第34話 変態婿養子の現在と隣領地が面倒くさい
新年初更新です。
2023年もよろしくお願い申し上げます!
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コープル枢機卿の孫、ジョセフィーヌが領地に来てから一週間が経過した。
白髪に紅玉の瞳を持つジョセフィーヌは見た目の神々しさと、その清廉潔白なふるまいから、ラベンダー町民たちの信仰の拠り所になりつつあった。
一方、ミーリアは領地の整地で大忙しだった。
領地はラベンダー畑を除けば深い森に覆われている。
まずは木を伐採し、切り株を掘り起こし、土を平らにして、たまに出てくる怒り狂った魔物を始末し、重力魔法で地面を固めて完成だ。
(うーん……森に生えてる木がすごく硬いんだよね。村人二十人で切るのに一本十時間かかるとかありえないでしょ。結局、私が魔法で切るしかないと言うね……)
考えている間も、風魔法の刃を作って木を切り倒していく。
倒れる瞬間に魔法袋に収納するので、傍から見ると木々が消えているように映るだろう。
(この木材、あとで建材に使えそうだよね)
ミーリアの魔法袋には相当量の木材が集まっていた。
さらに、無理矢理に開拓しているせいで怒り狂った魔物が大量に出てくるので、討伐した魔物も結構な量になっていた。
後でどこかに売りさばこうと考えを巡らせる。
とにかく今は時間と金がない。
大神殿の設計図が金銭度外視の豪華絢爛な仕様になっているせいで、すでに赤字計算だ。
(朝はこんなところにしておこうか)
ふうと一息つき、出来上がった整地を眺めて、ミーリアは満足して腕を組んだ。
二百メートル四方が定規で引いたように、綺麗に整地されている。
重力魔法で上空に上がって見下ろすと、森に四角いスタンプを押したようになっていた。
(ん〜、よくわからないけどなんかすっきりして気持ちいいよね。家を掃除したあとの感じと似てる? 指定された区割りの整地はぼちぼち進んできたね)
ミーリアはまだ自分の身体の形になぞらえて街が作られていると気づいていない。
(それじゃ――座標を教会に固定して、転移!)
転移魔法で教会に移動すると、一瞬で景色が切り替わった。
座標を固定と格好良く言っているが、転移する場所の風景を思い描いているだけである。
昔から村にある古い教会の大きな扉を開けると、セリス神の石像と礼拝堂があり、その前でジョセフィーヌが聖句を捧げていた。長く美しい白髪が床に綺麗な孤を描いている。
「ジョセフィーヌさん、指定された区割りの整地が終わりましたよ。大神殿の整地に行きましょう。祈りが終わるまで待ってますね〜」
アトウッド領唯一の教会で聖句を捧げていたジョセフィーヌの後ろ姿に、ミーリアは声をかけた。
(聖句って時間かかりそうだよね。気長に待つか〜)
ミーリアは朗々と紡がれる聖句に耳を傾け、魔法袋からアリアにおすすめされた恋愛小説を取り出して読み始めた。
ジョセフィーヌはミーリアに気づいたのかわずかに肩を震わせ、急に早口になって聖句を捧げ始めた。
(いやいやいや、早く終わらせたいからって五倍速かい)
ミーリアのツッコミもむなしく早送り聖句が礼拝堂に響き渡り、ジョセフィーヌが三分ほどで立ち上がった。
「大変お待たせいたしました。参りましょう。今すぐに」
紅玉の瞳を輝かせてジョセフィーヌが三度うなずいた。
「あの〜、セリス神に怒られないですか?」
「セリス神の懐は海よりも深く、その御心は空よりも青いのです。大神殿の件であればお許しいただけるでしょう」
「都合のいい解釈に聞こえますけど……」
建築物が関係しなければジョセフィーヌは本当に優秀な司祭なので、ミーリアもこれ以上は言えなかった。
まあ別にいいかと思うことにし、笑顔を作った。
「それじゃあ行きましょうか。教えた重力魔法は使えそうですか?」
「ゆっくりであればなんとか浮くことができます」
「じゃあ行きましょう。補助しますね」
「ありがとうございます」
ジョセフィーヌがゆったりと一礼する。
ミーリアはジョセフィーヌに魔法の手ほどきをしており、ティターニアによればアリアとまではいかないが、それなりの才能があるらしい。あくまでもエルフのどんぶり勘定な鑑定なので、あまり気にしないほうがいいかもしれないとミーリアは思う。
二人が教会から外に出ると、「ミーリアちゃん!」という聞きたくない声が背後から響いた。
(げえっ。存在を忘れてた……!)
