第18話 魔法袋


 ミーリアはラベンダー畑でクロエの手伝いをしていた。

 二人きりになったので、昨日の出来事をクロエに話した。


「……ごめんなさいミーリア。対策は考えていたのだけど、こんなに婚約が早いと思わなかったわ。ロビンお姉さまの嫁ぎ先がある程度決まってからだと思っていたの……」

「クロエお姉ちゃん、そんな謝らないで。また知恵を貸してくれる?」

「ええ、ええ、もちろんよ。可愛いミーリアのためだもの。私の頭が燃え尽きるまで考えますとも」


 クロエはミーリアを抱きかかえ、プロの手付きで頭を撫でる。


 通りかかった村人が「仲がいいですねぇ」と笑顔で会釈した。

 クロエがよそ行きの笑みを浮かべると、村人は満足したのか村の東側へと歩いていった。


「婚約が早まったのは村内の会合のせいかしらね?」


 クロエがミーリアを離して、ラベンダー摘みを再開した。


「会合?」

「年二回の商隊から何を買うかとか、村の揉め事とかを話し合ったりするのよ」

「あ、それで会合がどうとか言ってたのか」


 昨日、ミーリアが胡椒岩塩を出した後、中年ジャルーダが「どうにかミーリアお嬢様を我が家にいただけませんか?」「アーロン様からの提案です。約束を破るおつもりですか?」「会合での口利きはなかったことに」など、アーロンに言っていた。


 ジャルーダは千人いるアトウッド領内で発言力が強い。

 アーロンは苦い顔をしたが、貴重な胡椒岩塩の魅力には抗えないのか首を振っていた。


「ミーリア、ロビンお姉さまから嫌がらせは受けた?」

「うん。胡椒岩塩を見つけたら私によこしなさいってほっぺをつねられた」

「……血のつながったお姉さまにこんなこと言うのはアレだけど……、性格がねじ曲がっているわね」

「そうだね。地雷だよ」

「そうね、地雷ね」


 ミーリアが度々「地雷女」と言っていたので、クロエもすっかり言葉の意味を定着させていた。

 話しつつ、ミーリアが魔力を前方に飛ばす。


「クロエお姉ちゃん、あそこに上質なラベンダーがあるよ」

「ありがとう」

「どういたしまして」


 仲良し姉妹は互いに笑いあった。

 一面紫色のラベンダー畑で、高品質な花を見つけるのは一苦労だ。


(ソナー魔法で一発なんだよね。高品質ラベンダーは十メートルおきに一房の確率かな)


 だが、ミーリアのソナー魔法で簡単に発見できる。

 目視で探していたクロエはミーリアのおかげでだいぶ楽ができていた。


 ぷちりとラベンダーを摘んで、かごに納めた。

 三分の一の時間で目標の収穫量に到達しそうだ。


 実はミーリアがソナー魔法で選定しているラベンダーは最高品質の花のみで、選定の上手いクロエでも高品質、最高品質が混ざり合う。今年は魔力を限界まで内包したラベンダーがクロエのかごに集約されていた。


「早く終わらせておしゃべりしようね?」

「うふふ、そうね」


 もう話しているのだが、ミーリアはクロエとまだまだしゃべりたかった。

 春になると彼女は女学院へ進学するだろう。ティターニアが千里眼魔法で過去の受験問題を調べている。傾向と対策はバッチリであった。


(寂しくなるなぁ……)


 クロエがいなければミーリアは完全にボッチである。

 ティターニアは基本寝ているので話し相手には不向きだ。


「あ、そうだ。お姉ちゃん、受験料の支払いおめでとう!」

「あらあらミーリア、もう何回目のおめでとうかしらね?」


 クスクスとクロエが笑う。

 十一歳の彼女が笑うと周囲が輝くように見えた。


(私も王都についていこうかな)


 貴族の領地脱走は家で勝手に対処しろ、というのが王国側のスタンスだ。

 ただ、行方不明で騎士に捜索依頼をかけることもできる。


 もしミーリアに捜索依頼が出されるとクロエに迷惑がかかりそうだった。


(脱走はダメだよねぇ……)


 ティターニアも脱走は推奨していない。


『人間って面倒くさいからね。正式な手続きで出ていくのがいいわよ』


 意外にも美人エルフは常識人であった。


「次はあっちだよ」

「ありがとう」


 ミーリアはクロエに最高品質ラベンダーの位置を知らせる。


「お父様には胡椒岩塩を取ってこいと言われたの?」

「うん。週に一個見つけてこいって」

「無茶なこと言うわ……。子どもだと見つけやすいって迷信を信じているのかしら? おかげで婚約を回避できたわけだけど……。あと、お肉にかけた胡椒岩塩がよほど美味しかったのでしょうね」

「昨日食べてたもんね」

「取ってきたミーリアに食べさせもしないで」

「私はいいんだよ。ほら、いつもお姉ちゃんとこっそりおやつを食べてるから」

「それはそれ、これはこれよ」


 律義者のクロエらしい見解だ。


「功労者に報酬を与えないのはリーダーとして失格ね。ミーリアも覚えておきなさい」

「はぁい」


(私がリーダーになるとか絶対にないと思うけど)


 果たしてそうなのだろうか?


