第35話 魔古龍バジリスク討伐へ


 ミーリアはティターニアにバジリスクの弱点と討伐方法を伝授され、飛翔魔法で空を飛んでいた。グリフィス公爵領の最北端が目的地だ。


 風切り音が耳朶を揺らし、ミーリアのスカートとローブがバタバタと風でなびいている。

 顔の前方に防護風魔法を使っているので空の移動も快適だ。


「師匠、聞こえますか?」

『聞こえるわよ』


 移動中は魔法電話を繋ぎっぱなしにしておくことにした。


「おさらいなんですけど、バジリスク――成体は全長四十メートル。目が合うと石化の呪いをかけてくる。広範囲の魔力弾を撃ってくる。空を飛んでいればただの雑魚。あってます?」


 ミーリアが飛びながら確認する。

 大きなあくびのあと、ティターニアが電話越しにうなずいた。


『ええ、図体がでかいだけの的よ。石化の呪いも魔力量が多い魔法使いなら無効になるしね』

「私なら大丈夫ですかね?」

『私で平気なんだから、ミーリアも平気に決まってるわ。じゃんじゃん目を合わせなさい』

「それはちょっと怖いんですけど……」


 ミーリアは前方に見えていた鳥の群れに追いついたので、群れの端に自分も加わり速度を落とした。一人で飛んでいるとちょっと寂しい。


 鳥たちは急に加わったミーリアに興味がないのか、隊列を崩すことなく飛んでいる。


『ミーリア、方角は合っている? 飛んでいると方向がズレるものよ。確認しなさい』

「はぁい」


 ミーリアは方位確認の魔法を唱えた。

 目の前に魔力でできた方位磁石が現れる。針は目的地の方角を差していた。


「大丈夫そうです」

『いいわ。バジリスクの弱点は覚えてる?』

「首ですよね?」

『そう、首よ。ついでに言うと首の肉が美味しいわ。確保してちょうだい』

「もちろんですっ。今から楽しみですよ」

『白身でさっぱりしてるのよ。ワインと一緒に食べたいわ』

「バジリスクは醤油をかけて蒲焼きにしたいです」


(未知のお肉だよ。白身ならうなぎみたいな味? うなぎ食べたことないけど! 待っててねバジリスクちゃん)


 早くも食用認定されているバジリスク。


 ミーリアがだらしない顔を作ると、鳥たちがアホピュー、アホピューと鳴いた。そういう鳴き方なだけだが、タイミングが秀逸であった。


(なんかアホと言われたような気が……でも、そうだね。第一に血がほしいんだから、気を引き締めないと)


『打撃系の魔法でガンガン攻撃して、弱ったところを風魔法で真っ二つにするのよ。風の刃は必ず身体の線に沿って入れること』

「首を飛ばそうとすると鱗に弾かれるんですよね? 覚えてますよ」

『いい子ね。バジリスクの鱗は縦に走ってるのよ。知らない魔法使いはだいたい首筋を切ろうとして弾かれるわ。上空から見て、縦に切り裂いてやりなさい』

「倒したら、すぐに重力魔法で浮かして血が流れないようにする」

『そうそう。いいわね』


 ティターニアが嬉しそうに肯定し、何かに気づいたのか声色を変えた。


『ミーリア、鳥と一緒に飛んでたら日が暮れるわよ。全速力でいきなさい』


 千里眼で見ていたティターニアが言った。


「まだ着きませんか?」

『そのペースだと、五時間かかるわよ』

「了解です。飛ばします!」


 ミーリアは魔力を練り、ジェット機をイメージした。

 キィィィンと魔力が身体を包んでいき、一気に放出され、ミーリアの身体が弾丸のように直進した。


 鳥の群れが風圧で体勢を崩し、批難するようにアホピューと鳴いた。


(ちょっと飛ばし過ぎたかも)


 後方を見ると鳥の群れが見えなくなっている。眼下の景色が後方へと飛ぶ。

 修学旅行で一度だけ乗ったことのある新幹線より速い気がした。


『すごい加速ね……今度私にもイメージを教えてちょうだい』

「いいですよ」

『そろそろ――魔法電話が――切れ、そう――気をつけて――リア』

「師匠、お肉持ってすぐに帰りますね」


 魔法電話が限界距離にきてしまった。


 ミーリアは笑顔で呼びかけ、魔法電話を切り、飛翔魔法に集中することにした。



      ◯



 目標である公爵領の最北端に到着した。


 眼下にはチェリーピーチの群生地帯が広がっていて、一面がピンク色の絨毯が引かれたように見える。山岳地帯の方向まで桃色の花が咲いていた。


(桜に似てるよね。外で焼き肉しながらお花見とかしたいなぁ)


 そんなことを考えながら、ミーリアはソナー魔法を発動させた。


 魔力を電磁波のようにして三百六十度打ち出し、物体が保有している魔力を感知する探索魔法だ。半径三十kmまで探索可能である。


(そこそこ大きい魔物の反応アリ……強い魔物が住み着いてるみたいだね。バジリスクっぽい反応はナシ――次)


 ミーリアは飛翔魔法で二十kmほど移動して、再度ソナー魔法を打ち出した。

 波紋のように魔法が広がり、巨大で長い体躯の魔力を捉えた。


(全長約四十五m――形状はヘビ型。バジリスクかな?)


