第十一話 鋼鉄の守護者

前回のあらすじ


地下水道へと挑む一行

果たしてこの先に待つものは。










 地下水道はカビの匂いや汚水のにおいなどはしたが、造りそのものは頑丈なようで、古代からのものと言いながらも水漏れもなく、壁面に崩れも見当たらなかった。

 それどころか、白くのっぺりとした壁面や天井、床を構成するものが一体何なのか、紙月たちには想像がつかないほどだった。


「古代聖王国時代って言ったか。いったいどれくらい昔なんだ」

「二千年くらいと言われてますな」

「二千年! それにしちゃ、全然劣化がないな」


 しばらく進んで未整備区画に入ると、鉄柵などは朽ちて落ちてしまったりしているが、床材などは奇麗なままである。


「さっき、私の剣を見せただろう」

「ああ、なんて言ったっけ、すぺる……?」

スペル硬質陶磁ツェラミカージョさ。これはね、古代遺跡の一部から削り取ったものなのさ」

「へえ!」

「遺跡を構成する素材はどれも恐ろしく頑丈でね。この地下水道の壁や床の建材として使われているのは聖硬石なんて呼ばれてるけど、いったいこいつが何から作られ、どうやって作られたのか、今の私たちにはまったくわからないままなのさ」


 何しろ二千年という長期間を、このような劣悪な環境下で耐え続けているのだから、紙月たちの知識にあるような普通の物質でないのは確かなようだった。あるいは魔法的な処理を施して初めて到達するものなのかもしれない。


「何しろ阿呆ほどかたい素材でできているから、無理やり掘り進めたりもできず、素直に探索するしかなくて、いまだに帝国は地下水道を制覇したことがないくらいさ」


 しかし、だからこそ都市部の冒険屋にとってはいい仕事場となっているらしい。何しろ仕事がなくなるということがないし、地下であるから季節に左右されるということもない。地下水道専門でやっている冒険屋たちも多いという。


「まあ、私はちんたら探索するのなんざ性に合わないから、日の下で元気に歩き回る方がいいけどね」

「堅実性ってもんがなくっていけねえや」


 ムスコロからしてみれば安定して稼ぎが得られるという事の方が魅力的であるらしい。つくづく見た目と中身の釣り合わない二人である。


 いくらか歩いて、未整備区画に到達したところで、四人は遅めの朝食とも早めの昼食とも言える食事を手早く済ませた。地下水道では食欲も出ないので、パンとチーズ、それに干し肉の簡素なものだ。


 そして食事がすむと、四人は穴守の特徴を再確認した。とはいえわかっているのは姿かたちと大まかな攻撃方法だけで、いまだに効果のある攻撃手段は発見されていないというから、ほとんど情報がないのも同じである。


