第30話 召喚石
前回までのあらすじ。
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ロリコンが教会送りになり、長女がニュー町長。脳筋、地雷女、事なかれママは村から出禁。男爵芋は焼き鳥で宴会なう。
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◯
ミーリアが村人の前で演説をし、ダボラ焼き鳥大会が開催されたその夜更け――。
旧アトウッド家の居間には朽ち果てた難破船のような、暗くて冷たい空気が流れていた。
母親エラは放心した状態で「爵位が……爵位が……」と壊れたおもちゃのようにつぶやき、キッチンの隅で膝を抱えている。
ロビンはそんな母親を見て髪を掻きむしり、舌打ちをして、蔵から引っ張り出してきた古いワインをラッパ飲みした。
「わたくしが平民? ミーリアが領主ですって?」
ロビンのつぶやきが、暗い居間に響き渡る。
村の広場でダボラの焼き鳥パーティーが開催されていたが、村人たちに門前払いされたことを思い出して、なぜわたくしを敬わないのか、どうしてこんなに美しいわたくしを邪険にするのかと、腹立たしくなってくる。
なにより、肉の焼ける香ばしい匂いと赤々と燃える炎を遠くから眺め、惨めな気分にさせられたことが許せなかった。
「この私が……平民……」
ロビンはぐいとワインをあおる。
王都で飲んだ最高級品とは程遠い安っぽい味に、苛立ちが限界を突破した。
「ああああぁああぁぁあぁっ! このわたくしがなんでこんな目に合わなきゃいけないの!」
まだ四分の一ほど中身が残っている瓶を壁に向って投げつけると、安いガラス瓶は見事に砕けて破裂音を響かせた。
ガラスの破片が飛び散り、ワインが壁に跡を残して流れ落ちる。
「どうして! どうして! どうして!」
ロビンは両手を子どものようにテーブルへ叩きつけた。
そして立ち上がり、悪酔いした頭で村人の若い男を捕まえてこようとするも、今は村人全員が広場に集まっていることを思い出した。
何度も舌打ちをして座り直し、古いワインを箱から取り出してコルクを開け、またラッパ飲みをする。
「なんで……どうして……」
呂律が回らなくなってきたロビンは、ワインを持ったままテーブルへと突っ伏し、レディらしからぬ姿勢のまま口をすぼめて瓶に口をつけ、そのままワインを飲んだ。
この後に及んで己を顧みないこの姿をミーリアが見たら、自己中を極めると恐ろしい、と言うに違いなかった。
◯
一方、爵位を剥奪された脳筋アーロンは、狩猟用具を収納している小屋にいた。
獣油を燃やして明かりにし、両目をギラつかせて両手剣を研いでいる。
砥石と刃の擦れる音が響き、アーロンは苛つきが抑えきれないのかずっと歯ぎしりをしていた。
「紋章官を殺せば……騎士爵は……」
呪文のようにそんな言葉を繰り返し唱えており、完全に頭に血が上っていた。
ロビンと同様、広場に向ったら村人たちに囲まれて取り押さえられ、ミーリア男爵に近づくなと放り投げられた。
今までずっと下に見てきた村人たちに受けた屈辱に腸が煮えくり返る。
しかも「村のことを何も考えてない能無し領主」「先代は偉大だった」などと散々に言われたので、怒りの熱は上がる一方だ。
初めて面と向かって村人から思いをぶつけられたアーロンは、それを受け止めて次へ行動を移そうという気概も、機知も、機転もなかった。
ただ自分より下の人間に拒絶されたことに怒りを覚えただけだった。
「殺す……全員、殺してやる……」
ついにはそんな恐ろしいことを言い始める始末である。
アーロンが刃を研いでいると、ふいに入り口から声が響いた。
「アーロン殿、こちらにおいでですかな?」
「……!」
アーロンは紋章官を殺すという言葉を聞かれたかと思い、剣を握って腰を落とす。
「いらっしゃるのでしょう?」
声の主は男のようだ。
初めて聞く声に、紋章官の誰かだとあたりをつける。
「……誰だ?」
低く返すと、ドアの向こうにいる男がドアノブをひねって扉をゆっくりと開けた。
「夜分に失礼いたします。おお、武器の手入れをされていたのですな。これは忙しいところ申し訳ありませんな」
男はやけに慇懃な様子で一礼し、アーロンが手に剣を持っていることにも特に驚いたりせず、余裕のある口ぶりで口角を上げた。
「何の用だ……?」
アーロンは剣を右手に持ったまま、男に体を向ける。
失礼な態度にも男は気を悪くしたりはしなかった。
「紋章官護衛の魔法使い、ロドリゲス・ジュークロイスでございます」
「ああ……魔法使いか」
紋章官御一行の中にいた魔法使いの男は、年齢は四十代で、青い瞳とやや禿げ上がった頭をしている。口元は笑っているが、目はまったく笑っておらず、油断ならない雰囲気であった。顔には縦に走るしわが目立つ。
アーロンは目つきの悪い干芋みたいなやつだと、鼻を鳴らした。
「で、魔法使い様が何の用だ? 平民になった俺を笑いにきたのかよ」
魔法使いは王国で重宝されるため、給金が良く、土地持ちが多い。
アーロンは魔法使いと聞くと、狩猟の手伝いをせずに男爵にまでなったぼんやり七女の顔を思い出し、ぶん殴りたくなってくる。
「とんでもございません。私は優秀なアーロン殿とお話がしたかったのですよ」
「……俺と?」
