第24話 飛竜渓谷


 王都で様々な話が進んでいることは知らず、ミーリアは空を飛んでいた。


 目指すはアトウッド領の東――世界樹である。


「師匠、師匠、聞こえますか?」

『感度良好。聞こえるわよ』

「この調子なら世界樹まで通信が届きそうですね」

『ええ。私もミーリアも、魔力操作が向上しているみたいね』


 飛翔魔法を使いながら魔法電話でティターニアと通信をしている。

 速度を出しているため、下を見ると、景色が飛ぶように後方へと移動していた。


「それは嬉しいです! あの、師匠? ジャスミン姉さまは寝ちゃったままですか?」

『そうね。あの子、神経をすり減らしていたみたい。ここに来て安心したんでしょうね』

「しばらく寝かせてあげてください……。私も、あの家を出て師匠の家に来ると、いつもほっとした気持ちになってましたから……」

『いいわよ。ベッド貸すだけだし』

「ありがとうございます!」


 ジャスミンはミーリアの出発後、電池が切れたように眠ってしまった。

 ぐっすり安眠してほしいとミーリアは願う。


『それよりミーリア。方角を確認してちょうだい』


 ミーリアはコンパス魔法で方角をチェックし、やや右へと飛ぶ方向をずらした。


「この方向であってますか?」

『オーケー、あってるわよ。そのまま真っすぐ進んでちょうだい』

「了解です」


(ちょっと試してみるか……魔力循環――自動操縦モード――方角、速度はそのまま)


 ミーリアは自動操縦に切り替えた。


「おお~、やればできるもんだね。楽ちん楽ちん」


 寝台特急に乗っている客みたいに、ごろりと背を下に向け、両手を枕代わりに寝転ぶ姿勢を取った。


(空は青いな大きいなっと――)


『ミーリア、危ないから前を見て飛びなさい』


 早速、ティターニアからお叱りの言葉が飛ぶ。


「大丈夫です。自動操縦にして防護魔法を三重に張ってますから。それより――」


 ドン、という衝撃が響き、ぴぎゃあと声が響いた。


「あっ」

『言ってるそばからダボラにぶつかってるじゃないの?!』


 哀れ怪鳥ダボラ、飛翔魔法との接触事故である。

 現場検証しようにも空中のため難しい。泣き寝入り案件である。


 ぴゃぁぁ、と悲しげな声を漏らし、ダボラは森へと墜落していった。


「ああ、焼き鳥が……」

『ま、いいか。あとでその魔法、私にも教えなさいよ』

「はぁい」


 お気楽な二人に必要なのはツッコミ役ではなかろうか。

 ティターニアが声をいくぶんか真剣なものに変えた。


『飛竜渓谷には群れて襲ってくるチェインバードって厄介な鳥がいるのよ。気を付けて』

「チェインバード? どんな鳥ですか?」


 ミーリアは寝転んだ姿勢から、あぐらをかいた姿勢へ変えた。さすがに寝転んでいるのは危ないと思い直したらしい。


 話している間も目的地へと近づいている。


『黒くて羽が長い鳥よ。縄張りに入った生物を攻撃してくるわ』

「ダボラちゃんと似た感じですかね?」

『ダボラより厄介よ。数百匹が連携するの』

「連携ですか?」


 ミーリアは面倒だなと感じ、とあることを思いついた。


「師匠。ジェットロケット魔法、ちょっと試してみてもいいですか? 超高速で飛竜渓谷を抜けちゃえば大丈夫ですよね」

『そりゃあそうだけど……平気? 制御不能にならない?』

「自動停止機能を追加しておきます」

『ああ、いいかもしれないわね。うーん……』


 ティターニアはしばし検討して、声を上げた。


『それでも念のため、常時かけているカウンター魔法に魔力を多めに割り振っておきなさい。チェインバードは魔法攻撃してくるわ』

「了解です!」


 そうこうしているうちに、景色が鬱蒼としている森から、ごつごつした岩場へと変化していった。


(緑色から灰色へ変わっていく感じだね。ふーん……景色だけ見ると綺麗なんだけどね。なんだっけ? 自然系の雑誌……なんちゃらグラフィックとかに出てきそうな、生物がいっぱいいそうな場所だよね)


