第三話 第一村人

前回のあらすじ

まさかの女装大学生というキャラクター付けがなされてしまった紙月。

おまけに相方はいたいけな小学生。

事案だ。






 これを幸いにもと言うべきか、それとも不幸にもと言うべきか、紙月の肉体はかつての紙月としての特徴をしっかりと中心に保っていた。

 つまり、あえて俗な言い方をすれば、ブツはまだ付いていた。


「よかった、のか、良くねえのか……」


 素直に女性の体になっていれば服装に困ることもなかったが、しかし二十二年間付き合ってきた男性としての体と一瞬でお別れする羽目になってまともにアイデンティティを保つことができたのか、紙月にはいささか自信がなかった。


「そ、その、男物の装備って持ってなかったっけ?」

「ねえなあ……効果の高い専用装備って性別限定物ばっかりだったからなあ」


 もう少し《エンズビル・オンライン》がジェンダーに関して融通の利くゲームであればよかったのだが、そこはそこ、性別であれ種族であれ、限定という響きをプレイヤー自身が望んでいたのだから致し方がない。


 いま紙月が見下ろした限り、その装備は直前のプレイ内容を忠実に再現しているようだった。


 頭にかぶっているいかにもと言ったとんがり帽子は《SPスキルポイント》の消費を大幅に抑える《魔女の証明》であるし、履きなれずふらつくピンヒールは《特権階級》といって、移動速度と引き換えに《SPスキルポイント》の自然回復速度を大幅に底上げする装備だ。

 ワンピース型、というよりは、分類としてはビスチェドレスになるのだろうか、肩と背中を大胆にさらすドレスは《宵闇のビスチェ》といって魔法防御力を大いに上げる効果がある。

 左手の小指に嵌められた細身ながらも細かな装飾のなされた指輪は、《悪魔のエンゲージ》といって、魔法攻撃力をかなり引き上げる指輪型の武器だ。殴ればそれなりのダメージも与えられる。はずだ。


 未来に言われて気付いたが、唇には黒のリップが塗られていて、これはアクセサリーの一種である《アモール・ノワール》だろうと思われた。《詠唱時間キャストタイム》と《待機時間リキャストタイム》を短縮し、戦闘を有利に運ぶ効果がある。


 他にもいくつかのアクセサリーなどを確認し、そして出た結論が、これを着替えるわけにはいかないということだった。


「汎用性で言ったらこれの他にないんだよなあ……」


 それこそそのままパーティにでも出れそうな格好ではあるが、何しろゲーム内で、戦闘を前提として組んだ装備である。ある程度どこにでも行けるように汎用性が高いのは確かだが、これ一揃いでゲーム内の稼ぎがあっという間に吹き飛ぶだろういわゆる「ガチ」の装備である。

 何が起こるのか、そもそも何が起こったのか全く分かっていない現状、おいそれと着替えるわけにもいかない。


 一応そう念じればステータス・メニューが開けたし、インベントリから他の装備も探せたのだが、どれも女性もので、物によってはもっと露出度が高かったり、変に悪目立ちするようなものばかりで、黒尽くめの現状が一番ましと言えばましだった。


「その点、未来はいいよなあ」

「まあ、鎧の下が全裸でないのは助かったけど」


 そういう未来は、すでに最初のように白銀の甲冑に身を包んでいた。

 何があるかわからない以上あまり無防備に身をさらしているのは得策ではないし、なにより小さい体よりも大きな体の方ができることは多い。


 例えば。


「……運ぼっか?」

「……かたじけねえ」


 慣れないピンヒールで早々に足を痛めかけている相方を抱き上げて運ぶなどだ。


「小学生に抱き上げられる経験があるとは思わなかった」

「ぼくも大学生を抱き上げるって夢にも思わなかったよ」


 とはいえ、見た目には白銀の騎士がほっそりとした淑女を抱き上げているという、それなりには見えそうな絵面ではある。中身が男子小学生と男子大学生であることをのぞけば。


 ある種、ジェンダー観に対するPR活動のような奇妙な姿で、二人はしばらく森の中を彷徨った。


 森の中で迷ったら迂闊に動いてはいけないとは言うが、そもそもどうやってここに来たのかもわからないうえに、先程は謎の集団に襲われまでしている。一所に座していたところで助けが来る保証もなし、こうして動き回るのもやむなしである。

 などということをいちいち考えていたわけではなく、とりあえず行こっか、と全く頭の軽い出発ではあったが。




 一時間かそこら、簡単な自己紹介の他、話す話題も尽きて、思いつく限りの疑問もすべてなんなんだろうねで終わってしまい、しりとりになど興じ始めたころ、二人はようやくにして森が途切れ始めることを知った。


