第6話 クラス分け


 クロエの叫びがこだました頃、ミーリアは中央ホールに設置された新入生・魔法科の席に座っていた。


 中央ホールは蒐集家デモンズが舞踏会場として造った、一つの小城である。


 天井にはステンドグラスが複雑怪奇な構造で取り付けられており、光の魔道具を点灯させると幾重にも合わさった虹彩がホールに降り注ぐ仕掛けになっている。学院生の間ではレインボーキャッスルと呼ばれ親しまれていた。


 学院長の部屋が最上階にあることから、女学院の中心的な存在だ。


(綺麗だなぁ……レインボーキャッスルとアトウッド家を比べると――月とへそのゴマだよ……いや、へそのゴマまでも譲歩しすぎかも……)


 実家の評価がとことん低いミーリア。


(さっき誰かが言ってたレインボーキャッスルの名前にふさわしいね。光が色んな色に変わってキラキラしてる)


 ぼんやり天井を眺めているが、周囲の席からはチラチラと視線が飛んでいた。

 ミーリアの胸にある勲章と徽章のせいだ。


 隣にいる銀髪ツインテールの女子はこれでもかとミーリアの横顔を見ている。話しかけたいのだろうか。ミーリアはまったく気づいていない。


「それでは、学院長のお言葉を頂戴いたします!」


 司会進行らしき女性教師が、ホールに声を響かせた。

 腰にポーチをつけていることから、工業科担当だとわかる。


 魔法科、騎士科、商業科、工業科で別れている新入生が一斉に背筋を伸ばした。


 ミーリアも背を伸ばして壇上を見た。


 正面の壇上に上がったのは、服を着た身長百二十cmのウサギであった。


(ウサギ! 動いてる! 丸眼鏡かけてる!)


 ミーリアは一気にテンションが上がった。


 隣からも「可愛いですわ」とのつぶやきが聞こえる。

 ウサギな学院長は青いビロード生地のローブを着ているので、魔法使いであることがわかった。


(可愛いっ! 真っ白なもふもふ! ウサちゃんが学院長!)


 壇上に上がったウサギは工業科の教師からマイクらしき筒を受け取ると、鼻をピクピクさせて口を開いた。


「優秀なるアドラスヘルム王国の淑女たちよ……入学、誠におめでとう」


(声がダンディ……!)


 ウサギはイケボであった。


「私がアドラスヘルム王国女学院の学院長、ジェイムス・ド・ラ・マディソンである。まず最初に断っておくが、私がウサギである理由は蒐集家デモンズが造った、この城全体と大いに関係がある」


 新入生全員がイケボなウサギの言葉にざわつく。


「未知への探索は大変素晴らしいことだ。しかし、時に代償が高くつくこともある」


 ウサギ学院長が視線を学院生に飛ばした。

 皆が息を飲み込んだ。


「私は二十年前、この城を調査をしていた際に、魔道具で身体を作り変えられてしまったのだ。いらぬ好奇心が時に大惨事に繋がることもある。現在は安全であるが、私が知らぬ仕掛けがまだ城に残っているかもしれない。女学院で暮らすからには、この教訓を常に胸の中に置いておきたまえ。よろしいかな?」


(魔道具……呪われたのかな? 可愛いからいいと思うけど、本人は大変そうだ)


 ミーリアは何となく思い、魔力を瞳へ集めた。


(よーし、魔力を鑑定魔法に変換……あんまり得意じゃないけど、魔力サーモグラフィー!)


 ミーリアの視界が白黒に入れ替わる。学院長の身体に魔力が張り巡らされていることがわかった。内包される魔力の色は濃いブルーだ。


(うーん、よくわからないなぁ……。師匠ならもっと魔力の色を見分けられるし、鑑定もできるんだけど……)


 ティターニアと連絡が取れないことが悔やまれる。


 ウサギのもふもふがなぜあんなにももふもふなのか、知りたかった。


 ウサギな学院長ジェイムスの話は続く。

 ミーリアはあーでもないこーでもないと、学院長の魔力を鑑定しようと魔法を使ったが、なぜ学院長がもふもふになってしまったのか、さっぱりわからなかった。


 学院長の話は十五分ほどで終了した。

 まったく内容を聞いていなかったミーリア。


 重要な学院内ルールの説明もあったのだが、完全にスルーしてしまっている。アホなのか大物なのか……いずれわかることであろう。


「では、スター徽章を配布します! 各自、速やかに装着してください!」


スター徽章? あ、お姉ちゃんがたくさんつけていたやつだ。私はもう持ってるけど、もらっていいのかな?)


