第十一話 おわるせかい

前回のあらすじ


それは世界の凍る音。

それは世界の終わる音。






「おいおいおい……こりゃちょっと反則じゃねえか……?」

「積み上げた情報素結晶体を、単純に反応させるのではなく魔法に転化させるとはな。莫大な発動エネルギーを、情報素結晶体そのものに由来しているということか。不可解なのは魔術師ではないやつがいかにして事象変異操作を行っているのかだが……」

「つまりどういう……ああ、いいや、それ長くなる奴だろ」

「私もこの状況で講義する余裕はないのでな……!」

「大分余裕あるように見えるけど!?」


 全身に青ざめた氷をまとい、立ち上がったMAEVメイヴ

 その周囲は凶悪な冷気によって空気そのものが強制的に相転移し、液体窒素の雨が零れ落ち、さらに固体となってダイヤモンドダストのようにきらめきながら舞い踊る。

 そうして極端に圧縮された空気は信じられないほどの低気圧を生み出し、常に周囲からの爆発的な風を呼ぶ。中心でぶつかり合って舞い上がった上昇気流が凍てついた空気を空へと打ち上げては、山峰に広げていく。


 中心部から離れた冷気は弱まるが、それでもそもそもが世界を凍らせる極度の『寒さ』。

 それは着実に広がっていき、木々を凍らせ、獣たちを追いやり、冬を深めていく。

 霜の巨人の後背には、これまでの山並みが平坦だと思えるほどに急峻にそびえたつ世界の壁、臥竜山脈の三万五千尺の大絶壁。上昇気流によって舞い上がった冷気は、それを超えることができずにそのまま山肌を滑り落ちていき……異界の冷気が、ふもとへと迫っていた。


「あんたなんかすっげー魔術師なんだろ! どうにかできねーのかよ!」

「その言葉そっくり貴様に返ってくるのを忘れるなよ突然変異のトンチキ魔術遣いめが!」

「二人とも言い争ってないでまじめにやってよ!」


 ぎゃんぎゃんと騒ぎつつも、しかし一行は非常に大真面目に真剣にこの事態に対処していた。

 というか、しないと即座に死亡するような危機的状態であった。

 冷気もさることながら、まず問題なのがその暴風域だった。

 MAEVへと吹き付ける強烈な風を背中から受け、さらには中心部付近の木々を根こそぎにした爆発的上昇気流が足元さえ危うくしている。


 とっさに踏ん張ったタマに全員がとりつき、風を防ぎながらそれぞれがそれぞれ、打ち合わせもなしにそれぞれに可能な最大限の防御行動に移っていた。


 まず真っ先に盾を構えたのは未来で、《タワーシールド・オブ・シルフ》の《技能スキル》を後背からの暴風へのそなえとした。

 これは風属性の魔法|技能《スキル》で、前方に強烈な風の防壁を生み出すものだ。

 使用者たる未来は身動きが取れなくなるが、ほとんどの飛び道具を無効化するほどの最上級の防御力を誇る。

 惜しむらくは盾を変える余裕がなかったため、風属性、つまり木属性からの派生であるこの《技能スキル》を、水属性の盾で使ってしまっているため、本来の効果よりやや落ちてしまっている。それでも、水属性は木属性を強化する効果もあるので、激減というほどではない。

 吹き荒ぶ風に対してただの壁で抗うのではなく、同じ風によって進路を変えさせ、消費を少なくうまく耐えられているといっていいだろう。


「うわー。風は避けてるはずなのに地味に継続ダメージ入ってる。このダイヤモンドダストみたいなの、ちくちくダメ入ってるっぽい」

「呼吸には気を付けたまえ。喉が凍傷になりかねんし……最悪肺がズタズタになる」

「うへぇ」


 その未来に背中を預け、冷気そのものに立ち向かったのは相棒の紙月ではなく、相棒の宿敵であるウルカヌスであった。

 同じくハイエンドの魔術師であると同時に、紙月が持たない高度な魔術知識から、目の前で起こりつつある事象にある程度あたりはつけているようだったが、それでも実験室内でさえ不確定要素の多い事象にさらに手を加えられているらしく、読み切れてはいないようだった。

