第25話 二人で謎を
「アリアさん、あの、私のほうこそ……デモンズマップのことを黙って手伝わせてしまい、本当にすみませんでした……」
ミーリアはアリアが話しづらい過去を話してくれたことが嬉しかった。
自分だったらどうだろうと考える。
高校生だった自分がクラスメイトに父親のこと、貧乏なことをカミングアウトできるかと言われたら、できなかっただろう。
そして自分の祖母がもし石化したら……アリアと同じように必死な気持ちで入学してきたことだろう。
日本で唯一の味方であった祖母を思い出し、ミーリアは涙がぽろぽろこぼれ、鼻水も垂れてくる。アリアのつらさが想像できた。
「もう……手伝ってくれてるじゃないですか。このまま一緒に、謎を解きましょう?」
「ミーリアさん……!」
苦しげにアリアが唇を引き締め、ミーリアから手を離した。
「わたくしは……公爵家の名を使って、あなたの優位に立とうとしていたことが恥ずかしいです……申し訳ありません……」
「そうだったんですか?」
「ええ……」
アリアは姉ディアナに、ドラゴンスレイヤーを牽制しなさいと言われていた。
だが生真面目なアリアの性格上、姉のように上手くできなかった。入学初日にミーリアから笑顔を向けられ、頬を指でつつくなどらしくない行動も取ってしまい、今思えば恥ずかしい。
敬愛する姉ディアナは性格こそキツく見られるが、誰よりも祖母の石化を解きたいと思っている。魔法の才能がなかった彼女は、石化解呪で散財し、傾きかけた公爵家の財政を立て直すことを目的として入学していた。派閥作りもそのためだ。
資金があれば、解呪方法の捜索を続けられ、アリアのバックアップもできる。
すべては祖母のため、公爵家のためだ。
「……」
――本当にこれでいいのだろうか?
アリアは思った。
了承してくれたミーリアがあまりに優しいため、彼女にお願いするのは違うのではないかと胸が痛くなる。自分は入学から約一ヶ月、つれない態度ばかり取ってきた。
それなのに、ミーリアはいつも笑顔だった。
公爵家三女だからと近づいてくる女子とも違った。
彼女だけが、アリア自身を見てくれていた。
――やはり、自分の力でどうにかしよう。
目をきつく閉じていたアリアが「すみません。やはりこの話は――」と口を開いたところで、ミーリアがずびぃと鼻をすすった。
「アリアさん、おばあさんのためですもん。公爵家だろうが何だろうか、使えるものは使ったほうがいいですよ……」
鼻をすするミーリアが可愛い顔をして姉と同じようなことを言うので、アリアは目が点になった。
「うちの実家、アトウッド家はですね、ひどいものでしたよ……。領主は脳筋、母は無干渉、次女は出戻り浮気の性悪女、婿養子は貞操を狙う変態、おまけに超貧乏でした。魔法でいかに快適に過ごすかが私の存在意義みたいなもので……あっ……すみません、ちょっと話がそれちゃったんですけど……」
ミーリアは言いたいことがうまく言えなくて、涙を袖で拭いた。
「私とクロエお姉ちゃん――お姉さまは劣悪なアトウッド家から抜け出すためにこの学院に来ました。家族に隠れて受験費用を貯めたり、入試のことは黙っていたり……だから、アリアさんの話を聞いて、私がイヤな気持ちになったりとか協力を拒否する気持ちにはなりませんよ。だって、それがアリアさんにとって大切なことなんですから」
ミーリアの言葉にアリアが目を大きく見開いた。
「だから、そんな顔しないでください。それに……私はアリアさんと一緒に、その……デモンズマップの謎を解けたら、嬉しいなと思いましたから……」
(……私……今すごく恥ずかしいこと言ってない……?)
