第33話 枢機卿の孫
半年後に女王陛下が領地の視察に来ることになってしまい、領地整備に手抜きができなくなってしまった。
もともと、和食の文化を推進しつつ、ゆるーく街作りを進めるつもりだったので、ミーリアの尻に火がついた。
(クシャナ女王……怒らせたら絶対に怖いよ。威圧感半端ないし、眼光も妙に鋭いし……)
ミーリアはクシャナ女王の顔を思い出し、背筋がぶるりと震えた。
上に立つ者の威厳というやつに、完全にやられている。
クシャナ女王はミーリアをお気に入り登録しているので、ただ単に様子を見に行って不足があれば手助けしてあげたいと思っているだけであった。
こうなった理由の大半が、ミーリアが無自覚&無計画に吹聴して回った都市計画――大商会設立(クロエお姉ちゃんに金貨一万投資!)、大穀倉地帯開拓宣言(うめえものたくさん食べたい)、新領地デザイン服飾(アリアさんとお姉ちゃんに可愛い服着せたい)、特産物開発(売れるもの作るよ)、大浴場設置(風呂にへえりてえ)、というこれらのせいだった。
女王は大いに興味をそそられている。
ともあれ、半年である程度の体裁は整えないといけない。
その中にはセリス教の大神殿も含まれていた。
(枢機卿のお孫さん、どんな人だろうか……)
とりあえず孫は女性らしいので、無理矢理に結婚させられる心配がないところは安心だ。
(セリス大聖堂……相変わらず綺麗だなぁ……)
グリフィス公爵家から転移してきて、大聖堂を見上げる。
精緻な彫刻がと、複雑な模様のステンドグラスにため息が漏れた。
(そういえば写真魔法で撮影しておいたね。今後、建物の参考にしないとね)
そんなことを思いつつ、入り口で
神聖な空気に包まれて妙な緊張感を覚える。
(お腹が鳴ったら絶対にバレる……)
あまりの静謐さにどうでもいい心配をしてしまい、魔法袋から王都人気の一口サイズのモチモッチ焼きを取り出して口に放り込んだ。
(もちもちのあまあまで美味い……ッ)
待つこと五分。
まだ来ないので、三つ目のきなこと似た粉物が振りかけられたモチモッチ焼きを食べたところで、丸眼鏡をつけたコープル枢機卿と一人の少女がやってきた。
「ミーリア・ド・ラ・アトウッドです。お久しぶりですコープル枢機卿」
あわててモチモッチ焼きを飲み込み、姿勢を正すミーリア。
白と金を基調とした枢機卿の司祭服に身を包んだコープル枢機卿が、人の良さそうな笑みを浮かべた。
「お忙しいところお呼び立てしてしまい恐縮でございます。その後、領地開発は順調でございますか?」
コープル枢機卿がセリス像の前まで来て、ミーリアに向き直った。
「なんとか進めています。姉や公爵家のアリアさんのお力をお借りして、はい」
(年上との会話って苦手だ〜)
「誠に素晴らしいことでございます。セリス教もミーリア男爵のご活躍を心から祈っております故、私も自分のことのように嬉しく思います」
「あはは……ありがとうございます」
「もっとお話したいところなのですがミーリア男爵の貴重なお時間を奪ってしまっては王国の損失となります。早速ですが……本日は孫の同行をお許しくださるということで、連れてまいりました」
コープル枢機卿が目配せをすると、美しい白髪に赤い目をした少女が一歩前へ出た。
こちらも白と金を基調とした司祭服に身を包み、手には宝玉のついた杖を持っている。腰に魔法袋をつけていることから、魔法使いだと窺い知れた。
(めっちゃ美人! 白い髪が綺麗……髪の毛さらさら)
「孫のジョセフィーヌと申します。お会いできたことを光栄に思います」
端的に言うと、彼女が静かに聖印を切った。
(なんというか、しっとりした厳かな人だ)
コープル枢機卿がうなずいて、口を開いた。
「ジョセフィーヌの年齢は十六歳です。一通りの訓練は積んでおりますので、大神殿の業務などはおまかせくださいませ」
ジョセフィーヌが黙ってうなずく。
紅玉のような瞳にじっと見つめられ、少し居心地悪くなるミーリア。
「あの、ミーリアです。よろしくお願いします。セリス教のしきたりとか全然わからないので、頼りにしてます」
「ところでミーリア男爵。大神殿の設計はこちらでよろしいでしょうか」
ジョセフィーヌが挨拶を早々に切り上げ、魔法袋から縦に丸められた用紙を取り出した。
「やめなさい、ジョセフィーヌ」
コープル枢機卿が止めようとしたが、ジョセフィーヌには声が聞こえていないのか、設計図を出す手が止まらない。
魔法袋から出てきたのは用紙を何枚にもつなぎ合わせた、とんでもなく大きな設計図であった。彼女は大聖堂の床に用紙を置くと、司祭服のスカートがめくれ上がるのも気にせず四つん這いになり、せっせと設計図を広げ始めた。
(いやいやいや、しっとり厳か美人はどこに行った?!)
