第23話 クロエの思惑


 ロビンは高価な物を買って、質に入れて現金化もしているらしい。

 グリフィス公爵家の情報網を使ってリサーチ済みだ。


 王都に来て十日たらずでよくもそこまで金を使えたものだと、当主は開いた口が塞がらない。自慢のちょび髭が取れそうである。


「はい。ミーリアはすべて支払いをするそうです」

「そうですか……心の広いお方だ」

「ええ。ええ。妹はとても気の利く優しい子です。笑うとローズマリアのように美しくて可愛いらしい子ですわ。この国で大切に見守って然るべき存在にございます」


 早口でまくしたてるクロエ。


 クロエはミーリアが出発前に言っていた「アトウッド家に払わせてざまぁしたいけど、絶対にあの人たち踏み倒すよね。そうなると、お店の人が可愛そうだよね……」という言葉を思い出していた。他人の心を思える子に成長して嬉しく思う。


 隣にいるアリアが突然早口になったクロエを見て、まあ、と微笑んだ。


「な、なるほど……」


 当主がうなずいた。


「話を戻しますが、向こうが支払い可能な、限界一歩手前の金額を請求しようと思います」


 クロエの大きな瞳があやしく光った。

 お灸を据えるモードへ入ったらしい。


「こちらと、こちらの請求書の支払いをミーリアに拒否してもらいます。ご当主さまは半額、何も言わずにお支払いくださいませ。お金は預かってきております」


 請求書を束から二枚抜き、カバンから金貨を出してテーブルに置いた。


 皆が請求書を覗き込む。


 合計金額は金貨六十枚。日本円換算で六百円だ。

 二つの店で六百万円使うとか、どこのセレブであろうか。


「この半分、金貨三十枚なら、アトウッド家はどうにか支払いができるでしょう。数年がかりにはなるでしょうけれど」


 金額が大きすぎると、アトウッド家は踏み倒す。

 払えそうな金額を請求すれば向こうも検討するはずだ。


 現実味のある金額であれば、罪悪感を与えられるだろうという計算もある。


 クロエはアトウッド家の財布事情を脳内で計算し、金貨三十枚という数字を弾き出していた。脳筋領主アーロンが狩りに使う道具を節制すれば、年間で金貨四枚から五枚は貯められる。


 請求書を見たアーロンはどんな顔をするだろうか。


「……」


 クロエは昔から短絡思考の父親が大嫌いであった。

 これで少しは懲りて、領地経営に力を入れればいいと思う。


「自分の娘を野放しにした罰ですわ」


 クロエがふうとため息をついた。


 当主と次男ギルベルトはクロエがただの少女ではないと、このタイミングで認識した。


 大人顔負けの聡明さであるが、頭がいいだけではない。

 相手の一番いやがることを理解し、それを行動に移せる胆力が彼女には備わっているようであった。これでまだ十四歳なのだ。天才の部類に入るのではなかろうか。女王陛下から準男爵を賜ったことも納得できる。あと、物凄い美人でスタイルがいいので、婚約依頼が殺到しそうだとも当主は思った。


「支払いにはこちらの金貨をお使いくださいませ」


 クロエが細い指を揃えて、静かに金貨を押した。

 穏やかな顔つきの次男ギルベルトがにこりと笑った。


「承知いたしました。クロエさま、この二つの店には我々からフォローを入れておきましょうか?」

「いえ、ミーリアが興味を持ち、自分で挨拶に行くと言っておりました。二つともオーダーメイド洋服店のようで……あの子が何をするのかちょっと怖いところもありますが……ああ、申し訳ございません、こちらの話ですわ。ですので、問題ありません。あの子が行けば店側も請求書の件を言いふらしたりはしないでしょう」

「そうですか。では、我々にできることがあれば、ぜひ」


 ギルベルトが笑みを絶やさずに言った。彼も責任を感じているらしい。

 もっとも、悪いのはすべてロビンである。


 クロエはちらりとエリザベートを見た。


 話を静かに聞いていたアリアの祖母エリザベートがゆっくりとうなずき、皆に染み渡るような優しい笑みを浮かべた。


「お話はまとまったようですわね。では、わたくしが証人となりましょう」


 反対する者がいるはずもなく、話の終着点が見えて場の空気が弛緩した。

 エリザベートは泰然とした態度を崩さぬまま、ギルベルトを見つめた。


「ギルベルトさま。あなたには大変見どころがあります。どの家よりも早く、アトウッド家へ騎士ウィルを向かわせたのはあなたの差配ではなくって?」

「恐れながら、おっしゃる通りにございます」


 次男ギルベルトが恐縮して頭を下げた。後ろに控えていた騎士ウィルも一礼する。

 これにはクロエ、アリア、当主も驚き、エリザベートを見つめた。


「さすが閃光の魔法使いエリザベートさま……慧眼、恐れ入ります」


 当主が参りましたと頭を下げた。


「部外者が差し出がましいかと存じますが、クロエさえよければ四女ジャスミンをギルベルトさまと引き合わせてはいかがです? ミーリアもダレリアス家ならば気を許すでしょう。料理関係に強いお家柄ですからね」

「エリザベートさま。私もそれがいいと考えておりました」


 クロエが口角を上げてうなずいた。

 食い意地の張ったミーリアだ。料理人が大勢いると聞いたら喜びそうであった。


 これには当主とギルベルトが顔を見合わせ、笑顔になった。


「ぜひともよろしくお願い申し上げます!」

「大変嬉しく思います……!」


 紆余曲折あったが、ドラゴンスレイヤーとの繋がりを得るチャンスをもらえ、当主とギルベルトは心から喜んだ。


 一方、自分の提案が受け入れられ、エリザベートは満足げにうなずいた。

 しかし、はたと違うことを思いついたのか、持っていた扇をぱちりと閉じた。


「ダレリアス家はこれから成長する家ですわ。四女ジャスミンが地雷女のいる騎士爵家の出では、外聞が悪いわね……」


 エリザベートは細い顎をわずかにかしげ、何かを考えた。

 数秒して、ふむ、とクロエを見た。


「四女ジャスミンを――ミーリア男爵の養子にしましょう。それですべて解決ね」

「えっ……!」

「まあ……」


 クロエとアリアが目を見開く。


 十二歳ミーリアが、十七歳の養子をもらう提案であった。

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