第3話 女王との対話
金貨二千枚。
銅貨一枚をハマヌーレの街で使えば、コップに肉団子が一つ入ったスープが飲める。
日本円に換算するならば、だいたい百円といった具合だ。
銅貨百枚で銀貨一枚――
銀貨十枚で金貨一枚――
つまり、銅貨一枚で百円、銀貨一枚で一万円、金貨一枚で十万円換算となる。
金貨二千枚は……二億円の価値に近い。
ちなみにであるが、魔古龍ジルニトラでなく、別の龍種であれば鑑定金額は金貨十万枚ほどに跳ね上がる。百億円だ。
ジルニトラは瘴気を内包していることから加工に費用と期間を要する。作業代を差っ引いて金貨二千枚という金額だ。表皮に食い込んでいる複数の魔石は、魔道具開発の研究に使われるであろう。女王の買い取りでなければ金額はもっと下がっていたかもしれない。
ともあれ、金貨二千枚だ。
(ど、どうしよう……クロエお姉ちゃん……)
ミーリアは恐ろしくなってきた。
日本では閉店間際のスーパーで割引シールが貼られるまで待っている生活を送っていた。転生してからは金銭とはほぼ無縁の生活だ。ハマヌーレでダボラの羽を売って受験費用を稼いだりはしていたが、ティターニアには必要以上に稼ぐなと釘を刺されていた。
ティターニアの、ミーリアが金持ちになって身持ちを崩さないように、という配慮であった。いずれミーリアが誰よりも稼げる魔法使いになることをティターニアはわかっていた。誤算であったのは、こんなにも早く大金を稼いでしまったことだ。
何にせよ、ミーリアは言いつけをしっかりと守っていた。
『お金のことはクロエに聞きなさい。いいわね?』
ティターニアの言葉が脳内に響く。
「では、私の魔法袋に回収しよう。他の龍なら肉も食べれたんだがな……残念だ」
ダリアがジルニトラに近づいて、腰につけた魔法袋で回収した。浮かんでいたジルニトラが袋に吸い込まれる。ダリアは女王のもとへ戻った。
(魔石が食い込んでたし、黒い液体が垂れてたから食べれないのは何となくわかってたよ……それよりも……)
小奇麗な服装をした小姓の持つ銀トレーに、金貨が積み上げられていく。
重いのか、小姓の腕がぷるぷるしていた。
(金貨って綺麗だね……すごいね……)
もちろん、ミーリアは金勘定ができるしっかり系女子である。一人暮らしもある程度経験してきた。しかし、急に大金を手に入れた経験はない。
夢か現実か?
いや、現実なのであるが、目の前の光景がうまく処理できない。
もう少し冷静であったら焼き肉食べ放題のために使おうと考えついたかもしれない。これが金貨十枚程度であったら、ミーリアも大喜びしていたであろう。
現金の威力は凄まじかった。
金貨が光っている。
(こんなにお金をもらったら師匠に怒られるよ……)
ミーリアは金貨から顔を上げた。
「女王陛下、あの……このお金なんですけど……」
「どうした? 貴族であるなら金の使い方は学んでいるはずだが?」
「王国女学院に姉がいるんです。私ではとても使い切れないので、姉のクロエ・ド・ラ・アトウッド宛に送ってくださいませんか……?」
ミーリア、泣きそうである。
女王は喜ぶどころか混乱しているミーリアを見て、アムネシアへ視線をずらした。
理解したアムネシアが一礼した。
「陛下。ミーリアの姉、クロエは今期から三年生でございます。商業科で二年連続一位の成績。
「そうか、そうか。よろしい。財務官、金貨二千枚をクロエ・ド・ラ・アトウッドへ送金しなさい。王家花押付きだ」
「御意」
財務官の一人が金貨をトレーに置くのをやめ、小姓とともに退出した。
クロエ、逃げて、と言いたい。
「姉とともに金貨を使うといい。魔古龍ジルニトラを討伐した報酬だ。彼奴を野放しにしていたならば、騎士団を出撃させるところであった。民に大きな被害も出たであろう。ミーリアは立派なことをしたのだぞ。ゆめゆめ忘れるな。よいな?」
「は、はい! ありがとうございます! お姉ちゃんと……えっと、クロエお姉さまと考えて使います!」
ミーリアは何度も頭を下げた。
やっと生きた心地がした気分だ。
(金貨二千枚かぁ……何に使おうかな……?)
頭が回り始めたミーリア。王都にある店を色々と巡ってみたいと思う。焼き肉のタレ的な調味料があるかもしれない。
(お姉ちゃんと相談しよう!)
