第十二話 みんなちがってみんないい
前回のあらすじ
未来が真ん中のポジショニングについて諭されている中。
紙月はしれっと行間で若者たちの性癖とかを破壊していくのだった。
ミストサウナに、夜景を見下ろす空中露天風呂、魔法使いの湯に、足湯居酒屋、ジャングル風呂、酒風呂、そして厳密には風呂ではないが温水プールと巡りに巡れば、さすがにいい時間となった。日付も変わるころだろう。
風呂は命の洗濯などと言うが、下手な運動より体力を使う面もある。
癒されながらも、疲労もたまる。
その疲労を癒すためにというなんだか矛盾した理由で、三人は最後と決めた湯につかっていた。
なんでもない公衆浴場の、乳白色の天然泉である。天然と言いながらも往年のブームに乗って風呂の神官が加護で掘り当てたものだというから、天然とは?とも思うが、一応は大地から湧いている温泉である。
泉質はこれこれこうでああでという能書きが一応はあるのだが、三人はもはやそのようなこまごまとしたものを読む気にはなれず、ただただ温かい湯につかって疲労を溶かすことに専念していた。
なんとなく肌に優しい気はするなあ、とは思う。
ただ、そういう手放しでだらっとしたい三人の思惑をよそに、そういう手放しでだらっとした空気は気安い感じを出してしまうものなのか、また妙な手合いも絡んでくる。
「はいはい、そういうのはよそでやりなよ。オレたちは普通に風呂入ってるだけなんだから」
「そういうなよ、ちょいと
「おうおう、なら我らとも仲良くしてもらおうじゃないか、え?」
「そうですねえ、朝まで楽しみますか? うん?」
「おっとぉ……」
ナンパな若者に絡まれて辟易としていると、鋭い目つきの
騒ぎを聞きつけて風呂の神官まで湯をかき分けてやってくると、若者たちも降参とばかりに肩をすくめておとなしく退散してくれた。聞き分けのない輩ではなくてよかった。そもそも絡むなよと言う話ではあるが、この時間に場末の風呂屋となると、そういう目的のものも増えるようだった。
まあそもそも論でいうなら公共の場でそういう目的を出すなよと言う話ではあるが。
一応、そういう目的のものは公共の場であることをわきまえ、もっと奥ゆかしい間合いの測り方をするようであり、直接あからさまな声掛けをするのはマナー違反らしい。最初の一件と言い、マナー違反にしか当たらないな、と考えるべきか。それとも奥ゆかしいアピールはその気のない人間には気づかない程度のものなのか。
今日だけで何度となく絡まれた紙月としては、絡んでくるやつらが悪いという思いを強くする一方ではあるが、それはそれとしてこうも湧いてくるとウラノが言うように自分も気を付けなければならないなと感じる現実である。
「いや、あんたは悪くないぞ耳長の人」
「そうですねえ、人族が頭おかしいだけですよ」
「うぅん、頭おかしい人族としては反論できないぞぉ」
「ええ……いや、さすがに言い過ぎじゃ」
「そうでもないんだよね。ほら、オレたち人族って割と《
「いやそんなさも当然みたいに言われても困るんだが???」
なにしろ、
「
「えっ!? 《
「ええ? なんかの比喩かそりゃ?」
「シヅキも知らないんだね。文字通りだよ。隣人たちの中じゃ、むしろ《
あるのが当然と思っていた二人にとって、驚愕の事実であった。
見たことないかな、などと言われても、人の股間をまじまじと眺める趣味は二人にはないのである。風呂屋で裸を見ることはあれど、局所はタオルや手拭いで隠していることが多いし、そうでなくても自然と視線は逸らすものなのだ。
「割と子供のうちに、隣人との体のつくりの違いって気づいてくもんだけどね。まあ人族ばっかの土地だってあるし……よし! どうだろうみんな! 今夜ここには幸運にも多くの隣人が集まっていることだ! 子供の教育にもなるし、各種族の《
ウラノの突拍子もないトンチキで頭おかしい宣言は、しかしわりと前向きに受け止められたようで、賛同する者たちが集まってきた。先程助けてくれた
夜の住人は子供と接する機会が少ないからか、好奇心に目を丸くする未来に好意的なようだった。
紙月としては大人たちに囲まれた子供が《
それに紙月も気にならないわけではないのだ。
《
じゃあまずは言い出しっぺから、と立ち上がって湯から体を出したのはウラノ自身である。
腰に手を当て、気持ち下半身を前に突き出した、この身に何一つ恥じるべき点などないといわんばかりに堂々とした立ち姿である。
そこにぶらんぶらんとそびえる色濃い《
果たしてこれが大きくなったらどれほどのモンスターが現れるというのだろうか。
剃っているのか生えていないのか陰毛はなく、それもまた《
「大きさも形も、機能だって自慢の逸品だけど、一応これが人族の《
「ええっと………すっごく立派だね」
「そうだろう? でも大きさが全てじゃないからね。ちなみにシヅキの……はいえるふだっけ? 君たちの種族はどうなんだい?