 なので大雑把に戦い方を決める程度にとどめておいた。


 つまり、前衛を未来が受け持ち、盾となる。そのすぐ後ろを紙月が砲台として構える。ムスコロとシャルロは控えとして後ろで見守る。

 この組み合わせには特にムスコロから文句が出た。


「姐さんたちだけに任せるわけには行きやせんぜ」

「そうだ。私たちも見ているだけじゃつまらない」


 ムスコロは責任感から言い、シャルロは退屈は御免だと言ってくる。

 もっともな意見だったが、何しろ二人の武器では効果が薄そうだというのはわかっていることである。


「ミライの盾を貫ける敵ってのは、まずいない。いないが、もし抜かれた時、未来が倒れた時、俺一人じゃ助けるに助けられない。そのときに二人には手助けしてほしい」

「フムン」

「次に俺の攻撃だが、相手が頑丈であればるほど、俺の攻撃も苛烈になる。味方を気にかける余裕がない。なので少なくとも、相手の装甲をぶち抜くまでは、控えて欲しい」

「ぬーん」


 何しろ二人とも、口では何と言おうと実際のところ相性の関係であまり助けにはなれそうにないことを理解しているので、渋々と了承した。

 わかり切ったことと言えばわかり切ったことではあるが、こうしたことをきちんと確認し、伝えておくことは、後々勝手なことをされる場合を考えれば、大事な事である。


 四人が意を決して通路を進むと、そいつはすぐに姿を現した。


 最初は行き止まりについてしまったかと思うほど、その体は巨大だった。


 その姿は見るからに分厚い装甲に護られた四つ足の騎士とでもいうべき姿で、四つの腕は話に聞いた通り、槌、剣、盾、そして謎の管を掲げている。

 土蜘蛛ロンガクルルロを重武装させればこのようになるのではないかとも思わせたが、はるかに分厚く、重たく、そして剣呑である。


 四人がある一線を超えたあたりで、その頭部は隙間から真っ赤な光を放ち、耳が痛くなるほどの警報を鳴らし始めた。

 シャルロとムスコロはこの位置で待機し、未来が前衛、紙月が後衛としてさらに進んだ。


 やがて穴守の巨大な剣が届くか届かないという距離になって、更に警告を訴えるように、穴守は足踏みを始めた。そして不意に警報が止み、巨大な剣がぎゃりぎゃりと床を削るようにして振り回される。


 おそらくはこれが最終警告なのだろう。これ以上進めば、穴守は今度こそ容赦なく剣を振るい、襲い掛かってくるだろう。


「ここらで仕掛けるか……未来、盾構えとけ」

「うん」


 白銀の《白亜の雪鎧》に合わせて構えた盾は《六花むつのはな》といい、雪の結晶を模した美しい盾である。繊細な見た目によらず、最上級の防御力を誇る属性盾の一つである。

 未来は油断なくこれを構えて、腰を落として敵の攻撃に備えた。


 そのひんやりとした鎧の上に飛び乗り、紙月は指先を穴守に向ける。

 むやみやたらに攻撃しても、あの分厚い装甲は貫けないだろう。ならば、ここは魔力を一点集中し、一発にかけるのが良い。


 ちりちりと指先が熱を持つほどの魔力の集中に、穴守は警戒を強めたようだったが、それでも、一線を超えない限りは攻撃しないようにプログラムされているのか、威嚇以上の振る舞いはしてこない。

 それを好都合と紙月は込められるだけの魔力を込めて、そして解き放った。


「《火球ファイア・ボール》!!」


 常でさえ対象を丸焦げの炭にまで焼き尽くすような業火が、制御しうる限界の莫大な魔力を込められた結果、火球は赤を通り超えて青白く発光し、まばゆい光を放ちながら穴守へと衝突し、そして焼き尽くさなかった。


 焼き尽くさなかった。


「……あれ?」


 激しい爆発音とともに火球は確かに爆ぜた。爆ぜたのだが、もうもうと立ち上る土煙が晴れた後、そこには穴守が全く健在のまま立ちふさがっていたのである。

 いや、健在というには、爆発の余波か熱量のせいか、脚部が一部溶けてしまっているが、しかし胴体に至ってはほとんど無傷であった。


 というのも、


「まさか、対魔法装甲か!?」


 掲げられた盾は、魔力の流れを阻害し、魔法の成立そのものを妨害して解体してしまう、あの対魔法装甲だったのである。さすがにとてつもない熱量が直撃したために熱で歪んではいるが、対魔法効果自体は健在のようである。


「あ、姐さん! 引きやしょう!」

「魔法が効かないんじゃまずいね!」

「ふ……」

「姐さん!?」

「ふふふふははははははははははっ!」


 魔法が効かないという一大事に青くなったムスコロと、応援に入るべきかと剣を抜いたシャルロであったが、返ってきたのは実に楽しげな笑い声である。


「まさかこんなに早くリベンジの機会が来るとはな! 前回は物理ごり押しで倒したが、今回は、今回こそは魔法で正面から突破させてもらうぞ!」

「あーあ、紙月の悪い癖だ」


 障害が困難であれば困難であるほど、壁が高ければ高いほど、盛り上がってしまうのが紙月というゲーマーであり、そしてその薫陶を受けた未来にしても、それに呆れこそすれ止める気などないのである。