 ただ、原因となる理屈はわからなくても、結果として生じている現象そのものはシンプルに冷気であるから、それ自体に対抗するのはそれほど難しいことではないようだった。

 後背に風の盾があるように、いま一行の前方にはウルカヌスが生み出した炎の壁がそびえていた。

 そばにいるだけで焼け焦げるような恐るべき熱気であるが……この環境下では焼け石に水感は否めなかった。

 すさまじい火力に見えるが、その燃料となるのはウルカヌス個人の魔力だけだ。このままではじり貧だ。

 そのうえ、吹きすさぶ窒素のダイヤモンドダストは、溶かされる端から冷気によって再凍結していく。足元の雪も、溶けてはまた凍り付く。


「へっ、聖王国の魔術師様も大したことねーんじゃねえのか?」

「そういう貴様は物の役にも立っておらんようだが」

「う、うるせー! 環境構築が最悪過ぎんだよ!」

「それには同意するがな……」


 最も役に立っていないのが紙月と言ってもいい。

 紙月は攻撃が失敗したのち、即座に防御のために土属性魔法で防壁を張ろうとしたのだが、せいぜいもろい土壁がもそもそと足元に持ち上がる程度のことしかできなかった。

 これは遊んでいるのではなく、単純に環境が悪すぎるのである。

 《エンズビル・オンライン》が採用している陰陽五行説において、土剋水どこくすい、「土は水に流れをせき止める」という理屈から土属性は水属性に強い。しかしこの場は《冬》があふれかえっている。水属性が強すぎる。

 そのため、水につどころか水に侮られる水侮土すいぶどという状態になり、水属性が強すぎて押さえつけることができていない。

 ウルカヌスの火属性の助けを借りれば、土属性は強化されるはずなのだが、そのウルカヌス自身が環境に対抗するので手一杯なためそれも期待できない。


「フムン、拙僧ではお役に立てん領域ですなあ」

「ウールソさんは無理しないで、タマの陰に……!」

「ここは神頼みですな」

「えっ」

「武の神シューニャターよ! 我らが健闘をご照覧あれ!」


 ひょうひょうとしたウールソが、牙を見せつけるように笑った。

 山に詳しく気のいい案内人としての顔しか見えてこなかったウールソだが、若かりし頃には武者修行と称して各地を巡っていた武僧である。

 年経た今も、その血の気の多さは一向に減るものではない。

 拳届かず、蹴りの間合いにない相手であれども、武僧には武僧のやりかたがある。

 大喝一声、地を踏み締め、拳を握り締めれば、一行を激しい圧力が包み込んだ。


 それは天から見下ろす大いなるものの視線。

 物理法則を書き換える異界の冷気の中において、それさえも見透かす透徹たるまなざし。


 

 体の内側、神経の隅々までを見透かすようなそれに、背筋が粟立つ。

 思わず見上げそうになれば、ウールソがそれを一喝して制止した。

 見てはならぬ。

 見返してはならぬ。

 神を見ることは、既知外の精神を見出すことは、人の心などたやすく破壊してしまう。

 なにより、武の神は抗い戦うものを尊ぶ。

 見るべきは天ではない。己の拳の先なのだ。


「ええい……埒があかん、仕掛けるぞ!」

「そうする他、なさそうだな……!」

「《我が怒りはイラ・メウス・炎であるフラマ・エスト我が憎しみはオディウム・メウス・炎であるフラマ・エスト我が敵を焼き尽フラマ・エスト・クワくす炎である!エ・オステム・ウリト》」