「えっ、いや……まあ普通、だとは思うけど」
水を向けられた紙月は、おずおずと立ち上がって、控えめに腰をさらした。
別に口で言うだけでも良かっただろうに、雰囲気に押されてしまったのだった。
そうしてそっと披露された《
それを見上げる形で目の当たりにした未来のショックはすさまじかった。
少女のように可憐なウラノが堂々と特大サイズを見せつけてくるのもそれはそれでショックだったが、それとは違う。
お姉さんみたいなお兄さんというか、普段の女装もあって、わかっていても女性にしか見えない瞬間のある紙月である。その紙月の真ん中に、男性そのものが鎮座ましましているのである。
それにもかかわらず、未来はドキドキしてしまった。そのままいつまでも眺めてしまいそうになって、慌てて「もういいよ!」と声を荒げたほどだった。
そんな少年の純情な感情はさておき、隣人たちの講評としては以下のとおりである。
「相変わらず間抜けなもんぶら下げてる」(
「走るどころか歩くときでも邪魔なんじゃないかって思いますね」(
「浅瀬でたまに似たの見かける。酢味噌で和えたりすると美味しい」(
『ご立派ァ!であります!理にかなった造りでありますな!』(
次に立ち上がったのは
いま両手をわずかに広げてたたずむ彼の股間には、事前の説明通り、確かに《
「えっ、女の人……?」
「じゃあないぜ、少年。見りゃわかると思うんだが、まあお前らには区別つかないらしいな」
「
「ま、御覧の通り、俺達には馬鹿みたいなもんがぶら下がってたりはしねえ」
「ええっと、じゃあその…………
どうやって、と。言葉になりきらずにごにょごにょと濁された先も大人たちはきちんとくみ取った。
「まぐわいはわかってんだな。まあ、厳密にはねえわけじゃねんだよ。《
そういって
そうすると、足の間にあったスリットがわずかに開き、血の色の透ける粘膜が尻の方まで続いているのが見える。
未来は少しドキッとしたが、それは女性器のように見えたというよりも、生々しい内臓のような粘膜部分が垣間見えたことの驚きの方が強かった。
「この
「せせなぎ?」
「あー、人族じゃなんつうんだっけか」
『
「そのナントカだな。お前たちは穴がいくつもあるみてえだが、
「せっかくだし、ちょっと見せてあげてよ」
「馬鹿言え!お前ら万年発情期と違って
総排出口は鳥類や爬虫類、両生類、また魚類にも広くみられるほか、一部の哺乳類にもこの形質を残すものがみられる。
総とはいうものの
「えっちだよねえ……
「これはこれで痛くないのかな。内臓裏返るようなものでは」(
「ナマコ突っついたら内臓吐き出すのに似てる」(
『変形機構は浪漫でありますな!防御力も期待できるであります!』(
ただ、一般に想像されるようにがっしりとして筋肉質な
この
「ええと、
「えっと、体内にもないってことですか?」
「はい。さすがに見えないですけれど、こんな感じで」
股間部の甲殻は非常に複雑に組み合わさっており、指先でそっと押し広げてみると、ようやくスリット状に開いた甲殻の向こうに内臓を思わせる肉質が見える程度である。とてもではないが何かが出入りできるほどの余裕はなさそうだった。
ではどうやって交接が行われるかというと、それは指であった。
日常においてはほとんど必ず手袋をして隠されている
