体の石材がどんと鎮座ましましていた。これぞ墓でございと言わんばかりのジャパニーズ墓スタイルである。なんなら石灯籠とか線香立てとか卒塔婆もある。ただし卒塔婆は書いてある文句は思い出せなかったので、無地である。
「《
魔法で土を操り、雑草ごと移動させて墓周りの除草を済ませれば、《
これまた世界観が息してないのと言わんばかりの桶に、思い出したようにファンタジーして魔法で水を注ぎ、また世界観にとどめさすような樹脂とアルミ製の柄杓を突っ込む。
ワンクッション置かないで直接魔法で水かけた方が早いんじゃなかろうかと自分で思いながらも、紙月は丁寧に柄杓で墓石に水をかけた。掃除は魔法でお手軽に片づけてしまったのである。打ち水くらいはまあ、風情というか、なんかこう……手間をかけた方がなんか……価値がある的な……?と本人もあいまいな気分であるが。
あれやこれやと済ませてから、ようやくと手を合わせたその墓石には、帝国公用語である
衛藤未来、と。
「…………明朝体はやっぱ雰囲気が微妙か……?」
なんか会社の看板みたいだな、などとぼやくハイエルフ一匹。
紙月も何とかいろいろ試してみたのだが、ゴシック体はさらに微妙だったし、楷書体はなんども修正を繰り返すうちになんかバランスとか漢字とか自信がなくなってしまったので、仕方なかったのである。
日本語使う機会がなさ過ぎて、自分でもかなり怪しい字を書くことがしばしばあるくらいだ。
時を同じくして、境界の神プルプラによってこの世界に転生してきた紙月と未来。
その際に二人の肉体は、プレイしていたゲームのキャラクターをもとにして構築されてしまった。
ただの現代日本人が過酷な異世界で生き延びていけるように、そしてまたプルプラとかいう邪神がゲームの駒として楽しむために。
紙月のハイエルフという種族には明確な寿命が設定されていなかった一方、未来の獣人という種族は決して長命とは言えなかった。
長くても人間と同じ程度。環境や場合によっては、それはいくらか短くなることもあるだろう。
「さすがに百年二百年となりゃ無理だろうなとは思ってたけどさあ」
紙月が墓石に向けるまなざしには、寂しさが隠せなかった。
「早かったよなあ、本当に」
衛藤未来は大人になる前にこの世を去った。
成人を迎える前に、二度目の死を迎えた。
誰に恥じることもない大往生だったと思う。
強大な敵を前に一歩も引かずに、紙月を、仲間を、そしてこの世界の人々を守って、未来は倒れた。
輝かんばかりの生きざまで、弾けんばかりの死にざまだった。
紙月は衛藤未来という少年を、誇りに思う。
その生涯に、一片の陰りとてないと思う。
などと思えるようになったのは割と後になってからで、その直後は息もできないくらいだったし、敵討ちだといわんばかりに《
しばらくは泣いて暮らしたし酒浸りの日々を過ごしたくらいだ。
でも、時は過ぎる。
心は、存外にしたたかだ。
忘れる。慣れる。過去にする。
親しくしていた人々が自分よりも先に旅立っていく日々は、紙月の精神までをもハイエルフとして成さしめた。
「それでもよ……お前がいない夜は寂しいぜ、未来」
などと寂しげに墓石を撫でて未亡人みたいな顔をする蠱惑的なハイエルフである。寝てから言え。
そんな紙月を後ろから呆れたように見下ろしているのが白銀の大鎧である。
『まーた変なこと言いだしてる』
「失敬だなおい」
『どうせまた悪い酔い方してるんでしょ』
「うるせーやい。今朝は飲んでねえよ」
『今朝まで飲んでたから言ってるんだよ……』
「朝日が出たからリセットだ」
『またわけわかんないことを……』
鎧の中から呆れたようにため息を漏らすのは少年の声である。
でっかい鎧から第二次性徴前の男子の声がするとして、紙月に負けず劣らず性癖を破壊してきた蠱惑的ボイスである。
「よーっし、墓参りも済ませたし、帰って飲むか!」
『全然ヨシじゃないし……飲まないっていう選択肢はないの?』
「俺に死ねと?」
『命かかってるの!?』
「大人はな、酒に頼らなきゃやっていけないときがあるんだよ」
『三六五日二十四時間そういうときな気が……』
「大人になるっていうのはそういうことなんだよ」
『絶対そういうことではなくない!?』
小屋に向けて歩きながら、森の魔女と大鎧はそんな軽口をたたきあった。
そして紙月が笑いながら鎧を小突いた拍子に、ぐらんと兜がかしいで、落ちた。
『しづ、しづづ、しづ、し、し、し、し、』
「ありゃ。やっぱ不安定だな」
ころころと転がる兜。
残された鎧は、びくりびくりと痙攣しながら、ひび割れた声で壊れた音声を垂れ流す。
紙月が兜を取りあげてかぶせてやっても、鎧は元に戻らず、ただ気だるげな溜息だけが森に響いた。
「またダメか。適当な魂じゃやっぱ駄目だな」
紙月がぞんざいな手つきで何かを中空に描くと、途端に鎧は全ての動きを停止し、その場に崩れ落ちた。鎧の隙間から奇妙に黒いどろどろが流れ落ちて、木漏れ日に触れては蒸発したように消えていく。
「うーん……やっぱ闇市に出回るような死霊術でもこれが限界かね」
残念残念。
ひどく軽い調子でつぶやき、そして気を取り直したように紙月は手を叩いた。
その動作ひとつで魔法が発動し、衛藤未来の墓石のそばに直方体の石材が生えてくる。その隣にも似たような石材が生えている。その隣にも似たような石材が生えている。その隣にも、その隣にも、その隣の隣にも、似たような石材が生えている。その後ろにも、その後ろにも、その後ろの後ろにも。
広場には墓石がいっぱいだった。
それは墓地と言って差し支えなかった。
「えーと、なにくんちゃんだったかね。まあいいや。ナムナム」
今回もだめだった。
今回の未来もすぐに壊れてしまった。
前回の未来も、前々回の未来も、前々々回の未来も、みんなみんなすぐに壊れてしまった。
やはり材料が違うとだめなのだ。
けれど仕方ない。本物は一つしかないのだ。うまくできるようになるまで、下手なことはできない。
「ごめんな未来。いつかちゃんと俺がおまえのこと、産み直してあげるからな」
いとおしげに下腹部を撫でた森の魔女は、またゆっくりと森を歩きだした。
それはそんなに遠くもない未来のこと。
とはいってもまあ、
「っていうことになるかもしれねえから、長生きしろよ未来」
「絶対に死ねない理由がそれなのはおかしいからね!?」
用語解説
・死霊術
死者の魂、また死体を操る術とされる。
その存在は眉唾であり、闇市場などで出回る禁書などもほとんどはただの出まかせ。
しかし生贄や違法薬物、倫理にもとる儀式などを用いるとされ、帝国法では厳格に処分される重大犯罪。
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