第四話 女装ハイエルフ・ケモノ少年・女装男子

前回のあらすじ


方々に火種をまき散らすような注意喚起を行う美少年ウラノ。

それはそれとして帝都風呂巡りが宣言されるのであった。




 カラスの行水めいて早風呂を済ませた三人は、湯冷めせぬよう手早く、しかししっかりと体を拭き上げ、髪をぬぐい、水気を落として服を着こみ、さっそうと夜の街へ繰り出した。


 未来は目立つ鎧を着こむことはなく、もこもこと着ぶくれたようなコート姿。紙月は冬の定番たる燃え盛るような赤の羽飾りが目立つ《不死鳥のルダンゴト》。

 そして案内人たるウラノは、パニエでふんわりとさせて腰のラインを隠したミニスカートのワンピースに、丸っこいパンプス、オーバーニーソックスをガーターで留めた堂々たる女装であった。レザーのハーフ・グローブが指先を、ショート丈のコートは袖が大きく手元をやや隠している。ふんわりしたファーが肩幅をさりげなくごまかし、鮮やかな赤のロング・マフラーが控えめな喉仏を覆っていた。ロングの白髪はツインテールでかわいさと活発さを放散しているようでさえある。


 最初から装備してたし体に合うのでなんとなく着てる紙月と違い、ガチの実用かつファッション目的の女装であった。わずかにうかがえる骨や筋からがやや見えるが、それがかえってアンバランスな魅力となっていた。変な言い方になるが、これと比べたら紙月などはファッション女装と言っていいだろう。本当に何を言っているんだ。

 これには紙月も感心したし、未来も驚いた。どこに隠したんだろうと。


「はー……気合の入った女装だな」

「それを言ったらキミもだろ」

「…………紙月で見慣れちゃったけど、女装の人って珍しいね」

「まあね。でもほら、似合うだろ?」

「うん。紙月くらい女装が似合う人って初めて見た」

「はっはっは、そうだろう? でもごめんね。オレの方が可愛いだろ?」

「おまえメンタル強いなあ……」

「何しろ似合うから女装してるからね! 似合うから好き! オレってかわいい!」

「うーん、強い」


 紙月も大概自分の顔の良さというものを自覚して、意識的にも無意識的にも武器にしているが、ウラノは極めて肯定的に自分の顔の良さと女装映えを気に入っているらしい。ばちこんと決めるウィンクも様になっている。そのために美容にも気を遣っているし、化粧にも金をかけているし、衣装代も馬鹿にはならないとはぼやくが、その苦労自体も甲斐の内らしい。


 敬語とかいいから、気軽に行こうぜ!と言われた未来は、なるべくフランクを気にかけながら会話してみたものの、気安くなればなるほどに、女装男子二人に挟まれた自分の現状が奇妙に思えてならなかった。

 もし鎧姿で歩いていたら、美女と美少女を侍らせているように見えたのかもしれない。少年姿の今はじゃあ一体何なのかとなると本当に意味が分からない。


 オセロだったら僕も女装することになるのかな、などとぼんやり考えてみたが、未来には自分の女装姿はうまく想像できなかった。もちろん、そんな考えはおくびにも出さない。出したら嬉々として女装させられそうな気がしたからである。

 そしてその考えはあながち間違ってもいなかった。

 ウラノは喜んで女装術を伝授しただろうし、紙月は紙月で未来を着飾らせることに否やはないのだ。


 そして多分、未来も紙月の隣に立つなら別にそんなにいやでもないだろうなとちょっと思ってしまうのがちょっともやっとするところである。


 二人を連れたウラノは、通りに出るやすぐに適当な辻馬車を拾った。タクシーのようなものである。帝都は広く、道も多く、慣れないものだけでなく現地の市民にとっても移動するための脚は必須といってよかった。そのため辻馬車は数多いのだ。


 目的地を告げて馬車に乗り込むと、ウラノは案内人として、というよりも単に彼自身が話好きなのだろう、促すまでもなくあれやこれやとガイドを始めてくれた。


「温泉ってなるとやっぱり南部が有名だし、旅行誌なんかにも南部の温泉地帯がよく紹介されてるんだけどね、実は公衆浴場の数は帝都が一番なんだよ。知ってた?」

「へえ、まあ都会だし、必要だからってことか?」

「そうそう、まあそういうことさ。もともととにかくでっかいのが各地区にあったんだけど、でも設備は最低限っていう、まあほんと公共施設だったんだ。一応それでも足りてたんだけど、街道が整備されたり、出稼ぎ労働者が増えたりしてきて溢れるようになっちゃってね」