「ぶち抜け! 十六連|燬光《レイ》!」


 押しつぶされそうなほどの加護を受けて、二人は即座に決断した。

 瞬間的に組み上げられたものとはいえ、武の神の加護を受けた上で、両者が必殺の意思を込めて紡いだ魔術である。

 片やウルカヌスが、溶岩のごとき輝きをともす杖から、天をも焦がす爆炎を放ち。

 片や紙月が、十六条の光線を一束に束ねて、地平の果てまで貫かんとする光と熱を放ち。

 この世のいかなるものも焼き尽くさんとするその業火と閃光は見事に霜の巨人を焼き払わなかった。


 焼き払わなかったのである。

 全然。

 これっぽっちも。

 傷一つ。つけられなかったのである。


「はぁぁあああああ!?」

「……手に負えんな、これは」

「いくらなんでも削れるぐらいはしろよ!?」


 凍り付いた空気によって散らされ、打ち消されることは想定内だった。

 それでも、その氷を溶かして貫いてぶち抜くつもりだったのであるし、そうなるのに十分な熱量ではあったはずだった。

 紙月はとにかく最大火力をぶち込んだだけだが、ウルカヌスはある程度計算したうえでの火力である。

 いかに空気が凍り付くほどの凶悪な冷気であろうと、発生したジュール熱を即座に打ち消せるわけがない。莫大な熱量が拡散し、平衡化するまでには、それ相応の時間が必要だ。


 だが、手ごたえはなかった。

 まるで底なしの穴に水鉄砲で水を注ごうとするようだ。

 業火が溶かした氷は端から凍り付き、貫いて辿り着いたはずの閃光さえも、なぜか届かない。

 愕然とした紙月が、やけになったように攻撃を繰り返すが、そのことごとくが届かない。


「光だぞ!? 適当に使ってるけどレーザーだぞこれ! 減衰すんならともかく、ってなんだ!? アニメのビーム描写じゃねえんだぞ!?」

「荒ぶるな、やかましい。おそらくだが、中心部、やつの乗り込んだMAEV周辺は絶対零度だ。時間そのものが停止している」

「絶対零度ってそういうやつじゃねえだろ! 大学生が全員ちゃらんぽらんだと思うなよ!」

「ちぃ、多少は知恵の回る……少し待て、いまの結果を演算している」


 ぎゃんぎゃんと喚く紙月の声はやかましいことこの上ないが、意外と話している内容は知的水準が高い。小学生の未来には、なんとなくわかるけどよくわからないレベルの話である。

 紙月と協力して炎の壁を再度構築しなおしたウルカヌスの兜が、かすかに明滅する。

 それが何を意味するのかは紙月たちにはわからなかったが、聖王国にはMAEVとかいうどう見ても超科学なロボが存在しているのである。大方ウルカヌスの兜も何かしら驚異的なメカニズムとかを仕込んでいるのだろう。


「ぬう、極寒環境下のせいか演算速度が遅い……よし、出たぞ。出たが……」

「もったいぶんなよ! このままじゃじり貧だぞ!」

「マイナス一兆二千万度だ」

「は?」

「中心温度は理論値マイナス一兆二千万度を示している」

「物理学って知ってるかおい?」

「記述論的世界観において古典物理学はしばしば軽視される……とはいえ、これでは何が起こるか予想もつかん」

「計器の故障であってくれぇ……」

「ひとつ、我が工廠の技術を信じろ」

「ふたつ、疑問が生じたら前文を参照しろってか?」

「及第点をやろう」

「クソ過ぎる……」


 ジョークを言うだけの精神的余裕がある、というよりは、もはや笑うしかないという厳しさであった。

 マイナス一兆二千万度とか言うジョークでしかない数字が、しかし笑えない現実として目の前に立ちはだかっているのである。

 一行の見ている先では、空気が凍るを通り越して、光の速度や流れそのものに異常をきたしているのか、色彩さえもが異常な歪み方を始めていた。

 絶対零度では時間は停止しないが、しかしこの異常な世界では時間の流れそのものが狂っているのか。


「ぜんっぜんわかんない僕らを放置しないでほしいんだけど」

「えーっと、攻撃効かない、じり貧、マジヤバイ」

「マジヤバイのはわかってるよ」

れておられるのは余裕かもしれませぬが」

「戯れてないですけど」

「いよいよじり貧では済まなくなってまいりましたな」

「えっ」


 ウールソのひょうひょうとした物言いに、一行が慌てて周囲を確認すると、状況はさらに悪化していた。最悪な状況を、さらなる最悪が更新し続けている。

 中心部にそびえていたMAEVは、その身体に青ざめた氷の鎧をまとって、ますます強固な守りを固めつつある。それは物理的な鎧だけではなく、物理法則を超えた異常な冷気によって、色彩が歪み光さえも曖昧となる事象変異現象の壁によっておおわれていた。


 そしてその事象変異半径は現在もなお広がり続けており、いま紙月たちが防壁によって身を守っているこの地点さえも、すでに飲み込まれている。

 前方の炎の壁と、後方の風の壁、これらが途切れれば一行はたちまちに骨の髄まで凍り付くことだろう。あるいは凍り付くことさえも通り越した、物理法則に記載されていないおぞましい結末を迎えることになるかもしれない。


「まずいな」

「まずいのはさっきからだろ!」

「違う、そうではない。いままでは戦闘ですらなかった。ロード時間だったということだろう」

「……待て。待て待て待て。すごく嫌な予感がするっていうか見える」

「予感で済めばよかったがな」


 炎の壁の向こう、微動だにせずたたずんでいたMAEVがゆっくりと腕部を持ち上げ始めている。

 いや、それが今この瞬間の動きなのだろうか。

 光を捻じ曲げ、止めさえする異常な世界の内側、中心部に立つ巨人だ。

 ウルカヌスの言を信じるならば、そこは理論値マイナス一兆二千万度の世界。

 いまこうして見えている姿が、紙月たちと同じ時間を流れているとは限らない。


 もっとも、この段に至っては、それを気にする必要はなかった。

 中心部の時間の流れがどうであれ、事象変異半径の外側へと、その「結果」が表出し始めていたからである。


 上昇気流によって高高度まで巻き上げられた冷気によって、上空の雲が崩れ始め、雲ですらない大気中の水分までもが軒並み凍り付き、きらめくダイヤモンドダストとなって降り続く。極低気圧によって周辺からかき集められた大気の水分も、すべてがすべて凍り付いて降り注ぐ。