ミーリアは自分が告白しているみたいに思えてきて、顔が熱くなってきた。
自分の言った言葉はどこかのイケメンが言いそうなセリフである。
頬がむずむずしてくるし、相手の顔を見ていられない。ミーリアはごまかすために、そそくさとポケットからハンカチを出して目と鼻を拭いた。
「……ッ」
アリアは自分の考えを先回りしてくれたミーリアに感謝し、涙ながらに何度もうなずいた。
しばらくして上品にハンカチで涙を拭き、アリアはミーリアに笑いかけた。
「ミーリアさん、ありがとうございます」
「あ……」
初めて見たアリアの笑顔は、図書館の精霊のように美しかった。
◯
翌朝、目覚まし魔法で飛び起きたミーリアは花壇へと向かった。
花壇の奥で、アリアと重力魔法を練習している。
ベンチに座って足をぶらぶらさせていると、アリアが銀髪ツインテールを揺らしながらやってきた。
「ミーリアさん……ごきげんよう」
心なしか、アリアの顔が赤い。
ミーリアも昨日散々泣いたせいか、どうにも顔を合わせるのが小っ恥ずかしかった。
「おはようございますっ」
羞恥をかき消すように挨拶をして、立ち上がった。
「重力魔法にします? それともデモンズマップについて話します?」
「そうですわね……重力魔法からお願いできますか? 急いては事を仕損じると言いますから」
ミーリアが普段どおりに接しようとしていたので、アリアも調子を合わせる。
ミーリアはうなずき、腕を組んだ。
「アリアさんは重力魔法を使えるようになっていますから、次は自分を浮かせるのにチャレンジしたらどうでしょう?」
「自分を?」
「はい。浮遊魔法は役に立ちますよ」
「ミーリアさん、あなたそんなことまでできるんですの?」
「そうですよ」
さも当然と言わんばかりのミーリアを見て、アリアは前々から聞きたかったことを思い浮かべた。
「あの、ミーリアさんは本当に一人でジルニトラを討伐したんですか?」
「そうですよ。私を見るとみんな信じてくれないんですよ。お気持ちはわかりますけど……騎士科のアムネシアさんに聞けばそのときのこと教えてくれますよ」
「わかりましたわ。あと、重力魔法の他にどんな高度な魔法が使えますか?」
「うーんとですね、あまり言うなって言われてる魔法が、たくさんです」
ミーリアは千里眼、転移、魔法電話、ソナー魔法などを思い描いた。
「今度、実演しますね。アリアさんなら信用できますから。あとで事情を話せば、クロエお姉ちゃん……お姉さまもわかってくれると思います」
「それはまた……」
アリアは目の前にいるのほほんとした優しい少女が、実はとんでもない魔法使いなのでは、と思えてきた。実際、重力魔法をあくびまじりに軽々使っている。
「楽しみにしておりますね」
「はい」
ミーリアはうなずき、思案顔を作った。
「あの、夜に一人で色々考えたんですけど、もしデモンズマップで有効な解呪方法が見つからなかったら、おばあさまのこと、私の師匠に話してもいいですか?」
「お師匠さまに?」
「そうです。師匠ほど魔法に詳しい人はいないと思います。石化は私も習っていなくて、聞けば何か教えてくれると思います」
「……ぜひ、お願いいたしますわ」
「アリアさんたちが六年かけて調べてたどり着いたデモンズマップも重要だと思います……。私なんかがあれこれ言うのも違うかもしれないんですけど、まずは目の前にあるものからやっていきましょう!」
「ミーリアさん……本当に心強いですわ。ずっと暗闇にいた自分に一筋の光が見えたような……そんな気持ちです。ありがとうございます」
アリアはミーリアの手を取り、胸に抱いた。
彼女は公爵家の期待を一身に背負って入学した。デモンズマップの存在が明らかになってからのプレッシャーはかなりのもので、脇目も振らずに魔法訓練と勉強に打ち込んでいた。孤独な戦いであった。
「……」
「……」
ホワイトラグーンの蜜を吸いにきた蝶が、ひらひらと二人の頭上を飛んでいく。
「……」
「……」
「あ……」
「……」
「……あ、あのぉ……アリアさん?」
「……なんでしょう?」
「そろそろ、お手手をですね……」
「あっ……すみません」
アリアはあわててミーリアから手を離し、顔を赤くした。
「私ったら……勝手にお手を取るなんて……」
「い、いや、いいんですよ! 全然、いいんですよ! 私の手なんて安いもんですよ! いつでもにぎにぎしてください!」
「……」
ミーリアが擁護すればするほど、アリアの顔が赤くなっていく。
しばらくして、ようやくアリアが復活し、重力魔法の練習に取り掛かった。
朝日がローズマリアのアーチを間を縫って二人を照らしている。
二人は朝食の鐘が鳴るまで、重力魔法の練習をした。
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