第44話 千里眼にて鑑賞会


 ロビンがジェットロケット魔法で打ち上げられたその頃、アトウッド領の北側に位置する森の中では、切り株に座ったティターニアが木の実をぽりぽりと食べながら歓声を上げていた。


「おお~、やっと発射したのね~」


 得意の千里眼魔法で、ロビンが「ぎゃああああああ」と叫んでいるひどい顔の映像を眺めつつ、気だるげに拍手を送る。拍手ついでに、指についた細かい木の実を落としているのがティターニアらしい。


 ティターニアは長い耳をぴくりと動かして、千里眼の映像をロビンの顔から魔石付きハイヒールへと移した。


 ロビンが高速移動しているため、千里眼魔法で追いかけるのは多少の集中力を要する。


「ふんふん、GPSは十全に機能を発揮しているわね。この調子なら途中で墜落せずにアトウッド家に着陸するでしょう」


 自分のつけた魔石の様子に満足し、自動操縦のジェットロケット魔法を見つめ続ける。


 飛ばされているロビンは保護魔法で身体に衝撃はないものの、高高度を高速移動している光景に驚き疲れたのか、白目をむいて気を失った。


「あら、寝ちゃったのね。せっかく魔法で移動しているのに。もったいない」


 お気楽につぶやき、ティターニアは手探りで木皿から木の実を取り、口の中に放り込んだ。


 エルフにとって新しい魔法は何よりの娯楽である。


 しばらくジェットロケット魔法を楽しもうと思ったティターニアは長期戦を予想して自宅の寝室に戻り、魔法袋から赤ワイン、ダボラの焼き鳥、燻製肉、色とりどりな果物、ミーリアからわけてもらった世界樹の葉をサイドテーブルに並べて、ベッドに寝転んだ。


 千里眼による鑑賞会のスタートである。


「おっと、一個目の魔石が切り離されるわよ」


 GPSで設定したポイントに到達すると、魔石が切り離され、次の魔石に付与されたジェットロケット魔法が発動する仕組みだ。二十個の魔石に付与された魔法がリレーをしてロビンを運ぶ流れである。


 当初の予定ではミーリアがジェットロケット魔法を発動させ、魔石に燃料タンクの役割をさせようと考えていたのだが、魔法使い不在の状態で発動済みの魔法に魔力を注入するというのは不確実なので、このような形になった。


 そのため、魔石一個一個にジェットロケット魔法が付与されている。


「いいわよ~、そのまま次の魔石に……よぉし、成功!」


 ティターニアが寝そべったポーズで嬉しそうな声を上げた。


 千里眼の映像には、ハイヒールについた魔石が魔力を失い、灰色に変色してぽろりと外れ、地上に落ちていき、二つ目の魔石が発動する様子がはっきりと映っていた。


「先祖返りとはいえ、ミーリアも面白い魔法を考えつくわねぇ!」


 どのエルフも見たことのない新魔法にご満悦のティターニア。


 ふんふんと嬉しそうに鼻歌を歌いながら、上半身だけ起こしてちびりとワインを飲んだ。


「さて、次の魔石切り替えは上手くいくかしら? ワクワクしちゃうわね」


 ティターニアはせっかちな性分ではあるが、こういった魔法関連のことに関しては気長に待てるタイプである。


 魔石の切り替えまで数十分はあるが、苦にならなかった。


 ティターニアは白目をむいたロビンのことなど眼中になく、ジェットロケット魔法に釘付けだった。



      〇



 かれこれ五時間ほど経過した。


 途中何度か居眠りをしたティターニアは目をこすってあくびをした。

 サイドテーブルに並べていた食材が八割ほど消費されている。


「もう到着ね。そろそろ音声入力もしましょうか」


 千里眼で確認すると、赤いドレスを着たロビンが魔物領域の森上空を通過しているところであった。


 左目に千里眼魔法を映して映像を流し、右目で視界を確保して家から外に出る。


「ふああぁぁぁああぁぁっ」


 あくびをし、大きく伸びをした。

 太陽が沈み、空が青紫に変わって、夜が森を飲み込もうとしている。

 森の澄んだ空気と、夜に咲くナイトスピカという花の甘い香りが鼻孔をくすぐった。


「――洗浄」


 口の中を洗浄魔法で綺麗にすると、思考がクリアになる。

 魔法袋から水筒を出して水を飲んだ。


「ぷはぁ。うたた寝のあとの水が美味いのなんのって」


 この仕草をもしミーリアが見たならば「居酒屋にいるオッサンかい」とつぶやいたに違いない。


 そうこうしているうちに千里眼の映像に変化があった。

 ティターニアは映像を両目に切り替え、ロビンの着陸シーンにかぶりつく。


「最後の魔石が外れたわ。いいわよ、方向も角度もばっちりね!」


 スポーツ観戦のように拳を握り、映像をアップから引きに変え、ロビンが小さく画面の中央に映るように調整する。


 タイミングよく気絶していたロビンが目を覚まし、「きぃやぁあぁぁぁああぁぁぁっ! お、お、お、おっ――落ちてますわぁぁぁあぁぁぁぁっ!」と絶叫するのが聞こえた。


 ティターニアはツボに入ったのか、足元にあった切り株をゲシゲシ蹴りながら「アーッハッハッハ、ヒ~ッヒッヒッヒッヒ、そりゃそうだ、今まで飛んでたんだからぁ~」と大爆笑した。


「魔法一発芸でこれやったら優勝! 絶対優勝っ!」


 切り株を蹴るのをやめて、嬉しそうに跳ねるティターニア。


 映像の中ではロビンが絶叫して、徐々に地面へと近づいていく。


 最後の魔石には減速と保護の魔法も付与されており、それが発動しているのかビカビカとロビンが黄色と緑色に光る。


 やがてラベンダー畑が見え始め、ロビンの身体はアトウッド領へと落ちていった。

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