「私たちは交接には指を用います」
「指? 指がその……ええと」
「ええ、まあ、あの、指が《
「指が《
指一本入れるので精いっぱいなこの器官は、まさしく指一本入れるのが正しい使い方である。
つまり、
つまり、まさしく指が《
だから
もしも
「えっちだよねえ……
「いやこれは本当に意味わからん。聞いちまうと握手しづらい」(
「最近カニ食べてないなあ。カニの口とかこんな感じ」(
『ある種共感が持てるでありますな!自分たちも情報の受け渡しで似たようなことやるときがありますな!』(
このようにして種々様々な《
なおその生殖自体が別物の
この場にはいなかった、というか目撃数自体が少ないレア種族の
ともあれ、未来はウラノの《
「うぅん……」
「お、どうしたんだいミライ! 今度はどの《
「僕が《
正確に言えば、この世界にやってきて、《エンズビル・オンライン》のPCである獣人になってから、未来は自分の体が前とは違うということを感じていた。
裸の付き合いと言いながらも、きちんと前を隠して誰にも見られないようにしてきたのは、礼節や恥ずかしさだけでなく、自分の体はなにかおかしいのではないかという不安もあったのだ。
《
紙月も心配してか、未来をいたわるように寄り添ってくれる。
大丈夫だよ、見せてごらん。優しくそう諭してくるウラノに頷き、未来はゆっくりと立ち上がってそこをさらした。
それはふっくらとしたふくらみで、黒く短い毛におおわれていた。陰毛というより、体毛の延長であるように思われた。
垂れ下がるような丸みを帯びた部分は
それは未来の以前の《
紙月もまた自分の、そして人間のそれとは違う形状に困惑したようだった。
しかし、ウラノはそんな心配や困惑を吹き飛ばすように、朗らかに笑って見せたのだった。
「
「えっ、なに、うるさっ」
「
「そういうことじゃないんだけど???」
「あ、そっか。大丈夫大丈夫、変じゃないよ。
「うん? うん、まあ、そう、そうなのかね。そうだな。うん、格好いいぞ、未来」
「《
などと言いながらも、紙月に格好いい《
用語解説
・浅瀬でたまに似たの見かける
恐らくユムシの仲間。
ユムシは海にすむ《検閲済》みたいな生き物なのでそこまで違わない。かも。
・見える色も違う
また魔力を色として知覚している節があり、他種族に比べて非常に色彩豊かな世界を見ているとされる。
なお、鳥目などといって鳥は夜目がきかないという言説があるが、実際のところはほとんどの鳥類は夜でも視力がそこまで低下しないし、天狗も多くの氏族は問題なく夜間でもものが見える。
ただ、夜間飛行は危険が多いので控える傾向はある。
・万年発情期
人族は年間を通して交接および妊娠が可能であり、性行為を娯楽としても楽しむため他種族からは淫蕩で多淫として認識されがち。
しかし
なお
・指が《
こういった身体構造の違いは文化の違いにも出ており、迂闊に
なお、中には他種族が理解していないことを把握したうえで手袋を外して公然露出プレイに挑む
・毛獣の犬
帝国では犬と言えば八本足の犬が主流であり、我々のよく知る犬はあえて毛獣の犬とか哺乳類の犬とか呼ぶ必要がある。ある種のレトロニムであろうか。
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