 凍るのは水分だけではない。中心部に近づけば空気さえも凍っていく。

 冷気にさらされた空気が凍り付く、その前段階として、青い液体へと変わって滴り落ちる。

 それらは雪にしみ込み、氷そのものである雪さえもさらに凍らせていく。

 安定した構造である氷の結晶体は、異常な冷気によって分子構造そのものを圧し潰され、体積を減らしていく。


 吹き込んでくる風さえもが、凍り付き始めた。

 空気が凍っているということではない。

 風という流体運動そのものが凍り付き始めているのだ。

 風はよどみ、滞り、動きを止め始める。

 そこに、雪が降り始めた。


 その現象は、既存の物理学では説明がつかない。

 宝石を砕いて粉にしたような、きめ細かな雪が終わりなく降り続く。

 渦巻く風にあおられながら、雪が、雪が、雪が、雪が、雪が、降り続く。


「なんだよこれ……! なにがどうなってんだ!?」

「なんなのだこれは……『冷気』や『寒気』を媒介に、『冬』そのものを呼んでいるのか……!?」

「ええと……つまり、僕らはどうしたら?」

!」


 降り続き、降り積もる、あまりにも美しい雪。

 それらは着実に周囲をうずめ始めている。

 そしてその雪は、寒さの中でさらに寒さを積み重ね、異常な冷却と凍結を繰り返し、既知の外の理論をもって押しつぶされていく。圧縮され、次々と沈下していく。一律ではなく、バラバラに引き起こされていくその現象は、安定していた雪の構造を破壊し、乱し、崩していく。

 その結果は、一つだ。


「このままでは、流れ始めるぞ!」


 ──雪崩。

 創作の世界でよくあるような、大声で叫べば崩れるほどには、雪というものはやわではない。

 しかし、地盤沈下めいて雪そのものが安定性を失い崩れ始めれば、この急峻な山肌を、あとは滑り落ちていくだけ。

 時間の乱れた中心地で、MAEVがその腕部を振り上げていた。

 それが振り下ろされたならば、氷雪は即座に崩れ去るだろう。


「いくら僕の盾でも、雪崩は無理だよ!?」

「鉱山の崩落でも、受け止めきれなかったしなあ……真正面から受け止めるにゃ、質量がでかすぎる」

「あの奇妙な障壁魔法か。貴様と同じく属性にこだわらんものと見えるが」

「ああ? そりゃあ、まあ、未来も一通りの属性はそろえてるけどよ」

「でも出力も、発動時間も足りないですよ。僕らだけなら、なんとかしのげるかもしれないけど……」


 未来の持つ最上位の防御|技能《スキル》《タワーシールド》系統は、前方のみに限るが、極めて強力な属性防御を展開できるものだ。

 自身の防御力を極大に増大させる《金城キャスル・オ鉄壁ブ・アイロン》と組み合わせればその効果はさらに増大する。

 紙月の強化バフもあれば、それこそトッププレイヤーたちに「バカじゃねえのか」「バグじゃねえのか?」「バグじゃねえのかよ!」と言わしめた突破不能の鉄壁となる。

 相手の攻撃に属性を合わせ、適切な運用を行えば、たとえレイドボス相手であっても傷一つつかないのが極めた《楯騎士シールダー》なのだ。


 とはいえ、使用中は身動きが取れず、常に《SPスキルポイント》を消費するため、決して長時間展開できるものではない。

 それに、プログラム通りの敵Mob相手ならば無傷で通せても、プレイヤー相手には幾度となく裏をかかれてきた経験がある。何なら真正面から攻撃を通されたことだってある。

 こちらの世界では力量差からほとんど破られたことはないが、こと自然現象に対しては、勝てないことがわかっている。力量差どころではない質量差が大きすぎるからだ。


 未来が身一つを守るのであれば、この世界に彼を傷つけられるものは少ない。

 仲間たちの一団を守るくらいであれば、あるいはこの状況も耐えしのげるかもしれない。


 しかし、未来たちの背後には、村があるのだ。

 未来たちが歩いてきた道は、度重なる雪崩によって疎となった、雪崩道である。

 止めるのであれば、すべてここで止めなければ、異常な冷気を伴った膨大な質量が、村まで流れ落ちる。その無慈悲な破壊は、せっせと植えて育てた防雪林などものともせずに突き抜けるだろう。

