第29話 地下の先には
罠用ソナー魔法・色付きバージョンのおかげで、二人は問題なく地下迷路を進むことができた。
どうやら罠はすべて着色弾のようだ。
「罠にかかっても怪我をしない……ということは、魔法兵士の訓練を兼ねている? ミーリアさん、どう思われますか?」
「そう考えると辻褄が合う気がします」
二人は予想を言い合いながら薄暗い通路を進む。
何の変哲もない通路が延々と右へ、左へと繋がっていて、マッピング魔法と罠用ソナー魔法がなければ迷子になっていたとミーリアは寒気がした。
(これ作ったデモンズは性格悪いよ……)
罠も実に巧妙だ。
段差の角とか、急な坂道の壁とか、触れそうな箇所へ絶妙に配置されている。
罠用ソナー魔法で赤く染まっているのに何度か触れてしまい、自動防御システムが作動した。
にゃあん、という気の抜けた猫の鳴き声が通路に響いた。
「ミーリアさん……その、猫さんの防御魔法ですけれど……」
「あ、やっぱり変ですか? 師匠には苦笑いされたんですよ」
「いえ、その……もしよかったらわたくしにも教えてくださいませんか? とても……可愛いので……」
アリアが言いづらかったのか、気恥ずかしそうに目をそらした。
「もちろん対価はお支払いいたしますわ」
「対価なんていりませんよ。これが終わったら伝授しますね」
現代知識のイメージが膨大に入っているので、果たしてアリアが習得できるかは不明だ。
一時間ほど歩いて休憩した。
魔法袋から果実水とダボラの焼き鳥、餅モッチ焼きをアリアと食べ、ミーリアは通路を進む。
さらに三十分進むと、ようやく中心部にたどり着いた。
マップに表示されているように中心部は円状に囲まれており、中へと続く扉には校門に飾られているキメラとメデューサを模した銅像が鎮座していた。不気味だ。
「……アリアさん。ついに来ました」
「はい……ミーリアさんのおかげですわ……」
「まだ謎が解けたわけじゃありませんよ」
ミーリアは額から出しているプロジェクター魔法を切り、魔法袋からデモンズマップを取り出した。
「デモンズのことです。絶対に仕掛けがあります。心して行きましょう」
「ですわね」
ミーリアの言葉にアリアがうなずき、二人同時に大きなドアを押した。
ギギギ、と古い蝶板が擦れる音が響いて光が通路に差し込んだ。
中は小さな運動場ほどの広さで、綺麗な円型をしている。天井には光源魔道具が設置され、今もなお稼働していた。通路よりずいぶん明るい。
二人は部屋に入らず様子をうかがった。
「ミーリアさん。中央に祭壇がありますわ」
「あっ、本当ですね。それ以外は何もないみたいです……中央に進む他なさそうですね」
「罠はなさそうですわね」
「はい。反応なしです」
二人は目を合わせ、円形の部屋へ踏み込んだ。
灰色の石畳が綺麗に続いている。すり鉢状になっているのか、中央へ向かってわずかに傾斜しているようだ。
(これで謎が解ければ……石化解除のヒントが見つかるかも)
ミーリアは見えてきた祭壇に、ごくりとつばを飲み込んだ。
(祭壇っぽい台座って感じかな……これって……)
台座にたどり着いて覗き込むと、長方形のくぼみがあった。
「ここにデモンズマップをはめろってことですかね?」
「ですわね……台座には何も書かれておりません」
飾り気のない台座を慎重に観察しているアリアが言った。
「明らかにあやしいですよね」
「はい……」
「よし。デモンズマップをはめ込んでみます」
「お願いいたしますわ」
