第29話 ミーリア男爵の演説


 紋章官のパリテスに勧められ、木箱に乗って演説を始めたミーリアは、開始五分で調子に乗った。


 アトウッド家の村人たちはミーリアとクロエが自分たちの現状を救ってくれるとずっと信じており、実際に、女学院の制服を着て龍撃章を二つ付けている小さな魔法使いを見て、狂喜乱舞した。


 ついに救世主来たり!


 アトウッド家の前に集結した村人たちはそんな様相を呈している。

 老人なんかは膝をついてセリス神に祈りを捧げていた。いささか気が早い。


 アトウッド領は小麦の取れない土地だ。


 年にたった二回だけ来る商隊に小麦、塩などの必需品を依存しており、足りない食料は危険な狩りに出たり、野草を取ったり、土を掘り返して根菜を食べたりしてどうにかやりくりしている状態だ。


 何より、魔の森と呼ばれる危険な森に囲まれた閉塞感が村人たちの心を苦しめていた。


 娯楽もなく、食料も備蓄はゼロ。

 生きていくだけの人生に少なからず絶望している者も多かった。


「それでですね、新生アトウッド領地ではお肉をいつでも食べれるようにします! それもただの肉じゃないです! やわらかくて脂が乗った――焼き肉ですッ!」


 うおおおおおおっ、と老若男女問わず、拍手喝采がミーリアに送られる。


「さらにです! 我が新生アトウッド領地では新しい食文化を作っていきます! 和食です! 米です! おにぎりです! 口に入れただけで笑顔になるような食べ物でこの地をいっぱいにしますッ! 和食革命です!」


 小さな拳を握り、力説するミーリア。


「ミーリアさま万歳ッ!」「焼き肉ぅぅ!」「オニギリッ!!!」


 よくわからないミーリアの言葉に扇動され、村人が笑いながら手を突き上げ、「ワショク〜!」と叫ぶ。


 気をよくしたミーリアは魔法袋から大量に作っていたダボラの焼き鳥を宙に浮かせ、全員に行き渡らせた。


 村人たちは泣きながら焼き鳥を食べる。


 うまい、うまい、とそこかしこから声が漏れた。


(人間、お腹がすくと心もひもじくなるからね)


 前世で父親にご飯を二日抜かれたことを思い出し、ミーリアは焼き鳥にかぶりつく村人たちを見て、しみじみとうなずく。


 紋章官のパリテスも「混迷した民に希望を与える演説だ」と満足げに拍手している。


 こうして新しい領主が誕生する場合、橋渡しをするのも紋章官の役割であった。

 クシャナ女王にミーリアがお気に入り登録されているという事情もある。


 そんな様子を隣で見ていたクロエは頭を抱えていたが、これはチャンスだと頭脳を回転させ、計画を前倒しすることに決め、木箱に乗ったミーリアを手招きした。


 ミーリアが耳を寄せる。


「お姉ちゃんなに?」

「新しい町の名前と、町長を発表してしまいましょう。この様子なら受け入れてもらえるわ」

「あ、たしかに。オーケー」


 ミーリアがうなずき、背筋を伸ばした。


「皆さん聞いてください! 新生アトウッド領は、これから生まれ変わります。まずは、今ある村をすべて統括して、ラベンダー町と名付けます。そしてその町長は――」


 そこで言葉を区切り、ミーリアは斜め後ろにいた長女ボニーへ両手を向けた。


「長女ボニー姉さまになります! 皆の者、拍手じゃ拍手じゃ〜!」


 わー、とミーリアがお気楽に拍手をすると、村人たちが食べ終わった焼き鳥の串を高々と掲げて、「ボニーさま!」「長女ボニーさま!」「これは安心できる!」と笑顔で喝采した。


 ウエーブした長い黒髪のボニーは皆からの拍手を受け、頬を赤らめる。


(前もって計画していたからね)


 ミーリアはそんなことを思いつつ、木箱から下りてボニーにそこへ立つように促す。

 ボニーはすでに覚悟を決めていたのか、理知的な目をまっすぐと向けて木箱の上に立った。


 背の高いボニーが乗ると、結構様になる。


(美人の選挙演説って感じ? ちょっと違うかな?)


 今までの人生が苦労の連続だったからか、ボニーは憂いを帯びた目をしている。

 そんな彼女がゆっくりと口を開いた。


「新しいアトウッド領のラベンダー町、町長を任命された、ボニー・ド・ラ・アトウッドです。みんなにはずっと苦労をかけてきたけど、これからこの領地はきっとよくなります」


 ボニーは一人一人に話しかけるように村人の目を見ていく。


「脳筋であった元領主アーロンは平民になり、ロビンもミーリア男爵が魔法で監視してくださいますから、口出ししてこないでしょう。もう、大丈夫です。あとはすべてミーリア男爵の采配にまかせ、各々、励んでください」


 ボニーの力強い言葉に村人から熱い声援が飛ぶ。


「また、噂がもう回っていると思うけど……私の元夫、アレックスには悪魔が取り憑いているようで、教会で浄化されております。小さい子は許可が下りるまで決して教会へ近づかないように」


