第30話 デモンズマップの解答
ぶくぶくと塗料が吹き出す音が気持ちを焦らせる。何度か深呼吸をして、ミーリアはデモンズマップへ目を落とした。
(落ち着けー、落ち着けー。元あった番号の解答にアルファベットの解答を足していく感じで……1、A、2、B、3、Cの順番で合ってる? 七割解答してるから、全部書けば答えが予想できるはず……よし、ペンを出して――)
ミーリアが魔法袋からペンとメモ帳を取り出して、新しい解答をメモ帳へ書き写していく。
塗料の水位が台座の四割まで上がっている。
否が応でも気持ちが焦った。
見れば魔法障壁の向こうでは、魔法合戦が始まっていた。
(アリアさん……頑張ってください!)
ミーリアは視線を戻し、走り書きで解答を写していく。
元からあった数字が振ってある解答は、
シノウ◯ヲスダノコチ◯ミ◯ゲサレチ◯ラレ。
光が照射されて出てきたアルファベットの解答は、
ンユジウム◯モニ◯ズヒツツヨ◯バズヒカ◯。
◯が未回答部分で、合計四十文字だ。
(シンノユウジ◯――? あーダメだ。書いた文字を交互に入れて書き直して……)
急いでペンを動かすミーリア。
背後で金属がぶつかるような鋭い音が響いた。
振り返ると、ちょうどアリアが防御に使っていたカラミティウインドを撃ち込み、
(あの魔法、攻撃もできるのか! アリアさんリアル魔法少女っ)
アリアが銀髪ツインテールをなびかせて浮遊魔法で距離を取り、呼吸を整える。
カラミティウインドは魔法使いであったグリフィス家初代当主が編み出した、変形タイプの魔法だ。風と魔法障壁を薄く何枚にも重ねて強度を上げ、鋭くすれば刃に、厚みを持たせれば盾に、槍状にすれば刺突することもできる。
応用が利く分、集中力を要する。
さすがに浮遊魔法との併用は今のアリアには厳しかった。
『少女よ――才能ある魔法使いだな。助手にほしいぞ――』
(あの亡霊強いよ。アリアさんが危なくなったら魔法障壁をぶっ壊して応援にいかないと――)
ミーリアは浮遊したまま攻防が見えるよう反転し、書き写したメモを見つめた。
二つの解答を合体させた文章へ目を走らせる。
『シンノユウジ◯ウヲムス◯ダモノニコ◯チズ◯ヒミツ◯ツゲヨサ◯レバチズ◯ヒラカレ◯』
(えーっと……しんのゆうじ◯うをむす◯だものにこ……真のゆうじゅうを? ゆうじょう……友情を? オーケーオーケー。真の友情を――むす◯だものにこ……むすんだものに、かな? 次は――)
ミーリアは集中して意味が繋がるように当てはめていく。
(こ◯ちず◯ひみつ◯つげよさ――あ、これは簡単――この地図の秘密を告げよ……えっ? ちょっと待って……)
前半部分を解読してミーリアは息を飲んだ。
(真の友情を結んだものにこの地図の秘密を告げよ……そんな解答アリ? 待った待った、続きを解読して――)
(さ◯ればちず◯ひらかれ◯…………さすれば地図は開かれん……だね)
デモンズマップ、クロスワードパズルがついに解明された。
問題の正解は
『真の友情を結んだ者にこの地図の秘密を告げよ。さすれば地図は開かれん』
であった。
(そんな……)
ミーリアはデモンズマップのルール“クロスワードパズル形式だと誰かに話した場合、デモンズ砦には二度と入れない”という文言を思い出した。最後の最後まで、デモンズマップは極悪な仕掛けであった。
ミーリアは血の気が引いた顔で、戦っているアリアへ視線を向けた。
アリアが防戦一方に後退している。
(真の友情を結んだ者……アリアさん……でも……)
真の友情――思い浮かぶのは魔法障壁の向こうにいるアリアだけだ。
ミーリアは今までの人生で友達ができたことはない。小学校から高校まで挨拶する程度のクラスメイトしかおらず、放課後どこかへ遊びに行ったり、勉強を教え合ったりなど、一度もしたことがなかった。
高校生のとき一度だけ勇気を出してクラスメイトに、「放課後一緒に帰りませんか?」と誘ったことがあるのだが、成績が良かったり、イケメン君をばっさり振ったりして嫉妬されていたミーリアは「他の友達と帰るので」と素気なく断られた。
