第27話 アリアの考察
「この魔法陣、重なり合ってるみたいですね。えーっと、こうして……こうかな」
ミーリアがさらに両手を動かすと、魔法陣が全部で五段、空中に表示された。
慣れてきたのか、ミーリアは指をスライドさせる。
するとホログラムも回転した。
「アリアさん、下の段から部分的に鑑定魔法を使ってくれますか? 細切れに鑑定して、あとで繋ぎ合わせてみましょう。かなりの作業量になりそうです」
「え、ええ。わかりましたわ」
「おばあさまのために早く謎を解きましょうね」
「ミーリアさん……はいっ!」
アリアが笑顔でうなずいた。
その表情が素敵すぎて、ミーリアは照れて頭をかいた。
「えヘヘ……」
早速、アリアが鑑定魔法を端からかけていく。
メモ帳に羽ペンを走らせながら、アリアが口を開いた。
「ミーリアさん、いらぬ忠告かもしれないのですが、この解析ホログラム魔法は素晴らしいですわ。ですが、決して“王国魔法研究所”の職員さまの前で使わないでください」
頭をかいていたミーリアが動きを止めた。
「どうしてですか?」
「魔法を教えてくれと二十四時間追われる可能性が高いですわ……あそこの方々は、魔法に傾倒しすぎているので……」
(二十四時間追われるってストーカーかい!)
「わかりました。肝に銘じます」
「よかったです。くれぐれもお気をつけください」
「はぁい」
ミーリアがいい返事をして、二人は明け方まで鑑定に没頭するのであった。
◯
一週間が経過した。
毎晩、アリアの部屋へ転移し、解析ホログラム魔法を使ってデモンズマップを解析している。
ミーリアもアリアも寝不足であった。
合同授業では必ず二人は隣同士で座る。二人でいることが、すっかり自然になっていた。
今晩も、ミーリアはアリアの部屋へ転移し、解析ホログラム魔法で魔法陣を可視化している。
作業をしていたアリアが、ちょっとお話がありますと言いたげな視線をミーリアへ向けた。
「ミーリアさん、今日の合同授業中ですけれど……」
「はい?」
「お鼻にわさび魔法はいたずらがすぎますわよ」
「あれは、はい。ホントにごめんなさい」
ミーリア、鼻にわさびの匂い噴射魔法で怒られた。
「変な声が出てしまって……とても恥ずかしかったんですからね」
「……アリアさんごめんね? 眠いって言ってたから良かれと思ってですね……」
「わさびとは何なのですか? あのようなつんとする香り、嗅いだことがございません」
魔女教授の授業で居眠りをすると、即座に廊下へ立たされる。
眠気覚ましにはもってこいなのだが、アリアには刺激が強すぎたらしい。
「それから、まぶたに目を描いて起きているかのように見せる魔法は……見つかったらまずいと思いますわ」
「そうですかね? いい魔法だと思うんですけど」
(お笑い番組で見たネタが活きるとは思わなかったよ)
どうしても眠気に耐えられないときは、自分の瞳を魔法でトレースし、まぶたに貼り付ける、という魔法力の無駄遣いをしている。束縛魔法で全身を固定すれば、寝ているのに起きている風な学院生の完成であった。
傍から見ると不気味そのものである。
先ほどの授業も寝息が聞こえてきて、アリアが何度もペンでつついてミーリアを起こそうとした。しかしミーリアは起きない。そして、意外にも教師にはバレなかった。アリアにとって学院一スリリングな授業であった。
(アリアさんがクロエお姉ちゃんのように心配を……ありがたいね。居眠り魔法をもっと改良する必要があるね)
違う、そうじゃない、と言いたい。
「それはさておき、鑑定魔法をつなぎ合わせた感じはどうですか?」
ミーリアがアリアのメモ帳へと視線を向けた。
「そうですわね……五段ある魔法陣の二、三段はルール違反をした場合の呪いが組み込まれていると思います。四、五段は地図に関係した魔法陣だと思うのですが、正直わからないですわ」
「一番上の魔法陣はどうです?」
「ええ、少し気になる点があって……魔法陣のこの部分、魔力が注入できることを示しております」
アリアがホログラムの右端を指差した。
ティターニアにある程度習っているミーリアにもわかった。
「そうですね。でも、それが何かあるんですか?」
「ええ。よく見ると、二重線で記されているんです。ひょっとすると……所有者以外の魔法使いの魔力を注入できるのかもしれませんわ」
「ホントだ。アリアさん、よく気づきましたね。すごい」
「……たまたまですわ」
満更でもないアリア。
「ということは、誰かの魔力を注ぐことで、隠された何かが解除されるってことですかね?」
「そうかもしれません」
二人は顔を見合わせた。言いたいことは同じであった。
「あれですね……一人で解けって感じのルールなのに、ズルい仕掛けですね」
