第25話 世界樹のドライアド
ミーリアはだだっ広い平原に不時着した。
幸いにもパラシュートと緊急停止魔法が作動したことと、防護魔法で無傷だ。
(うーん、頭が揺れてちょっとめまいが……鎮痛&ヒーリング)
地面につけていた顔を上げる。
パッと身体が輝いて身体の痛みが抜けた。
立ち上がって後ろを見ると、百メートルほど地面がえぐれていた。ジェットロケット魔法で不時着した際にできた跡だ。
(ハイヒールに魔法を付与するときは気を付けないと……)
服についた砂埃を手で払いつつ、えぐれた地面を見るミーリア。
(魔法使いって人間からかけ離れていくような……。万能だからいいけど)
きょろきょろと周囲を見回すと、すぐに大きな木が目に入った。
「でっかい!」
高さが一キロはありそうな大樹が平原の真ん中に鎮座している。
『無事みたいね』
「あ、師匠! どうにか生きてます」
『よかったわ。それより、世界樹には千里眼が届かないわ。魔法電話はなんとかいけるみたいね』
「ちょっと心細いです」
先ほどまで見ていた景色と違いすぎて、別世界に来たような感覚になってしまう。
周囲が妙に静かなのも気になった。
『誰の弟子になったと思ってるのよ。平気よ』
「はぁい。頑張ります」
『よろしい』
通信先でティターニアがうなずいたように思えた。
「それにしても大きい木ですねぇ。あれが世界樹ですか?」
『そうよ。結界魔法で世界樹が自ら場所を隠匿しているの。保有魔力が規定値を超えていないと結界に弾かれるのよね。エルフでも結界内に入れるのは二割ぐらいかしら? 人間だとミーリアだけね』
「へえ。すごいですね」
ミーリアは空を見上げた。
青空に白い雲が気持ちよさそうにぷかぷかと浮いている。
(上から見たときは森だったのに……。隠匿? 隠ぺい? 私の苦手な魔法がかかってるのかな? これだけ存在感のある大樹だと、結界魔法で気配遮断しておかないと誰かに見つかっちゃいそうだもんね)
ミーリアは自分が唯一苦手な魔法を思い浮かべた。
気配遮断だけは、なぜかうまくできない。
『世界樹なんだけど、ドライアドが管理しているわ』
さも当然とティターニアが言った。
「ドライアド? 精霊ですか?」
(ウェブ小説にも結構出てくる、木の精霊の名前だよね?)
『精霊に近い生物、とエルフの間では言われているわ。魔力が低いと話すら聞いてくれないから結構気難しいのよ? で、ドライアドを見つけたら、世界樹の朝露を分けてくれって言ってちょうだい』
「そんな感じでいいんですね?」
『そうしたら、あなたに必ず質問してくるわ。そのとき、嘘をついちゃダメよ』
「嘘をついちゃいけない……なんか怖いですよ。そういう怪談みたいなの苦手なんです」
嘘をつくつもりは毛頭ないが、条件として言われると恐ろしくなってくる。
『全然怖くないわよ。素直に答えれば平気。あとは魔法合戦をしてちょちょいのちょい、よ』
「わかりました――って、ちょっと待ってください。魔法合戦?」
『本気で魔法を打ち合うの。あれ? 言ってなかったっけ?』
「全然聞いてませんよ!」
(師匠の情報後出しパターンきたー。魔物倒すときとかもしっぽが弱点とか、臭いから鼻つまんどけとか、後出しするからなぁ……)
ミーリアは遠い目をする。
ティターニアは割と自己完結していることが多いので、言っているつもりだった、ごめんなさいね、の流れが多いのだ。
『ごめんなさいね。まあ、ミーリアなら平気よ。あ、くれぐれも爆裂火炎魔法と
「世界樹が傷つきそうなので使わないですよ。あの魔法、結構な威力ですよね?」
『そう? まあまあってとこでしょ』
魔法になるとティターニアが対抗してこんなことを言う。
これがミーリアの勘違いに繋がっているのだが、本人にはそのつもりはないだろう。
「ですかね? まだ出力上がりそうなので、師匠に認めてもらえるように頑張ります!」
『……ほどほどでいいからね』
(さすがは師匠。魔法への情熱が違う)
そんな会話をしていると、世界樹の中ほどの場所から、ふわふわと緑色の髪をした少女が飛んできた。
(えっと、子ども? 頭に葉っぱがついてる……可愛い)
白いシャツを着て、頭に大きな葉をつけた少女がふわりとミーリアの前に着地した。
髪は長く、地面に突きそうだ。
身長は自分とあまり変わらない。
どこか幻想的な印象を受けるのは表情が変化しないからだろうか。
「こんにちは」
「あ、こんにちは……」
ぺこりと葉っぱ頭の少女が一礼した。ミーリアも返礼する。
(くっきり二重で眠そうな子だね……ドライアドかな?)
