第十話 地竜狩り
前回のあらすじ
怪物退治に出向いたら怪物がいた。
「さて、どうしよっか紙月」
「見た感じ土属性のボスって感じだな」
「じゃあ木属性だ」
「セット覚えてるか?」
「大丈夫」
未来はすぐにステータスメニューを開き、装備を切り替えた。
いままで装備していた《白亜の雪鎧》は高い防御力を誇るが、属性防御では対炎熱系であり、対土属性に特化したものではない。
素早く着替えた鎧は、見た目がいささか特殊な鎧である。まるで大樹に体を包み込まれたような、あるいは人の形をした大樹そのものと言った木製の鎧である。これは《ドライアドの破魔鎧》といい、非常に高い防御力と土属性への耐性を持つものだ。
また、いままでは邪魔だったので持っていなかった楯も、揃いの《ドライアドの破魔楯》である。
武器は、ない。
《
それこそが、盾の《
「二人ともぼくの後ろに!」
未来は盾を構え、どっしりと腰をおろす。
《ドライアドの破魔鎧》は強大な防御力を誇るが、移動速度を引き換えにする。つまり、いつものことだ。未来は動く必要などない。ここで盾を構えるだけでいい。
「《タワーシールド・オブ・エント》!!」
未来の構えた盾を中心に、植物の精霊たちの加護を受けた緑色の障壁が張り巡らされ、それに追従するように足もとの地面からは逆茂木のように木々が生えそろう。
異常に気付いたらしい地竜が咆哮を上げて突進するが、どっしりと構えた盾、いや、もはや木々の壁はこゆるぎもしない。
「ち、地竜の突進を受け止めた!?」
「まだまだこれから」
ひらり、とハイエルフの体が身軽に鎧の上によじ登る。
「さって、美味しく狩らせてもらうぜ!」
紙月が両手を持ち上げる。それは想像上のショートカットキーを叩く仕草だ。遠慮はいらない。右手は地竜を指さしロックし、左手は流れるようにショートカットキーを叩き続ける。
「《
ふわりふわりと淡い緑色をした
大した痛みなどではないのだろう。精々がつつかれた程度にしか感じないのだろう。しかしそれは種を深々と肉のうちにうずめていき、そして次々と若芽を茂らせていく。
地竜が寒気を覚えた時にはもう遅い。成長した寄生木たちは、つぎつぎに地竜の《
《
それは植物系の魔法の中でもかなり低レベルのものだ。相手に命中してからしばらく、少しずつ《
しかしその程度が、三十六重なればどうなるか。そして《
時間がたてばたつほどに、吸収される命は莫大なものとなっていく。
このままでは吸い殺される。
そう気づいた地竜は死に物狂いで壁に挑むが、強固な木属性の壁は、地竜の攻撃を受け止めてなおびくともしない。それでも、それでも攻撃し続ければいつかは崩れる。どんなものでも必ず壊れる。それが地竜の哲学だった。
実際、未来は自分の支える盾に相当の負荷がかかっているのを感じていた。背筋から何かが少しずつ失われていく感覚がある。致命的な何かが。それはかつてゲーム内で《
「紙月! 結構きつい!」
「オーケイ! ちょいと持久戦になりそうだ! パスつないで耐久戦だ!」
「わかった!」
まず紙月が唱えたのは、《ディストリビュート・オブ・マナ》の呪文だった。これは他のプレイヤーとの間にある種の経路を作り、そこをとおして《
莫大な《
「いい感じに《
だから次に紙月が唱えるのは、《
寄生木が回収してくる有り余るほどの《
有り余る《
未来が壁を維持すれば、その時間分、地竜は体力を吸われる。吸われた《
地竜がどの段階で己の死を覚悟したのかは不明だったが、それでも、地竜は最後まで地竜の矜持にかけて、大きく口を開いた。音を立てて大気が吸い込まれ、体内で強力に圧縮され、莫大な魔力が精製され、そして。
「未来! こらえろ! でかいの来るぞ!」
「オーケイ! 《
未来が構えた盾に、強力な防御力増大のスキルがかけられる。盾は深々と地面に突き立ち、《ドライアドの破魔鎧》からはずるずると樹根が伸びて地面に錨のように突き刺さった。
そして、破滅が来た。
幼体とはいえ、衰弱しているとはいえ、それは地竜だった。それは竜だった。
周囲の魔力をむさぼりにむさぼり、圧縮生成されたそれが盾に向けて吐き出された瞬間、視界は真っ白に染め上げられ、耳はあまりの音にただ耳鳴りのような響きだけを伝え、そして肌だけが確かなその衝撃を感じ取っていた。
「お、おおおおおおおおおおおッ!!」
スキルによって強化された樹木の盾は、それでも端から焼け焦げ、焼き払われ、吹き飛ばされていく。それを支える未来の巨体さえもが上下に激しくがくがくと揺さぶられ、しがみついている紙月はと言えばもはや吹き飛ばされる寸前だった。
しかしその衝撃も、やってきた時と同じく、あっけなさを伴うほどに唐突に途切れて、静まる。
