第31話 また婚約の話



 アーロンが召喚石を手に入れた翌日。


 ミーリアはそんなことはつゆ知らず、いよいよアトウッド領の開拓に乗り出していた。


「ティターニアさんの住む北の森には手を入れず、南へと領地を広げていきましょう」


 ミーリアが魔法袋から出したテーブルを広場に設置し、その上にクロエが地図を広げている。


 さらにクロエは白紙の大きな紙を用意し、定規とペンで起用に計画図を作成していた。


 ニュー町長に就任にした長女ボニーは、早速村人を数十名を引き連れて、大通りとなる場所へ目印の杭を打ちに向っている。そうやって指定された場所をミーリアが魔法で整地し、村人たちに道を作ってもらう予定だ。


 当面は土木作業で雇用が生まれることだろう。


 給金はミーリアのポケットマネーから出ている。金貨もまだまだ余っているので、問題ない。


 ミーリアはクロエがペンを走らせ、腕が素早く動く様を目で追った。


(自分の町を作るって……なんかワクワクするね)


「お姉ちゃん。大通りの一区画を全部飲食店にしようよ。それでさ、毎月食べ物の祭りをやろう。路面店とかがぶわーっと並ぶようなお祭り」

「ミーリアが楽しいならやりましょう。それなら、このあたりを“ミーリアおなかぽんぽん通り”にしましょう。区画は……これでいいわね」

「ちょっと待ってお姉ちゃん。今なにか不穏な命名が聞こえたんだけど」

「ミーリアおなかぽんぽん通り?」


 クロエはそう言いながら、さらさらとペンを動かして、地図に“ミーリアおなかぽんぽん通り”と記載をしている。


「正式名称じゃないよね?! 仮の通り名だよね?!」

「末代まで続く通り名にするつもりだわ」


 そう言ってクロエは輝くような笑顔を向けてくる。


 クロエの大きな瞳がくしゃりとつぶれると、自然とミーリアも笑顔になってしまうのだが、あわてて、そうじゃない、と首を振った。


「そんなアホっぽい名前ダメでしょ! 住民も呼ぶとき困るんじゃない?」

「ぽんぽん通りとか、ミーぽんとか、適当に略してくれるでしょう。さて、他にほしいものはあるかしら?」

「さらりと流さないでよ! その名前すんごく恥ずかしいんだけど……」

「ダメよミーリア。通りの名前は覚えやすいほうがいいの。だから、こういうのは単純でいいのよ。王都通り名も結構シンプルなのよ」

「え〜」

「それに、ミーリアの名前を冠することで、ミーリアが領主だと皆に知らしめるのよ。そうやって威厳を高めていけば領地経営はうまくいくわ」


 めずらしく食い下がってくるクロエに、ミーリアは「え、あ、そうなの……?」とこれ以上口出しする気力を削がれた。


 だが、そこで気づいてしまった。


(まさかっ……!)


 細かく文字の書かれている製図中の地図をスキャン魔法でコピーし、プロジェクター魔法で空中に投影して拡大すると、声なき声が喉から漏れた。


(ぜんぶ私の名前が使われてるやんッ)


 ミーリアおなかぽんぽん通りに始まり、ミーリアの右足通りとか、ミーリアラベンダーヘア通りとか、ミーリアのまつ毛通りとか、住宅街にいたってはミーリア1番街、ミーリア2番街など、すべて自分の名前が使われている。


 あまりの徹底ぶりに戦慄を覚え、こいつぁてえへんなことになってやがる、とミーリアの内にある江戸っ子の魂が右手で鼻をこすった。


「クロエお姉ちゃん、さすがにこれはやりすぎでは……?」

「中途半端になるよりいいじゃない」

「お姉ちゃんがつけたいだけな気もするんだけど」


 ミーリアラブなクロエである。

 ミーリアも愛されていることがわかるので嬉しい気持ちになるが、ちょっとこれは恥ずかしかった。


「お姉ちゃん、このほうがやる気が出るの。お願いよ。ね?」


 クロエが大きな瞳でこちらを覗き込んでくる。


 姉からおねだりをされたことのないミーリアはその破壊力に「ゔっ」と唸り声を上げて、一歩後ずさった。


「お姉ちゃん……そいつぁ卑怯ってやつじゃあねえかい? あたしゃあお姉ちゃんに上目遣いされたらなーんも断れねえんでい」

「ミーリア、ミーリア、口調が大工の親方みたいになっているわ」


 クロエが心配してミーリアの背中をさする。


「これは失敬。うーん、お姉ちゃんがそこまで言うなら……いいかぁ〜。なんだかんだ、経営とかもまかせっきりだし。ありがとね、お姉ちゃん」

「こちらこそありがとう。では、進めるわね」


 にっこりと笑うクロエ。


 新アトウッド領の区画割りは最終的に上空から見るとミーリアの身体になるのだが、さすがにクロエはそれは伝えなかった。


 後々、空を飛んでいるときにミーリアが気づいて悲鳴を上げるのだが、それは結構先の話である。


「ミーリアと私の家は一番奥でいいわね?」

「うん、いいよ。北の森に近いほうが師匠の家とも近くなるし」

「大神殿は心臓……じゃなくて、中心部にあるちょっとした小山の上にでも作りましょうか」

「オッケー」


 クロエの手によって、計画図が完成していく。


 ざっくりとした計画図もできたので、そろそろ昼休憩にしようかと思ったところで、広場に男二人が現れ、ミーリアに話しかけてきた。


「ミーリア嬢、ごきげんよう」


 ミーリアとクロエは振り返る。

 その二人の顔を見てミーリアは眉にしわを寄せた。


(げっ…………商家(笑)の親子じゃん!)


