第26話 魔法陣を可視化
放課後、ミーリアはアリアと大図書室に集まった。
(デモンズマップの謎を解いて、石化の解呪方法が見つかるかな……?)
考えながら、角の目立たない席を選び、アリアの隣に座る。
(石化解呪の方法、見つからなかったら……師匠に聞く……ということは、学校を抜け出すしかないよね。魔法電話は私の魔力操作だとアトウッド領まで届かない。夕食後に抜け出して、転移を繰り返して師匠の家に夜到着……うん、絶対寝てるね。無断外泊の罰則も覚悟しておこう。アリアさんのためだ……)
「ミーリアさん、どうかされましたか?」
美しい銀髪を揺らして、アリアが首をかしげた。
「あ、いえ、なんでもありません。少し考えごとしてました」
(よし。何にせよ、まずはデモンズマップだね)
「では、デモンズマップについて話したいと思います」
「はい」
「とは言っても、あまり話せることはないんです」
一言忠告を入れ、ミーリアは羊皮紙をテーブルに広げてルールを確認した。
『※砦に来訪して二年以内の者にのみクロスワードを解く権利を与える。
※一度この羊皮紙を手にすると、他者からは白紙に見える仕掛けを施した。覗かれることはない。安心したまえ。
※設問内容を他者に話すと問題が自動変形する。三回目で君は地図の所有権を失う。
※地図がクロスワードパズル形式だと誰かに話した場合、デモンズ砦には二度と入れない。最悪、君は命を落とすことになるかもしれない。沈黙は金なり、だ。』
アリアの目には白紙に見えている。
「何か特別なルールが存在しているのでしょうか? 魔法の仕掛けも施されているのですね」
「そうなんです。内容を話すと今まで解いたものが消えてしまいます」
「……継続的に解くものが書かれている、ということですね」
公爵家の教育を受けているだけあって、アリアの頭脳は明晰だ。
「大仕掛けの長い謎掛けでしょうか? 継続して解くもの……お父さまがやっていたジグソーパズルを連想しますわね……」
ミーリアは正解に近づくアリアを見て、目を大きくした。
しかし「近いです、もう一声!」とヒントを与えていいものなのか判断がつかない。ルールへの抵触が恐くて、ミーリアは軽くうなずくにとどめた。
「わかりましたわ。私からは白紙に見え、内容を伝えると今までの苦労が水の泡になってしまう……やはり今まで同様、ミーリアさんの導くままにお手伝いをするのがよさそうですね」
「……そうですね。ひとまず、それがよさそうです」
二人は視線を合わせ、互いにうなずいた。
「一つ疑問に思っていることがありますの」
アリアが羊皮紙を指差した。
「デモンズマップが魔法科一位にのみ配られる理由は考えたことがあって?」
「いえ……考えてもみなかったです」
「デモンズが百年前に残したこのマップは、学院長室にまだ数百枚あるそうです。ただ、管理の注意書きに“城に来た優秀な魔法使い新兵に渡せ”、と書かれているそうです」
「新兵、ですか?」
ミーリアが首をひねり、アリアがうなずいた。
「ええ。よく考えてください。このデモンズ砦は百年前に防衛上設計されたものです」
「ということは、もとは兵士用ってこと? デモンズマップも?」
「ですわね。魔法使いの兵士に配られるなら、問題を解くだけでなく、魔法的なアプローチが必要になると思います。あくまで予想ですが」
「なるほど……」
(確かに……クロスワードは七割埋まったけど、いまだに答えがわかんないんだよね。全部解答すれば何か発見できると思ったけど、仕掛けがあるのかも……)
クロスワードの答えになる単語部分を目で追い、ミーリアは繋ぎ合わせた。
(シノウ◯ヲスダノコチ◯ミ◯ゲサレチ◯ラレ……うーん……死のう◯を酢だち残ちたミー、揚げされち◯られ? 酢だち残しちゃったから死のうと思って、揚げられちゃった? 正解はお魚さん?)