振り返ると、薪割りをしていたらしい元婿養子のアレックスが斧を放り投げて駆け寄ってきた。
真っ白な貫頭衣と、真っ白なズボンを穿いている。
卑屈そうな顔つきと顔に散ったそばかずが過去の記憶を呼び起こし、ミーリアに不快感を与えた。その目はミーリアの着ているスカートの裾当たりに注がれている。
今日は膝上スカートにハイソックス姿だからだろうか。
(もうホントやだこいつ! キモすぎるッス……!)
素早くジョセフィーヌの背後に隠れ、魔法障壁を即座に展開してガードする。
「ミーリアちゃん、助けてよ! 僕に悪魔が憑いているってそこの女も神父も言うんだ!」
走りながらアレックスが言い、ついでに目も血走っていて怖すぎた。
「この村に貢献してきた僕にこんな仕打ち、おかしいだろう?! ね?!」
(ね?! じゃないよ! 脳筋といい地雷女といい、どうして自分の罪を認めないんだろうね。ね?!)
アレックスが魔法障壁にぶつかる瞬間、ジョセフィーヌが一歩前へ出て手を広げた。
「――懺悔」
ジョセフィーヌのつぶやきともに、アレックスの着ていた貫頭衣が引き絞られるようにしてサイズダウンした。腕と足に肉が食い込んで痛いのか、アレックスが前のめりにすっ転んだ。
「いだだだだだだっ」
「まだ悪魔が憑いているようですね。なんと嘆かわしい……」
「悪魔なんで……いまぜんっ!」
「セリス神はすべてを見通されます。懺悔衣が反応することが証左です」
ジョセフィーヌが厳しい目を向けて、上げていた手を下げた。
懺悔衣と呼ばれる服が元通りになり、アレックスが痛みから全身をさする。
「酷い仕打ちだ! 僕はこの村に貢献してきたんだぞ?! よそ者のおまえに何がわかると言うんだ」
「私は何もわかりません。理解されているのはセリス神のみです」
「くそっ、話が通じない……! これだから教会は嫌なんだ!」
「早く仕事に戻りなさい。元妻のボニー嬢と不快感を与えた人たちに懺悔し、悔い改めながら働くのです」
ジョセフィーヌが再度手を上げると、アレックスの顔が引きつった。
「わ、わかりました! 戻ります! 戻りますからそれはやめてください」
「あなたにセリス神の叡智と慈愛の一端が宿ることを祈ります」
アレックスが立ち上がり、逃げるようにして駆け出した。
「勝手に祈ってろ、乳デカ女め。僕は悪くない」
聞こえる声量で言い、遠ざかっていくアレックス。
「……懺悔」
ジョセフィーヌが言うと懺悔衣がサイズダウンし、遠ざかって小さくなったアレックスが転んで丸太に頭をぶつけた。
頭を押さえてわめきながら地面を転がっている。
(救えないねぇ……)
どうしようもないアレックスに開いた口が塞がらないミーリア。
(セリス教が変態の面倒を見てくれるのは助かるよ。紋章官が懺悔衣ってやつを持ってたっぽいね。あっ……そういえば気づいたら紋章官の人たち帰ってるな)
王都へ向けて帰還した紋章官たちの顔をミーリアは思い浮かべる。
そのうちの一人が脳筋アーロンにとんでもなく物騒な物を渡しているとはつゆ知らず、ミーリアは「今頃、最果ての街道かな〜」とのんきに考える。
その横で「お許しを」とつぶやいたジョセフィーヌが手を下げ、ミーリアを見た。
「あの者は私と神父におまかせください。では、参りましょう!」
ジョセフィーヌが威厳のある顔つきから輝かんばかりの笑顔になった。
笑顔のほうが似合うなとミーリアは思った。
◯
その後、ジョセフィーヌと大神殿建造の計画地の整地を行い、遅い昼食を済ませて、仮拠点になっているグリフォン村の村長邸宅へと向かった。
ちなみにグリフォン村は上空から見てミーリアの両目付近に移転されている。
ミーリアの邸宅を額部分に建造予定なので、防衛力の観点からこの場所が選ばれた。
「何度見ても信じられない光景ですね。空を見上げればグリフォンが飛んでいる街など、ここにしかないでしょう」
ジョセフィーヌはいまだに慣れないのか、窓から外を見て感嘆している。
ちょうどクロエがヒポヌスに乗ってこちらに向かって来たので、ミーリアとジョセフィーヌは手を振った。