 ずんぐりした体格の中年と、その息子らしき男が会釈してくる。


 この二人は以前ミーリアが婚約させられそうになった、村で唯一の商家の親子だ。金に意地汚く、人の弱みにつけこむような売り方をするので、村人たちからは嫌われている。


(いたな〜、そういえば……。久々に見たけど目つきが怖いね……)


 いちおう商家ということもあり、身なりは多少綺麗である。

 だが、二人とも意地悪そうな目つきをしており、口元だけが笑っていた。


「ジャルーダとジャベルね。何か用かしら? ミーリア男爵は忙しいの」


 クロエが不機嫌そうに口を開いた。

 今にも追い払いそうな口調だ。


 中年のずんぐりした体格をしているジャルーダが笑みを浮かべて、ミーリアを見た。


「そんなにお時間は取らせませんよ。ミーリア嬢とうちの息子は婚約する予定だったことを覚えてらっしゃいますか?」

「……覚えてマセン」


 息子のジャベルは太った顔つきをしており、年齢も上がって体つきが大きくなっている。十五歳ほどに見えた。ミーリアをじろじろと眺めている。


 居心地が悪くなって、ミーリアは目をそらした。


「それはひどいお話ですな。あのとき、一方的に婚約話を持ちかけて破断にされ、息子のジャベルはひどく傷ついたのですよ」

「はあ……」

「あなたの父親である元領主アーロン殿が進めていた婚約ですから、新しい領主になったからには、責任を取ってもらわないといけませんな」

「責任」

「ええ、責任です。つきましてはうちの息子ジャベルと婚約してください」

「は?」


 よくわからない理論を展開してくるジャルーダ。


 あまりに不躾な物言いと提案に、ミーリアとクロエは無言になってしまう。


 周囲で聞き耳を立てていた村人たちも、こいつら本気か? という顔つきをしていた。


 ジャルーダは自分の言葉が一定以上の効果を発揮したと勘違いしたのか、つばを飛ばす勢いで喋り始めた。


「これはミーリア男爵にとって幸運な話です。まず我々はこのアトウッド領で唯一の商家であり、この村の流通というものを深く理解しております。それこそ、どの家にどれほどの貯蓄があるかまで把握しております。そして、息子ジャベルは優秀な男です」


 父親の紹介に、ジャベルが丸い鼻の穴を広げてドヤ顔を作った。

 仕事ができそうな男には見えない。


「新領地に必要なのは知識ですよミーリア嬢。私と息子に経営をまかせてくだされば繁栄をお約束いたします」


 ジャルーダの演説が終わる。

 彼は断られると思っていないらしく、自慢げな顔つきをしている。

 ミーリアとクロエがまだ少女といえる年齢だから侮っているのだろう。


 何かを言い返そうとしたクロエを手で制し、ミーリアはため息をついて、魔法袋へと手を伸ばした。


「あ、もう婚約してるんで、いらないです」

「……はい?」


 ジャルーダとジャベルが狐につままれたような顔をした。


「ここ、読めますか? 女王陛下の信頼も厚い、かの有名なグリフィス公爵家のご子息であらせられるクリス様と婚約しているんです」

「……グリフィス、公爵……」


 ジャルーダとジャベルがミーリアの顔と婚約書状を交互に見る。


「これがクリス様の絵姿です」


 役に立つからとクリスから送られてきた、絵姿を魔法袋から取り出した。

 まさかここで役に立つとは思わなかった。


 二人はきらびやかな騎士服を着た超絶イケメンなクリスを見て、完全に思考が停止したようであった。


 ミーリアは絵姿と婚約書状をしまうと、口を開いた。


「あと、商家はクロエ準男爵に一任する予定なので、独自で頑張ってください。新しい領地での商売は自由ですよ」


 ミーリアの言葉にジャルーダはハッとし、どうにかしてミーリアと息子を婚約させようと、すぐに口を開く。


 だが、クロエが遮るようにして半歩前へ出た。


「ジャルーダ。ミーリア男爵は貴族なのよ。平民の身で結婚を希望するなら優秀さを見せてからにしなさい。それとも、そこの自慢の息子は王都の貴公子と呼ばれ、騎士であり王国魔法研究所の名誉会員でもあるクリス様よりも優秀だと言うのかしら」

「それは……」


 ジャルーダが言葉に詰まる。


「そもそもね、昔の婚約話を引っ張り出してきて、レディに失礼だと思わないの? まずは常識を学ぶところから始めなさい」


 かなりお怒りなクロエの物言いに、周囲にいた村人が「そうだそうだ!」と賛同している。


 村人の少女なんかも「女性に対して失礼すぎ」と呆れていた。


 父親のジャルーダは怒りなのか恥ずかしさなのか顔を真っ赤にし、ジャベルは未練たらたらな目つきでミーリアを眺めると、肩を落として広場から去っていった。


「これからもああいった不届き者は出てくるわね」


 クロエが肩をすくめる。


「あはは……クリス様の婚約書状が印籠みたいになってきたよ……」

「インロウ?」

「あ、こっちの話だよ」


 ミーリアはごまかして、場の空気を変えようと明るい声を出した。


「それより、グリフォン村の人たちを連れてくるよ。どこに住むか場所を決めないとね! お姉ちゃんの商会も動き出さないといけないし」

「そうね。お願いできるかしら」


 クロエも笑顔で答える。


 二人は村人たちと昼食を済ませ、ミーリアだけ転移魔法でグリフォンのいる村へと転移した。

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