第十二話 テロルの残骸

前回のあらすじ


地竜退治を偶然だと謙遜する紙月。

しかし偶然ではない偶然を錬三は語る。






「お前さん方が次に遭遇したのは、石食いシュトノマンジャントじゃったな」

「まさか石食いシュトノマンジャントの大量発生までテロの仕業なんて言わないだろうな」


 そこまで行くと、マッドサイエンティストの両博士と同レベルである。


「そうであるとも言えるし、そうでないとも言える」

「どういうこと?」


 錬三が説明するにはこうだった。


 紙月たちが崩落させた坑道を掘り起こすために、三十二体の囀石バビルシュトノと一人の冒険屋、そして帝国からの報酬目当てで石堀たちが集まり、ミノ鉱山をせっせと掘り返した。


「帝国からの報酬?」

「名目上、石食いシュトノマンジャントが大量発生したからにはまだ鉱石が残っている可能性があるっちう建前で、帝国から報酬を出したんじゃよ」


 そうして半信半疑のままに石堀たちがせっせと掘った結果、アスペクト鉱石と石食いシュトノマンジャントたちのおびただしい死体のほかに、出たのだという。


「出た?」

「恨めしや、って具合じゃあないがの」


 出たのは、明らかに真新しい資材と、建築中と思しき用途不明な建設物であったという。


 崩落で基盤部分に重大な損傷を引き起こしたらしいこの建設物は、主に金属で構成されていながら石食いシュトノマンジャントの食害に会った形跡もなく、むしろこの周辺には石食いシュトノマンジャントが生息していた痕跡もないという奇妙な状況であったらしい。


「帝都大学が飼育しとる実験用の石食いシュトノマンジャントを連れて行ったところ、そこに近づくことを嫌がるそぶりを見せることが分かった。どうも石食いシュトノマンジャントが嫌う匂いがするらしいということがわかっておる。ある種の魔獣除けが使われておったわけじゃな」

「でもその周囲は石食いシュトノマンジャントの住処になってるってことは……」

石食いシュトノマンジャントを体のいい防壁として使っておったのじゃろう、と考えておる」


 番犬ならぬ番石食いシュトノマンジャントだったというわけだ。


「わざわざよそから連れてきたってのか?」

「それか、鉱山で繁殖させたのか、そのあたりはよくわかっとらん。建設物も調べてみたが、資料の類はすべて持ち去られておった。人が生活していた痕跡はあったから、何の目的もない建物というわけじゃあなかったんじゃろうがの」


 帝国はこれを、工作員たちの潜伏先だったとみているようだった。


「建設物は非常に洗練されており、狭い坑内で手早く建設できるような仕組みになっておった。空気清浄のための魔法道具や奇麗な水の生成のための装置も、破壊されてはおったが、かなり先進的な仕組みじゃの」

「じゃあぼくら、気づかないあいだにテロリストのアジトを破壊してたんだ」

「連中からしたらたまったものではなかったじゃろうな。まさか巻き添えでアジトが半壊するなんぞ」


 そしてまた、西方の遊牧地帯で遭遇した大嘴鶏食いココマンジャントの大群にも触れられた。


「それもぉ?」

「これこそ帝都大学の魔獣専門の学者に言わせると怪しいんだそうじゃよ」


 そう言われて思いついたマッドサイエンティストの顔を考えるに、胡散臭いという以上の言葉は出てこない。


「普通、大嘴鶏食いココマンジャントは雌雄で増える」

「しゆう?」

「オスとメスがおって、それで増えるんじゃな」

「うん」

「ところが餌が乏しくなると、メスだけで卵を産んで増えるようになる習性がある」

「へえ!」


 動物番組を見て感心して喜ぶ子供のような未来には悪いが、紙月にはすでに嫌な予感がしていた。


「ところが?」

「ところが、そう、ところがじゃ。野生の大嘴鶏ココチェヴァーロも含めて、当時の現地の餌事情はかなり豊富だったとみられておる。そんな餌が豊富な中で、お前さんたちが氷漬けにした大嘴鶏食いココマンジャントはなんと、みんなメスだったのじゃよ」

「たまたま……ってわきゃないよなあ」

「氷の中から発掘された死体がみんなメスであることに気付いた遊牧民が、これは妙だと帝都の学者に連絡してな。それで大慌てで駆けつけて調べてみたところ、いくつかの魔術的な手術痕が見られたそうじゃ」

「じゃあ……人工的に調整されてたってことか?」

「そうなるな」


 しかもそう言った群れがほかにもいくつか発見されており、同じように冒険屋たちによって討ち取られているとのことである。


「クリルタイの妨害、ってことか?」

「そこまではわからん。ただ、あまり被害が大きくなれば、アクチピトロの収穫も減り、帝国まで手を伸ばすような事態になったかもしれん。そうなればどちらもただではすまんかっただろうな」


 それに関しては、今期は穏健派の声が大きく、幸いにも攻勢は免れているようだったが。


「このように、お前さん方は誰に言われるでもなく、偶然にもつぎつぎとテロリストどもの破壊工作の芽を摘んでいるわけじゃよ」

「そりゃ確かに……ただの偶然というにゃあ、続きすぎてるけどよ」

「この世界の住人は時々、神々から託宣ハンドアウトを受けるという」

「託宣? 預言とかか?」

「何をするようにとか、何かに気を付けるようにとか、曖昧な事ばかりじゃが、要するに、神々もそのくらいの干渉はしてくるということじゃ。たまたまが続くくらい……な、わかるじゃろ?」

「自由意思を尊ぶってのはどこ行った」

「自由意思は尊んでおるじゃろ。お前さんが選んで、お前さんが行ったことばかりじゃ」

「ぬーん」

「神々がわしらを駒に遊んでおるのは間違いない。だがわしらにも楽しむ余地は与えてくれておるのじゃよ」


 楽しむ気持ちを忘れるでないぞ、と錬三は妙に前向きな事を言うのだった。






用語解説


託宣ハンドアウト

 神々は太古の戦争以来、極力人の世に直接的な介入はしないように心掛けているらしい。

 しかしそれでも時折、神の言葉を受けるものがあるという。

 たいていの場合それは狂気と呼ばれるのだが。

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