あの、他人を見る冷たい目――。
不意に過去の光景を思い出してしまい、惨めな気持ちがあふれてきて、心が塗り潰されそうになる。
もし、アリアにクロスワードパズルだと伝えて地図が開かなかったら……そう思うと喉の奥に鉛が詰まったように、言葉が出なかった。
「ミーリアさん……どうですか?! 謎は解けましたか?!」
火球を亡霊へ弾き返したアリアが、肩で息をしながらミーリアを見る。
塗料の水位が太ももまで来ているせいで飛沫が上がり、アリアのスカートやローブがところどころ紫に染まっていた。
「……」
(地図が開かなかったら……たぶんルールが適用される……そうしたらもうデモンズ砦――女学院には入れない呪いがかかる……そんなの……イヤだよ……)
ミーリアはアリアと過ごした一ヶ月を思い出し、胸が締め付けられた。
入学式、月の妖精のように美しい銀髪の少女が話しかけてきてくれたこと。横断幕を二人で維持し、姉ディアナを重力魔法で浮かせてしまったこと。それがきっかけで重力魔法を教えるようになったこと。アリアはつれない態度であったが、芯が通った優しい人だとミーリアは感じていて、それが予想通りだったこと。
アリアと早朝、放課後に集まって、魔法の練習をし、大図書館で資料探しをしたこと。ミーリアにとって同級生と待ち合わせをするだけで、心躍る毎日だった。アリアの美しい横顔が脳裏に焼き付いている。大図書館の奥にあるテーブル席が、今思えば二人だけの秘密基地に思えた。
それから――彼女が過去の秘密を教えてくれたときは本当に嬉しかった。アリアをもっと知れたことで彼女の本質を深く理解できたと思う。あのときはアリアの涙を見て、自分も悲しくなってしまった。
アリアとの日々が思い出され、ミーリアは涙があふれてきた。
どうしてなのかわからない。
ミーリアにとってこの一ヶ月は、かけがえのない、代わりのきかないものであった。
(……アリアさんは……お上品なお嬢様だから……私なんか友達にふさわしくないかもしれません……。でも、やっぱり私は……アリアさんを大切なお友達だと思ってます……)
ミーリアはずっと言いたかった言葉を心の中でつぶやいた。
言ってしまったら何かが壊れてしまいそうで、声に出して、言葉にはできなかった。
「ミーリアさん! どうしました?! また罠ですか?!」
アリアが、泣いているミーリアを見て悲痛な声を上げた。
亡霊に魔法を連射され、壁際まで追い込まれている。それでも彼女はミーリアを気遣っていた。
ミーリアはアリアの端正な顔を見て、ローブの袖で涙を拭いて顔を上げた。
デモンズマップの解答をもう一度見る。
『真の友情を結んだ者にこの地図の秘密を告げよ。さすれば地図は開かれん』
メモ帳の解答が、自分を急かしているように見える。
(言えないのは、私の勇気がないからだよ……。アリアさんは大切な……友達……そう……だったら、アリアさんのために自分にできることをしないと……。おばあさまの石化を解く鍵が、デモンズマップにあるんだから……)
ミーリアは浮遊魔法を切り、ばしゃんと塗料の池に下りた。
背の低いミーリアは腰の下あたりまで沈んでしまう。
「ミーリアさん!」
『よそ見をしている暇はないぞ、若き魔法使い――』
「……くっ!」
亡霊が接近して杖を振り下ろし、アリアがカラミティウインドで受け止めた。
風と魔法障壁の束でできたカラミティウインドを圧縮し、亡霊に飛ばす。
空気を切り裂く音がして亡霊が回避のため大きく後退した。
「ミーリアさん、罠でしたら撤退を! 部屋の壁を破壊してください! わたくしは自力で凌ぎます!」
アリアの叱咤を耳にし、ミーリアは台座に貼り付くデモンズマップに両手を下ろした。
(もし私が学院生じゃなくなっても、アリアさんのお手伝いはできる……! 私は……ッ!)
もし拒絶されたら?
もし地図が開かなかったら?
アリアが友達でないと言ったら?
