第四話 討伐確認

前回のあらすじ

第一村人発見なるも、どうも様子がおかしい。

聞けば危険なモンスターが出たとか。

ごめんなさい、やっつけちゃいました。






「ごめんなさい、多分それ全部やっつけちゃいました」


 その瞬間の村人たちの「こいつ何言ってんの?」といった表情は、二人の胸に微妙に刺さった。素朴な村人たちの準備を無駄にしたこと、そして絶対に信じてねえなこいつらという理解が、二人の胸をちくちく刺した。


「ほ、ほっほっほ、小鬼オグレートの群れを全部やっつけたか、また勇ましいことを言いなさる」


 冒険屋を名乗る男は笑って見せたが、それでもそこにはいくらか苛立たしげな様子があった。

 それはそうだろう。冒険屋というのが響きの通り荒事の専門家だとすれば、この男はプロとして小鬼オグレートとやらの駆除を引き受け、それなりの覚悟のもとにここにいるはずなのだ。

 それをあっさりやっつけちゃいましたなどと言われれば腹にも据えかねるだろう。


「まあ、そっちのでかい鎧の方……護衛の人かね、その人なら多少の、」

「あ、ぼくは何もしてないです」


 鎧の中からの声に、再びのざわめき。その声の甲高さと、発言の内容に、二重に困惑しているようだった。


「じゃあ一体何かね、そっちのお嬢さんが一人で片付けたというのかね!? え!?」

「えー、まあ、そうなりますね」

「ふざけてるのか!?」


 ごめんなさい、気持ちはよくわかります、などと言えば火に油を注ぐことになるだろうことは目に見えていた。とはいえどう説明したものかと紙月は悩み、それから、まあどうにでもなれと開き直った。一人ならばそんな開き直りはできなかっただろうが、なにしろ大概のことではどうにもならない、頼りの相棒がすぐ隣にいるのだから。


「大真面目ですとも」

「紙月ちょっとふざけてない?」

「ちょっとだけ」

「お前みたいな細腕に何ができるってんだ!」

「ちょっと魔法が使えまして」


 紙月は左手を持ち上げて、指を動かす。傍から見れば幻惑的なその動きは、何ということはない、ショートカットキーを押す動きだ。

 途端に《火球ファイア・ボール》の魔法が発動し、適当に空に向けてはなってやれば、中空ではじけて消えた。


 そういえば、燃焼物がないのにこの炎はどうやって燃えているのだろうか。

 紙月としては何となく、それこそぼんやりと火球を見上げたつもりなのだが、村人たちにはそれが大いなる余裕ある態度に見て取れたらしい。


「あ、あんた魔術師なのか」

「一応そうなる」

「しかし、いくら何でも一人じゃ小鬼オグレートの群れなんざ、」


 どうやら魔法を使えることはそこまで不自然ではないらしい、と前向きな検討材料を一つ。

 しかし男はそれでも納得がいかないようだった。

 となると、普通の魔術師とやらは、小鬼オグレートが二十匹も出れば対処できないらしい。


 ここで紙月は考えた。


 一つは未来と協力して奮戦した、という形。これは物々しい甲冑姿の未来の姿から想像できる武力を考えても妥当な線だろうと思われた。一人一人では無理かもしれないが、二人がかりならやれるかもしれない。こうすれば、彼らの想像する普通の範囲内か、少し外れる程度の強さと認識してもらえる。

 そうなれば極端に怪しまれることなく、また常識の範囲内の強さということで敬意も得られる。


 もう一つは、紙月が一人で片付けたという、本来の形。これは男の反応からするとかなり常識を逸脱しているらしい。そうなるといらぬ警戒を招くかもしれない。信用されないだけならまだしも、信じられた上で、こっちの方が脅威度が上だと認定されて魔女狩りなんてルートも見えないではない。


