第32話 グリフォン村で反対運動


 新アトウッド領の南東部。

 森の中に隠れるようにして村が存在している。


 グリフォン村と呼んでいる村へ転移したミーリアは、早速、村長のもとへと向かった。


(あれ……村人の様子が……)


 上空に転移し、重力魔法でゆっくりと村の広場の端に降り立ったミーリアは、周囲を見回した。


 広場の中心に二十名ほどの村人が「村の移転反対!」と叫んでおり、それを村長や若者たちがやんわりと囲んで困り顔でなだめていた。


(あちゃ〜。お引越しに反対してる人たちがいるのか)


 グリフォン村は、ハンセン男爵から逃げてきた者たちで作られた隠れ里だ。


 魔の森とも呼ばれる場所に定住するまで様々な苦労があったと想像できる。


 ミーリアがどうしたものかと逡巡していると、頭の禿げ上がった温厚な顔つきの村長ポポがミーリアを見つけて駆け寄ってきた。


「ミーリア男爵! いいところに来てくださいました」


 額をぴしゃぴしゃと叩きながら村長ポポが頭を下げて、口をへの字に曲げた。


「行商人として村を支えてくれていた者たちが、移転に反対しておりまして……」

「あ〜、やっぱりちょっと急すぎましたかね?」

「私たちとしては稀代の魔法使いであるミーリア男爵のお膝元で、商家の仕事ができることを喜んでおります! ですが、彼らはこの村を開拓した頃、非常に苦労して資材や食料を集めてきた者たちなので……感情的に納得ができないのだと思います」

「いきなり私みたいなちんちくりんが来て、領主だって言っても納得できませんもんね」


 ミーリアはむーんと唸って腕を組み、ほっぺたを丸く膨らませた。


(どうしようかね。移転は延期する?)


「あの者たちはミーリア男爵とまだご挨拶をしておりません。ぜひともッ! ぜひとも一度、彼らの顔を見ていただいてもよろしいでしょうか!?」


 村長ポポはミーリアにまかせておけば万事解決する、という表情をしているので、ミーリアは苦笑いになった。


「いいですけど……私が出ていくと余計にややこしいことになるんじゃありません?」


 そうこうしているうちに、「移転するなら勝手にしろ!」「俺たちはここに残る!」と彼らが言い始めた。顔を真っ赤にして叫んでいるので、感情の高ぶりは限界を突破しそうである。


 座り込んで、梃子でも動かないと言いたげに地面を叩いていた。


 若者たちとグリフォンの世話をしている者たちが前に出て、どうにか説得しようと言葉を尽くしている。


(いやプレッシャーなんですけど!)


 魔法で逃げようかなと思ったところで、村長ポポが叫んだ。


「新領主さまであるミーリア男爵がいらっしゃったぞ! 皆、話をやめなさい!」


 村長ポポが前に出て、ささ、こちらですとミーリアを促す。


 注目が集まってしまったので、ミーリアは仕方なく広場の中心に移動して、移転反対組と対峙した。


 こんな少女が男爵? という視線がミーリアに突き刺さる。


(ほら〜、だから言わんこっちゃない……)


 何から話そうかなと考えていると、反対組のリーダーらしき髭面のイケオジ系中年男性が立ち上がった。


「お初にお目にかかります。私はボールと申します」

「あ、ミーリア・ド・ラ・アトウッドです。よろしくお願いします」

「男爵殿はこの村を移転させるおつもりのようですが、どれほどの労力と時間がかかるかおわかりでございますか?」

「え? 労力ですか?」


 魔法でちゃっちゃと移動させるつもりだったミーリアは、目が点になった。


「そのご様子だと理解されていないようでございますね……」


 鼻から息を吐き、イケオジ系中年のボールが両手を広げた。


「新しい居住区、グリフォン、グリフォンとの取引に必要なミツバチ、その飼育場所、それ以外にも様々あります。輸送を魔法で手伝っていただけるとはいえ、最果てのアトウッド領への移転が完全完了するのに、一年……いや、二年ほどかかるのではありませんか?」


 ボールの言葉に、反対組からは「そうだそうだ!」という声が上がる。


(移転に反対ってよりは、移転の労力を考えてキツいんじゃない? だから無理だよって言いたいのかな?)


 ミーリアはなんとなく理解したので、声を上げる反対組へ手を上げて制した。

 見た目が可愛い少女であってもミーリアは魔法使いの男爵である。

 反対組は押し黙った。


「えー、情報の行き違いがあったみたいですけど、移転は一日で終わりますよ」

「い、一日?! 一年の間違いでは?!」


 ボールが驚愕の声を上げ、顔を赤くした。


「ミーリア男爵! さすがに冗談では済まされませんよ。この村はあなたの領地内にあるため、あなたの管轄には入りますが、私たちはこれでも必死に生きてきたのです! ハンセン男爵に追われ、苦労して開拓し、グリフォンと友誼を結ぶまで……どれほどの被害があったか……」


 ボールは話しながら泣き始めた。


 背後にいる反対組もうんうんと何度もうなずき、ミーリアの後ろにいる賛成組も「苦労したな」と過去を思い出している。


「どうか無理な移転はおやめくださいませ! このボール、村のためなら命をなげうつ覚悟です! どうか、思いとどまってくださいませ!」


 ボールは感情の高ぶりのまま、上着を脱いで上半身裸になり、膝をついて頭を差し出した。


(打首にしてくださいのポーズ!? やめてよぉぉぉ!)