 後方へ飛ぶ景色を眺め、ミーリアはうなった。


 クロエがいなかったぼっち生活期間、アトウッド領の北側は網羅していたが、飛竜渓谷までは来ていない。場所が変わるとここまで景色も変わるのかと、見ていておもしろかった。


(生態系が森とかなり違うみたい……ソナー魔法に反応する生物は――トカゲ的な生き物とか、ヤギみたいな生物とかだね……。牛はいないのか、牛は)


 飛びながらソナー魔法でそれっぽい生き物を探してみるが、反応はない。


(豚はいるけど牛っぽいのはいないんだよなー。ハマヌーレにも王都にも牛の肉はなかったし)


 そんなことをつらつらと考え、一時間ほどが経過すると、ティターニアから警鐘を鳴らす声が響いた。


『ミーリア、そろそろ飛竜渓谷よ。高度を上げて』

「ラジャー」


 ミーリアは指示通り上昇する。


『黒い裂け目が見えてきたでしょ?』

「はい……、真っ黒です」

『穴が深くて奥まで光が届いていないのよ。渓谷っていうか、穴って感じよね? 普通の人間じゃあまず渡れないわ』

「なんか地味に普通じゃないと言われたような気が……」

『そんなことないわ。ミーリアは普通の子よ……おかしいぐらい魔力が多いけど』

「普通って思ってますぅ?!」

『まあまあ、いいじゃない』


 カラカラとティターニアの笑い声が脳内に響く。


(私ほどの小庶民はいないと思うんだけどなぁ……異世界に百円均一ショップがないのを恨めしく思ってるし……)


 ミーリアはぶーと頬を膨らませ、魔力を高めていった。


「師匠。ぼちぼちジェットロケット魔法を使います」

『オーケー。くれぐれも無茶はしないで』

「わかってますよ。この渓谷を抜けるだけにしておきます」

『魔法電話はこのまま繋いでおいて』

「はぁい」


 いい返事をして、ミーリアは全身に防護魔法をかけ、足の裏に魔力を集約させていく。


(ロケットをイメージ……真っすぐ飛ぶイメージ……)


 キィィィィィィンとミーリアの足裏へ莫大な魔力が集中していく。魔力は風魔法へと変換――爆発力を出すため足裏の小さな面積に、風魔法を重ね掛けした。


 卵の薄皮のような薄い魔法陣が何枚にも重なり、青白く変化していく。

 高度な魔力操作によって初めて実現できる魔法だ。

 ただ、ミーリアもティターニアも、魔力が増大していることを失念していた。


(最後に自動停止魔法を付与して……ポーズは……)


 ミーリアは左手を腰に当て、右手を伸ばして拳を握った。

 スーパーなヒーロー的が飛ぶときのお決まりポーズだ。気分は大事である。


『ちょっと魔力が多すぎない……?』


 ティターニアの心配した声が響く。


「そんなことないですよ!」

『前見て! チェインバードに気づかれたわ!』


 暗い渓谷の底から、ギャアギャアと鳴き声を上げて鳥が一斉に飛び出してきた。

 距離はまだ数百メートルほど先だ。


 チェインバードは円形に陣を組み、空に防衛線を引き始めた。数は五百匹。魔法を使う厄介な魔物だ。連携するというのは本当らしい。


「目視しました! ジェットロケット魔法であの円を突っ切ります……!」

『行きなさい!』

「はい! ミーリア、行きます!」


(魔力充填完了! 3、2、1――発射!!)