 早くも説明を聞いていなかった弊害が出ていた。

 魔法科の四年生がトレーに置かれた徽章を運んでくる。


 ミーリアの前にトレーが差し出された。


「噂のドラゴンスレイヤーさん。あなたも一つ取って?」

「私もですか?」

「ええ。一年に一つ、全員に配られるの」


 優しい笑顔の上級生がさらに前へ出したので、ミーリアは細い指で徽章を取り、胸につけた。


 ミーリアの胸には龍撃章ドラゴンスレイヤーと、スター徽章が2つ輝いている。

 上級生の胸にはスター徽章が5つ付いていた。


「あなたがアクアソフィアに選ばれることを祈っているわ」


 四年生はそれだけ言って、次の新入生へとトレーを差し出した。


「え? あの……」


(アクアソフィア? お姉ちゃんと同じこと言ってる……。あっ、あの人のリボンも水色だ。それに、スターが5つ? お姉ちゃんもたくさんつけていたし……なんでだろ? いいことをしたらもらえるとか?)


 疑問が疑問を呼ぶミーリア。

 ウサちゃん学院長の説明を聞いていればこんなことにはならなかったと言いたい。


 隣にいる銀髪ツインテールの新入生はミーリアの胸についた勲章と徽章を見て、悔しげにしている。まだミーリアに話しかけないようだ。


(そういえば朝ごはん食べてなかったな……お腹すいた)


 早くも別のことを考え出すミーリア。


(ジョジョ園の姉妹店、モウモウ楽園にも行ってみたかった人生だった……)


 なぜ入学式で焼き肉店のことを考えるのか、それは誰にもわからない。


 ミーリアはモウモウ楽園のマスコットキャラである、デフォルメされた牛を思い出していた。箸を持って器用に野菜を食べている牛だ。漫画のようなフキダシに「モウ、止まらない!」と書かれている。ファミリー層狙いの店であろう。


「それでは最後に、クラス分けを行います! 全員に夢見る種を配布いたします!」


 司会進行の工業科教師が大きな声で言うと、ホール内がざわついた。


 全員がこのクラス分けに一番注目している証拠であった。


 蒐集家デモンズが残した四つ塔がある。その塔の屋根色にあやかって命名されたクラスに、新入生は割り振られるのだ。


 このクラス分けは意味を持っているのだが、ミーリアはよくわかっていない。


(鉢植え? これから育てるのかな?)


 先ほどトレーを持っていた上級生の優しそうなお姉さんが、片手で持てる小さな鉢植えを配っている。


「今一度確認をしておきましょう! 薔薇がローズマリア、三日月花がクレセントムーン、白百合がホワイトラグーン、ラベンダーがアクアソフィアです! どの花が咲くか――手にとって三分間祈りを捧げてください!」


(祈り? 祈りを捧げると花が咲くの???)


 もはや一ミリもついていけていないミーリア。


 補足すると、夢見る種は蒐集家デモンズが作り出した合成魔法植物である。

 駐在する騎士を塔に割り振る際にデモンズが使っていた代物で、性格や嗜好の傾向によって四種類の花が咲く奇っ怪な一品であった。また、この順序を踏まないと、塔の内部に入れないという魔法工学の仕掛けも施されている。


 塔は「赤」「黄」「白」「水色」の四種類。


 薔薇   /赤 /ローズマリア

 三日月花 /黄 /クレセントムーン

 白百合  /白 /ホワイトラグーン

 ラベンダー/水色/アクアソフィア 

 となる。


(みんな祈り始めてるよ!)


 隣を見れば、銀髪ツインテールの女子が鉢植えを抱いて真剣に祈っていた。

 周囲を見渡せば、あたふたしているのは自分だけだ。


(祈り方はわからないけど……やるっきゃないね)


 ミーリアも見よう見まねで鉢植えを抱き、祈り始めた。


 しんと静まり返るレインボーキャッスル中央ホール。


 神聖な儀式を見守るように、天井のステンドグラスから様々な色合いの虹彩が少女たちの頭上に降り注いでいる。


 教師や上級生も、固唾を飲んで見守っていた。


(焼き肉お大尽……人生ハッピー……可愛いお友達がほしい……)


 真剣かどうかはあやしいが、ミーリアも祈る。


(ジョジョ園高級焼き肉ランチ……モウモウ楽園……なんで牛のマスコットなんだろう……自己犠牲タイプなのかな……カルビ……タン……ハラミ……学院の外に出る機会があったらお肉が売ってないか探しにいかないと……)


 ミーリアの持っている小さな鉢植えがカタカタと震えだした。

 目を開けると、土から茎がにょきにょき生えてくる。ほどなくして先端が蕾になった。


 非科学的な現象にミーリアが両目を見開くと、ポン、と音を立てて花が咲いた。



『モウ、止まらない!』



 厳粛な場にまぬけな声が響き渡った。

 周囲から一斉に視線が集まる。


(ほっ?)


『モウ、止まらない!』


 咲いたのは花ではなく、デフォルメされた牛であった。

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