「あ、あのぉ……」
苦笑いが止まらないミーリア。
「まずはこちらが正面から見た完成図でございます」
振り返ったジョセフィーヌが輝くような笑みを浮かべ、指さしている。
「ジョセフィーヌ。やめなさい」
コープル枢機卿が頭を押さえながら、尻を突き出して「ここです、ここ」と指をさしているジョセフィーヌに向かって言う。
その後、ジョセフィーヌによるアトウッド領大神殿の説明は二時間半に及んだ。
◯
「躾の行き届かぬ孫で申し訳ございません。昔から建物への執着が重くてですね……それ以外は非常に優秀なのですが……」
「あ、いえ。設計してくれて助かりました」
「予算度外視ですが……よろしいのでしょうか?」
「いいんじゃないですか?」
投げやりぎみに言うミーリア。
(まだ金貨は九万枚くらいあるし平気でしょ)
九万枚は日本円換算でおおよそ90億円である。
ミーリアはこれのせいで金が全然足りなくなり金策に走る未来を知らない。
「私も朱色の鳥居を千本とか、意味わからないこと言ったので」
(一回でいいから行ってみたかった……京都に……)
もう帰ることのできない前世の記憶と望郷からか、ジョセフィーヌの熱に当てられて口走ってしまった千本鳥居というフレーズに、餌をまかれた鯉のごとく食いつかれてしまった。
「アトウッド領に到着しましたら、財務担当であらせられるクロエお姉さまとお話をしなければ!」
ジョセフィーヌが四つん這いのまま、鼻息あらくペンで鳥居を書き足している。
コープル枢機卿がいたたまれない顔つきで申し訳ありませんと頭を下げ、めくれ上がった孫のスカートをそっと下げた。
「ところで、予知の予兆はございますか?」
コープル枢機卿が柔和な表情に戻り、口を開いた。
「そうですね……。元父親は爵位を剥奪されてから、静かですよ」
ミーリアは静かと言ったが、脳筋アーロンはミーリアが不在であるたった今、チャンスだと思ったのかクロエを人質に取ろうとしてグリフォンを怒らせ、尻を突かれて逃げ回っている最中であった。
「左様でございますか。くれぐれも油断されぬようにお願い申し上げます。セリス教としても、魔法使いであるジョセフィーヌをそちらに行かせますので、戦力としてカウントしていただいて問題ございません。部下のようにこき使ってくださいませ」
「わかりました。いちおう、ラベンダー町全体を防御する魔法は作ったので大丈夫だと思うのですが……念には念を入れておきます」
(師匠にも監視をお願いしておこうかなぁ……。まあ、師匠なら言わないでも見てくれていそうだけど。リーフにもいちおうお願いしてみよう)
「町全体を防御する魔法ですか。それは素晴らしいですね。ぜひセリス大聖堂にもかけていただきたいものです」
「結構面倒なので、時間ができたらでいいですか?」
「もちろんでございます! ここ大聖堂は王都を象徴する建造物でもございますから、防衛力が高くなるのはありがたいことでございます」
ミーリアはそのうちやろうとなんとなく覚えておくことにし、ジョセフィーヌを呼んだ。
「そろそろ行きますよ。ジョセフィーヌさん」
「承知いたしました。続きは領地でやりたいと存じます」
ジョセフィーヌはすっと立ち上がり、聖遺物を収納するかのごとく、厳かに設計図を魔法袋へしまって聖印を切った。
黙って立っていれば神々しい女性だ。
「転移魔法で行きますね」
「…………転移でございますか?」
「転移?」
ジョセフィーヌが目を丸くし、コープル枢機卿が眉を上げて驚いた。
「あ〜、実は使えるんですよ。女王陛下にはそのうち言うので秘密にしておいてください」
ミーリアは頭をかいた。
クロエにはギリギリまで黙っておけと言われている。
転移魔法の使い手は貴重なので、王国で管理されることが多く、事あるごとに面倒な仕事を依頼されかねない。
「じゃあ、手をこっちに」
「手、ですか?」
ミーリアが手を出すと、ジョセフィーヌが静かに乗せた。
コープル枢機卿は良い人物であるが、ずっと一緒にいるには気疲れする大人であった。
ミーリアはさっさと移動してしまおうと思った。
「では、何度か転移して領地に行きますね! 魔法袋に私物は入ってますよね?」
「入っておりますが……」
「ではまた来ます、コープル枢機卿」
ミーリアはコープル枢機卿に二の句を継がせず、魔力を練り始めた。
「あのミーリア男爵――」
「転移!」
視界が切り替わり、一瞬で空中へと移動した。
青い空が目の前に広がり、王都が眼下に見える。
驚くジョセフィーヌを横目に次々と転移していくミーリア。
魔力効率が上昇しているおかげで転移魔法の飛距離が伸びており、六回ほどでアトウッド領地へと到着した。
(帰ってきた!)