 安全度でいえば断然前者だが、しかし、小学生の未来を矢面に持ってくるようなのは話の上だけでも気に食わない。


 だから後者を、と思ったところで、紙月の肩に不器用な手がのせられた。


「大丈夫、紙月?」

「……ああ、大丈夫さ」


 未来からすればただ単に緊張しているのだろうとでも思って声をかけたのだろうが、紙月はそれで少し落ち着いた。将来的な安全を考えた方が二人の為に、つまり未来のためにもなるわけだし、第一、彼を相棒と呼んだのは紙月なのだ。相棒を一方的に守るなんて言うのは、信頼がないみたいじゃないか。


「こっちの鎧が見えません? こう見えて彼は立派な騎士様でね。彼が守って、俺が焼いた。全部じゃないかもしれないが、数えて二十五匹、仕留めたぜ」


 そうして未来から勇気を得た紙月の言葉は、不思議と説得力を持って村人たちに受け入れられた。

 冒険屋の男も、やや渋い顔ながらもそれならばと頷く他ないようだった。


「うーむ。いや、そういうことならば、あるのだろうな。証は取ってきたかね?」

「証?」

「うむ。小鬼オグレートならば耳を切り取ってくれば、討伐の証明として安いが報酬が出る」

「なんだって? ああ、いや、でも」

「どうしたね」

「全部黒焦げで」

「ああ……いや、まあ安いものだからな」


 聞けば一体分の報酬として得られるのは三角貨トリアンなる銅貨が相場で十枚で、これは安宿の一番安い飯くらいにしかならないという。逆に言えば、小鬼オグレートを一体でも倒せば、その日の一食分にはなるのだった。

 確かに安いと言えば安い。

 が。


「そう言えば俺達……」

「この世界のお金は持ってないね」


 ゲーム内通貨はうなるほどあるのだが、見た目こそ金貨ではあるものの実態は知れたものではないし、本物の金貨であったらそれこそ両替が大変だ。何しろ銅貨十枚で安い飯が一食とかいうレベルだから、迂闊に金貨など出そうものなら追いはぎ天国もいいところだ。


 ファンタジー世界に説明なしでゲームの体で放り出されましたに続いて、無一文というニューカマーである。そうとわかっていれば安かろうと焦げていようと多少グロかろうと頑張ったのに。まあ頑張ったところで安飯二十五食分。二人で分けて一日三食食べれば四日と少ししか持たないが。


「うん? どうかしたかね」

「ああ、いえ」


 紙月は少し考えて設定を練った。


「いえね、彼と二人で旅してたんですが、やっぱり旅慣れないもんで、気づけば森に迷い込むわ、小鬼オグレートの群れに襲われるわで散々な上、もう路銀もなくてすっからかん、どうしたもんかと困っていたところでして」


 一応、嘘は吐いていない。

 短い間だが二人で森の中を旅してきたし、旅慣れていないし、気づけば森の中だったし、小鬼オグレートの群れに襲われたし、路銀がないのも本当だ。ただ言い回しに問題があるだけだ。


「なんとまあ。荷物は《自在蔵ポスタープロ》かなんかに持っているのだとしても、そりゃ大変だったろう」


 幸いにも冒険屋の男は信じてくれたようで、何度か頷いて、それから親切にもこう提案してくれた。


「どうだろう。わしは小鬼オグレートの群れの討伐を依頼されとる。そんで村の若い衆の力も借りて山狩りする予定だったんだが、あんたが倒しちまったってんなら話は早い。わしとあんたらで確認しに行って、討伐証明を切り取って帰ってくるのさ。わしはもともと人助けのつもりだったから、報酬はあんたらで分けるといい」

「え、いいんですか!?」

「なに、わしとしちゃ寝酒がすこし上等になる程度の話だったし、報酬もほとんど、集まってもらった村の若い衆で分けてもらう予定だったからな。お前さん方も、この可哀そうな二人に報酬を渡したんでいいじゃろ?」