アリアがうなずき、警戒するべくベルトから杖を引き抜いて構えた。
(ひぃぃっ――ドキドキで心臓が跳ねてるんですけどっ)
ミーリアが腰を引いてデモンズマップを持ち上げ、台座のくぼみへ押し広げた。
すると台座から光が照射された。
「光が出ました!」
ミーリアがあわてて手を離した。
デモンズマップは吸い付くようにぴたりとくぼみにはまっている。光はクロスワードパズルへ正確に照射されているようだ。小さな正方形の光がいくつも浮かんでいる。
「ミーリアさん。何かヒントが出ましたか? わたくしには四角い光がいくつも当たっているようにしか見えませんわ」
アリアが周囲を警戒しつつ、ミーリアを見る。
(怖がってる場合じゃないよ。しっかりしろ、私)
「ええっと……ううん? あっ! クロ――」
思わずクロスワードが、と言いそうになり、ミーリアは両手で口を覆った。
小さな光はクロスワードパズルのマスと合致し、こちらの世界で言うアルファベットが振られている。その数は全部で二十個だ。
ミーリアはかれこれ一ヶ月見続けてきたクロスワードを見て、すぐにピンときた。
(これ、パズルの正解マスだよ! もともとあった二十個、シノウ◯ヲスダノコチ◯ミ◯ゲサレチ◯ラレには1,2,3って番号が振ってあるから、それに加えればいいんじゃない?! 通りで変な言葉になると思ったんだよ)
「アリアさん、いま正解を解読するので待っててください」
「――ミーリアさん!」
言うが早いか、アリアがミーリアを抱きかかえて浮遊魔法を使った。
ふわりと身体が浮き上がる。
「ど、どうしました?」
「台座の下から塗料が噴き出していますわ!」
「げえっ!」
とてつもない勢いで、紫色の塗料が噴き出している。
すり鉢状になっている部屋だ。放っておけば池のように塗料がたまり、台座ごと塗料びたしになってしまう。デモンズマップもひどいことになるだろう。
――ゴォン
なんとタイミングのいいことか、二人が入ってきた扉がぴたりと閉じた。
さらには部屋の隅からも塗料が噴き出し始めた。
「デモンズゥ!」
思わずツッコミを入れてしまうミーリア。
すぐにアリアの手から離れ、浮遊魔法を使い、台座に貼りついているデモンズマップを取ろうとした。
だが、まったく取れない。瞬間接着剤でくっついているかのごとく、ぴたりと吸い付いている。
爪でかりかりと引っ掻いても、台座が壊れない程度に風魔法をぶち当てても取れない。
「アリアさん! マップが取れません!」
「ドアが開きませんわ。魔法も弾かれます!」
脱出経路を確認していたアリアが背後で叫んだ。
「ミーリアさん、謎を解いてください! そうすれば塗料の噴射が止まるかもしれませんわ! 最悪、あなただけでも転移魔法で逃げてください!」
「そんなことできません。アリアさんを置いていくぐらいならここを吹っ飛ばします!」
「あなたならできるかもしれませんね……ミーリアさん……」
浮遊魔法で近づいてきたアリアが真剣な目でミーリアを見つめた。
彼女の曇りないグリーンアイに引き込まれ、ミーリアは冷静さを取り戻した。
「ミーリアさん、落ち着きましょう。まずは謎を――無理であれば撤退いたしましょう」
「……そうですね。了解です」
そのときだった。
重機が動くような重低音が響き、二人の前に透明の壁が現れた。
壁は魔法障壁と似た色合いで脈動して淡い虹彩を放し、ミーリアとアリアを分断するように、天井から地面まで隙間なく覆っていた。あっという間の出来事だ。
(何これ?! 魔道具の壁?)
