第24話 アリアの過去


 ――三週間が経過した。


 約束を交わしてからも、アリアの態度は相変わらずだ。

 それでも、重力魔法を通じて打ち解けてきた感はある。


 アリアとの関係をある程度築いたおかげか、ミーリアの浮ついていた気持ちも落ち着いてきた。


 鬱屈したアトウッド家から脱出した解放感や、クロエと会えた嬉しさで舞い上がっていた。入学するだけで何かが起こる! とワクワクしていた自分が今ではちょっと恥ずかしい。


 入学式以降は失敗もしていない。


 ミーリアは早朝の花壇でアリアに重力魔法を教え、授業は寝ないよう定期的にわさびの匂いを鼻に噴射する魔法を開発して乗り切り、放課後はアリアとともに学院の大図書館に行く、という一日のサイクルができあがった。


 現在、大図書館でデモンズマップのヒントを探している。


(婉曲的な質問をすれば、デモンズマップのルール違反にならないんだよね。『AはBですか?』はアウトだけど、『Aのこと詳しく教えてくれませんか』とか『Bの資料を探してください』とか『AならCですよね?』と言ってBを導き出すとか……今のところ大丈夫。毎回ヒヤヒヤするけど……)


 遠回しに質問していくなど、貴族的コミュ力が上がりそうであった。


(アリアさん本当に優秀だよなぁ……私より資料探すのが上手いし、博学だしね。特に魔法関連の知識はすごいよ。おかげでクロスワードが七割くらい埋まってきた)


 アドラスヘルム女学院の大図書館はデモンズが残した数多くの書物が収納されている。


 本城の中にあり、吹き抜けの空間だ。

 壁という壁に本が置かれており、本の森のようである。


(アリアさんと静謐な図書館が……絵になるね。お金を払ってでも絵画を描きたいって人、きっといるよ)


 目の前で本のページをめくっているアリアが放課後の夕日に照らされ、テーブルに長い影を作っていた。


「ミーリアさん。あなたが言っていた“サンサーラ侯爵の魔道具記録”の文章を見つけたわ。こちらをご覧になって?」


 急にアリアが視線を向けたので、ミーリアはあわてて本へと目を向けた。


「あ、はい。ありがとうございます」

「魔法陣を動力源の魔石に張り付けるという興味深い内容ですわね」

「ふんふん、なるほど。答えはマホウジン、か……」

「……何か言いましたか?」

「ああ、いえ、独り言です」


 アリアは何か言いたげにミーリアを見ると、両手をテーブルの上で揃えた。


「ミーリアさん、一つ質問があります」

「なんでしょう?」

「あなたの勉強法は少々おかしいと思います。無作為で連続性がありません」

「そうですかね……?」

「それに……あなたがデモンズマップを手にしていると噂があります」

「えっ?」

「魔法科一位の二年生が羊皮紙を持っていたあなたを見ております。あれはデモンズマップだと彼女が言っていたそうですわ」

「……」

「図書館の調べ物はデモンズマップに関係することですの?」


 アリアの目は真剣であった。

 突然の質問にミーリアは驚き、どう答えればいいのか逡巡した。


「そう……デモンズマップの所持者は本当に何も答えてくださらないんですね」


 あきらめを半分ぐらい張り付けて、アリアがぎこちなく笑った。


 ミーリアはアリアに三週間も手伝ってもらい、黙っていたことが心苦しかったのも事実だ。クロエからは他からのやっかみを警戒して「あまり人に言わないように」と忠告されていたが、アリアなら問題ないだろうと思った。


「アリアさん……見てみますか?」

「……!」


 驚くアリアの返事を待たず、ミーリアは魔法袋からデモンズマップを取り出した。

 テーブルの上に広げて、アリアが見えやすいようにする。


「まっさら……ですのね」


 アリアは何か文字が浮かんでこないかと、羊皮紙から目を離さない。


「やっぱりそう見えますか」


 ――所持者以外には白紙に見える。


 クロエにも見せて、実証済みだ。

 アリアは夕日に照らされたデモンズマップをじっと見て、思案を続け、おもむろに顔を上げた。


「ミーリアさん。お願いがございます」

「なんですか?」

「デモンズマップの謎を解くお手伝いをさせていただけませんか?」

「あの……アリアさんは、デモンズマップについて何か知っているんですか?」

「……少しだけ、知っております」


 そう言ったアリアの顔は憂いを帯びていた。



      ◯



 銀髪を軽く撫でてから、アリアが顔を上げた。

 彼女の目には悲しみが宿っている。


「まず、私の話を、誰にも話さないと約束していただけますか? 勝手なお願いではあるのですが……」

「……うん。秘密にしておきます」

「ありがとうございます。あなたの、その……優しさにつけこんでいるみたいで……」


 三週間、重力魔法を教わり、ミーリアが純粋な子であるとアリアは理解していた。


 あまり上手くないが一生懸命に教えてくれるのだ。ライバルだと宣言した相手なのに、意に介していない。それに、ミーリアののんびりした性格で魔古龍が討伐できるのか未だに疑問でもあった。


