第七話 温泉飯
前回のあらすじ
この
すっかり話し込んだころ、未来の胃袋がぐうと鳴いた。
この頃には未来も鎧を脱いでくつろいでいたので、子供らしく腹を空かせる姿に、宿の雪男たちはほっこりと微笑んだ。
「いま、夕餉を用意させとりますだ。もう仕上がるころでしょう、イェティオ、食堂まで案内を」
雪男もといイェティオに案内されていった先の食堂は、大きな暖炉でよくよく暖められた部屋で、二人はほうと息をついた。
席に着くと、食前酒代わりに、白湯のようなものが出された。
「お湯?」
「お湯ですだ。それも温泉のお湯ですだ」
「温泉のお湯!」
「飲泉というやつだな」
世の中には温泉に浸かるだけでなく、それを飲んで体に取り入れるという文化もあると聞く。
それで実際に効果の出るものもあるのだそうだった。
これは飲んでみると、変わった味がした。いわゆる温泉の香りとでもいうべき、硫黄臭さのような、また鉱物臭いような感じもするのだが、これが悪くない。
飲泉して待つと、テーブルに、
ふたを開けるとふわりと立ち上る香りは、少し甘めではあるが味噌のそれである。
「うちの温泉のお湯で煮込んだ、
鍋にはたっぷりの野菜が煮込まれており、大振りの
これらの野菜はみな、驚くほど甘かった。砂糖のような甘さではない。野菜自体の甘さが、これでもかと言うほどに凝縮されているのである。
「おお! こんなにうまい野菜は初めてだ!」
「本当だ! 甘い!」
「これはねえ、収穫した野菜を、雪の中で埋めておくんですわ。そうすると、自然自然に甘くなるんだべな」
越冬野菜というものがある。
収穫した野菜を、深く積もる雪の中に埋めておくと、野菜は自分の身を寒さから守ろうとして、糖分を凝縮させる。そのため甘みの強い旨い野菜が仕上がるのである。
この野菜はみな、裏ての畑で自家栽培し、雪に埋めておいたもので、必要な時に必要なだけ取り出しては食べるのだという。
雪が自然の冷蔵庫という訳だ。
大振りに切られた
厚切りにされた
また、驚かされたのは
非常にうまみの強い、薄く削ぎ切りにされた肉は何かと聞けば、
鍋にはまた、小麦を練った団子のようなものが入っていた。
これがくにゅくにゅと食感も楽しく、また鍋のうまみをよくよく吸い取って、口の中でじわっと広がる。
聞けば
小麦を練ったものをひっ摘まんで鍋に放り込んでいくから、このような名で呼ばれているのだという。
しばらく食べ勧めると、おかみは卵をもってきて、これを割り入れると味がまろやかになると勧めてくれた。
試しに取り皿に割り入れて見ると、ただの卵ではない。白身も君もトロリと半熟に固まった温泉卵である。これも勿論、ここの温泉で作ったものだという。
全てに温泉の湯を使ったこれらの温泉料理は、もとはといえば山に住む
温泉地の
夏場であればこれに温泉で蒸した蒸し料理などが出るようだが、こう寒いと運んでくるまでの間に冷めてしまうので、冬場は冷めにくい鍋物を出すのだという。
「冬場は食材もあんまりねえで、これくらいしか出せませんけんど」
とおかみは謙遜したが、小食の紙月と大食いとはいえ子供の未来の二人ですっかり鍋を平らげてしまったのだから、満足も満足、大満足であった。
用語解説
・
胡桃を砕いて練り、塩などを加えて発酵させた食品・調味料。甘味とコクがあり、脂質も豊富で北国では重要なエネルギー源でもある。
・
アブラナ科ダイコン属の越年草。外皮が白いもののほか、赤、黄、黒などもある。
肥大した根や葉を食用とする。
ダイコン。
・
南部原産のネギ属の野菜。茎は太く、葉は平たい。
基本的に成長とともに土を盛り上げて育てる根深ネギ。
軟白化した部分を主に食用とし、緑の葉も柔らかい部分は食す。
リーキ、ポロネギ。
・越冬野菜
晩秋に収穫した野菜を畑に放置し、雪の中で冷蔵貯蔵して保存食とする方法。またその野菜。
冷蔵保存されて新鮮なまま冬季の食材となるだけでなく、糖度が増して甘みが増す。
・
小麦粉を水、塩と練り、摘まみ取って汁ものなどに投じた料理。
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