クロエが気づいて笑顔で手を振り返してくれ、邸宅に着地し、すぐにヒポヌスを引き連れて大広間へやってきた。
「お昼は食べたの? あらやだミーリア、口の端にパスタのトマトソースがついているわ」
「ありゃ。ハンカチハンカチ」
「大丈夫よ」
クロエが素早くハンカチを出し、ミーリアの口を拭いた。
「ありがとう」
「どういたしまして。それで、定例会議、といきたいところだけど、問題が発生したわ」
ハンカチをポケットにしまいつつ、クロエが真剣な表情で口を開いた。
「問題?」
嫌な予感がして怪訝な顔つきになるミーリア。
クロエの腰あたりに顔をこすりつけていたヒポヌスが顔を上げ、クルクルと剣呑な様子で鳴く。
「最果ての街道にグリフィス公爵家の早馬が来ていたのよ。偵察中だったから手紙を受け取ってきたんだけれど……」
クロエがヒポヌスの首筋を撫でて、「早馬の手紙を出してちょうだい」と言うと、ヒポヌスが首にぶら下げていた魔法袋から手紙を取り出してくちばしにくわえた。
(おっ。もう魔法袋を使いこなしてる。グリフォン、頭いいねぇ)
ミーリアがヒポヌスを見ると、彼が誇らしげに胸を張った。
(全員に魔法袋を支給したから、いずれみんな使えるようになりそうだね)
グリフォンに魔法袋を持たせるというぶっ飛んだ発想には、ティターニアが大爆笑と拍手喝采を送った、という経緯がある。
魔法が使えて知恵もあるので、グリフォンが魔法袋が使えない、という道理はない。
ミーリアにとってはいたってシンプルな考えだった。
このせいでクロエの設立したドラゴミリア商会は輸送部門で一人勝ちをし、色々と問題を引き起こすのだが、それはミーリアの預かり知らないところである。
「手紙の主は最果ての街道の入り口から一番近い街、ハマヌーレを管理している領主、ハンセン男爵からよ」
「ハンセン男爵って……奥さんが三十人くらいいるスケベ男爵だよね?」
「否定したいところだけれど、そのとおりよ。しかも今は四十人に増えているみたいね」
「うわ〜……かかわりたくない」
クロエが数年前、強引に婚約させられそうになったことを思い出し、ミーリアは苦い顔を作る。
「実はね、移民の第一陣がもうハマヌーレに到着しているのよ。その移民たちがハマヌーレを通過してアトウッド領へ移動するなら、通行税を取ると言っているの。一人金貨一枚。二千人いるから……金貨二千枚ね」
金貨二千枚は日本円換算で二億円である。
「どういうこと? 今までそんな話なかったよね?」
「なかったわ」
クロエが首を横に振った。
「向こうの言い分としては、ミーリアが新領主になったのに挨拶に来ないことが気に入らないのと、十二歳でドラゴンスレイヤーだってことが腑に落ちないらしいのよ。要は文句を言って金を巻き上げようとしているみたいね」
「なんてこった……」
「一度、挨拶には行ったほうがいいだろうけど……変な要求をしてきそうね。例えば、ミーリアと向こうの長男を婚約させるとか……」
「また婚約の話。貴族は婚約が好きだね……」
「同盟を結ぶには手っ取り早いからね。でもいやでしょ?」
「やだ。スケベ男爵が義理の父親とか無理。YES焼き肉、NO結婚」
「私も反対よ。ひとまず、私が使者としてお伺いを立ててくるから、整地を進めておいてくれる? ヒポヌスと行けば明日の夜には帰ってこられるわ」
クロエの言葉にヒポヌスがクルル、と鳴いた。
ミーリアは静かに話を聞いていたジョセフィーヌと顔を見合わせ、クロエの案にうなずいた。クロエには防御魔法をかけてあるし、ヒポヌスもいるので安全面は保証されている。
クロエはよそ行きのドレスを準備してヒポヌスの魔法袋に収納し、すぐに出発した。
◯
それから二日後の朝。
「お姉ちゃんが帰って来ない! 私、ちょっとハマヌーレに行ってきます!」
クロエが帰ってこないので、ミーリアは早朝にハマヌーレへと転移した。
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