 そうなれば、ブランフロ村を待っているのは破滅だ。


 自分たちだけ助かって村を滅ぼすか、村ごと自分たちも死ぬか、その二択。


鹿


 だが、悲観的な二択は、知識が足りないからに過ぎない。

 手が足りないのならば、増やせばいい。


「貴様らは自分の能力におごって、研鑽を怠っているようだな」

「な! 僕らだって頑張って、」

「努力の仕方を間違えるな。愚直なだけならば馬鹿でもできる。だがそれでは至らぬ。どこへも届かぬ。星に手を伸ばせ。きざはしを積み上げ、翼を得て、頂を超える。走るだけでは届かぬ世界へ、人間はその知恵と知識で渡ってきたのだ」


 その男はひとり、くじけることもなく、うつむくこともなく、ただ一人前を見た。

 そういう主人公ムーブしていい立場ではない人間が、いま一番それらしいことを言い始めていた。


「えーっと……?」

「自力で足りないのならば、他所から足せばいい。を使えばよかろう」

「ありものだって?」

「そうだ。ここには有り余るほどあるだろう。が」


 火炎の壁では抗え切れず、土石の壁は凍り付く。

 風の壁さえ停滞し、樹木の壁など育ちはしない。

 氷雪が環境を支配しているから、他のあらゆる属性が減衰してしまう。

 ならば、使うべきはだ。水属性だ。

 流れ揺蕩う水さえも、この冬が支配する世界ではたちまちに凍り付く。

 凍り付いて、そしてになる。


「材料費は向こう持ちだ。幾らでも発注してやれ」

「なるほどそういうことな」

「それなら、これで……! 《タワーシールド・オブ・ウンディーネ》!」


 未来が掲げた大楯の前方に、轟音とともにほとばしる大瀑布。

 圧倒的水量で敵を退ける水の防壁は、異常な冷気によって瞬く間に氷柱と成り果てる。

 《技能スキル》を解除しても、その氷柱はすでに凍り付いた水の塊、消えはせずそこに残り続ける。

 そして位置をずらしてもう一度スキルを放てば、氷柱は連なって氷壁となる。


「いいぞ未来! そのまま斜めに延長していきゃあいい!」

「うん! 紙月は補強をお願い!」

「なーるほど! 任せな!」


 未来が氷柱を次々に立ちあげていき、その間を紙月が次々に水属性の魔法を浴びせかけて氷を密につなげていく。

 そしてそれを後方教授面で見守る絶えぬ炎のウルカヌス。

 それでいいのかウルカヌス。


 そしてついに、霜の巨人の拳が振り下ろされ、すべてが白に染まる大雪崩が、






























用語解説


・《タワーシールド・オブ・シルフ》

 《楯騎士シールダー》の覚える風属性防御|技能《スキル》の中で最上位に当たる《技能スキル》。

 範囲内の味方全体に効果は及ぶが、使用中は身動きが取れず、また常に《SPスキルポイント》を消費する。

『シルフは気まぐれだ。約束という言葉をまるで知らない。だがもしもそのシルフを縛り付ける言葉があるのならば、それは絶大な効果を及ぼすだろう』


・武の神シューニャター

 定命の武闘家が、拳の道を研鑽する果てに神に至ったとも、あらゆる武の研鑽を見守る天の眼であるともされる。

 武の神の信者は、拳だけでなく、剣や槍など、それぞれに自らに合った武の道を歩み、高めていき、その研鑽こそが神への奉納となる。

 その信仰の果ては、一切の武の果てである「空」に至ることとされる。


・理論値マイナス一兆二千万度

 摂氏で言っているのかケルビン温度で言っているのかは謎だが、ここまでくると誤差でしかない。

 絶対零度は原子の運動が停止した状態を指すため、それよりさらに、しかも圧倒的に低いこのような温度は物理的に存在しえない。

 しかし存在する。

 このような不条理が、魔法の世界にはしばしば存在する。


・《タワーシールド・オブ・ウンディーネ》

 《楯騎士シールダー》の覚える水属性防御|技能《スキル》の中で最上位に当たる《技能スキル》。

 範囲内の味方全体に効果は及ぶが、使用中は身動きが取れず、また常に《SPスキルポイント》を消費する。

『ウンディーネのあとを追うのはお勧めしない。大瀑布の向こうにあるのは、常世の国ばかりなのだから』

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