 それまでも帝都は人の往来の多い都市だった。帝国の首都であるし、皇帝陛下の住まう宮殿もあれば、政治の中枢たる元老院議会所もある。都市としての規模も大きく、設備も整っている。そもそもが古代聖王国時代に建造された超技術都市なので、中心部は上下水道完備。人が多ければ消費も多く、全国各地から商人が集まり、また去っていく。近隣の村や町から食料品が毎日積み込まれては消えていく。


 そうして蓄えられた富は蓄えたままにされることはなく、経済の振興や、帝国各地との連絡の利便を求めて、様々な公共事業に用いられてきた。

 そのひとつが街道整備であり、また新規の街道工事であった。町と町を結ぶ道は、言ってみれば血管のようなものである。それが太く丈夫であれば、血流はより多く、滞りなく流れる。しかし血流が増えても、それを処理する内臓器官が未熟なままでは、流れ込む端から滞ってやがては病につながる。

 溢れかえる求職者をさばくためでもあった大街道の開通工事。帝都と各地をつなぐ大動脈の敷設は、結果として帝都をパンクさせかねない大流通を引き起こしてしまった。


 宿が増え、商館が増え、馬車が増え、建物は建て替えられ、道は広げられ、年がら年中あちこちで工事が続いた。その工事に携わる人足にんそくの増加もまた都市を汚していった。

 公衆浴場の数が足りない。風呂の神官も足りない。足りないだけならともかく、マナーも何もわからない者たちが汚す、壊す、時には犯罪も引き起こす。


 そこで決断を下したのが時の皇帝と元老院である。


「えーと、何代前になるのかな、とにかくいつかの皇帝の御世にね、公衆衛生を改善するためにっていって、風呂の神殿を強く援助して、公衆浴場を次々に建設していって、風呂の神殿も神官の見習い派遣を始めたんだ」

「見習い派遣って?」

「最低限の加護を授かった神官を、新しい公衆浴場に派遣してそこで修業させることにしたんだって。ほら、神官って、修行を積んで偉くなるほど、なんていうか…………だろ」

「あー……世間と没交渉になるやつだ」

「それそれ。だから若い子増やして、話が通じるうちにどんどん派遣していったんだ。だから今の風呂の神官はみんな半聖半俗な感じだよね。まあそんなこんなで、なにしろお国が後押ししてる事業だからさ。免税だとか補助金が出るだとか、ほんとあちこちに建てられまくったんだって。中には風呂の神官が足りないから、ひとりで何軒も行脚するような神官もいたんだとか」


 これは事業者だけでなく、風呂の神殿にとってもチャンスだった。

 まあトップ層はそもそも世俗のことに興味がわかないくらい頭がゆだっているので、実際に神殿を経営している中間層が飛びついたわけだが。

 そして家を継げるわけでもない、かといって帝都での仕事探しにも難儀しているという求職者たちは、このブームに乗れば食うには困らないと次々に風呂の神殿に入信。

 こうしてイケイケムードの中間層が促成神官を次々に送り込み、一日中風呂につかっていられる環境で神官たちは順調に加護を授かっていき、その加護を生かしてさらに公衆浴場が増え。


 それでどうなったのかというと、だ。


、らしいんだよね」

「抜けた?」

「なにが?」

「底がね。地面がね。どん、と抜けたんだってさ」

「ええ?」


 風呂の神官は、風呂にかかわる加護を授かる。

 よく知られているのは風呂でのぼせないだとかのわかりやすく、他愛のないような加護だが、もちろんそれだけなわけがない。

 ある程度修業を積んだ、つまり頭が茹るくらいに風呂につかり続けた神官は、湯を沸かす加護や、湯を浄化する加護、そしてついには温泉を湧かせる加護を得るとされる。


 沸かすのではない。

 湧かすのである。


 前者が液体を煮え立たせることに対して、後者は水が噴き出て現れることを言う。

 つまり、その加護を授かった風呂の神官は、地の底から温泉を湧き出させることができるのだ。

 これによってある程度育った神官たちはあちこちで無計画に温泉を湧かせるようになった。だってみんな温泉は好きだし、たくさん温泉があった方がみんな嬉しいよねっていう完全なる善意から。