「お。林くらいにはなってきたか」

「まばらになってきたね。あ、あれ煙じゃない?」

「ホントだ。人がいるのかね」

「さっきのゴブリンだったり」


 などとのんきなことが言えたのはそのあたりまでで、実際に煙に近づいてその物々しさを知るにつれて、二人は顔を見合わせるのだった。


 二人がそこに辿り着いたのは、日の傾き具合から言って昼頃のことだったが、森の入り口を塞ぐように逆茂木がいくつも立てられ、かがり火がたかれ、弓矢や斧、古めかしい剣や鉈などで物々しく武装した十数人の男たちが不躾な視線を向けてくるのだった。


 自分を抱き上げる腕が緊張に身構えるのを感じた紙月は、まず相方の肩を叩いて落ち着かせてやって、それからその腕からゆっくりと降りた。感触を確かめるように何度か足踏みし、慣れないピンヒールでそれでも精々見られるようにしゃなりしゃなりと歩いて見せる。


「あー、すみませんが、」


「喋った!」

「喋ったぞ!」

「森の中から人が!」


 妙な反応である。

 改めて顔を見合わせてみるが、相方の顔は兜で見えないし、見えたところで自分と同じように困惑していることだけは確かだろう。


「あー、その」


「やっぱり喋った!」

「喋ったぞー!」

「人間なのか!?」


 話が通じない。


 と考えて、フムン、と紙月はここに前向きな案件が生まれたことに気付いたのである。


「言葉、通じるっぽいな」

「みたいだね」


 どうも見た感じ、アングロサクソンじみた顔立ちの人たちなのだが、先程から口々に発している言葉は聞き慣れた言葉と相違ない。


(というよりは……)


 じっと口元の動きを見てみれば、聞こえてくる音と実際の口の動きにはかなり違いがみられる。


「いよいよもって異世界転移ものみたいになってきたぞ」

「やっぱり、自動翻訳ってやつかな」

「まあ、話は早いけどよ」


 とにかく、言葉が通じるならば話も通じるはずだ。理性的な相手であれば。

 覚悟を決めた紙月はもう一歩踏み出す。


「すみませんが、どなたかお話の出来る方は」

「あ、あんた」


 紙月が繰り返そうとしたところで、集団の中から年かさの男が歩み出た。顔立ちが違うためか年齢ははっきりとはわからなかったが、五十かそこらと言ったところだろう。髪には白いものが混じり、体格こそ立派だが、やや衰えが見える。

 それでもやはり集団の中の代表格なのだろう、彼が声を発すると同時に、他の者のざわめきもひいた。


「あんた、その、見慣れない格好だが、人族かね」


 これには答えに窮した。

 なにしろ人間だと言いたいところだが、どうも今の体はそうではないようなのだ。

 もし人間だと言って、後から違うとばれたらどうなるのか。

 またいま正直に人間ではないと言ったらどうなるのか。


 少し考えて、紙月は正直に答えることにした。

 彼らが、紙月が言葉をしゃべったことに強く反応したことから、種族がどうとかいうよりは言葉が通じるかどうかを重要視しているように感じたからだ。


「えーと、俺は紙月。ハイエルフ。こっちは未来。獣人だ」

「あ、未来です」


 鎧の中から響く違和感に満ちた音声に男たちは少しざわめいたが、それもすぐに収まった。


「はいえるふ、というのは聞いたことがないが……獣人というのは、獣人ナワルのことかね。獣の特徴を持った隣人種……」

「あー、多分、そんな感じです、ハイエルフってのは、俺みたいに、耳のとんがったやつで」

「ふーむ……わしも長く冒険屋をやっているが、聞かぬ種族だね」

「あー、まあ、あんまり目立たない種族なんで」


 嘘は吐かない範疇で適当に会話をしてみたが、男は前時代的な武装をしている割に理性的なようだった。いや、この世界ではこのスタイルこそが時代に適っているのだろう。むしろ、落ち着いてみてみると、他の男たちが、それこそ農民が武装したといった体であるのに比べて、男は戦うものとして洗練された武装をしているようだった。

 それこそが、冒険屋という聞き慣れないワードの所以なのかもしれない。


「それで、俺達は森から出てきたばかりでよくわからないんですが、ずいぶん物々しいようで……」

「おお! そうだ。あんたがた、森の中からやってきたというが、無事だったかね!?」

「へ? え、ええ、まあ、無事と言えば、無事ですけど」


 男たちは物々しいではあるが純朴なようで、旅慣れない女性そのものにしか見えない紙月が危害に合わなかったことにほっと安堵の息をついているようだった。


「うむ、いまこの森では小鬼オグレートの群れが見つかったとの話が出ていてな」

小鬼オグレート? それは?」

「知らんかね。いや、あいつらはまず危険な奴らでな。緑色の子供くらいの大きさの魔獣なんだが、頭もいいし、群れで襲ってくるんで、一人二人でいるときに襲われたらまずたまったもんじゃあないんだ」