「ちょっとソナー魔法使うね」


 クロエに断りを入れて、広範囲に魔力を飛ばす。

 とある人物を探した。


 村内では見つからず、人間領域の森までソナー魔法を飛ばしてみる。


(婿養子アレックスは……大丈夫。まだ森の中だね)


 ミーリアはホッとため息をついた。

 長女ボニーの夫であるロリコン婿養子は、何かとクロエに接触しようとしてくる。


 彼にとって成長したクロエはたまらない女子に見えるらしい。

 嫌がる女子を抱きしめようとし、ふくらんできた胸を触ろうとするなど、言語道断であった。


(けしからん男だよね。よし……千里眼……いたいた……ブーツの底をよく狙って……これで君もガヤ芸人……スリップ魔法!)


 千里眼に魔力を経由させ、遠隔で魔法を発射。


 森の中を歩いていた婿養子アレックスが恥ずかしいぐらい思い切りコケた。

 後ろを歩いている領主アーロンに怒鳴られている。


(……成敗でござる……)


 脳内で侍のごとく納刀するミーリア。

 婿養子アレックスが最近浮かない顔をしているのはミーリアのせいであった。自業自得と言えた。


「ミーリア、ミーリア、戻ってきなさい」


 クロエに肩を揺すられて、視界をラベンダー畑へと戻した。


「また魔法? ひょっとして千里眼?」

「うん」

「色々できるのも考えものね……」

「どうしたの?」

「いいのよ。お姉ちゃんが考えればいいことだからね」

「はぁい!」


 ミーリアのやっていることを知ったら、クロエは卒倒するかもしれない。


「あとね、師匠と一緒にこれを作ったの」

「何かしら?」

「魔法袋だよ」


 ミーリアがポケットから黒いビロードで作られた巾着袋を取り出した。しぼりにビーズのような石がついている。


「私の魔力に反応して物を収納できるの。見ててね」


 嬉しそうに魔法袋を逆さにするミーリア。


 すると、袋からどさどさと音を立てて胡椒岩塩が落ちてきた。


 一つや二つではない。両手に抱えるほどだ。


「念のため魔法袋に保管しておこうと思ったんだ。いつでも出せるし、売ったらお金になりそうだしね! あと焼き肉にふりかけたらきっと美味しいよ。って……クロエお姉ちゃん?」


 クロエの目が点になっている。

 どうにか冷静になろうと呼吸をし、クロエが視線を胡椒岩塩から引き剥がした。


「……ミ、ミーリア……お姉ちゃんに教えてほしいんだけど……いいかしら?」

「なぁに?」

「その胡椒岩塩はどうしたのかしら? 師匠にもらったの?」

「ううん。ソナー魔法で探して、遠隔で掘り返して転送させたの。アトウッド領地に埋まっているやつ全部」

「ぜ、ぜんぶ……」

「そうだよ」


 どうしましょう、妹の言っている意味がわからないわ……、とクロエは困惑する。

 胡椒岩塩は地中内で時間をかけて形成される天然の調味料で、どのようにできるのか理由は解明されていない。アドラスヘルム王国西部のちょっとした特産品である。


 魔法袋なるおかしな収納袋。


 大量の胡椒岩塩。


 うちの妹、ひょっとしてとてつもない魔法使いなのでは……?

 そして、ありえないレベルの常識はずれなのでは……?


 クロエに一抹の不安がよぎる。


「どうして全部取ろうと思ったのかしら?」

「焼き肉食べ放題のためだよ?」

「そう……あなたが時々言っている焼き肉食べ放題ね?」

「うん! いつか一緒に食べようね? 魔法をもっと練習して、小金持ちになるから!」


 ぐっ、と可愛らしく小さな拳を握るミーリア。

 ラベンダー色の髪が風でふわりとなびいている。


 ミーリアは知らなかった。胡椒岩塩一つで金貨一枚の価値があることを。

 両手に抱える量。すでに一財産だ。


 クロエは嬉しそうに笑っているミーリアを止めるわけにはいかず、笑顔で頭を撫でた。


「人前で出さないようにね。アトウッド家には一ヶ月から二ヶ月に一個でいいわ」

「はぁい。それじゃ――戻れ」


 ミーリアが魔力を開放すると、胡椒岩塩が掃除機に吸い込まれるように、魔法袋へ戻っていく。


 クロエはあまりの便利さに目を見張った。

 そして、自分が一緒にいる間だけでも、ミーリアを自重させようと思うのであった。

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