第28話 マミィが一番怖いかもしれない


 元当主アーロン、妻エラはラベンダー畑の従業員。

 ロビンはその手伝い。


 そんなミーリアの言葉に、アーロン、エラ、ロビンの三人は固まった。


(この人たちが素直に聞くとは思えないけどね……)


 ミーリアは内心で思いながら、さらに追加の通達をしようと口を開く。

 しかし、母親エラによって遮られた。


「ミーリア。私たちがラベンダー畑の従業員ってどういうことなの? 爵位はくれるんでしょうね? あなた魔法使いなんでしょ? 私、平民なんていやよ。どうにかしなさいよ」


 キッチンの隅でへたりこんでいたエラが、ゆっくりと起き上がった。

 長いラベンダー色の髪は乱れ、顔は涙でひどい有様になっている。


(ひいいぃぃぃっっ! ゾンビィ?!)


 ミーリアは幽鬼のようなエラの顔つきに戦慄した。


「ぼんやり七女だと騙して、一人だけ魔法使いとして大成するなんて……そんなの許せないわ……。私があなたの世話をどれだけしたと思っているの……」


 エラが両手を垂らし、這うように近づいてくる。


「私たちが! どれだけ食料をあなたに与えたと思っているの! あんたの食べたパンがどれだけ貴重だったかわかるでしょう?! 答えなさいミーリアッ!!!!」


(いやいやいや、硬いパンをちょっと私に出してただけじゃん! ミーリアのパンは少なくするってこの耳で聞いたけど?! あと胡椒岩塩をこっそり商隊に売ってたのも知ってますよ奥さん!)


「この親不孝者!」


 言いながら興奮したのか、エラがミーリアに飛びかかろうと両手を上げる。

 だが、紋章官の青年が素早くエラの背後に回り込んで羽交い締めにした。


「離して! 離してください! 私はミーリアと話をしているんです! バカな夫と次女のせいで騎士爵が剥奪されたんです! 私は! 私だけは、貴族でいたいぃぃぃっ!」


 じたばたとエラがもがく。

 陸に打ち上げられた水魚のごとく、青年の腕の中で跳ね回った。


「返してぇ! 騎士爵を返してぇぇぇえぇぇぇぇぇ!」


(マミィが一番怖いかもしれない……。どんだけ爵位に執着してるんだろう……)


 ミーリアはエラの暴れっぷりに顔をひきつらせた。

 隣にいるクロエとボニーが見ていられないと目をそらす。


「黙れ! 次女も次女なら、母も母だ! それ以上暴れるならば鉱山行きにするぞ!」


 たまりかねた紋章官パリテスが大喝する。

 エラはその言葉にぴたりと動きを止め、うなりながらミーリアを睨みつけた。


「どうにかしなさい……どうにかしなさい……」

「いや、どうにもできないでしょ。普通に考えて」


 もうこうなっては、はっきり言うほかない。


「紋章官は女王陛下の代理人だよ? だから、そこの脳筋は爵位剥奪を正式に国から言い渡されたってことになるの。どうにかするもなにも、できないでしょ」

「だから! あなたが魔法でなんとかなさい!」

「爵位剥奪をナシにする魔法なんてないよ」

「私たちを騙しておいてその言い草はなんなの?! そうか、ロビンを陥れたのはあなたね! でなければ爵位剥奪なんて起こりっこないわ!」


 とんでもない理論にミーリアは「えええっ……」と顔が引きつった。


 エラを羽交い締めにしていた青年が、また暴れだしたエラの拘束を強め、ぐいと持ち上げる。


「離して! 離してぇぇ!」


 足をばたばたと動かして、叫ぶエラ。


 自分たちの言いたかったことを言われてしまったアーロンとロビンは、普段からは想像できないエラの姿を見て口を開けている。


(これはアカンやつだね……もう紋章官に話を振っちゃおう)


「紋章官さま、爵位剥奪はこれで終わりですか?」


 ミーリアが言うと、パリテスが厳しい表情のまま、角ばった顔を縦に振った。


「ミーリア男爵の話が終わりならば、これ以上伝えることはない。村人に事の成り行きを周知して終了となる」

「わかりました。もう埒が明かないのでそのようにしてください」


 ミーリアがぺこりと頭を下げると、エラがまた騒ぎ出した。


 もう一人の紋章官がエラを縄で縛り上げて、荷を運び出すように二人で担いで庭に放り出してしまった。


(完全に物扱いされている件……)


 紋章官たちも、これ以上かかわりたくないと、顔にありありと浮かんでいる。


(まあ、私でもそう思うよ。ホントすみません)


 そんなことを思っていると、パリテスが何か言おうとしているアーロンとロビンを見て、厳かな調子で言った。


「アーロンよ。平民の身に落ちたが、命を失ったわけではない。これからも王国のために励むがよい。女王陛下は才ある者を求めている」


 パリテスの目には期待の一つも浮かんでいない。

 どうやら常套句のようだ。


「ぐっ……俺は……アーロン・ド・ラ・アトウッド騎士爵だ……」


 アーロンが負け惜しみを言う。


(ほんと往生際の悪い人たちだね……。潔く認められないものなのかな?)