 身に覚えがありすぎた。


「あの……どれくらいの群れが……?」

「三十はいかないということだったが、まあ儂の経験からも二十かそこらだと思うよ」


 身に覚えがありすぎた。


「…………なあ、未来」

「うん、多分、そうだよね」

「どうしたね? ああ、いや、小鬼オグレートの群れとすれ違ったかもしれないなどと聞かされたらそら恐ろしいだろう。村まで少し歩くが、ゆっくり休んで、」

「あ、いや、その」

「なあに、安心しなされ。わしと村の若い衆がいれば小鬼オグレートどもなんぞ」

「いえですね」


 慣れないながらも勇ましく拳を作って笑って見せる村の若い衆には申し訳のないことであったが、この先延々と無駄な作業をさせる事を思えば、いまここで正直に言った方がいい。

 いつもすなおに、それが二人のスローガンとして固まった瞬間であった。


「ごめんなさい、多分それ全部やっつけちゃいました」






用語解説


・《魔女の証明》

 ゲーム内アイテム。《魔術師キャスター》専用の装備。《魔女の集会》と称される一連のイベントをクリアすることで入手できる。

 《SPスキルポイント》の消費を大幅に下げる効果がある。

『魔女の証明なんて簡単な物さ。つまり、私だ、って言えばいいのさ』


・《特権階級》

 ゲーム内アイテム。女性|魔術師《キャスター》専用の装備。《七つの大罪》と称されるイベント群のうち《傲慢》をクリアすることで入手できる。

 移動速度と引き換えに《SPスキルポイント》の自然回復速度を大幅に底上げする効果がある。

『歩きづらくないかって? 違うわ。歩く必要がないのよ。これは踏みにじるための靴なのだから』


・《宵闇のビスチェ》

 ゲーム内アイテム。女性|魔術師《キャスター》専用の装備。

 魔法防御力を大いに上げる効果がある。特定の悪魔系ボスからドロップする。

『暗闇の中で着飾ることを忘れちゃいけないわ。見えないところこそオシャレしなくちゃ』


・《悪魔のエンゲージ》

 ゲーム内アイテム。女性|魔術師《キャスター》専用の装備。分類上「杖」である。

 特定の悪魔系ボスから低確率でドロップする。つまり婚約指輪を力技で奪い取っているわけである。

 魔法攻撃力をかなり引き上げる指輪型の武器で、武器攻撃力自体もそれなりにある。

『悪魔にも慈悲はある。この指輪がまだ婚約で済んでいるのは、お前が伴侶を得る時のためだ』


・《アモール・ノワール》

 ゲーム内アイテム。分類上は「アクセサリ」。満月の夜にだけ開店する店舗で、時間制限付きのミッションをこなすことで入手できる。

 《詠唱時間キャストタイム》と《待機時間リキャストタイム》を短縮する効果がある。

『愛を唇に乗せるときは、急がなくていいの。でもしっかりと、確実に』


・白銀の甲冑

 ゲーム内アイテム。正式名称白亜の雪鎧

 いくつかの高難度イベントをクリアすることで得られる素材をもとに作られる。

 炎熱系の攻撃に対して完全な耐性を持つほか、純粋な防御力自体もかなりの高水準にある。

 他の高レベル属性鎧と比べて比較的使用されることが多い理由は、「見た目が格好いい」からである。

『極地の万年雪の、溶けては積もる億年の積み重ね、その結晶をいま受け取るがよい』


・自動翻訳

 何故か成り立ちもすべて異なる異世界で日本語が通じる現象。そのくせネット用語や俗語は通じなかったりする。言葉が通じない設定にすると転生して一から言葉を学びなおす場合はともかく、転移して身振り手振りでコミュニケーションをとらなければならないとどうしてもテンポが悪くなるので、「そのとき不思議なことが起こった」くらいの勢いで言葉が通じるパターンが多い。そしてそのまま全世界規模で言語が統一されていたりする。


・人族

 いわゆる人間のことであるらしい。

 それにしても、世界が違うというのにどうして人間はそのまま人間なのだろうか。神の怠慢なのか。


獣人ナワル(nahual)

 人族から獣の神アハウ=アハウ(Ahau=ahau)の従属種となった種族とされる。

 人族に獣や鳥、昆虫の特徴を帯びた姿をしており、これはその特徴のもととなる動物の魂が影の精霊トナルとして宿っているからだという。

 トナルは生まれた時に決定され、これは両親がどのようなトナルを宿しているかに関係なく決まる。そのため、熊の獣人ナワルと猫の獣人ナワルからカマキリの獣人ナワルが生まれるということも起こりうる。とはいえ、基本的には接触することの多い同じトナルを宿して生まれてくることが多い。

 どの程度獣の特徴が表出するかは個人個人で違うが、訓練によって表出部分を隠したり、また逆に獣の力を大きく引き出すこともできるとされる。


・冒険屋

 いわゆる何でも屋。下はドブさらいから上は竜退治まで、報酬次第で様々なことを請け負う便利屋。

 きっちりとした資格という訳ではなく、殺しはしないというポリシーを持つものや、ほとんど殺し屋まがいの裏家業ものまで幅広い。

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