第47話 手紙の内容
「そこで、ミーリア嬢と僕の婚約だよ」
クリスが美しい花でも見つけたかのように手紙を指さした。
「ミーリア嬢が学院生だから貴族たちは大人しいけどね、卒業後は垂らしたはちみつに群がる蟻のように男たちが集まってくるよ」
「げっ……」
変な声が出てしまうミーリア。
卒業後のことまでは考えていなかった。
隣のクロエが「おそらく、ミーリアが成人する四年生の頃合いからアプローチが増えてくるわ」と補足する。
マジすか、とクロエを見ると、深々とうなずかれた。
「前から言っているけどドラゴンスレイヤーの魔法使いで、男爵で、クシャナ女王のお気に入りで、グリフィス家が寄親ですもの。令息垂涎の物件と言っても過言ではないわね。しかもラベンダーの妖精さんかと思うくらい可愛いんだもの……ああ。ああ、心配だわ……」
クロエに頭をがばりと押さえられ、ぐりぐりと柔らかい胸に顔を押し付けられる。
「お、お姉ちゃん、どうどう……どうど……ぐ、ぐるぢい……」
「お互いにとって、これほどにない条件の婚約だと思うよ」
ぷはぁとクロエの胸から顔を上げると、クリスがにこやかに笑った。
自社製品を売りにきたセールスマンのようである。
「まず、この婚約は無期限延長型だ。父がしびれを切らして強硬策に出るまで、のらりくらりと結婚を先延ばしにしよう。ミーリア嬢がまだ成人していないことを考えると、六、七年はいけると思う。その間、お互い自由だ」
(なるほど。クリスさんとの婚約中はうるさい外野に絡まれない……メリットだね)
「ミーリア嬢にとって、グリフィス公爵家の僕は裏切られることのない相手だ。こんな偽装婚約、他の貴族だったら“やっぱり本当に結婚します”と言って手のひらを返してくるのがオチさ」
「確かに……アリアさんのお兄さんなら信用できます」
「光栄だよ」
クリスが笑顔で長い脚を組み直す。
「その気になったらいつでも婚約破棄してくれてかまわないよ。僕がフラれたと言えばいいだけの話だからね」
「うーん、そんな簡単に済みますかね……?」
「その辺は平気だよ。身内に僕は変わり者で通っているから、適当に言って煙に巻くさ。ミーリア嬢が損することはないと保証する」
「アリアさんのお父さまとお母さまが、やる気満々で私たちを結婚させようとしてくる気もするんですが……あ、別にグリフィス家がイヤとかそういうんじゃないんですけど」
「それはそうだろうね。父はミーリア嬢と親戚になれるとわかったら狂喜乱舞すると思うよ。ミーリア嬢のことをいつも気にかけているから」
クリスが横へ視線をずらすと、アリアがにこりと笑った。
「ミーリアさんがおばあさまを救ってくださったこと、私たちは本当に感謝しております。おばあさまもミーリアさんにまた会えるのを楽しみにしておりますわ」
「なんか恥ずかしいです」
すみません、と頭をかいて下げるミーリア。
アリアの笑顔はプライスレスだ。
「ひとまず、両親のことは気にしなくていいよ。この話も急いでいるわけではないから、ミーリア嬢が窮地に陥ったとき、好きなタイミングで使ってくれていいからね」
「いいんですか? この手紙、使わないかもしれませんよ」
「かまわないよ。まずはミーリア嬢の気持ちが優先だ。こんな提案をする僕のこともあまり気にしなくていいし、使いたくなったら自由に使ってくれると嬉しい。重荷になるならいつでも断ってね。もし使ったら、一言声だけはかけてほしいけれど」
そう言って、クリスは手紙をこちらへ押し出した。
(うーん……とりあえずもらっておこうかな。YES焼き肉・NO結婚マニフェストは変わらないけど、切れるカードはあったほうがいいよね……相手にとっても嬉しい話みたいだし)
ミーリアはありがたく手紙を受け取ることにした。
手紙を魔法袋へ入れ、ふとクリスを見る。彼は微笑を浮かべていたが、どこか陰があるような気がしてしまい、ミーリアは咄嗟に口を開いた。
「クリスさん、あの、質問いいでしょうか?」
「もちろんいいよ」
「クリスさんも、偽装婚約を頼める相手って私しかいないように思ったんですけど、どうなんでしょうか?」
「……そうだね。アドラスヘルム王国中探してもミーリア嬢しかいないよ。男爵位持ちでドラゴンスレイヤーなら公爵家と釣り合いも取れる。何より、僕にほとんど興味を持たないところが適任だね」
「あー……なんか大変ですね……」
ドラゴンスレイヤーになったばっかりに女王にお気に入り登録され、男爵芋にされてしまい、知らん貴族のおっさんたちに挨拶をせがまれる立場になって、クリスの気持ちがなんとなくわかった。
(イケメンすぎると悩みも多いのか……)
これだけの美貌を持っていると苦労も絶えないだろう。
(この手紙はもしものときに使わせてもらおう)
クリスとの話は終わりになり、少し世間話をしてから解散となった。
解散になった原因はミーリアの腹が大砲のようにぐうと鳴ったからである。
(恥ずかしい――)
「ではまた、ミーリア嬢。ああ、社交界の情報がほしかったらいつでも頼ってくれたまえ」
クリスがそう言って部屋を出ていくと、室内の空気が普段のものに戻った。
キラキラしてるなー、とミーリアはクリスの出ていったドアを眺める。
「お姉ちゃん、アリアさん、どう思う?」
「そうね――」
偽装婚約の件に関して、クロエ、アリアは概ね賛成のようであるが、今すぐ使うものでもないので、保留にしておくのがいいだろうという結論に至った。
アリアもミーリアの結婚拒否の手段として、偽装婚約について考えていたらしい。まさかクリスから提案されるとは考えていなかったようだが。
話もほどほどにミーリアが「食堂に行こう」と言ったところで、王宮の使いなる人物が入ってきた。
「ミーリア・ド・ラ・アトウッド男爵、ならびにクロエ・ド・ラ・アトウッド準男爵――明日、クシャナ女王陛下と謁見されたし」
(え……また女王さまに呼ばれた。今度はなんだろう……ロビンの悪行について責任を取れとかじゃないよね……? こわひ)
三度目となる女王の呼び出しであった。
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