眼前を埋め尽くすラベンダーとその香りを嗅いで、手を握っているジョセフィーヌへ顔を向けた。
「ジョセフィーヌさん、大丈夫ですか?」
「転移魔法……す、すごい……。これがドラゴンスレイヤーの実力」
赤い瞳を開いて呆然とミーリアを見つめるジョセフィーヌ。
すると、グリフォンのヒポヌスに乗って移動中だったクロエがミーリアに気づいて空から降りてきた。
「ミーリア、おかえりなさい。そちらの女性はどなたかしら? あなた、セリス教の方だとお見受けしますがなぜミーリアと仲が良さそうに手をつないで見つめ合っているのか小一時間ほど問い詰めたいのですがお時間いただけますか、場所はあちらの小屋裏あたりで」
早口でジョセフィーヌに近づき、クロエが片眉を上げた。
背後でヒポヌスが「ビックボスの敵か?」とクゥクゥ鳴いている。
また姉の心配性が始まったと思ったミーリアはすぐに手を離して、「コープル枢機卿のお孫さんだよ」と説明した。
「グリフォンを使役しているの……?」
一方、ジョセフィーヌはクロエを見てさらに驚き、領地の空を悠々と飛んでいるグリフォン数匹を見て戦慄した。
「とんでもない領地に来てしまった。これは伝説のはじまり……きっと歴史に残る建造物が建つ領地……!」
勝手に一人で興奮し「セリス神のお導きに感謝を!」と言って何度も聖印を切った。
「優秀な人なんだけど建物が好きなんだって。大神殿の設計図もジョセフィーヌさんが持ってるよ」
「大神殿の設計図ですね! こちらにございます!」
フレーズを聞いたジョセフィーヌが魔法袋から設計図を取り出し、地面に広げ始めようとしたのでミーリアがあわてて止めた。
「家でやりましょう! ね!」
「……なんというか……変わった人なのかしら?」
クロエが目を細める。
「そうみたい」
ジョセフィーヌの手を引き、苦笑いをするミーリア。
「でも、すごく優秀だってコープル枢機卿が言ってたよ」
「枢機卿は女王派閥だから私たちに有害なことはしないはずね……。優秀であることは事実でしょう。わかりました、では、屋敷にまいりましょう」
「財務担当のクロエ準男爵さまですね! セリス教司祭のジョセフィーヌでございます。設計図の件でご相談があるので早くまいりましょう」
ジョセフィーヌが厳かに一礼するが、一瞬でそわそわし始めた。
クロエが苦笑して、「ええ、まいりましょう」とうなずき、ミーリア、クロエ、ジョセフィーヌはグリフォン村から運んできた村長の家に向かった。
そして、ジョセフィーヌの大神殿設計図を開くと、クロエが一言こう言った。
「設計図のまますべて建造すると、ざっと金貨二十万枚かかるわね」
「にじゅう……まんまいッ……?!?!」
二十万枚――日本円換算で200億円である。
これにはジョセフィーヌも顔を青くした。
「金策も同時並行で進めていくしかないわね」
「反対しないの?」
「ミーリアの領地だもの。王国一の大神殿を作りましょうよ」
クロエの頼りがいのある言葉に、ジョセフィーヌが両手を組んだ。
「セリス神よ!」
「私に祈りを捧げないでください。この人本当に優秀なのかしら……」
ぶつぶつと小言を言いながら、クロエが手帳を開いて計算をし、ジョセフィーヌに、
「村人十人を貸与します。左胸……こほん。小山に区割りをしてください。あとは魔法で整地もお願いします」と伝えた。
「おまかせくださいませ! 女学院の魔法科を次席で卒業しておりますので、ご安心を」
「先輩だったのね。よろしくお願いいたしますわ」
こうしてセリス教の司祭であるジョセフィーヌが領地開発に加わった。
その後、一週間で白髪で紅玉の瞳を持つジョセフィーヌは町で人気の存在となり、大神殿の建造は大いに進むこととなる。
ミーリアは資材の買い付け、領地の整地、魔物討伐などで大忙しであった。
そうこうしている間に、移民第一陣が最果ての街道の入り口まで到着していた。
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