 それがもともと存在していた水脈を引き当てる程度ならまだましで、なにしろ神などという超常存在の授ける加護である。


 ──突如、帝都の地下から溢れだした源泉。


 硬いはずの地面のあちらこちらに、ぽっかりと空洞ができて温泉が満たされている。そしてそれは浴場として使いやすいように地上に湧き出てくる。湧き出てくればその分地下の水量は減り、空洞がさらされる。

 あとに残るのは悲しいくらいのである。


 事態に気づいた元老院がストップをかける前に、盛大な地盤沈下によって帝都の複数個所が陥没。地震被害による間接的な被害多数。ライフラインの寸断による影響大。最終的な死傷者は三桁に及び、行方不明者はそれに倍するともされる。


「あ……アホすぎる……!」

「そうなんだよねえ……でもまあ、何もかも急な変化だったらしいからね。対応が追い付かなかったっていうのも仕方ないとは思うよ。そんなこんなでブチ切れた元老院が規制をかけたから最盛期よりは減ったらしいけど、それでも帝都にはびっくりするくらいたくさんの公衆浴場があるってわけ。もちろん、温泉だってまだあるよ」


 都市の地下を巡る上下水道などは多くが超硬スペル混凝土ベトノ……古代聖王国時代のトンデモマテリアルである超硬質コンクリートなどで固められていたので重要な機能は無事だったらしいが、そういった地下構造物がない地区や、そもそもの帝都の範囲外である増築部分に関しては惨憺たるものだったとかで、これには元老院だけでなく風呂の神殿側も問題視して、促成神官というもの自体が見直されていったとか。

 いまではきちんとした地質調査や役所への届け出などかなりがちがちに固められているそうだった。


「まあそういう過去の災害は教訓として、いまはとにかく建てればいい!ってんじゃなくて、泉質だったり、変わり湯だったり、他の目玉なんかを用意してて面白いものだよ。まあ安心して!オレはもうずいぶんいろんな風呂屋を巡ってるんだから!」

「へえ、そんなに風呂好きなのか?」

「まあね、それもあるよ。それ以外もね」

「それ以外って?」

「そりゃあもちろん大人の目的さ!」

「大人の……?」

「おい馬鹿やめろ」

「おっとっと、大丈夫大丈夫、今日は健全なところだけさ!」


 たぶんえっちなことの話してるんだろうなあとは思いながらも、未来にはまだえっちなこととお風呂は密接にはつながらないのであった。






用語解説


・上下水道

 帝都は古代聖王国時代にも中心的な都市として設計されたようで、極めて高度な上下水道を始めとしたインフラが整っていた。

 そのため古代から現存している中心地の建物には普通に家風呂や水洗トイレもあったりする。飲用水も普通に蛇口をひねれば出てくる。

 そのため、現代の最新技術で建てられた建物でも中心地から外れると水に困ったりと、妙な逆転現象がある。

 一応中心地の上下水道から延ばす形で外延部にも広げているが、古代聖王国のものと比べて耐久性が劣り、供給量も乏しく、水道代は高い。


・神に近くなっちゃう

 神官はみな、神を 信仰し、祈りを捧げ、それが認められていくほどに強力な加護を授かる。

 そのため神官以外の一般人や冒険屋も加護を求めて信仰を深めることはしばしばある。

 ただ、神官の場合は信仰を深めることが目的なので、長く修行を重ねた高位の神官ほどたくさんの加護を授かり、どんどん神の影響を受けることになる。

 そのため一定以上高位になると俗世間と没交渉(例:神様ファーストで社会生活ができない、会話が通じない、日常生活がままならない、狂気が感染する等)になってしまい、そのことを揶揄することが多い。

 一般人が触れ合える「高位神官」というのは神殿の経営とかができる程度に信仰に篤くない俗人ともいえる。


・促成神官

 神官として格を高めるのには時間も信仰も必要だが、最低限の加護を得る程度であれば、一定の条件を満たせば済んでしまう。ある種のトロフィーやアチーブメントのように。

 一般人や冒険屋が利便を求めて神を信仰するのと同じだ。

 当然理解が浅く、神の力を自分の力と勘違いするものも出るため、場合によっては神罰の恐れもある。大崩落も神罰であったのではないかとも言われており、直接関係のなかった他の神殿でもそのあたりが厳しくなっている。

 なお、当時同様に促成神官を増やしていた厠つまりトイレの神の神殿では、もともと帝都中心地は水洗トイレが普及していたので被害が出る前に沈静化した。

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