そんな想像が頭の中で吹き荒れて、前世でクラスメイトから向けられた、冷たい視線が脳裏に何度も浮かんでくる。
ミーリアでなくても、言うか言うまいか迷ってしまう状況だ。本当に友達なのか。真の友情とはなんのかと考えてしまう解答だ。デモンズの目的は迷わせることなのだろうか。
ミーリアは歯を食いしばった。
勝手に涙がぼろぼろこぼれてくる。拒絶の恐怖に足が震えてくる。
それでも、言わなければいけない。
今ここで言わなかったら一生言えないだろうとミーリアは思い、自分を奮い立たせ、ぎゅっと拳を握った。
「アリアさぁんッ!」
ミーリアが絶叫した。
ただならぬミーリアの様子に、アリアが唇を引き締めてうなずいた。
「なんでしょう?!」
ミーリアは顔を上げてしっかりとアリアを見てから、大きく口を開いた。
掛け値なし、ありったけの勇気を振り絞った。
「アリアさんは、私の大切な……お友達ですっ! 初めてできた! 大事な友達なんです!」
涙も出て鼻水も出て、格好悪いことこの上ない報告だった。
それでもミーリアの心からの言葉だった。
「アリアさんが迷惑だって思ってても! 私はアリアさんが素敵な女の子だって知ってて――だからずっと友達になりたいって……思ってたんです! だから、その、デモンズマップは――クロスワードパズルだったんです! これがデモンズマップの解答ですぅッ!!」
ミーリアは肺からすべて息を出し切り、言い切った。
アリアがミーリアの言葉を理解しようと瞬きをすると、カッと台座のデモンズマップが輝いた。
「――ッ!」
ミーリアが目を腕で覆うとデモンズマップがひとりでに浮き上がり、羊皮紙が半分に折れ、さらに四つ折りへと折り曲がった。
「ミーリアさん、デモンズマップが」
(地図になった?! うそっ!)
ミーリア、泣きながら浮かんでいるデモンズマップに飛びついて、むしるように開いた。
中は精緻な学院の図面が広がっていた。
まごうことなき地図だ。地図である。
「地図ぅ! 地図になっでばずぅぅ! アリアざぁぁあぁん!」
(よかった! よかったぁぁっ! アリアさんとお友達! 学院にまだいられるっ!)
喜びのあまりぶんぶんとデモンズマップを振ってみせるミーリア。今度は嬉し涙が瞳からほとばしった。歓喜で言葉が出てこない。
なぜミーリアが泣いているのか理由がわからないアリアだったが、杖を構えたまま、興奮ぎみに何度もうなずいてみせた。
「ミーリアさん! ミーリアさん! やりましたねっ!」
「よがっだぁぁあぁあっ。アリアざんがお友達ぃぃっっ。人生初めてのどもだぢでずぅぅ!」
「……先に……言われ……いました……」
アリアは何か思うところがあったのか、ぽつりとつぶやいた。
魔法障壁の向こうで手を振っているミーリアが笑い泣きしている姿を見て、喉の奥が締め付けられた。小さなラベンダー色の髪をしたちょっと変わり者の少女が、自分を友達だと言ってくれている。
自然と唇が動いた。
ただ、はっきり言うのが恥ずかしくて、ミーリアを直視できない。
杖を握り直して、様子をうかがっている亡霊をにらみつけた。
「ミーリアさん。わたくしも、そのっ、ミーリアさんが、人生初めての………も……ち……ぁぅ」
アリアが亡霊をにらみながら、顔を真っ赤にして尻すぼみに言う。
「アリアさんなんでずがぁ?! 聞こえませぇん!」
ずびぃと鼻をすするミーリア。
まだデモンズマップを振っているミーリアを見て、アリアが何度もチラチラと視線を横へ飛ばす。ミーリアの深紫の瞳が自分を見ていることを確認して、アリアは生まれてから一番顔を赤くし、お腹にこれでもかと力を入れて、声を張り上げた。
「わたくしもぉ! ミーリアさんが人生で初めてのお友達ですのっ! ずっとずっと言おうと思っていたんです! 言えなくて……勇気がなくて……ミーリアさん……わたくしと……お、お、お友達になってくださいませぇぇぇっ!」
アリアの告白が部屋に響き渡った。
(アリアさん……!)
その言葉に、ミーリアはぶんぶんと首を縦に振って、腕で大きく丸印を作った。
アリアもそれに答えて何回も首肯する。
銀髪が合わせて揺れた。
感情が高ぶってアリアも涙目になっている。
(お友達――素敵な可愛いお友達――!)
転生してから丸四年。
自分を大切にしてくれる存在、クロエとティターニアに出逢った。しかし、彼女たちは姉と師匠であって友人とは少し違った。
ミーリア、人生初の友達ができた瞬間であった。
『――少女らよ、確かな絆……見せてもらった……』
様子をうかがっていた
『デモンズマップの謎は解かれた。分断している魔法障壁を消してや――』
「アリアさん、下がってください! 魔法障壁を破壊します!」
(お友達を助けないとっ)
急にしゃべり出した亡霊を見たミーリアが素早くデモンズマップを魔法袋に収納し、浮遊魔法で飛び上がった。
ミーリアの胸部付近へ、急速に魔力が充填されていった。
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