第46話 請求書
男爵芋――もとい、男爵になってからのミーリアは忙しかった。
まずデモンズマップの詳細をウサちゃん学院長に伝え、獣化の呪いを解く方法を調査する約束をした。その後、石化解呪のレシピ権利をどうするかなどをクロエ、アリアと話し合った。
クロエの助言で、アリアとミーリアは王国にレシピを公開していない。
金脈を、はいどうぞと渡してはもったいないからだ。
新薬の権利は発見した者にあるので、罰せられたりはしない。
「ミーリアさんが権利を」「アリアさんが権利を」という押し問答の結果、秘薬で得る収入を折半することになった。
それから、受勲パーティーの準備に追われていた。
「招待状、招待状、延々と招待状……」
女王からもらった屋敷の執務室で、ミーリアはパーティーの招待状を書いていた。
「あ〜〜っ、書いても書いても終わらないよ! 昭和の年賀状ですかねぇ?!」
ミーリアが羽ペンを手から離して重力魔法で浮かせた。
昭和の年賀状。プリンタがなかった時代は数百枚を手書きしていたらしい。祖母から得た知識であろうか?
「ミーリア、変なことを言わないでちょうだい。弱音を吐く暇があったら手を動かして。文章の半分は魔法でやってしまいましょう」
クロエが浮いた羽ペンをさっと手に取り、ミーリアに握らせた。
「お姉ちゃんひどい〜、印字の魔法も疲れるんだよ〜、休憩したい〜」
「やるべきことをやらないと。休憩はそのあとです」
「知らない人に招待状送るとか苦行でしかないよ。バジリスクのお肉食べたい……」
机に突っ伏して、ほっぺたをぶにっとへこませるミーリア。つぶれたアンパンみたいな顔になっている。
かれこれ昨日の昼から本日の午後三時まで、屋敷に缶詰状態だ。学院に許可をもらって休んでいる。貴族であれば免除される授業も多く、融通がきく。
「ミーリアさん、あと二十枚です。終わったら大通りへお肉を探しに行きましょう」
手伝ってくれているアリアが名簿をチェックしながら、笑顔で言った。
「それは大変です。早く終わらせましょう」
ミーリア、一瞬で背筋を伸ばす。
鮮やかな手のひらを返しに、クロエとアリアがくすりと笑った。
気を取り直し、クロエが名簿へ目を落とした。
「アリア、ブルックリン男爵には招待状をお送りしたほうがよろしいかしら?」
「クシャナ女王とワークレン宰相に誘われても、中立のお立場を貫いていると聞いております。お呼びしたほうがいいかと思いますわ」
「中立ね。理解したわ」
クロエはいつの間にかアリアを呼び捨てで呼んでいた。
クロエお姉さま、クロエお姉さま、と慕われているため、情にほだされたようだ。
公の場では敬称付きで呼ぶのだが、クロエはもうひとり妹ができたみたいで嬉しかった。
アリアの実直で正直な性格が、クロエとマッチしているらしい。
「女王派と宰相派に別れているから厄介ね」
「はい。招待状を送るとまずいお方もいらっしゃるので、注意が必要です」
クロエとアリアが難しい顔で言う。
ミーリアが二人を見てため息を漏らした。
「送る順番ちゃんとしろとか、同じ文章がダメとか、初めてのパーティーは代筆ダメとか、もう貴族ってなんなの? 面倒くさすぎでしょ」
ミーリアがやる気を失い、机に突っ伏してつぶれアンパンポーズになる。
こんなことを言いながらも、うまく立ち回ろうと助言を聞いているミーリアはしたたかであった。なるべく自由な身になって、焼き肉のタレを開発したいという願望がありありと浮かんでいる。
「派閥がどうこう言う貴族には爆裂火炎魔法じゃダメかなぁ?」
「恐ろしいことを言わないでちょうだい。ダメに決まってるでしょう」
「だよねぇ」
ミーリアも本気で言っていない。
仕方なく便箋をテーブルに並べ、ちまちまと招待状を書いていく。
(羽ペン……いちいちインクにつけるのがめんどくさい……)
アリアとクロエが貴族について話し合う声が部屋に響いている。
廊下の外では、屋敷を掃除する音が聞こえていた。
グリフィス公爵家に勤務していたメイドを数名雇い入れて、家の手入れをしてもらっている。公爵家の財布事情は厳しいため、こうしてアトウッド男爵家へ使用人を転職させることは、お互いにとって利があった。エリザベートを石化から救った英雄であるため、公爵家内でのミーリアの人気は高い。
しばらく招待状を書いていると、ドアがノックされた。
「はい、どうぞ」
ミーリアが返事をする。
ドアが開いて、若いメイドが静々と入室した。
「ミーリアさま、先ほど請求書が届きました。期限が迫っているようなので、お渡しいたします」
(請求書……? 私、何か買ったかな?)
メイドが机の上に請求書の束を置いた。
握り拳ほどの厚みがある。
「失礼いたします」
メイドが一礼して退出すると、クロエがミーリアを見た。
「ミーリア、何か買い物をしたの?」
怒っているというよりは、何に使ったのかを知りたがっている様子だ。
「いやぁ……記憶にないよ。忙しくて買い物にも行けてないし……」
ミーリアが羽ペンを置き、招待状を横によけて請求書を引き寄せた。
(ドレス代、貴金属代、飲食代、ふんふん、色々買ってるみたいだけど私じゃないなぁ……きっと似た名前の人と間違えたんだね。ミーリア・ド・ラ・ヤキウッド的なさ…………はいぃ?)
請求書の署名欄を見て、ミーリアは全身が硬直した。
人間、驚きすぎると頭が真っ白になるらしい。
(え? え? え? え?)
ミーリアは数秒して我に返り、請求書をものすごい勢いでめくり始めた。
それを見ていたクロエとアリアが、何事かと請求書を覗き込む。
アリアは可愛らしく首をかしげていたが、クロエは署名欄が見えたのか、突然目の前に死体が降ってきたぐらい驚いた反応をし、三歩後退りした。
「なんてこと……い、意味が、わからないわ……!」
クロエが大きな瞳を揺らして両手で口を覆う。
ミーリアがハイライトの消えた目で請求書から顔を上げ、おもむろに口を開いた。
「請求書……ロビン姉さまの名前になってる……しかも支払いが全部私あてに……」
ミーリアとクロエの視線が交錯した。
互いに次女ロビンの顔を思い出して、胸焼けが止まらなくなる。
ミーリアが請求書を放り投げ、がばりと両手で頭を抱えた。
「なんで地雷女が王都にぃぃぃっ?! しかも私に全部請求がきてるし! どういうことか誰か教えてくださぁぁぁぁああぁぁいッ!」
ミーリアの絶叫が屋敷にこだまする。
パーティーの準備どころではない事態になった。
―第2章おわり―
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読者皆様へ
お世話になっております。作者です。
おかげさまで「転生七女の異世界ライフ」の②巻が発売となります!
これも一重に皆さまの応援のおかげです。
誠にありがとうございますm(__)m
②巻は第2章にあたる部分なのですが、
大幅(70000字ほど)加筆修正いたしました・・・!
WEBとまったく違う流れになっておりますので、
書籍版は、より物語を楽しめる仕様となっております!
ご予約はこちら
↓
https://www.kadokawa.co.jp/product/322103000493/
発売日2021年6月25日
違う第2章が読みたい!!!
という方はぜひお手に取ってくださいませ~。
個人的には加筆して読んで大満足しました・・・!笑
それでは引き続き、本作をよろしくお願い申し上げます。
作者
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