 ミーリアは困惑して目を逸らした。

 村長ポポが「何度も魔法でやってくださると説明したのですが」と苦い顔を作っている。


 こうなったら実演するしかないかとミーリアは思った。


(まあ、今日移転するつもりだったから、やっちゃおうか)


「えーっとですね、説明よりも見たほうが早いと思うので……」


 ミーリアが村の広場にある休憩所のような小屋へ手を向けた。


「魔法で打首になさるのですね?! このボールめの命でほかの村人が幸せになるならば、どうぞおやりになってください!」


 頭を下げたイケオジ系のボールが叫ぶ。


「あはは……じゃ、いきますね」

「……ッ! 来てくださいませ!」


 ボールの叫びは無視して、ミーリアは小屋から地面一メートルほどを重力魔法で切り離し、そのまま浮かせた。


 ボゴォッ、という土がめくれ上がる音が響き、土と一緒に小屋が宙に浮く。

 ぱらぱらと土が広場へと落ちた。


 小さな少女が起こした魔法という奇跡の技に、反対組と賛成組、両方の口があんぐりと開いた。村長ポポも見るのは二度目ではあったが、やはり信じがたい光景に唖然とした。


「このボール! 人生に悔い無し!」


 気づいていないのは上半身裸で叫ぶボールだけだ。


「ボールさん、ボールさん。後ろを見てください」


 ミーリアが言うと、ボールが恐る恐る顔を上げ、ゆっくりと振り返った。

 そして「へ?」と口から空気が漏れるような吐息を漏らした。


「重力魔法でこうやって建物を浮かせてですね……ちょっと近づけて……あ、皆さんの上を通りま〜す。魔法袋ちゃ〜ん」


 ミーリアが言うと、小屋が魔法袋へと収納された。

 しん、と広場が静まり返る。


「こんな具合に全部の建物を収納して、移転させます。皆さんはですね――」


 お気楽な調子でミーリアが魔法袋から空飛ぶ絨毯……もとい、ただのおしゃれな絨毯を取り出し、浮かせて乗った。


「絨毯に乗って移動してもらいます」

「……」

「一回じゃ乗り切らないと思うので、二、三回にわけて運びますね」

「……」

「どうですか、ボールさん。一日の意味がわかりましたか?」


 ミーリアはそう言いつつ、だんだん説明するのが面倒くさくなってきて、近場にあった家を重力魔法で引っ剥がして、次々と収納し始めた。


 土が強引にめくれ上がる音と、魔法袋へと収納される独特な音が断続的に響き渡る。


 広場にいた村人は「私の家が!」とか「消えた!」など、わかっているのに驚いて叫ぶ。


 その様子を放心状態で見ていたボールは、投げ捨てた上着を静かに拾い上げ、音もなく着てボタンをとめ、ミーリアに向かい合った。


「美人ドラゴンスレイヤー魔法使いミーリア男爵様! 村の移転、よろしくお願いしますッ!」


 反対組全員が「お願いします!」と頭を下げた。


「こっちこそよろしくです。あと呼び方はミーリアで大丈夫です」


 ミーリアは理解してもらえて安堵し、笑顔でうなずいた。


 村長ポポは横でずっと苦笑いしながら「まあこれは口で言っても信じられんよなぁ」とため息をついた。



      ◯



 その後、村の移転はボール指揮のもと順調に進み、グリフォン村の人々とグリフォンたちはアトウッド領地へと移転した。


 クロエの指示で家を配置し、グリフォンの居住区も仮設する。


 グリフォン村の人々は、新しい生活が始まることに歓喜し、ラベンダー畑を見て感嘆の声を上げた。


 酒を飲みながら村を徘徊していたロビンが、イケメンと美女たちが移転したことに驚き、目の色を変えていたが、ミーリアは見なかったことにした。


(これでクロエお姉ちゃんの商会の従業員は確保と! あとは、王都から引っ越しする人たちを待つ感じかな?)


 ミーリアは心の友であるアリアの顔を思い出して相好を崩す。


 領地の整備をしていたらなんだかんだで一週間が経過してしまい、あわてて王都へ向かうと、アリアが待っていましたとミーリアに飛びついた。


「ミーリアさん!」

「アリアさん!」


 ひしと抱き合う二人。

 お互いのぬくもりを交換したあと、アリアがゆっくりと離れて困り顔を作った。


「ミーリアさん……大変申し訳ありません。私たちの知らぬところで大変なことになっております」

「え……何かあったんですか?」

「セリス教が大神殿を建てると豪語したことによって、移住希望者が膨れ上がってしまいまして……」

「今、何人くらいですか……?」

「一万五千人ほどです」

「いっ……一万五千?!」

「はい」


 想像外の数字に身体が震えるミーリア。


(一万五千人の食料とか、家とか、どーすんの?!)


「もうすでにアトウッド領へ出発している者たちがほとんどです。最果ての街道は公爵家の騎士が移住者を保護する手はずになっております」

「移住者は私が運ばないほうがいいですよね?」

「ええ。少しでも時間稼ぎをいたしましょう」

「ありがとうございます。それで、他に何かありますか?」


 まだ何かアリアが言いたげだったので、ミーリアは顔を覗き込んだ。


「それが……女王陛下が半年後に街を見に行くと……そうおっしゃられました」

「女王陛下が?!」


 冗談ではなく、あの女王なら絶対に来るだろうという確信がミーリアにはあった。


(これで手抜きはできなくなったよ……)


「まずは枢機卿のお孫さんにお会いになってくださいませ。大神殿について話したいことがあるそうです」

「そういえば、コープル枢機卿が孫を紹介するって言ってましたね」


 ミーリアはため息を漏らし、王都の一等地にあるセリス大聖堂へと転移した。


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