第44話 魔古龍メテオライト


 魔古龍メテオライトはアンバランスな体躯を動かす気はあまりないのか、何の前触れもなく魔法陣を五つ個展開した。


 紫色のあやしげな魔法陣に光が走り、隕石もどきのような巨大な岩が出現してミーリアに殺到する。岩は三階建てほどの質量にもかかわらず、時速二百キロほどで射出されミーリアに迫った。


(いきなり?!)


 ミーリアは瞬時に爆裂火炎魔法を構築し、連続で撃ち出した。


 爆発のベクトルを内側へと向けた爆縮する爆裂火炎魔法が大岩を木っ端微塵に粉砕し、空中に赤い爆発の花火が上がる。その熱量にちりちりと頬が熱くなった。


 衝撃と爆音に、住民たちから「きゃああ!」と悲鳴が上がる。


「ミーリア!」


 クロエが蛮族の長っぽい椅子付近から心配の声を上げる。


「大丈夫! 私が倒す!」


 拡声魔法で叫び返すと、右手を前に突き出し、爆発して落下しようとする大岩の破片をすべて重力魔法で止めた。


(倍返し……!)


 数千に粉砕された破片を、重力魔法で強引に撃ち返す。


(回転もプレゼント!)


 ライフル弾よろしく、数千の破片が今度は魔古龍メテオライトに殺到する。


 巨大な体躯では避けることもできないのか、魔古龍メテオライトは防護魔法を展開してそのほとんどを防ぎ切った。硬質な物質がぶつかり合う不穏な音が断続的に響く。


 防ぎ漏らした破片のライフル弾は魔古龍メテオライトの体躯に傷をつけた。


(あの鱗、かなり硬いね。ちょっとしか傷ついてない)


「グルルル……」


 魔古龍メテオライトはかすり傷を受けて不機嫌そうに唸る。


『ミーリア、聞こえる?』

『師匠! あいつ結構強いですよ』

『よく見なさい。首を覆っている鱗が多いでしょう? おそらく首が弱点だから進化の過程で防御するようになったのよ』

『なるほど。さすが師匠です』

『さっきのハンマーみたいな魔法を叩きつけて、動きが止まったところを仕留めなさい』

『了解です』

『ミーリア、前ッ!』


 ティターニアから注意喚起の声が飛ぶ。


 魔古龍メテオライトから、またしても隕石もどきが発射された。


 今度は七発。


 普通の魔法使いなら一瞬で消し飛んでしまうであろう物理的な魔法をものともせず、ミーリアは約二百キロで発射された隕石をカウンター魔法で受け止めた。


『大丈夫?!』

『だいじょぶ……です!』


 幾何学模様をした猫型魔法陣に魔力を注入すると、隕石もどきが動きを止めて魔法陣に吸い込まれていく。


 吸い込まれた代わりに巨大なチシャ猫が七匹、ぬるりと魔法陣から出現した。


「ね、猫だ! ミーリアさまがお出しになった!」

「俺たちは何を見ているんだ?!」

「絵にして残さねば!」


 ドラゴンの次に巨大な猫が出てきて住民たちが悲鳴や歓声を上げる。もう何が起きているのかまったく理解できていない。


 グリフィス家の騎士団は住民たちを避難させようとしていたが、全員が魔法合戦に釘付けになっていたのであきらめ、有事の際に行動できるよう臨戦態勢になっている。そして、見たこともない魔法を平気で撃ち出すミーリアの強さに痺れていた。


「やっぱりお姉ちゃんは……凄い」


 ドライアドのリーフはミーリアが蛮族椅子の横に出したダボラの頭に座って戦いを観戦している。


 七体の巨大チシャ猫は「ぶにゃん」と一声鳴いて、俊敏な動きで空中を跳躍すると魔古龍メテオライトに猫パンチをお見舞いした。


 でっぷりした腹の魔古龍メテオライトはその場から動かず、防護魔法を展開する。


「ぶにゃん」

「ぶにゃん」

「ぶにゃん」


 四匹目の猫パンチで防護魔法の魔法陣にひびが入り、次の猫パンチで完全に粉砕。


 六匹目が魔古龍メテオライトの横っ面に猫パンチをすると、長い首が真横に回転し、最後の一匹が脳天に猫パンチを決めた。


 魔古龍メテオライトは猫パンチの衝撃でふらふらの状態になり、墜落しかけるが、どうにか空中に踏みとどまった。


 チシャ猫はダルそうに鳴いてぺろりと肉球を舐めると、空中にかき消えた。


「おおお! 効いてる! 効いてるぞ!」

「すげえ! うちの領主さますげえ!」

「よくわからんがすっげえぞ!」


 見ていた領民たちから大歓声が上がる。


(結構タフだね。ジルニトラは猫パンチで吹き飛んだのに)


 ミーリアは魔法をイメージして右手を頭上に掲げた。


 ミーリアの小さな手に光り輝く棒が出現し、じわじわと棒全体がハンマーのように変形していく。


 集約していくとてつもない魔力に魔古龍メテオライトが危機感を覚えたのか、鋭い咆哮を上げて頭上に魔法陣を展開し、数百の硬質な岩の槍を作り上げ、ミーリアに向かって放った。


「ミーリア!」


 クロエから悲鳴が上がる。


 隕石もどきよりも速度重視で撃ち出された槍がミーリアを串刺しにしようと襲いかかる。


(ジェットロケット!)