 ともあれ、そんな裏表のないミーリアを利用するような真似はできない。


 アリアはミーリアがデモンズマップを所持する事実を知ってから、すべてを話そうと思っていた。


(アリアさん……)


 まつ毛を伏せたアリアを見て、ミーリアは笑顔で首を振った。


「いいんですよ。放課後、いつも貴重な時間をいただいてるんですから」


 アリアはミーリアの答えに言葉を詰まらせて、胸に手を置いて大きく息を吸って吐いた。


 大図書館には二人しかいない。

 窓ガラスの外から学院生の笑い声が薄っすらと聞こえてくる。


「わたくしが六歳のとき――いまから六年前ですね」


 アリアが苦い思い出を吐露するような話し方で喋り出した。


「私と、ディアナ姉さまと、おばあさまの三人でチェリーピーチの群生地帯へ行ったんです。魔法使いの護衛付きで、馬車に揺られて……入学式の王都のように、周囲が満開の桃色に染まっておりました」


 アリアは六年前を思い出しているのか、宙へ視線をさまよわせた。


「公爵領の北に位置する山脈に群生地があります。わたくしたちは宿場町で二泊し、帰る予定でした。ですが……チェリーピーチの群生地帯に、魔古龍が現れたのです」

「魔古龍が……?」

「はい。もちろんそこは人間領域ですわ。ですが、強力な龍は人間の密集している地域以外には平気で出てくるそうです。目撃情報などない安全な場所でしたから、わたくしたちは戦慄いたしました」

「その魔古龍は、ジルニトラですか?」

「いえ。あなたが討伐したジルニトラではありません。……魔古龍バジリスクです」

「バジリスク……」


 ミーリアは某小説サイトの物語で、バジリスクの名前を見たことがあった。

 確か、石化をさせる魔物だったように思う。


「わたくしのおばあさまは“閃光”の二つ名を持つ高名な魔法使いでもありました。わたくしとお姉さまを逃がすために、護衛の魔法使いとともに戦い……そして……石化の呪いを……浴びてしまいました」


 アリアは話していてつらくなったのか、ポケットからハンカチを取り出して、涙を拭いた。


「申し訳ありません……。わたくしと姉さまは逃げることができたのですが、魔古龍バジリスクは傷を負って行方をくらまし…………それから、お父様、お母様が私財を投げ売っておばあさまを解呪をしようと様々な方法を探したんです。ですが……」


 ハンカチを握りしめ、アリアは目をきつく閉じた。


「おばあさまは石になったままで……」

「……そうだったんですね……」


 ミーリアは悲痛なアリアを見ていたら、涙があふれてきた。


 互助関係と言えど三週間毎日会っている。

 もう他人とは思えなかった。

 綺麗な顔が悲しみにゆがんでいると、ミーリアもつらかった。


「……お父様がジェイムス・ド・ラ・マディソン学院長とお話する機会があり、そこで学院長が『ウサギの呪いを解く方法が学院にある』と仰り、さらには『デモンズマップで隠された場所へ行ける可能性がある』とも教えてくださいました。人間をウサギにできる魔道具があるなら、石化を解呪する魔道具もあるのではないかと、お父様は考えました」

「そっか……アリアさんは解呪の魔道具が目的だったんですね」

「ええ……」


 ハンカチを目に押し当てて、アリアがうなずいた。


「ですので、魔法科一位になる必要があったのです」

「デモンズマップが貰えるから……ですね?」


 アリアは広げられたデモンズマップへ視線を戻し、深々と頭を下げた。


「ミーリアさん、申し訳ありません。わたくし、何でもやります。デモンズマップ解読のお手伝いをさせてください。馴れ馴れしくするななどと言っておいて……わたくし……」


 途切れ途切れに話すアリアを見て、ミーリアはテーブルに身を乗り出してアリアの手を握った。


 彼女の手は細くてひんやりしていた。

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