優秀という言葉に気を良くし、アーロンが眉を緩めた。
「アーロン殿は罠にはまったのですよ。ミーリア男爵とクロエ準男爵は狡猾でしたたかな少女です。クシャナ女王のお眼鏡にかなっているのですからな」
「罠だと? あいつ、俺を罠にはめたのか?」
「元からアトウッド領を我が物にする計画だったのでしょう」
「なんだと……!」
アーロンは単純なので、すぐに人の言葉を鵜呑みにする。
顔を赤くしたアーロンを見て、魔法使いロドリゲスは、にいと歯茎を見せて笑った。
「次女のロビン嬢の性格を利用され、爵位剥奪されるようにミーリア男爵が仕向けたのですよ。参謀はクロエ準男爵でしょうね。彼女は女学院始まって以来の才女だそうです。それくらいの計画を立てるのは造作もないことでしょう」
「クロエッ……あの娘……!」
「私個人の意見としては、王国の最西端に位置するアトウッド領は重要な場所でございます。アーロン殿のような優秀な人材にまかせてこそ、安心できるというものです」
なめらかな口調でロドリゲスが言葉を紡ぐ。
どこか聞き入ってしまう口ぶりに、アーロンはすっかり信用して剣を台に置き、喜色を示した。
「そうだ! 俺が領主でないとこの村はダメなんだ! あんな小娘にくれてやる気はない!」
「そう言っていただけると信じておりました」
ロドリゲスはわざとらしく神妙にうなずくと、魔法袋から丸い石を取り出した。
拳よりも小さいその石はつるりとしており、半透明で、真ん中あたりで魔力が渦巻いているのが見て取れた。
「……こちらをアーロン殿に授けます」
「……これは?」
アーロンは見たこともない魔道具に生唾を飲み込んだ。
さすがのアーロンでも、なんとなくこの石の凄みを感じたらしい。
「古代魔法技術が使われた召喚石でございます」
「古代……魔法?」
「大変貴重なもので、世界に数個しかございません」
ロドリゲスは美術品を自慢するように、手の中で召喚石を回して見せた。
「実はですね……アーロン殿がアトウッド領を平和に治めていると、とある方が評価をしておりまして」
「誰だ?」
「バンバーンズ公爵閣下でございます」
「公爵が俺を?」
「千里眼のように遠くまで見通す慧眼を持った、素晴らしきお方でございます。閣下はミーリア男爵の急激な出世をあまり良く思っておられません」
「ほう……」
「そこで、アーロン殿にミーリア男爵が失脚する術を授けようと、閣下はおっしゃっておいでです」
魔法使いロドリゲスはおもむろにアーロンの手を取ると、ごつごつとした手のひらに召喚石を乗せ、握らせた。
召喚石の手触りと、ロドリゲスの手が冷たかったことに、アーロンは得も知れない緊張を感じた。
「ミーリア男爵は領地に人を集めております」
「……人を」
「もし、集めた民が死んだら、責任を取らねばなりません」
「どういうことだ……」
「この石を宙へ投げ、起動せよ、と言えば、巨大な隕石が落ちます」
「……ッ」
アーロンはごくりとつばを飲み込み、召喚石とロドリゲスを交互に見る。
ロドリゲスは何も感じていないような、そんな顔つきで手を離した。
「……これはアーロン殿を見込んでお願いすることです」
「俺を見込んで……」
「成功したあかつきには、閣下はアーロン殿に爵位と領地を渡すとおっしゃっておられます」
「ほ、本当か?! 爵位は騎士爵位か?!」
「準男爵位でございます」
「準男爵! 準男爵か!」
アーロンは興奮で大きな声が出る。
ロドリゲスは一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに表情を柔和なものへと戻した。
「やってくださいますね?」
「……やってやる」
アーロンは獰猛に笑い、ミーリアとクロエが慌てふためく姿と、自分が準男爵になった姿を想像して、歓喜に打ち震えた。
絶望していたところにやってきた神のような存在に、アーロンは柄にもなく感謝を告げた。
「ロドリゲス殿、感謝する」
「すべては閣下のご意向ですよ」
ロドリゲスはにこやかに笑い、「移民が二千人を超えたら使ってください」とだけ言って、小屋から出ていった。
アーロンの手には、魔力が渦巻き怪しげな光を放つ召喚石が残された。
――――――――――――――
敬愛なる読者皆様へ
まずは久々の更新となったことをお詫び申し上げますm(_ _)m
最近忙しすぎて尻に火がついて芋が焼けるくらい熱々でした……。
ようやく落ち着いてきたので、不定期ではありますが更新を再開したいと思います。
待たせたな……ッ(CV大塚明夫)
そして告知となるのですが、
転生七女のコミカライズが本日発売です!!
発売日に更新が間に合って本当によかった……。
諸事情により漫画は3巻で終わりとなりますが、
WEB小説は引き続き更新していくのでご安心くださいませ。
コミカライズ3巻のチェケラはこちらからできます〜
↓
https://www.kadokawa.co.jp/product/322207000889/
それでは引き続きミーリアの冒険にお付き合いいただければ幸いです。
いつもご愛読、誠にありがとうございます。
何卒よろしくお願い申し上げます。
作者より
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