 群生地帯の最奥で反応がある。

 思ったよりも早く見つかり、ミーリアは飛翔魔法で一気に移動する。


 しばらくして反応があった場所を見下ろすと、チェリーピーチの木がガサガサ、ガサガサと北方向に移動するように振動していた。


(よし、魔力を変換して、熱感知サーモグラフィー魔法――発動…………目標は平地に移動してるね。木が邪魔して見えない。あと、めちゃくちゃでっかいね……これ魔法使いじゃないと絶対倒せないよ)


 兵士はもちろん、普通の魔法使いには到底討伐できない。


 ミーリアは巨大ヘビらしき反応を追い、そのまま後を追った。

 五分ほど宙から移動を見届け、チェリーピーチの群生地帯が途切れると、巨大生物の全貌が明らかになった。


「――バジリスクだ」


 ミーリアは思わずつぶやいた。


 魔古龍バジリスクと呼ばれるだけあり、頭部にはトナカイのような角が折れ曲がって生えている。稲妻みたいな形だ。口は真横に裂け、岩を簡単に砕きそうな凶悪な牙が並んでいる。両側から太い髭が伸びていて、触覚のように動いていた。


(あの目……赤黒いね)


 見たものを石化させる瞳からは邪悪な魔力が漂っていた。

 一般の魔法使いが見たら、目を回して失禁するレベルの魔力を内包している。


 ミーリアは深呼吸をして精神を統一した。

 心が乱れると魔力も乱れる。ティターニアと訓練してきた成果はすぐに出た。


(……オーケー。落ち着いていこう。危険になったら転移魔法で脱出だよ)


 退路をしっかり確認し、ミーリアは魔力を変換して胸部に充填――圧縮を開始した。


 爆裂火炎魔法でもいいが、できるだけ身体を残して討伐したい。先制攻撃は貫通魔光線マジックレイを撃つことにした。


(両手への魔力連結……成功……魔力を胸部タンクへ移行……)


 キイィィィン、と不可思議な音を響かせてミーリアの胸部に光が集まる。

 莫大な魔力が集結し始めると、バジリスクがミーリアの存在に気づいた。


「シャアアァァッ!」


 バジリスクが浮いているミーリアに首を伸ばし、魔眼で石化の呪いをかけようとする。


 ばっちり目が合ったミーリアは何かが身体を通り抜ける感覚がした。


(今のが石化の呪い――全然平気だね)


 気にせずミーリアは魔力を胸部から両手に移動させ、発射準備を進める。


(魔力充填80%――)


 石化が効かなかったのを見て、バジリスクがミーリアを強敵として認識する。長躯をしならせ、ミーリアを丸呑みにしようと俊敏に跳躍した。


「――ッ!?」


 低空飛行していたミーリアがあわてて旋回する。


(あぶなっ! ジャンプするとか聞いてないよ?!)


 さらにバジリスクが魔力を二本の髭に集中させて、魔力弾を打ち出した。

 ミーリアは超高速で離脱して魔力弾をかわしていく。


 バァン、バァンと破裂音が空中で響いた。


(当たったら痛そう〜。師匠の攻撃に比べたら大したことないけど)


 魔古龍バジリスクの魔力弾は広範囲にホーミングする凶悪仕様だ。王宮魔法使いが三十人でどうにか処理できるレベルである。クロエがこの光景を見たら間違いなく失神する。


 ちなみに、防御システムを構築しているミーリアに当たっても大したダメージにはならない。


 ミーリアは魔力充填をしながら、飛空戦を繰り広げる戦闘機のように魔力弾をかわす。


「シャアァァッ――」


 魔古龍バジリスクがイライラした調子で、でたらめに魔力弾を放出する。


(充填100%! まずは攻撃して様子見! そのあと、弱らせて仕留める!)


 ティターニアの教えを反芻して、ミーリアが右手を突き出した。


(アリアさん待っててね!)


「いけぇっ――貫通魔光線マジックレイ!」


 ドン、と射出音が響く。

 ミーリアの右手が反動で跳ね上がった。


 ビーム砲のごとく貫通魔光線マジックレイが魔古龍バジリスクの身体、真ん中あたりに着弾した。完全に不意打ちのような様相になった。


「――ギギャッギジャャーーッ!」


 バジリスクから絶叫が響く。


「もう一発!」


 ドンッ、と今度は左手で貫通魔光線マジックレイを射出。


 これも着弾した。


「何発か当てれば弱る……あれ?」

「――ギギャッギジャャーーッ!」


 貫通魔光線マジックレイは、バジリスクが展開していた魔法防御を貫通し、地面を溶解させて地中深くまで穴を作っている。


「……あれ?」


 バジリスクは、貫通魔光線マジックレイで真っ二つになっていた。

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