「貴様は平民アーロンだ。剥奪されてなお騎士爵を名乗るならば、女王陛下への反逆とみなす」

「……ぐうっ……ぐ……」


 アーロンは床に座ったまま、ギリギリと拳を握りしめる。


 日に焼けた顔が真っ赤になり、腕に血管が浮き上がる。縄で縛られていなければ、紋章官を殴りつけていただろうとミーリアは思った。


(紋章官が縛ってくれてよかったよ)


「地雷女ロビン」


 パリテスが呼ぶと、ロビンがキッと睨みつけた。


「何よ。早く縄をほどきなさい」

「貴様は自らの行いをまったく反省していないようだ。言う必要もないと思っていたが、王都貴族の子息で貴様を恨んでいる者は数多くいる。犯罪者として捕縛せよと嘆願されていることを知っておけ」

「な……なんですって……わたくしが犯罪者……?」


 隣にいるロビンも、ようやく事の重大さと自分の犯した過ちが理解できたのか、顔を青くした。


「貴様がこの地で平民として暮らせるのは、女王陛下のご温情と、ミーリア男爵の意向があってのことだ。肝に銘じよ」


(ジェットロケットで実家に送り返すって言い出したのは私だしね……)


 ミーリアは打ち上げられたロビンを思い出す。


「わたくしは……王都でいい男と結婚するはずなのに……それなのに……なんで……」


 ロビンはいまだに執着しているのか、顔を歪めてつぶやく。

 パリテスがそんなロビンを無視して目配せをすると、紋章官の青年がロビンとアーロンの縄をナイフで切った。


「では、失礼する」


 パリテスが足を揃えると、他の四人もびしりと足を揃えて「アドラスヘルム王国に栄光あれ!」と高らかに自国を称え、回れ右をして、颯爽と退室した。


 鮮やかな動作にミーリア、クロエ、ボニーは取り残された。


「ミーリア、よくもそのまぬけヅラを出せたわねぇ……」


 ロビンがこれでもかと眉間にしわを寄せる。


「爵位がなくなったのはおまえのせいだ……狩りの手伝いをしろ……」


 続いてアーロンが山賊のような顔を歪め、ぎろりと睨んだ。


(私のせいじゃないんですけど?! あなたたちのせいなんですけど?!)


「ミーリアァァァ……ミーリアァァ……」

「ぼんやり七女がぁ……」


 地獄の底から這い出てきたかのように、ロビンとアーロンが立ち上がる。


(紋章官さんッ! こいつらも教会に連れてって紋章官さんッ!)


 ミーリアの脳内の叫びなど聞こえず、ロビンとアーロンがミーリアに飛びかかった。


(ひいいっ)


「ミーリア!」


 だが、クロエがとっさにミーリアをかばう。

 ロビンとアーロンの拳がクロエに当たる寸前で、虹色の魔法陣が現れた。


 ――ニャアン


 クロエに付与されていた物理攻撃カウンターである“対物特化防護魔法”が起動し、眠そうな顔をした白猫が出現して、ロビンとアーロンを猫パンチで弾き飛ばした。


「――あっ」

「――ひっ」


 二人が吹っ飛ばされる。


 壁にべしゃりと叩きつけられ、ずるずると壁にしなだれかかるように倒れて沈黙した。


「……あ、カウンター魔法……」

「大丈夫、ミーリア? 怪我はない?」


 クロエがぺたぺたと頬を触って、揉んでくる。


 ボニーが意識を飛ばした二人に近寄って脈を取り、黒髪をかき上げ、「生きてるわね」と淡々と検分した。


(まだこの人たちに言うことがあったのに……。もう、いいか……)


 遠い目になるミーリア。


 このダメ家族の処遇は後々処理することにして、思考を放棄した。

 むにむにとクロエに頬を揉まれていると、魔法電話の音声が脳内に響いた。


『傑作だったわねミーリア! 最後に魔法で吹っ飛ばされるオチもついたし最高の喜劇だったわ〜! よかったよかった!』


 ティターニアが嬉しそうに感想を言い、「人間って面白いわね。特に地雷女の顔と言ったら……ひっひっひっひ……ひぃ〜っ」と美しい声色で引の笑いを繰り出している。よほどツボにハマったらしい。笑い方がちょっとお下品である。


