第三話 堅麺麭粥

前回のあらすじ


内職に挑戦するも思いのほかに不器用だった未来。

まあ何事も最初の内はそんなもの。






 未来が苦戦している間に、いい頃合いとなった。

 つまり、昼飯時である。


 普段であれば多くの冒険屋たちは店に食いに行くか屋台で済ませ、一部が厨房で交代で飯を作って昼飯にする。


 ところが今日は冒険屋たちが一堂に会しているので厨房でつくるほかに手段がないのだが、それぞれのパーティで勝手に昼飯を作り始めると、厨房が大混雑してとてもではないが仕事にならない。

 そのため今日は、大鍋で全員分の昼飯をこさえることになった。


 厨房に立ったのは所長のアドゾの外、調理に慣れた面子が数人で、未来たちが内職に夢中になっている間にすっかり仕上げていた。


 飯だよと呼ばれて、冒険屋たちはそそくさと内職道具をわきによけて、広間の大テーブルの上を奇麗に清めた。

 そうして準備した冒険屋たちは、混雑しないように一人ずつ厨房に並んで、昼食の皿を受け取ってそれぞれの席に戻っていく。

 まるで配給だ。

 まるでというより、実際配給なのだろう。


 紙月と未来も並んで受け取った皿の中身は、とろみのついた煮込みものである。

 席に着くと、周りの冒険屋たちからは何とも言えない、諦念とも倦厭ともいえないため息が漏れだした。

 紙月たちの隣に腰を下ろしたムスコロも、文句は言わないまでも渋い顔である。


「どうした?」

「ああ……そうか、姐さんたちはあんまり縁がありませんでしたな」


 煮込みにぞんざいに匙を入れながら、ムスコロはうなった。


「こいつはまあ、料理名としちゃ堅麺麭粥グリアージョってことになりやす」

「ぐりあーじょ」

「前に南部に行くときに保存食をお見せしたでしょう」

「ああ」

「あれらを使った、冒険屋が旅先で食う定番中の定番でしてな。別にまずい訳じゃあねえんですが、かといってうまい訳でもなし、味の調整も限度があるんで、出先でこいつを食うことの多い冒険屋にとっちゃ、おふくろの味より飽き飽きした飯なんでさ」


 成程。道理で皆目が死んでいるわけだ。家でくつろいでいるところで、旅先で食い厭きたものが出てきたら、うんざりもするだろう。


 内容は、ざっくり言えば、干し肉でだしを取り、乾燥野菜を煮込み、堅麺麭ビスクヴィートィという硬く焼しめたビスケットのようなパンを砕いてとろみをつけたものであるという。

 保存性からも、荷物を少なくするためにも、また入手のしやすさからも、旅先で持ち運ぶ保存食と言えばまあ大体こんなものであるという。


「大方、事務所の非常食がそろそろ痛み始めてきてるから、まとめて処分しようって肚でしょうな」

「まあ、それは、仕方ないと言えば仕方ないのか」


 実際に食べてみると、別段まずいものではなかった。

 むしろ保存食として思えば結構おいしい方なのではないかと思う。


 味わいとしては素朴な塩味で、それにとろっとした堅麺麭ビスクヴィートィのとろみがちょっと小麦臭くはあるが、まあこんなものだろう。干し肉はよく煮込まれて硬いということはなかったし、乾燥野菜とやらはほろほろとくずれて、まあ、うまいとかまずいとかいう以前によくわからない。


 食べるということを極度に情報圧縮して概念化したもの、というのが紙月がこねくり回した挙句に吐き出した感想だった。つまり、確かに食べているは食べているのだが、うまいとかまずいとかそう言う感想がどちらにも振り切れない微妙なラインで、満足も不満もなくただ腹が満たされるといった具合なのである。


 初めて食べるという新鮮さのある紙月でさえその程度なのだから、食い慣れた冒険屋たちとしてはややマイナスに振ってしまっても仕方がないだろうという感じはする。

 見ればみな無心に消費するだけで、食事を楽しむという顔ではない。

 まずくはない、というのが難しいところだった。

 まずければ文句も言えるし、文句が言えれば会話にもなるが、何しろ別にまずい訳ではないのである。味だけで言えばまあそこそこの味はするのである。だが決して手を打ってうまいと言える味でもない。


「え、みんなまじで旅先でこれしか食えないの?」

「もう少しましになりこともありやす。香草を摘んで加えたり、兎なんかぶち込むだけでも大分違いますな」

「じゃあこれは」

「平均値中の平均値ですな」


 これがスタンダードならば、魔女の流儀の旅に付き合ったハキロやムスコロが「ダメになる」とぼやくわけである。何しろ紙月と未来の旅では、食事に困るということだけはまずない。


「姐さん、例の敷布でなんか出しちゃあもらえやせんか」

「駄目だ」

「姐さんもうまいもん食いたいでしょう」

「旅先で使うのはともかく、ここで使ったら今後便利なように使われる気がする」

「あー」


 旅に付き合った仲間におすそ分けという形で飯を食わせるのは、紙月としても問題ない。

 だが仮に事務所内で使った場合、すでに人を冷房扱いしてきている図太い冒険屋どもである。俺も使わせてくれ、こっちにも頼む、などと引っ張りだこになりかねない。

 そのようにいいように扱われるのは御免である。

 そのような次第で、紙月も未来も、旅先ならともかく事務所で《食神のテーブルクロス》を使うことはない。

 

 その主張がわかるだけにムスコロも強くは言ってこなかった。

 ただ無心に堅麺麭粥グリアージョを消費するだけである。


「未来、やる」

「あー、うん」


 ハイエルフの体になってからというものすっかり食が細くなった紙月は、一人前を食べ切れず未来に残りを託すのがいつものことであったが、この日はさすがに未来も喜ばなかった。

 腹が満ちようと、心が喜ばない食事なのであった。


「贅沢な悩みなんだろうけどなあ」


 悩みはどの層にも存在するということである。






用語解説


堅麺麭粥グリアージョ(griaĵo)

 堅麺麭ビスクヴィートィを砕いてふやかして作った粥。普通は旅している間もっぱらこれと干し肉と乾燥野菜のお世話になるため、旅人の最も馴染み深い食事ランキング一位にして二度と見たくない食事ランキングも上位。


堅麺麭ビスクヴィートィ(biskvitoj)

 保存がきくように固く焼しめられたパン、ビスケットの類。非常に硬い。


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