多分、違う。
(前に鑑定魔法を使ったとき、複雑な魔法陣が組み込まれていたような……さすがに図書館で魔法を使うわけにもいかないかな。それなら――)
ミーリアは考えがまとまって、アリアに向き直った。
「アリアさんのベッドって窓際ですか?」
「なんです突然? 窓際ですけれど……」
「じゃあ消灯時間のあと、アリアさんの部屋にこっそり行きますね」
とんでもない提案をするミーリアに、アリアの動きが止まった。
◯
消灯時間の鐘が、リーン、リーン、と控えめな音で響いた。
これ以降は寮塔から出ると罰則一回となる。
アトウッド家にいたおかげなのか、ミーリアはこっそり移動するとか、人目を避けて行動するなど、何の緊張も覚えなかった。大胆不敵と言っていいのだろうか。麻痺しているだけとも言える。
(カーテンはきっちり閉まってるね……確認オーケー。熱感知魔法、発動……よし、みんな寝てる……。私の部屋は個人行動だから平気でしょう。みんな挨拶すら返してくれないし)
ミーリアの部屋、2Fの新入生は全員が不干渉であった。
(さてと、アリアさんのいるローズマリア寮塔に行きますかね!)
気持ちを室内から外へ向け、ミーリアはまず自身に認識阻害の魔法をかけた。
苦手な魔法なので、あまり効果は期待できない。
(やらないよりはいいかな。じゃあ……重力魔法を操作して……飛行魔法発動!)
パジャマのワンピース姿でベッドの上に浮かぶ。
(魔力変換……久々の転移魔法――発動!)
ローズマリア寮塔の外壁を想像し、一気に魔法を起動させた。
瞬時に目の前が、夜の女学院に切り替わる。
眼下には月に照らされた花壇が見えた。
(上から見ても綺麗だな……おっと、集中集中)
周囲に人影がないことを確認し、飛行魔法でローズマリア寮塔の三階付近を飛んだ。
(目印の髪留め二つ……あ、この窓だね)
アリアの部屋であろう窓に、彼女の髪留めが二つ、丁寧に置いてあった。
窓を軽く二度叩くと、不安げな顔をしたアリアが顔をのぞかせ、慎重に窓を開けてミーリアを招き入れた。
髪を下ろし、高級そうな寝巻きを着たアリアが可愛い。
「……」
アリアは大きな瞳を何度も瞬かせ、音を出すなと訴える。
窓を閉め、手招きしてベッドカーテンの内側へミーリアを導いた。
(侵入成功。そっと着地して……オーケー。認識阻害魔法オフ――魔力変換――防音魔法発動)
ミーリアが素早い動きでカーテンの内側に入り、深く息を吐いた。
「ふぅー、なんとか見つからずに来れたよ」
「ミーリアさん、本当に大丈夫ですの? 防音魔法は高度な魔法ですのよ?」
アリアはわずかに感じた魔力の流れへ目を向け、心配そうに言う。
「大丈夫。何度も試してるから、普通にしゃべっても平気だよ。クロエお姉ちゃんのお墨付き」
「あなたのお姉さまが仰ってるなら信用できますわ」
「ですよね。私だけでもアリアさんが信用できるよう精進します」
「いえ、ミーリアさんを誰よりも信用しております。ただ、まだあなたが転移魔法、飛行魔法などが使える事実を飲み込めていないだけで……」
「ごめんなさい。そういうつもりで言ったんじゃないんですよ」
真面目に説明するアリアを見て、ミーリアは顔の前で手を振った。
そのまま二人は黙り込んだ。
夜、秘密で会っているのが、何となく気恥ずかしかった。
「アクアソフィア寮塔と、ちょっと違うんですね」
ミーリアがカーテン内にあるベッド、アリアの机、ドレッサーを見て感想を漏らした。
家具には薔薇の模様が描かれ、凝った内装になっている。
「アクアソフィアはもっとシンプルな感じなんですよ」
「そうなんですの……」
「はい」
「……」
「……」
二人はクラスも違う。
お互いを友達と言っていいのかもわからない。
同じ目的に向かって進む仲間と呼べばいいのだろうか?