ミーリアが触れると手が弾かれ、触れた部分に波紋が起こった。
「ミーリアさん! 大丈夫ですか?」
「バチッとしました。触らないほうがいいです」
(完全に分断された)
「ああ、ミーリアさん……」
(こういうときこそ冷静に……魔力操作――鑑定魔法発動)
ミーリアは素早く瞳に魔力を集めて壁を鑑定する。
壁は複雑な魔法なのか鑑定しても魔法障壁、としか出なかった。
「アリアさん、風刃で切り裂いてみます。離れてくださいっ」
「承知しましたわ」
アリアが浮遊魔法で離れると、ミーリアは特大の風刃を魔法障壁に撃った。
奇妙な風切り音を奏でて風刃が衝突する――が、波紋が起こって弾き返され、風刃がかき消えた。
さらに連続で五十個の風刃を撃ち込んでみる。
すべて弾き返された。
「すごい風魔法……」
アリアが向こう側で驚嘆する。
「アリアさん、これ、相当に分厚いみたいです。強めの魔法を使ってみます」
「それより強力なものが……まさか、お話していた爆裂火炎魔法ですか?」
「それだと部屋まるごと吹っ飛びそうなので、別の――アリアさん! 後ろっ!」
『――百年――待ちくたびれたぞ――』
しゃがれ声とともに、火球の魔法がアリア目がけて飛んできた。
炎の燃焼する音が空気を切り裂く。
ミーリアの声で気づいたアリアが即断で杖を振った。
「――【ウインドブレイク】!」
風魔法で火球を弾き返した。
火球が塗料の中に落ちてじゅうと音を立て消える。
足元は紫の塗料で池のような様相になっていた。
『ん――兵士じゃないのか? まあいい。デモンズとの約束だ。ここで消えぬ思い出とやらを貴様らに刻んでやろう』
ミーリア、アリアは声の主を見て驚愕した。
透けた身体を持つドクロ頭の亡霊が浮かんでおり、黒いローブと大きな杖を持っている。禍々しい魔力が透明の身体から滲み出ていた。魔物だ。
「アリアさん……アレは……」
「
「えっと、悪いやつですよね……」
「……とびきり悪い亡霊ですわ」
「転移魔法でそっちに――ああ、なんか転移もできない!?」
何度試してもダメだ。
ミーリアはちらりと台座を見て、アリアを見る。
台座からはぶくぶくと塗料が噴き出ている。台座の三割ほどが塗料で見えなくなっていた。水位が上がっている。おまけにアリアとは分断。向こう側には凶悪な亡霊。転移魔法も封じられた。
(デモンズさんあんた本当に性格悪いよ! 会ったら鼻にお豆詰めるよ?!)
残念ながらデモンズはこの世にいない。
『どうした――謎を解かないのか。マップが特殊塗料に触れると……溶けるのを知らないのか?』
『早くしないとマップがなくなるぞ――』
炎、氷、土の攻撃がアリアに殺到する。
ミーリアが魔力充填なしで強引に魔法を撃とうとすると、アリアがばしゃんと音を立てて塗料の中に降り立ち、杖を振った。
「――【カラミティウインド】!」
風と魔力を交互に重ねて形を構築する、グリフィス家伝承の魔法が発動した。
アリアは盾として利用し、大火球、氷弾、烈石槍を上手く受け流す。
それた魔法三つが塗料に落ち、魔法障壁に当たってかき消えた。
『ほう――若いくせに優れた魔法使いだな』
「ミーリアさん! 早く謎を解いてくださいませ!」
杖を構え、カラミティウインドを盾として展開するアリアが叫んだ。塗料は彼女の膝あたりまできている。
「でも――」
「いいんです! わたくしもあなたのお役に立ちたいんです!」
「アリアさん……」
「お願いします!」
真剣な目をミーリアに向け、アリアはすぐ
(助けてもらってるのは私のほうなのに……アリアさんも、同じ気持ちだったなんて……)
ミーリアはいつも助けてくれる、一緒にいてくれると感謝し、彼女の役に立ちたいと思っていた。アリアも同じように考えていたとわかって、胸の奥からこみ上げてくるものがあった。
「わかりました! すぐに解きます!」
ミーリアは背後をアリアに任せ、台座に飛びついた。
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