 靴底にジェットロケット魔法を作って瞬時に自分を射出する。

 緊急用なので距離は短いが、槍を避けることに成功した。


(邪魔されると面倒だから、巨大なマジックアームで……!)


 右手で魔力ハンマーを構築しながら、左手にマジックアームを作成。


 相手を掴むだけの魔法であり、自分の手を大きくするイメージなので単純だ。莫大な魔力は万能さを発揮する。


 一瞬でマジックアームを伸ばして魔古龍メテオライトを拘束した。


「グルッッ!」


 驚愕した魔古龍メテオライトが抜け出そうともがく。


(あ〜、つかんだお腹がもにもにしてて気持ちいいかも)


 マジックアームをにぎにぎして、魔古龍メテオライトのでっぷりしたお腹の感触を楽しむミーリア。魔古龍メテオライトは苦しいのか、ぐへ、ぐげと唸っていた。


 そうこうしているうちにも右手の魔力ハンマーは大きくなり、天を覆い尽くさんばかりの巨大ハンマーへと変貌した。


「で、出た! 領主さまの魔法だ!」

「鬼神の鉄槌魔法!」

「煉獄の紅大槌!」


 領民は歓声を上げ、勝手に魔法の名前をつけている。娯楽の少ないこの世界において、今繰り広げられている魔法合戦は領民たちを興奮させるには十分であった。子どもたちは目を輝かせてミーリアを応援している。


(ん? そういえば拘束できたから轟爆衝撃槌しなくてもよくない?)


 ミーリアは弱点であろう魔古龍メテオライトの首筋を見る。


 すると、魔古龍メテオライトがくわと目を見開き、牙がずらりと並んだ口を開けた。


 魔古龍メテオライトに内包された魔力が集約し、光が集まっていく。


『ミーリア! 迎撃!』


 千里眼で戦いを見ているティターニアから指示が飛ぶ。


 魔古龍メテオライトはこのままでは死ぬと思ったのか、己の持つ魔力をすべてぶつける魔力弾を放とうとしていた。


 ティターニアの指示でミーリアはマジックアームを消し、距離を取って巨大魔力ハンマーを両手持ちした。


 野球のバッターのように構えるが、少々へっぴり腰である。


「グルルルルルアァアアァァアアッ!!!」


 魔古龍メテオライトから灰色と白が混じり合った魔力弾が撃ち出された。


 触れた物を破壊せんとする魔力弾は、ビリビリと周囲を振動させ、周囲をまばゆい光で覆い尽くす。


 ミーリアは狙いすまして振りかぶり、魔力弾に轟爆衝撃槌と命名したハンマーをぶち当てた。


(ふん……んんんんん!)


 数秒のせめぎ合いの後、ミーリアは全身を魔法で強化した。


 魔力弾と轟爆衝撃槌が衝突したことにより衝撃派が発生して周囲一体の木々がなぎ倒される。幸いにも町と領民はミーリアの作った防護膜が存在していたので無傷だ。


「おりゃああぁ!」


 ミーリアは見事、魔力弾を撃ち返した。


 弾き飛ばされた魔力弾は明後日の方向へ飛んでいき、数百キロ先で旅人を襲ってけらけらと笑い鳴きしていたダボラの群れに直撃した。ダボラは労災保険も使えず消滅。旅人たちは助かった。


 この地域に神の裁きが落ちたという伝記が残るのだが、ミーリアの知るところではない。


「いけ!」


 魔力弾を撃ち返したミーリアは、持っていた巨大魔力ハンマーを意図的に手放して、魔古龍メテオライトへと投げつけた。


(――追尾!)


 追尾機能を強引に付与すると、轟爆衝撃槌が魔古龍メテオライトに直撃。


 魔古龍メテオライトに当たった瞬間、爆裂火炎魔法が進行方向のみに射出されて大爆発を起こし、巨大な体躯は地面に叩きつけられた。


 空中で起こった大爆発と吹き飛んで明後日の方向へと消えた魔古龍メテオライトを見て、領民たちからは歓声が巻き起こる。


『まだ生きてる! とどめよ!』

『了解!』


 一方、ミーリアは地面に墜落して大事故を起こしたような魔古龍メテオライトに接近した。


 魔古龍メテオライトは地面に叩きつけられていたが、まだ息があるのかミーリアを恨めしそうに見ている。


「我がぜい肉となれ」


 ミーリアは魔古龍メテオライトのでっぷりとした腹を見て、食べる気満々の謎のセリフを残し、圧縮した風の刃を連続で放った。


 風の刃は魔古龍メテオライトの首筋に吸い込まれ、十撃目でその首を落とした。


 首と胴体が分かれ、ついに魔古龍メテオライトが沈黙した。


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