友人のいなかったミーリアとアリアは、互いの関係性がいまいちつかめず、曖昧な空気を作ってしまう。
ただ、二人で集まると、嬉しい気持ちになるのは間違いない。
会えると嬉しい。でも感情を表現する方法がわからない。そんなミーリアとアリアはもどかしい気持ちを覚え、視線を宙へさまよわせた。
無言の時間が数秒過ぎ、アリアがワンピース姿のミーリアを見て、何度も髪をかき上げると、ベッドへ手を差し出した。
「ミーリアさん、とりあえず、座ってくださいませ。自分が寝ているベッドに座っていただくのはちょっとその、恥ずかしいんですけれど……あまり時間をかけるのもまずいでしょう?」
「うん。そうですね。失礼します」
ミーリアが姿勢良くベッドに腰掛けた。
「アリアさん。光源魔法は使えますか?」
「ええ、使えますわ」
「じゃあ私は暗闇魔法をベッド周辺に使うので、お願いします」
アリアがうなずき、杖をテーブルから持ってくる。
ミーリアが周囲に光が漏れないよう魔法を使い、アリアが杖の先から光を出した。
これで二人の気分も切り替わった。
早速、ミーリアが魔法袋からデモンズマップを取り出した。
「魔法的なアプローチってどんなことですかね?」
「魔力の流れは見ましたの?」
「見ました。鑑定魔法を使ったんですけど……あまり上手くなくて」
「わたくしも習得したばかりですが、見てもよろしいですか?」
「もちろんです」
ミーリアは寝巻き姿のアリアにデモンズマップを渡す。
鑑定魔法は二年生からの項目だ。アリアは優秀であった。
アリアが両目に魔法を集中させた。
「では失礼いたします………………これは……なんて……複雑な……」
眉間にしわを寄せて、アリアが呻いた。
ミーリアもあらためて鑑定してみる。
(うげっ。やっぱり毛細血管みたいに複雑な魔法陣……鑑定しても何もわかんないよ)
鑑定魔法は自動解説してくれる便利魔法だ。
例えばりんごを鑑定すると『りんご、甘い、果物』と使用者に情報を教えてくれる。
精度が上がれば『りんご、糖度・中、ハマヌーレ産、西に分布』と情報量が増える。
魔力が流れていれば、その流れも把握できる。
(これ複雑すぎるね……色んな魔法陣が組み合わせてあるから……あっ……レントゲンみたいに部分部分を可視化できるようにして、そこに鑑定魔法使えばいいんじゃない?)
「アリアさん、ちょっといいですか?」
「何か思いつきましたの?」
「はい、試してみたいことがあります」
ミーリアは膨大な魔力を練り、デモンズマップの魔法陣を可視化できるイメージをふくらませる。しかし、失敗した。
「あの……ミーリアさん?」
「……」
集中しているミーリアの耳にアリアの声は届かない。
(レントゲンだとうまくいかないな……3Dホログラムみたいな感じならいける?)
電気屋のテレビコーナーで見た科学番組が役に立った。
五分ほどイメージをふくらませると、ミーリアは魔力を解き放った。
(魔力変換――解析ホログラム魔法、発動!)
ブゥンと重低音が響いた。
成功だ。
デモンズマップの上に複雑な魔法陣が空中投影された。
ブルーの線で可視化され、魔法陣の全容が明らかになる。
その異様な光景に、アリアは目を見開いた。
「あの、ミーリアさん……この魔法は一体……」
アリアが手で触れようとすると、するりと抜けた。3Dホログラムっぽく魔法で投影されているので触れることはできない。
「デモンズマップの仕掛けを可視化しました」
ミーリアはうなずきつつ、魔法陣に興味を引かれ、うーんとかふーんとか唸って、また魔力を追加した。画面を引き伸ばす仕草でホログラムを拡大する。
「まあ……!」
急に魔法陣が大きくなってアリアは驚いた。
聞いたことも見たこともない魔法だ。
「わたくしは……歴史に名を残す魔法使いと、おともだ……こほん……お知り合いになったんですね」
一瞬で魔法を作ってしまうなど天才の領域だ。
アリアは感嘆し、ミーリアを羨望の眼差しで見つめた。
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