第24話 紋章官あらわる


 ボニーと夜更けまで打ち合わせをした翌朝。

 ミーリアは王都へ転移し、グリフィス家のアリアと合流した。


(別貴族立ち会いのもと、親同士のサインをもらえば離婚成立ってことだから、私が親になっちゃえば万事解決って寸法だね)


 ボニーを養子にして、離婚を成立させてしまおうという算段だ。


 ミーリアは十二歳上の子どもができることに対してちょっと複雑な気持ちになったが、これが一番の手段だとわかっていたので心を無にした。


「朝早くにすみません、アリアさん」

「おはようございます、ミーリアさん」


(ちょっと眠そうなアリアさんも可愛い)


 アリアとは、王都内であったら魔法電話が可能だ。


 転移で王都に入ったときに「これから行きます〜」と連絡をしたら、ちょうど朝の準備をしているところだったらしく、急いで着替えを済ませてくれた。


「あまり時間がないのでズバッと本題に入っちゃいますけど、アトウッド家長女ボニーを私の養子にしたいんです」


 アリアはミーリアの実家の事情をかなり詳しく知っていたので、そこまで驚かなかった。


 ただ、かいつまんで説明したボニーとアレックスの関係性を聞いて、衝撃を受けたようであった。


「……朝から血の気が引きましたわ」


 全面的に協力してくれることになり、アリアの父、公爵にお願いするとの確約をもらうことができた。王都で手続きを進めておくので、今日からボニーはミーリアの養子と公言していいとのこと。


 グリフィス家にて朝食をいただき、三十分ほど待っていると、公爵が直々に書状をくれた。


 ボニーはミーリアの養子であると、公爵の名において証明する、というものだ。


(さすが公爵。手紙一枚で教会も納得させられるんだねぇ)


 手紙をもらったミーリアはティターニアの家に戻り、今度はクロエと合流して、アトウッド領地にある唯一の教会に向かった。


 クロエが四年間お手伝いをして、こつこつとお金を貯めた、あの教会である。


(教会はこの領地唯一の安息地だよね)


 老齢の司祭は二人の登場に驚いていたが、立派になった姿に涙を流してくれた。


 ボニーとアレックスの離婚証明書を発行し、次にアレックスの実家へ向かう。

 アレックスは騎士爵家の出である。

 とは言っても旧アトウッド家同様、村長に毛が生えたようなものだが。


「飛翔魔法でパッと飛んでいって、サインもらってくるね」


 ミーリアは地図でアレックスの実家を確認し、小一時間で到着した。


 モルガン家の人間は、アレックスと似た顔つきで、全員頬にそばかすが散っている。


 彼らに罪はまったくないが、なんとなく腹が立ってきて、ミーリアは「男爵です。早くサインしてください」と魔法を空にビシバシ撃ちながら言った。


 卑屈な笑顔とともに、すぐにサインしてくれた。


(もらうものもらったし、転移で帰還――)


 距離はさほどでもなかったので、転移魔法三回で領地まで戻ってこれた。


「お姉ちゃん、これで離婚証明書はオッケーかな」


 ティターニアの家で待機していたクロエに話しかけるミーリア。


 ミーリアの出した羊皮紙にクロエがさっと目を通し、ペンを出して、さらさらと何かを書き加えた。


「ミーリア、モルガン家、セリス教のサインが揃ったわね。これでボニー姉さまは正式にあの男と離婚ね。念のため、準男爵である私の名前も加えておくわ」

「ボニー姉さま、喜ぶかな?」

「そうね。昨日の夜は清々しい顔をしていたから大丈夫だと思うわ」

「でもさ、ホントひどいよね」


 ミーリアはボニーから聞いた話を思い出して、口の中が苦くなった。


「あの男にはいつか天誅がくだるでしょう」


 クロエが神妙な様子でつぶやく。

 二人とも、アレックスの名前を口から出すのも嫌であった。


「ミーリア、紋章官がぼちぼち到着するわよ」


 ティターニアから声をかけられた。


 振り返ると、ティターニアが自宅からソファを引っ張り出して庭に置き、木の実、クッキー、紅茶などをサイドテーブルに準備して、だらしなく座っている。事の顛末を千里眼で見る気満々だった。


「師匠……ドラマ見るOLみたいですね」

「どらま? よくわからないけどこんな面白い寸劇、見逃す手はないでしょう」


 ティターニアがふああっとあくびをして、ソファに寝そべった。スカートがはだけてすらりとした脚が出て、下着まで見えそうになっているが、まったく気にしていない。


 ドライアドのリーフはソファの端に座って、ぼーっと陽の光を浴びている。


 ティターニアもリーフもマイペースであった。


(この二人、ホントにいつもどおりだね……)