 ジェットロケット魔法を解放するミーリア。

 キュボッ、という空気を切り裂く音がすると同時に、ミーリアの身体に爆発的なGがかかった。


(あ――)


 一秒でチェインバードの防衛線と突破し、数匹を巻き込んで渓谷を通過した。


(ひいいいぃぃっ! はっ、はっ、速すぎぃぃぃいいぃぃぃいいぃぃっ!)


 速すぎで視界が真っ白になり、恐怖で身体をひねると足裏から排出音が響き、身体が直角に曲がった。


 ギュンと視界が変化し、ミーリアはうろたえてさらに身体をひねる。

 頭が渓谷へと向いてしまい、真っ黒いものが視界に近づいてきた。


(渓谷に落ちてる?! 逆! 逆っ!)


 スーパーなヒーローポーズで制御不能になるミーリア。

 なんとか舵を取ろうとぐるぐる渓谷上空を飛び、チェインバードを巻き込みながら軌道を修正していく。


『……リア……ミーリア! 魔力の放出……押さえ……! 早くっ!』


 ティターニアの声が途切れ途切れに聞こえる。


「魔力ばじどうぎょうぎゅうれず!」

『なんてぇ?!』

「じどうぎょうぎゅうれず!」


 風圧がひどくて声がうまく伝わっていない。

 自動供給ですと言いたいようだ。


(落ち着け! 落ち着いて! こういうときは、軸をぶらさないように……!)


 ミーリアは飛翔魔法を初めて使ったときのことを思い出し、背中に一本の棒が入っていることをイメージする。バランス感覚を意識して、体幹をぶらさないため、全身の力を抜いた。


 徐々にジェットロケットを操れるようになってきた。

 ギャア……ギャア……


 不慮の事故に巻き込まれてチェインバードが次々に墜落している気がするが、ミーリアは気にしないことにした。


「な、なんどが……! なびぞう……でず!」

『ミーリア……さっきから……わからない……よ!』


 ゴオォォォォッと爆音を響かせてミーリアは飛竜渓谷の横断に成功した。

 冷静になる余裕が出てきたので、頭部に防護魔法を重ね掛けした。風圧をさらにガードするイメージだ。


 視界、音が良好になった。


「ふう……あぶなかった……」

『危ないどころか渓谷に落ちてたじゃない!』

「人間やればなんとかなるもんですね……」

『無事でよかったわ。あと、結構面白かったわね』

「一発芸とか言わないでくださいよ」

『エルフの里でやったら大爆笑よ』

「いやだなぁ~」


 魔法電話で笑い合う二人。

 ジェットロケット魔法は世界樹を目指して進んでいる。


『ところでミーリア、そろそろ速度を落としたほうがいいわよ。ジェットロケット魔法が速いから、世界樹の近くまできているわ』

「……あれ?」

『どうしたの? 早く速度を落として』

「師匠、全然速度が落ちません……!」

『魔力の供給を止めなさい!』

「自動供給にしてるんですよ! そうしないと操縦に集中できないと思って!」

『風魔法を引っぺがしなさい!』

「今やってます!」


 足の裏に貼り付けた魔法陣に意識を集中させ、薄皮のようなそれをはがしていく。

 ジェットロケットのイメージが強すぎるのか芳しくない。


『ああああっ! もう世界樹の結界じゃないの! いいわ、そのまま行っちゃいなさい!』

「どの辺ですか?! 自動停止があとちょっとで――!」

『三つの大きな木が見えるでしょ?! 尖ってる針葉樹よ! あの間に進んで! 魔力が高い人間なら通過できるわ!』

「了解です……! 緊急着陸……あ、パラシュートを作れば!」


 ミーリアはあわてて魔力を練り、魔力ごり押しの魔法パラシュートを作った。


 魔法陣が輝き、がくんと速度が落ちる。


「あああああっ!」

『もうちょい右! 右よ、ミーリア!』

「はいぃぃっ!」


 ミーリアはそのまま世界樹の結界内へと墜落していった。


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