第23話 長女の衝撃すぎる話



 ミーリアは浮かせていた絨毯をアトウッド家の裏庭にあるラベンダー小屋まで移動させ、クロエを下ろし、二人で中に入った。


 古い扉がギシギシと音を立て、ドキリとする。


(――防音魔法。ラベンダー小屋全体にかけてっと……これでよし)


「お姉ちゃん、防音魔法かけておいたよ。しゃべって平気だからね」

「ありがとう。誰か起きるんじゃないかと思ってしまったわ」


 クロエも大きな音が出て心配していたようだ。


 ミーリアはほぼ真っ暗なラベンダー小屋に照明魔法を使った。

 丸い蛍光灯のような魔法が室内に浮かび、一気に明るくなった。


(ちょっと暗めに設定して……)


 明るさを調整する。


(にしても……変わってないなぁ〜)


 小屋の天井からは無数の乾燥させたラベンダーがぶら下がっており、ジャムを作る際に使う大きなツボや、作業道具が並んでいる。むせるようなラベンダーの香りを嗅いで、ロビンにここで叩かれたことを思い出してしまい、ちょっと嫌な気分になった。


(まあ、魔法で頭部をカチカチにしてたから痛くなかったけど)


「あまりいい気分にはならないわね」


 クロエが小屋を見回して、無表情に言った。


 ミーリアよりもクロエのほうが色々と作業をさせられていたので、ラベンダー小屋にいた時間は長い。


 クロエとしゃべりながら裏手の窓を開けて風魔法で匂いを散らしていると、三十分ほどで入り口のドアが開いた。


「……」


 何かを確かめるように扉が開き、長女ボニーが黒髪とともに顔を出した。

 そしてミーリアとクロエを見て、両目を見開いた。


「ミーリア、クロエ……ッ」


 ボニーはあわてて口をつぐみ、静かに素早く小屋に入ってきて後ろ手に扉を閉める。


 声を出してアレックスに見つかってしまうと思ったらしい。


(ボニー姉さま……黒髪ロングで背が高い。化粧品コーナーの店員さんにいそう。ちょっと幸薄そうな感じだけど……あ、それはアレックスのせいか)


 ミーリアはそんなことを思いながら、何から話せばいいかわからず、曖昧な笑みを浮かべた。


 まごついていると、クロエが先に口を開いた。


「ボニー姉さま、お久しぶりです」

「……ええ、何年ぶりかしら、クロエ。立派になったわね」


 ボニーがクロエの姿をしげしげと見つめて、羨望の目を向けた。


 クロエは転移してきたミーリアにそのまま連れてこられたため、女学院商業科の制服姿だ。商業科のベレー帽、ブレザー、タイトスカートをきっちりと着こなしているクロエを見て、ボニーは妹が王国でうまく生活しているのだろうと想像したようだ。確かに、自分の好きな勉強をしているクロエは領地にいる頃に比べ、格段に輝いて見える。