 ミーリアはちょっと呆れつつも、いつもの調子である二人を見てリラックスできた。


 自分で思っているより、肩に力が入っていたらしい。


 これから脳筋領主アーロン、地雷女ロビン、変態、母親エラと対面することになるのだ。


「ミーリア、映像を出してちょうだい」

「はぁい」


 クロエにお願いされ、ミーリアは千里眼を飛ばし、紋章官を発見すると、そのまま宙に映像を出力した。ついでに音声入力もする。


「あなたホント何でもありねぇ……」


 千里眼で紋章官を見ていたティターニアがミーリアの魔法を見て、呆れたようにつぶやいた。


(もうちょっと画面大きくしようか? 七十インチくらいで……このくらい魔力を入れてっと……)


「見やすくなった?」

「ええ、ばっちりだわ」


 クロエが映像に映る紋章官を見て、うなずいた。


 映像の中では、高級魔道具の魔除けの香を使い、王国の旗を掲げてる紋章官の一行が旧アトウッド家へと進んでいる。


 全員馬に乗っており、長旅であるのに服装に汚れはない。


 紋章官一行はリーダーらしき男、旗持ちの若い男二人、小姓らしき青年、最後尾の男、の五人だ。


(あ、一人魔法使いがいるっぽいね)


 あまり魔力を感じないが、最後尾にいる中年の男は魔法使いのようだ。

 腰のベルトに魔法威力を高める杖を挿している。


(水とか、魔法で出してるのかも。だから服が汚れてないのかな?)


 クシャナ女王は二ヶ月ほどで到着すると言っていたが、それよりも早く来られたのは魔法使いのおかげかもしれない。


「あっ、村人が気づいたよ!」


 映像の端で、水桶を運んでいた村人が紋章官の姿を見て仰天し、持っていた桶を放り投げて駆け出そうとした。


 アトウッド領において来訪者は珍事である。村人の驚きようといったら、幽霊を見たかのようであった。


(村人びっくりしすぎでしょ)


 若い男の村人は駆けていこうとしたが、紋章官に呼び止められた。


『そこの村人よ。アトウッド騎士爵家はどこだ』

『へ、へえ。あちらに見える家でございます……』

『そうか』

『あ、あの……どちら様でございやすか……?』


 不安を顔に貼り付けて、村人が聞く。

 紋章官の旗持ちをしている男が重々しく口を開いた。


『アドラスヘルム王国クシャナ女王陛下直属の紋章官である』

『も、紋章官……ッ!』


 紋章官一行は村人を一瞥し、馬の足を進めた。

 村人は平服して通り過ぎるのを待ち、彼らが通過した途端に駆け出した。


(あ〜、これは村中に伝わるね)


「いいわよいいわよ、ついに到着ね!」


 ぽりぽりと木の実を食べながら、ティターニアが手を叩く。


 そうこうしているうちに、ついに紋章官が大きなログハウスのような旧アトウッド邸宅へと到着した。



      ◯



 ミーリアたちが千里眼で様子を見ていることなど知らず、旧アトウッド家ではちょうど朝食が終わったところであった。


 母親エラとボニーが食器を流しに運び、アーロン、ロビン、アレックスがリビングで小さな言い争いをしていると、にわかに屋敷の外が騒がしくなった。


 村人たちが集まり、馬のいななきが響く。


「アーロン・ド・ラ・アトウッドはいるか!」


 男の声が響き、エラが何事かと飛び上がるようにして玄関へ駆けた。


 彼女は紋章官を見ると腰を抜かしそうになり、顔面蒼白になりながら案内をすると、リビングに入ってきたのは五人の男たちであった。


「このような辺鄙な場所まで恐縮でございます……」


 エラが今にも土下座しそうな勢いで頭を下げる。


 アーロン、ロビン、アレックスは紋章官を見て、唖然とした。

 何が起きたのか理解できない。


 ログハウスに毛が生えたようなアトウッド家邸宅に、アドラスヘルム王国の紋章が描かれた荘厳な前掛けに幅広の上下を着た男たちがいることが、あまりにもちぐはぐであった。


 ボニーだけは居住まいを正してじっと彼らを見つめていた。

 中央にいる壮年の男が、アーロンへと視線を合わせて止めた。


「そなたがアーロン・ド・ラ・アトウッドか?」

「……俺がアーロンだ。おまえたちは誰だ?」


 アーロンの粗野な言葉に、全員がぴくりと反応する。


「アドラスヘルム王国紋章官のパリテス・ラ・デグレーヌである。此度はクシャナ女王陛下の御下知を賜りこの地まで参った」


 権威を身にまとった紋章官パリテスの声色にリビングが凍りつく。


「――紋章官ッ!」


 紋章官という言葉にエラが床にへたりこみ、アーロンが衝撃を受けて動きを止めた。ボニーとアレックスも唖然としている。


「アーロン・ド・ラ・アトウッド、直ちに教会へ出頭されたし」


 紋章官パリテスがそれだけ言い、踵を返した。

 ついてこい、というのを行動で示している。


「私が先導いたします」


 ボニーがすかさず紋章官たちの横に並ぶ。彼女はこの家から一秒でも早く出たかった。


 アーロンたちは何も言えず、呆然と紋章官とボニーの後ろ姿を眺めた。

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