 若い衆は少し顔を見合わせたようだったが、それでもこの素朴な若者たちは、困った旅人に機会を分け与えることをまったく惜しまなかった。もともとが、自分たちの村を守ることで、そのついでに晩のつまみが一品増えればいいという具合だったのだ。

 自分たちの代わりに仕事を片付けてくれた旅人に報酬を寄越すのは、彼らにしてみれば当然だった。


 よし、よし、と頷き合って、冒険屋と二人の旅人は早速森に潜った。


 道中簡単な会話を繰り返し、二人は冒険屋という男から細々とした知識を得た。そしてまた男もこの二人の恐ろしい世間知らずを思い知り、積極的に様々を教えてやった。

 そのようにして小一時間ほどの道のりはすぐにも過ぎ、確認は早々と済んだ。


「いや、驚いたな」

「いやあ、照れるなあ」

「お前さん方のような世間知らずの箱入りがよくもまあ」

「あ、それ褒められてないのはわかる」


 手早く小鬼オグレートの耳を切り取った冒険屋の男は、コメンツォと名乗った。道中での会話ですっかりと馴染んだこの男は、冒険屋を始めてもう四十年になるという。

 冒険屋というものは、今回のように小鬼オグレートを退治したり、人々の細々と困ったことや、大掛かりに人足が必要な時などに数となったり、つまりは荒事が多めの何でも屋であるという。


 コメンツォはそろそろ引退を考えているが、今回は生まれた村の依頼であったし、依頼主は友人でもあったことから、格安で引き受けたのだという。


小鬼オグレートは危険は危険だが、数体くらいなら、大の大人ならのしてしまえるような相手だからな。報酬も安い。群れになる前に片付けてしまうのが一番なんだが、少しくらいと甘く見ているうちに、今度のように大事になってしまうんだ」


 今回は発見が早かったこと、またコメンツォのような冒険屋が手早く支度を整えたことで、二人がいなくても被害は少なく済んだと思われたが、もし手遅れになっていたら、小さな村程度は壊滅していたかもしれないという。


「なにしろ小鬼オグレートは増えるのも早いし、増えりゃあ食うもんも足りなくなる。そうすると家畜に手を出すし、そうやって村人とも争う。たまに住み分けの出来ている群れも見かけるが、あれも塩梅よな。どちらかに傾けば、どちらかが崩れる」


 残酷なようだが、人間が生きていく上では、やはり駆逐していくほかないのだという。


「今回は、あんたらのおかげで助かったよ。思ったより育った群れだった。わしじゃそろそろ、相手するのも骨だっただろう」

「いやいや、たまたまですって」

「偶然でも、助かった。少し見て回ったが、逃がした奴もいないようだ」

「わかるんですか?」

「奴らは足跡の消し方を知らん。逃げる時には特にな」

「はー、そんなもんですか」

「そんなもん、さ」


 四十年選手の冒険屋は笹穂耳にちょいと口を寄せて笑った。


「実は何となくわかる程度なんだがね」

「えっ」

「村の連中の前じゃ、格好つけんと心配させちまうからな」


 幸い、この日を境にしばらくの間、小鬼オグレートは出なかったという。






用語解説


三角貨トリアン(trian)

 この世界で一番額の小さな貨幣のようだ。

 銅製で、丸みがかった三角形をしている、ギターでも弾けそうだ。


・《自在蔵ポスタープロ》(po-staplo)

 空間操作魔術による魔術具。外見以上の空間を内部に作り上げ、収容能力を高められた品物。

 紙月たちのアイテムを収めているインベントリとは全く別のシステムによるもので、本来の《自在蔵ポスタープロ》は単に見た目のサイズが小さいだけで、重いものを入れればその分重くなるし、容量も普通はそこまではない。

 ネーミングはあの有名な漫画家小雨大豆先生の名作「九十九の満月」に登場する同様の効果を持つアイテム「自在倉」より。


・コメンツォ(Komenco)

 引退間際の親切な冒険屋。

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