「本当ですわ。デモンズさまは性格が悪いかもしれませんわね……」
「ホントですよ……」
アリアがデモンズマップへ目を落とした。
「ミーリアさん、試してみますか? 私の魔力を注いでみるというのはどうでしょう?」
「ですね。やってみましょう」
「わかりましたわ」
アリアがそっとうなずいて、デモンズマップを両手に持った。
ミーリアは解析ホログラム魔法を切って、その姿を見守る。
息を吐いて、アリアがゆっくりと魔力をデモンズマップへと注ぎ込むと、羊皮紙が淡く光って、数秒で収まった。
ミーリアは顔を寄せた。
「今、光りましたよ。中に変化はありますか?」
「待ってください。ええと……」
ミーリアとアリアが顔を寄せてデモンズマップを覗き込む。
羊皮紙の下部分に、今までみたことのない文字が小さく浮かんでいた。
『所有者と補助者の二人で、四色の塔の花壇へ、向かえ。地下室への扉が開く』
「これは……!」
「地下室の扉……?」
ミーリアとアリアは顔を見合わせた。
デモンズマップの真相に近づき、胸が高鳴る。
「あれ? アリアさん、見えるんですか?」
「ええ、一文だけですが」
「よかったです。アリアさん、さすがですよ! ナイス謎解明」
ミーリアは嬉しくなって、ぐっと両手の拳を握った。
コミカルな動きをするミーリアを見て、アリアが微笑を浮かべた。
「ミーリアさんの魔法があってこそです。歴代の学院生が解けない理由がわかりましたわ」
「普通の鑑定魔法じゃ気づけなそうですもんね」
「デモンズマップ……地図以外の意味も隠されていそうですわね……」
「どうしましょう? 今夜はまだそんなに時間が経ってませんよ。……行ってみます?」
ミーリアが提案する。
「……ですわね。行ってみたいですわ」
アリアがうなずいたところで、ミーリアがはたと気づいた。
「アリアさん、いいんですか?」
「何がですの?」
「外に出るのは規則破りですよ。見つかったら……罰則一回です」
アリアはミーリアの目を真っ直ぐに見て、眉に力を入れた。
「些末なことです。参りましょう、ミーリアさん」
「そうこなくっちゃ! 行きましょう!」
◯
――アクアソフィア寮塔四階。
自室で勉強をしていたクロエは、胸騒ぎがして窓のカーテンを開けた。
眼下には月明かりに照らされた花壇と渡り廊下が遠目に見える。
(ミーリア、おへそを出して寝てないかしら……)
可愛い妹は最近、デモンズマップ解析に夢中だ。
クロエとしてはもっと二人で食堂に行ったり、勉強会などを開きたかった。それでも、あれだけ真剣にやっている姿を見てしまうと何も言えない。
加えて、中間試験も近いため、クロエはあまり余裕がない状態であった。
(公爵家三女のアリア・ド・ラ・リュゼ・グリフィスとやけに仲がいいみたいだけど、大丈夫かしら。あの子、公爵家と揉め事を起こしたりしないかしらね? 次女のディアナはああ見えて分別はあるからいいのだけれど……三女アリアがどんな子か私にはわからないし……)
クロエは美しい黒髪に指を通し、軽くため息をついた。
(しかし三女のアリアって子、ミーリアにえらく冷たいみたいじゃない。ミーリアはあんなにいい子なのに、どういう心持ちなのかしら? 純粋で、笑うと可愛くて、ちょっとそそっかしくて、それがまた可愛くて、髪はさらさらのもふもふで、誰よりも優しいの子で……)
妹の姿を思い出して、クロエは頬が緩んだ。
(ミーリアは三女アリアと常に一緒にいるという噂もあるわ……ああ、ああ、なんてズルいんでしょう。ミーリアを独り占めするなんてっ。私も一緒にいたいのよ……)
本音はどうやら最後の言葉であるらしい。
(公爵家三女がどういう人間かわからないから、学院生がミーリアにも近づきづらくなってるじゃない。あの子、友達がほしいって言っていたのに……本当にかわいそうだわ。試験が終わったら、お姉ちゃんがいっぱいお話ししてあげるからね)
そうと決まれば、試験問題を早々に打破するに限る。
クロエは席に戻ろうとカーテンに手をかけた。
そのときだった。
何かが闇夜を浮遊しているのが見えた。
(何かしら? 人? 二人いるわね……あのシルエット、ミーリアと公爵家三女アリア?)
食い入るようにして窓に顔を寄せるクロエ。どうやら見間違いではない。
二人はふよふよと花壇へ下りていき、見えなくなった。
(浮遊魔法……ミーリア……あなた何をしようというの……! 問題を起こしたら罰則一回では済まないのよ……?!)
クロエは勉強どころではなくなって、窓と机の間を行った来たり、一晩中うろつくことになった。
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