 再び魔力をため込み始めた紙月に警戒し、そしてまた強烈な攻撃を受けたことで、穴守は分厚い剣を振りかぶり、未来に襲い掛かった。


「《タワーシールド・オブ・ジェド・マロース》!!」


 迎え撃つのはそびえたつ氷の壁である。

 魔力に応えた冷気が瞬く間に大気を凍らせ、集められた水分を氷漬けにして凍てついた壁を生み出したのである。


 穴守は刃が通らぬとみるや即座に武器を槌に切り替え、氷の壁を打ち砕きにかかった。

 激しい衝撃が盾全体を揺らし、未来自身もその衝撃を抑え込むように一層の力を込めた。

 土は確かに凍りを砕きつつあったが、しかしその度に新たな水分が隙間へと入り込み、より氷の層を分厚くしていく。


「おお、なんという光景だ! 真冬の北部のようだ!」

「シャルロ、もう少し下がれ! 足元が凍り始めてる!」


 なかなか氷の壁を砕けず、そしていよいよもって紙月の魔力の高まりが尋常でなくなってくると、ついに穴守は奥の手を切り出してきた。そう、例のあの筒状となった謎の手である。

 ぐるりと腕が回され、筒がまっすぐに氷の壁に向けられた。

 ドロリ、と何か液体のようなものがあふれ出し、そして次の瞬間、液体に火がともり、恐ろしい勢いで炎が噴き出されたのである。


「火炎放射器だ!」

「未来、耐えられるか!?」

「耐えてみせるよ! 《金城キャスル・オ鉄壁ブ・アイロン》!!」


 氷の盾全体に未来の魔力がいきわたり、火炎放射に溶かされながらも鋼のような強度でこれに耐え始めた。

 強烈な火炎放射に加えて、更に槌による打突が加えられ、氷の壁に亀裂が入った。


 激しい衝撃が繰り返され、いよいよ氷の壁全体に亀裂が入り、砕け散る寸前、きらりと光が奔った。


「もういいぜ―――《燬光レイ》!!」


 全身が脱力する程の魔力を注ぎ込まれた一筋の閃光が、穴守の掲げた盾を撫でた。

 強力な攻撃を受けた穴守は一時退却を選択し、そして一歩下がった瞬間、その振動で、真っ二つに切り裂かれた身体が左右に崩れ落ちたのだった。










用語解説


・聖硬石

 古代聖王国時代の遺跡によくみられる極めて頑丈な建材。

 石のようではあるが、継ぎ目もなくひとつながりにのっぺりと壁を構成していたりと、謎が多い。

 現代でも再現できていない技術の一つである。

 スペル硬質陶磁ツェラミカージョのように削り出して武器などに使われることもある。


・《六花むつのはな

 ゲーム内アイテム。《白亜の雪鎧》と一組の盾。

 いくつかの高難度イベントをクリアすることで得られる素材をもとに作られる。

 炎熱系の攻撃に対して完全な耐性を持つほか、純粋な防御力自体もかなりの高水準にある。

 他の高レベル属性鎧と比べて比較的使用されることが多い理由は、「見た目が格好いい」からである。

『触れることの叶わぬ、ただ一瞬の花。だがこれより堅牢なる盾のないことを知れ』


・焼き尽くさなかった

 いつものやつ。


・《タワーシールド・オブ・ジェド・マロース》

 《楯騎士シールダー》の覚える冷氷属性防御|技能《スキル》の中で最上位に当たる《技能スキル》。

 範囲内の味方全体に効果は及ぶが、使用中は身動きが取れず、また常に《SPスキルポイント》を消費する。

『冬将軍は争わない。その前にすべての有象無象は平等に無価値だからだ』


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