『来たわね……。嘘ついちゃダメよ』
「了解」
小声でティターニアに返事をするミーリア。
葉っぱ頭の少女はじいっとミーリアを見つめる。
何も言わずに十秒ほど視線をそらさずにいると、ゆっくりと口を開いた。
「私はドライアド。あなたは?」
「私はミーリアです」
そしてまた沈黙。
ドライアドは種族名であって自分の名前ではないのでは、とミーリアは疑問に思う。
(気まずっ! この間はなんなの?)
「世界樹の葉っぱ、美味しそう?」
ドライアドが突然そんなことを言った。
「……なんですか?」
「世界樹の葉っぱ、美味しそう?」
「え? いや、見てないからわからないです」
正直に伝えると、ドライアドはぱちぱちと瞬きをして数秒考え、「来て」とつぶやいて背を向けた。
ふわりと浮いた彼女の後を追い、ミーリアも空を飛ぶ。
『どうなったの?』
ティターニアが聞いてくる。
「世界樹の葉っぱは美味しそうかと聞かれました。見たことないからわからないと答えたら、ついてこいって……」
『初めてのパターンね……エルフのときは“魔法合戦しよう”と言われて打ち合いをするのよ。それで、力を認められれば世界樹の朝露がもらえるの』
「なんでそんなバイオレンスなんですかっ」
『知らないわよっ。ドライアドってぼーっとしててつかみどころないのよっ』
ミーリアが小声で言うと、なぜかティターニアも小声で叫ぶ。
ふわふわと浮く長い髪の後ろ姿を見ながら、ミーリアは説明を求む、と内心で思った。
「あの、ドライアドさん?」
「……なに?」
ワンテンポ遅れてドライアドが振り返った。
雄大な世界樹が近づいてくるが先に言わねばならないことがある。
「私、姉の目を治すために、世界樹の朝露がほしいんです。分けてもらうことはできませんか?」
ミーリアの言葉にドライアドは何も反応を示さず、「こっち」とだけ言った。
(人の話聞いてました!?)
脳内で後ろ姿にツッコミを入れても返事はない。
魔力可視化の魔法でドライアドを見ると、彼女の体内は真っ赤だった。サーモグラフィーのように可視する魔法なので、彼女の魔力保有量が高いことを示している。
(師匠より多そうじゃない?)
ドライアドについていくと、世界樹の葉が生えている中腹あたりへ到着した。
そこは枝が回廊のようにつながっていて、上には葉が茂っている。
(枝の上に家を作ってるのか! ファンタジー!)
世界樹は太い幹に葉のお椀をかぶせたような構造をしていて、葉が半球状の天井を作り出している。
枝の上にはドライアドの家が点在していた。天然の屋根を利用した集合住宅といった形であろうか。
ドライアドに倣って枝の回廊に着地すると、彼女が「そこにいて」と無表情に言った。
(歩きやすいように平らになってる。枝っていうか、もう床って感じだね)
足踏みをしてもびくともしない。横幅は二十メートルほどある。
見上げると、縦横無尽に伸びる枝の回廊が続いていた。
何人かドライアドっぽい女の子が歩いている姿が見える。
(都会に住むのが疲れた人の最終地点じゃない?)
そんな俗っぽいことを考えながら、ミーリアは周囲を見回した。
すると、ミーリアを着地点に待たせたドライアドがすたすたと二十メートルほど距離を取ると、うん、とうなずいて振り返った。
「じゃあ魔法合戦を始める」
「ほ? ちょ、ちょっと待って? いきなり?」
「三つ数える」
無表情に言うドライアド。
「心の準備が……!」
ミーリアがあわてて魔力を練る。
『カウンター魔法でいいわ! 集中して!』
ミーリアの声を聞いていたティターニアが喝を飛ばした。
「了解……っ!」
「3、2、1――」
ドライアドの長い髪の毛が揺れ、特大の魔法陣が出現した。
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