遅れてやってきた爆音が空へと駆け抜け、盾にさえぎられ横へと抜けていった余波が木々を圧し折り、そして、壊滅的な破壊が去った後、その場に訪れたのはしんと静まり返った静寂だった。
爆心地に残ったのは、ただただおびただしい数の寄生木に身をむしばまれ、枯れ果てて枯死した、巨木のようなそのむくろだけであった。
「んっ………死んだかな。《
「大丈夫そう?」
「これで生きてたらちょっと自信なくなるな」
ものの十分かそこら。幼体とはいえ地竜を屠った二人の会話がこれである。
「ハキロさーん、ちょっと生死確かめてきてくれる?」
「ばっ、ばばばば馬鹿言え! そんなおっとろしいことできるか!」
「だよねえ」
正直な所を言えば紙月だっていやだった。
「まあ、一応ぼくが確認するよ。最悪ぼくなら一撃で死ぬことはないだろうし」
「すまん、じゃあ、頼む」
魔法を解いて紙月がひらりと鎧の上から飛び降りる。
未来はゆっくりと《タワーシールド・オブ・エント》と結界を解き、鎧を動きやすいいつもの《白亜の雪鎧》に切り替えると、じわじわと地竜のむくろに近づいた。
「……まるでミイラだ」
「触れるか?」
「やってみる」
「おいおい……」
未来が恐る恐るその頭部に触れてみると、まだほんのり温かいような気はしたが、ぴくりとも動かない。強めに押せば、ぐらりとかしぐ。試しに頭をがっしりと掴んで引いてみると、ミシミシと音を立てて首が伸びるので、慌ててやめた。
「ハキロさん、地竜ってここまでやっても生きてるもん?」
「知るもんか……でも、こりゃ、死んでるだろ。死んでなきゃ、おかしいな」
ひとまずの安全がわかり、まず紙月が試しに地竜の体に触れてみて、ハキロもおっかなびっくりそれに続いた。それでわかったのは、この地竜が極度に衰弱して死んでしまったっということだった。青々と茂る寄生木に、そして心なしつやつやとした紙月に、すっかりと養分を吸いつくされてしまったのだった。
「…………試験、どうしましょっか」
「転がってる死体から左耳きりとりゃ、それが証だよ」
呆然とそう言うハキロは試験どころではないようだった。まあ、
とはいえ。
「俺達……勝ったんだな」
「ゲーム内と同じように、できるもんだね」
やっている間はゲーム感覚だったが、いざ終わらせてみると、その行為が一つの命を絶ったのである。勿論それは必要な行為だったと確信しているが、それでも、これが決してゲームなどではなく、地に足のついた現実なのだと、どうしようもなく理解させられるのだった。
そして。
「うええ……グロ」
「紙月、代わろっか?」
「お前大丈夫なの?」
「魚さばいてるみたいなもんだって呪文唱えてる」
「成程。成程……? というかお前魚さばけるのか」
「いまどき魚くらいさばけないと」
「うう、小学生強いな」
人型の生き物の耳を切り取るというのは、精神的に言えば余程の苦行だった。
用語解説
・属性
《エンズビル・オンライン》では、五行思想、つまり木火土金水を中心にした属性が存在した。光や闇、無属性なども存在するが、基本的にこの五属性で回っていたと言っていいい。
・《ドライアドの破魔鎧》
いくつかの高難度イベントをクリアすることで得られる素材をもとに作られる。
土属性の攻撃に対して完全な耐性を持つほか、純粋な防御力自体もかなりの高水準にある。
他の高レベル属性鎧と比べて比較的使用されることが少ない理由は、「見た目が格好悪い」からである。
『お前が善き心を持つ限り、ドライアドはお前に力を貸すだろう。ただし忘れるな、お前は常にドライアドに包まれているということの意味を』
・《ドライアドの破魔楯》
《ドライアドの破魔鎧》とセットの盾。木属性の《
見た目は地味だが性能はよく、古参プレイヤーからは「最上級の鍋の蓋」の異名で呼ばれる。
『お前が悪しき心を持って臨んだ時、ドライアドはお前を絞め殺す。尤も、ドライアドにとっての悪しき心を、我らが見定める術はないが』
・《タワーシールド・オブ・エント》
《
範囲内の味方全体に効果は及ぶが、使用中は身動きが取れず、また常に《
『エントたちは激怒するまでに十分な時間をかける。そして気の遠くなるほどの時の果てに、エントたちの激怒は十分な時間をもって振るわれる』
・《
植物系の
紙月の場合は、
ただし最初等だけあって、PvPでは簡単に対策される。
『《
・《ディストリビュート・オブ・マナ》
自身の《
『《ディストリビュート・オブ・マナ》は魔力を融通する便利な魔法じゃ。何が便利と言って、あー、まあ使い方は各自考えるとよい。若い頭でこねくり回せ』
・《マナ・コンヴァージョン》
《
『体力を魔力に変換するっちゅうのは、もともと魔力の方が多い《
・《
《
特に未来の場合は《
勿論、使用中は動けない。
『《
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