 ちなみにミーリアも制服姿だ。


「ミーリアがラベンダー小屋全体に防音魔法をかけてくれました。普通の声で話していただいて大丈夫ですよ」

「防音魔法?」

「はい。外に話し声は漏れません」

「……すごいわね。この浮いてる光も魔法ね……」


 ボニーが天井に浮いている照明魔法を見て、ミーリアへと視線を移した。


「ミーリア……」

「ボニー姉さま、お久しぶりです。実はぼんやり七女じゃなかったミーリアです」


 なんとなく、冗談っぽく言うミーリア。

 ボニーがミーリアの顔を見て、少し表情を緩めた。


「ロビンが言っていたことは本当だったみたいね。全然気づかなかったわ」

「私がぼんやり七女じゃないって言ったんですか?」

「ええ。よほど悔しかったのか、叫びまわっていたわ」

「想像つくな〜」


 ミーリアはロビンが喚き散らしながら「ミーリアは私を騙していたのよ!」と、自分をこき下ろしている姿を想像してしまい、苦笑した。


「……ぼんやりのままで正解だったと思うわ。いつもうつむいていた、私が言えたことではないけれどね」


 ボニーが暗い表情になって視線を落とす。


 ミーリアは何と言えばいいのかわからず、クロエを見た。

 クロエはうなずき、できるだけ表情を柔らかくして、ボニーに近づいた。


「ボニー姉さまとお話がしたいとミーリアが言っていまして……。なので、こうして他の家族に見つからないように呼び出させていただきました」

「あの人たちに聞かれるとまずいことなのかしら?」


 ボニーが顔を上げ、呼び出された本題に入ったかと身を固くする。

 いきなり六女と七女が深夜にやってきたのだ。

 どんな要件なのか想像もつかないようだ。


「そうですね。それで、その話の前になんですが、個人的に姉さまについてお聞きしたいことがあるのですが……いいでしょうか?」

「クロエが私のことを?」

「はい。不躾な話になってしまってもいいでしょうか?」


 クロエが眉根を下げると、ボニーは笑みを浮かべた。


「てっきりあなたは私に興味がないと思っていたわ」

「正直申し上げると、ほとんどありませんでした。でも、よく考えれば、アレックスから私たちを遠ざけてくれていたのはボニー姉さまでした。私たちが思っていた以上に目を光らせてくれていたのだと……本当に感謝しております」


 クロエが丁寧に頭を下げると、黒髪が肩からこぼれ落ちた。

 ミーリアも礼を言ってクロエの隣で頭を下げる。


「……私は当たり前のことをしただけよ」


 非常に複雑な表情でボニーが首を振った。

 自分の夫がひどい男で申し訳ないと思っているのか、唇の端をかんでいる。


(私、クロエお姉ちゃん、ジャスミン姉さまがアレックスと二人きりにならなかったのは、見えないところでしてくれていたボニー姉さまの牽制が大きかったんだよね……。さっき盗み聞きした変態との会話でよくわかったよ)


 同じ家に住んでいれば、二人きりになるタイミングは作れる。


 それがほぼなかったのは、やはり妻であるボニーがアレックスを監視していたからに他ならない。


 それに加えてミーリア、クロエ、ジャスミンで互いに連携していたので、何年も間違いが起きずに済んでいた。


(もっと前にお礼を言っておきたかったなぁ……)


「とりあえず、座って話しませんか?」


 変な空気になってしまったので、ミーリアが魔法袋から椅子と丸テーブルを出した。


 ボニーが驚いて数秒固まった。


「すごい……その袋から出したの?」

「魔法袋ちゃんです」

「……本当に魔法使いなのね。素敵だわ」


 ボニーが目を白黒させながら、椅子に座った。


 ミーリアとクロエも座る。


「あ、マテ茶飲みます? あったか〜いのがいいですか?」

「え、ええ……」


 ボニーが半信半疑でうなずくと、ミーリアは魔法袋からカップを出して、作りおきしておいたマテ茶を注ぎ、熱魔法で全員分温めた。


 カップから湯気が出て、香ばしい匂いが立ちのぼる。


「……なんでも出てくるのね……」


 ボニーが驚きで何度もまばたきをしてマテ茶を見つめる。


「クッキーもどうぞ。王都にいるジャスミン姉さまが作ってくれました」


 皿にクッキーを二十枚ほど並べると、ボニーが大量の金貨でも見つけたように目を見開いた。


「クッキー……ジャスミンが作ったの? こ、こんなにたくさん?」


 ミーリアは笑顔でどうぞどうぞと皿を押し出した。


 ボニーは「いいの?」という顔で何度もミーリアとクロエを見つめる。


 ミーリアとクロエは顔を見合わせ、私たちも昔に同じ反応をしたと思い出し、小さく笑った。甘味が貴重なアトウッド家にとって、クッキーは金貨と同じくらいレアなものであった。


 甘いもの好きの女性にとっては宝石に見えるだろう。


「いえ、これは……よくないわ。私は長女ですもの。ええ、ええ、そうよ、末っ子の七女から貴重なクッキーをもらうなんてそんなこと……。ミーリア、これはあなたが食べなさい」