「しかし、ダリアと同等の魔法使いか。先ほどの個性的な魔法も実に面白い。この先が楽しみであるな」
「はい、誠に」
女王がダリアへ首を向けた。
「おまえなら単独でジルニトラを撃破できるか?」
「さあ? やってみないと何とも言えません」
王宮きっての魔法使いダリアであったとしても、撃破には二、三時間かかるであろう。返り討ちの危険性も大いにある。
女王もダリアもミーリアの技量を測りそこねていた。
ミーリアの戦闘時間は三分ほど。
ここにいる全員が討伐にかなりの時間をかけたと思い込んでいる。
アムネシアが「簡潔に」と言われて説明したのも勘違いの原因であった。
「して、ミーリア。おまえに爵位を授けようと思う」
「……しゃくい?」
「ダリア。ひとまず、騎士爵でいいか?」
「まだ十二歳にもなっていない女学生です。よろしいかと」
(騎士爵……ってうちと同じ? 私が? 貴族?)
クシャナ女王は人材マニアである。
今のうちに爵位を渡して囲い込む腹積もりであった。素直で腹芸のできないミーリアの性格にも好感が持てる。女王は早くもミーリアをお気入り登録したようであった。
(貴族になったら色々呼び出されたりしちゃう?)
ミーリアは危機感を覚えた。
「陛下、恐れ入ります……あのぉ、爵位はいりません。私よりも姉のクロエ・ド・ラ・アトウッドにあげていただきたいです」
「ミーリア……断るなんてとんでもないわよ」
隣でずっとハラハラしていたアムネシアが小声で諭した。女王が提案した授与の話を断るなど聞いたことがない。
ちなみに、これ以上遠隔で物が送られたら、クロエが卒倒する。
謁見の間にいる家臣らも驚いていた。
フォローすべく、アムネシアが素早く口を開いた。
「恐れ入ります陛下。ミーリアはなにぶん世間知らずでございます。彼女の生活していたアトウッド家は
「……家族に冷遇か……ミーリア、それは本当か?」
無言であった女王がぴくりと眉を動かした。
ミーリアは肩を小さくしてうなずいた。
「あの、はい……お恥ずかしいことに……」
「そうか。それはつらかったな。ミーリアが素直に育ったことは奇跡であろう。セリス様へ感謝せねばならんな」
「いえ……姉が、クロエお姉さまが可愛がってくれましたので……」
「クロエという学院生もよほど優秀なのであろう。覚えておこう」
「ありがとうございます」
知らないところで株が爆上がりしているクロエ。
「だが、爵位は受け取ってもらうぞ。皆への示しがつかんからな」
「そ、そうなのですか?」
「貴族とはそういうものだ」
「保留……ということにはできませんでしょうか?」
ミーリア最後の悪あがきに、アムネシアが顔を青くした。
「ミーリア、おかしなこと言わないでちょうだい……!」
「クロエお姉さまを差し置いて爵位をいただくなど……私にはできません」
一度こうなると意地っ張りなミーリアであった。クロエのことを思うと緊張など吹き飛んだ。
謁見の間がしんと静まりかえる。
財務官、記録係、文官などが固唾をのんで女王とミーリアを見守った。
「……あいわかった。ミーリアの提案を受け入れよう」
意外にもあっさり女王が折れた。それに、若干愉快げだ。
「陛下、よろしいのですか?」
ダリアが眼鏡を押し上げ、疑問を呈した。
「かまわん。魔古龍ジルニトラを討ち取った英雄の提案を無下にはできまい。ではミーリアよ、爵位は、姉クロエが叙爵するまで、一時保留とする」
「ありがとうございます!」
(よかったぁ〜……あやうく貴族になるところだったよ……。貧乏貴族の七女ってほうがまだ色々言われなくて済みそうだもんね)
ミーリアは胸をなで下ろした。
しかし、女王が爵位を授与させる気満々であることに気づいていない。
条件付きの一時保留案にクロエを巻き込んでしまっていることにも気づいていない。
「
「はっ!」
(ドラゴンスレイヤー?
女王の指示に小姓が退出して、金のトレーに勲章と
勲章は龍を雷で貫いた銀色の細工でできており、星の徽章は星型で金色、親指の爪ぐらいの大きさだ。
「保留はないぞ」
女王がくっくっく、と厳しい顔つきを愉快げにして言った。
小姓がさっとミーリアに近づいて、胸もとに勲章と徽章をつけた。
謁見の間に拍手が鳴り響く。
「ドラゴンスレイヤー!」「最年少だ!」「素晴らしい!」「おめでとう!」「討伐感謝する!」「ドラゴンスレイヤーだ!」
拍手は鳴り止まない。
小姓の少年も尊敬の目でミーリアを見ている。
魔古龍ジルニトラ討伐は話題に事欠かない王宮であっても、センセーショナルな出来事であった。
「
「えっと、はい! わかりました! ありがとうございます。すみません。ありがとうございます――」
ミーリアは大勢に褒められたことがなく、顔を赤くして何度も頭を下げた。
誰かの役に立つことがこんなにも嬉しい気持ちになると初めて知った。
胸が熱い。
隣のアムネシアも謁見が無事終わる安堵から、柔和な笑みで拍手している。
こうして、女王との初対面は終了した。
来週にはアドラスヘルム王国女学院の入学式だ。
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