 何度も思っているが、美人が台無しなエルフ師匠であった。


(師匠、ホントにブレないね……)


 ミーリアは締まらない終わりに、苦笑いが漏れた。



      ◯



「困ったものだね、この二人は」


 ミーリアが浮遊魔法でロビンとアーロンをテーブルの上に並べて寝かせ、ため息をついた。


 ふわふわと降ろされる次女と父親を見ながら、クロエが肩を軽くするめてみせる。


「計画通り、この人たちは隔離したほうがいいでしょうね。今すぐ村から出られないようにできる?」

「あ、うん。できるよ」

「では予定通りいきましょう」

「はぁい! 予知も気になるし、予防したほうがいいよね」


 ミーリアはGPS魔法をロビンとアーロンにくっつけた。


(あとは村の四方に魔法の境界線を張って、そこを出ようとすると自動的に弾かれるようにするって感じだね。マミィにもいちおうつけといたほうがいいかな?)


 目に見えない結界のようなものを村に張って、そこから出られないようにする、という単純な発想だ。


 ミーリアは千里眼を庭に飛ばし、母親エラにもGPS魔法をくっつけておいた。


「魔法ってすごいのね。何でもできちゃうなんて」


 長女ボニーが興味深そうに気絶しているロビンとアーロンを指でつついている。


 クロエが正統派美少女とするなら、ボニーは陰があり、妙に色気のある美女という雰囲気だ。


 そんなボニーが、コミカルな動きでロビンとアーロンをつついているの光景はちょっと可笑しかった。


「これで、父さまとロビンは村から出られなくなるのね?」

「そうだよ。境界線を張って、そこを通ろうとすると弾き飛ばされるって感じ」

「魔法使いに私もなりたかったわ……」


 ボニーが心からそう思っているのか、息を吐く。

 クロエがにこりと笑った。


「姉さま、ミーリアは魔法使いの中でも特別なのです。魔法科にいる学院生でミーリアと同じことをできる人はいないそうです」

「そうなのね! なんだかそれは鼻が高いわ!」

「ええ、ええ、そうなのです。ミーリアは可愛くて優しくてほっぺたもふかふかでそれでいて天才魔法使いという反則的な妹なのです。人類の至宝ですから私たちでしっかりと見守っていかなければいけません」


 クロエの早口に、ボニーが笑った。


「クロエはミーリアのことが本当に好きね」

「それはもちろんですわ」


 二人の姉が微笑ましく笑っている姿を見て、ミーリアはよかったなと思う。


 今回、ボニーを救い出していなければ、彼女はずっと不幸なままだった。


(ひとまず、ボニー姉さまは救出完了だね)


 ミーリアは腕を組んで「一件落着!」と口をへの字にして言った。

 祖母の家で見た時代劇のご老公が言っていたセリフである。


      ◯


 そのあと、ミーリアは旧アトウッド家から出た。

 すると、村人たちが家の周辺に集まっていて、ミーリアを見ると一斉に喝采を上げた。


「救世主だ! 村の救世主だ!」「ミーリアさま! クロエさまぁぁ!」「やっとこの村も豊かになる……」


 笑う者、泣いている者、誰もかれもミーリアを見て拍手している。


 いつの間にか置かれたのか、木箱の上に紋章官パリテスが乗り、


「これからこの地は稀代の魔法使いであり、ドラゴンスレイヤーであるミーリア・ド・ラ・アトウッド男爵が治めることと相成った! 歴史に残る発展を遂げることは至極当然な未来である! 皆の者! 歴史の立会人となれ! 歓喜しろ! ミーリア男爵に心から感謝し、日々励むがよい!」


 と、思い切り宣伝をしていた。


(ちょっ……待ってください……!)


 パリテスの言葉に村人たちは「ミーリアさまぁ!」「稀代の魔法使い!」「優勝

ッ! 優勝ッ!」「やっと食い物に困らなくなる……!」と涙ながらにバンザイ三唱を繰り返している。


 その狂喜に、ミーリアは顔を引きつらせた。


(紋章官さんっ! なぜ焚きつけるようなことを……!)


「おお、ミーリア男爵! さあ、こちらに来て村人へ言葉を!」

「あ、いや、大丈夫です」

「何を言うか。これは領主としての義務であるぞ!」


 パリテスが何度も手招きをするので、ミーリアは仕方なく木箱に乗った。


 心の中で盛大なため息をつきながら、どうもどうも、と頭を下げ、「なんかすみません。男爵芋のミーリアです、すみません」と言うのであった。






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