 苦渋の決断と言わんばかりに眉間にしわを寄せ、目をつぶり、スススと皿をミーリアへと押し戻すボニー。


「私は平気だからあなたとクロエで食べなさい。成長期でしょうし」


 美人な長女がくうっと口をすぼめてクッキーを断念している姿に、ミーリアは笑いそうになってしまう。ちょっと可愛い。


 だが、毎食塩味オンリーのどうしようもない食事ばかりのアトウッド家を思えば、気持ちはよくわかった。


「毎日食べてるから大丈夫だよ。いっぱいあるし」

「それでもダメよ」

「クッキーどうぞ」

「いらないわ」

「食べてよ〜」

「私は長女ですからあなたたちが大きくなることが嬉しいの。それにね、下ばかり見ることはやめたの。だから自分の意志を強く持とうと思って――」


 ミーリアは梃子でも食べないボニーを見て、魔法で口をこじ開け、クッキーを口の中に転移させた。


「――むぐっ。ヒーヒア、ひょっと、はにを……」

「いいから食べてみて」


 ミーリアが重力魔法で強引に咀嚼させると、ボニーの顔がみるみる笑顔になっていった。


(わかる、わかるよ。クッキー最高だよね)


 ぽりぽりとクッキーを食べる音が響き、ボニーはついには泣き出してしまった。


「お、おいひい……あまい……」


 それからしばらくボニーが「ごめんねぇ、美味しいねぇ、甘いねぇ」と泣きながらクッキーを十枚ほど食べる姿を眺め、ミーリアとクロエも一緒になって食べ、落ち着いたところで本題に入った。


「それで、私のことだったわね。なんでも聞いてちょうだいね」


 恥ずかしそうに口元をハンカチで拭き、ボニーが背筋を伸ばした。


 小屋に入ってきたときにまとっていた悲壮感のようなものはなくなっている。やはり甘味は偉大ナリとミーリアは思う。


「単刀直入にお聞きいたします」


 クロエも居住まいを正し、ボニーを見つめた。


「アレックスと結婚してから、姉さまは日に日に落ち込んでいったように思います。あの人に何か言われているのですか? もし協力できることがあれば、させていただきます」


 クロエの言葉を聞き、ボニーは悔しさと悲しさの混じったような顔つきになった。


 それから、ぽつぽつとボニーが語り始めた。


 その内容に、ミーリアは心の底から婿養子アレックスを軽蔑した。

 すでに最低ラインだったアレックスの評価がまだ下がるのかと、薄ら寒いものを覚える。


(まさか……一度も子作りしてないなんて……)


 衝撃すぎる事実に、ミーリアは一瞬、頭が真っ白になった。


(そりゃ子どもができるはずがないよ。それなのに脳筋から毎日毎日催促されて……。こんなこと誰にも言えないし……ボニー姉さまが暗くなるのも当然だよ……)


 一方、クロエはわなわなと震え、席から立ち上がってボニーの背中を撫でた。


「ね、姉さま……気を確かに……。悪いのは何もかもあの男です……」


 ボニーは誰にも話したことのない秘密を打ち明け、ぼろぼろと涙をこぼしていた。


「……ぐすっ……ぐすっ……へ、平気よ……悪いのは私だから……」


 クロエに似た黒髪のボニーが子どものように泣いている姿に、ミーリアは怒りがこみ上げた。


「よし。今すぐドラゴンの餌にしよう」


 ミーリアは立ち上がって、爆裂火炎魔法をアレックスの部屋に向かって撃とうとした。


 小さな手のひらに魔力が充填されていく。


「待って待って、ミーリア!」


 あわててクロエが止めた。


「止めないでお姉ちゃん! 私はやってやりますよ! ええ、やってやりますとも!」

「あんな男に魔法を使うなんてもったいないわ! ミーリア、どうどう、どうどう。ステイ、ステイ」

「でもお姉ちゃん!」

「いい子だから、ほらほら」


 クロエにほっぺたをむにむにと揉まれ、頭を撫でられ、ミーリアは落ち着きを取り戻した。


 だが、ミーリアは紋章官が来る前に、やるべきことがあると前を向いた。


「離婚しよう。ボニー姉さまは離婚して、私の養子になろう」

「……離婚? 養子?」


 涙に濡れた顔をボニーが上げた。


「明日、紋章官が来るんだ。アトウッド家は取り潰しになるよ。だから、もう騎士爵位を守るとか、そういうのはいいんだよ」

「そ、そうなの?」


 ボニーがその事実に目を見開いた。


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