「なんてこった……」「悪魔……」「アレックスさまはロリコンらしい」「ボニーさま、おいたわしや」「あいつの目が嫌いだったのよ……」


 村人からはアレックスを嫌悪する声と、ボニーを同情する声が漏れる。


 アレックスはアーロンを盾にして村人をこき使ったり、小さな子にちょっとした意地悪をしていたらしい。村人からの評判は最悪である。


 その後、ボニーから簡単な説明があり、現在大きく三つに分かれている村の長たちを集めて話し合いを始めた。


 その代わりに、クロエが木箱に立った。


「今後、新しい事業を立ち上げる予定です。それにともなって雇用が生まれることでしょう。最果ての街道と言われている危険な街道も、ミーリア男爵が魔法で快適な街道へと変えてくださいます。皆は日々の生活をミーリア男爵に感謝し、この混迷した貴族社会にミーリアという可愛らしくて心優しい七女が生まれたことセリス神への祈りとして捧げなさい。なんならミーリアへ祈りなさい」


 クロエが黒髪を揺らして熱弁をする。


(いや、変にハードルを上げないでほしいんだけど……。あと、セリス神への祈りはセリス神へお願いします……)


 ミーリアは苦笑いが止まらない。


「領地の財政が整ったあかつきには、ミーリア男爵の銅像を町の中心に建設する予定です」

「銅像はいらないよ、お姉ちゃん」


 さすがにツッコミを入れるミーリア。

 だが、クロエは止まらない。


「今日は旧アトウッド家から脱却をする良き日になります。ミーリア男爵の手によって、この地はアドラスヘルム王国一の繁栄の光を放ち、その輝きは全土へ広がっていくことでしょう! ミーリア男爵の可愛さと優しさに、皆、拍手ッ!」


 クロエが号令すると、村人たちが一斉に手を叩いた。


「拍手が小さいっ! もっと!」


 わあああぁあぁああ!

 と、すっかり陶酔した村人たちがクロエとミーリアへこれでもかと拍手を送る。


 満足げにうなずきながら、クロエが小さな声で「これでミーリアの労働力をゲットだわ」とつぶやいている。


(ちょっと腹黒なハラクロエが出てるよ、お姉ちゃん……!)


 クロエはミーリアの銅像を立てる約束を取り付けつつ、ミーリアへの信仰心のようなものまで村人に付与しようとしていた。


 領地開拓で起こると予想される村人たちと移住者の軋轢に対して、こうしてミーリアへ意識を集中させることによって、あらかじめ予防線を張っておくという目論見もある。


 自分の願望を入れつつ、実利も取っているのがクロエらしいところだ。


(銅像とか勘弁してほしいんだけどね……)


 ミーリアは前世の公園などで見かける、裸の銅像を思い出して冷や汗が流れた。

 さすがに裸じゃないよね、と姉に聞きたい。


(あとで聞こう。あと、無駄に天使の羽とかをつけるのもやめてほしい)


 銅像建設から逃れられないなら、せめてまともな物にしてほしかった。


「では全員、広場に移動してちょうだい! 宴の準備をしましょう!」


 クロエの号令に村人たちが首をかしげる。

 宴と言われても、余計な食料など村には小麦一粒もないのだ。


 クロエからの目配せを受け、ミーリアは魔法袋から怪鳥ダボラを丸々一匹取り出し、宙に浮かせた。


 大きな個体を選んだので、全長五メートルほどある。

 一般人では討伐不可能なダボラの死体が急に宙へ現れて、村人たちはぽかんと口を開けた。


「みんなで食べましょう」


 ミーリアの言葉にまだ反応できず、村人は苦悶の表情で事切れているダボラを見上げている。


「あれ? 一匹じゃ足りない?」


 そんなことを言い、ミーリアはもう一匹取り出して、また宙に浮かせた。


「片方は丸焼きにして、もう片方は串焼きにしましょう」


 ミーリアの一言に、ついに村人たちは感情を爆発させた。


      ◯


 この後、広場でダボラ焼き大会が開催されて、村人たちは心から笑い、喜び、ミーリアたちを熱烈に歓迎した。


 宴は夜まで続き、ミーリア、クロエ、ボニーは大いに楽しんだ。


 紋章官たちとも会話をし、彼らの苦労話を聞いて、ミーリアはまた一つ人生の勉強になった。


 途中で意識を取り戻したアーロンとロビンがやってきて、ああでもないこうでもないと喚き散らしたが、村人たちに広場からつまみ出されるという珍事も起きた。


 ひとまず、これでボニー奪還と、アーロン爵位剥奪の件は終了と相成った。

 ここから怒涛の領地開拓が始まるのだが――


「なーんか忘れている気が……。ああっ! 予言だ!」


 隕石の予言を忘れていたミーリア。


 あの様子だと、アーロンが何かをしでかすことはできないように思えた。


 魔法の結界で村から出られなくなっているし、村人たちからの監視の目もかなり厳しくなりそうだ。皆、相当にアーロンへの不満が溜まっていたらしい。


「まあ、百パー当たる予言らしいからねぇ……。気を抜かずにやっていこう」


 ダボラのそぼろサンドウィッチをもりもりと食べ、はしゃいでいる村人たちを横目に、ミーリアはそんなことを思うのであった。


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