第19話 転移魔法


 一ヶ月後、胡椒岩塩を母親エラに渡すと、家族のミーリアを見る目が変わった。


 ロビンからは探し方を教えろと毎日言われている。

 今日もリビングで、次女ロビンに声をかけられた。


「どうやって見つけたの? 教えなさい」

「……え?」

「胡椒岩塩よ! 偶然見つけるなんてあり得ないわ!」

「……ちょっと何言ってるかわかんないです」


 ぼんやりした表情でミーリアが言うと、ロビンの顔が赤くなった。


「チビ! こっちに来なさい!」


 ロビンにつかまりそうになると、母親エラが止めに入った。


「ロビン、やめなさい。ミーリアがかわいそうでしょう」

「……お母さま?」

「あなたの行動は目に余るものがあるわ。淑女らしく振る舞いなさい」

「……ッ! ……ッ!」


 ロビンの憤懣たるや地雷爆発寸前といった具合だ。

 凄まじい足音を立てて屋敷を出ていく。


 ミーリア、クロエ、四女、五女、母親エラがその背中を目で追った。


(地味マミィの鮮やかな手のひら返し。胡椒岩塩でアーロンの機嫌がいいからかな?)


 ロビンがいなくなると、空気が弛緩した。

 各自、無言で行動を開始する。


(朝早くに胡椒岩塩を渡したのは間違いだったかも……クロエお姉ちゃんに相談すればよかったよ)


 次は母親エラだけがいる時間帯に渡そうと思う。


「ミーリア、行きましょう。さ、手をつないで」

「うん」


 クロエの手を握って、二人でラベンダー畑に向かう。


 歩けば紫色の海が広がっていた。

 アトウッド家領内には無数のラベンダーが自生し、村人が区画を敷いている。


(畑っていうか、私有地みたいな扱いだよね。適当に区切ってるだけだし)


 ミーリアは見慣れた景色を眺めた。

 転生したばかりの頃は美しい光景だと思ったが、二年目ともなると大した感動はない。


 小麦が育たない土地だ。

 この村に住む人々にとっては呪いに近いのではないだろうか。


「今日は師匠のところに行くの?」

「うん。さっき魔法電話がかかってきたよ」

「寂しいけど気をつけてね。何かあったらすぐに魔法を使うのよ? あなたの身が何よりも大切なんだから。いいわね?」

「うん、わかってる」

「ホントのホントにわかってる?」

「わかってるよ、クロエお姉ちゃん」

「ああ、愛しのミーリア……離れ離れがつらいわ」


 クロエが高速なでなでを繰り出してくる。プロの手付きだ。

 ミーリアは気持ちよくてつい夢の世界に旅立ちそうになった。


(数時間の別行動でこれだもんなぁ。女学院に行くとなったら、どれだけ別れを惜しまれるんだろう)


 心配性のクロエと別れて、北へと移動する。

 決して走らず、ぼんやりした顔つきで歩く。


(よし、隠密魔法発動……)


 ミーリアはティターニアに教わった隠密系統の魔法を使うことにした。


(気配遮断をかけて……ソナー魔法……近くに人はなし……)


 使いこなせれば姿を消したり、気配を遮断できる便利な魔法だ。

 残念なことに、ミーリアには適性がなかったのか上達していない。魔力が膨大すぎるのか、自分自身に魔法をかけて透明化するなどは一切できなかった。


(気配遮断も、ちょっと気づかれにくくなる程度なんだよね。気をつけないと)


 ティターニアに「気配を消すのが下手すぎる」と何度も叱られている。

 師匠が弟子を心配するお小言だ。ミーリアは誰かに心配してもらえる。そのことがただ純粋に嬉しかった。

 周囲に気を配り、足を進める。


(ジャベルは……いないね)


 一度、商家の息子ジャベルに後をつけられたことがあった。

 胡椒岩塩の探し方が知りたいのか、かなりしつこかった。警察がいたら百回通報している。


(ソナー魔法で尾行には気づいたからね。最近は忙しいから減ったけど、またいつ来るかわからないよ。警戒警戒っと……)


 能天気なミーリアであっても、ストーカー行為は勘弁願いたい。魔法が露見すると大変なことになるのは明白だ。

 誰かとすれ違うことなく北側の森まで到着した。


(魔力循環……重力操作して、フライ!)


 ミーリアの身体が浮き上がった。


 一ヶ月かけて練習した、空中移動の魔法だ。


(師匠の家まで――自動操縦オートモード!)


 魔力を放出すると、目の前の景色が一気に変わり、自分の身体が木々を縫って飛んでいく。

 あらかじめ魔力の道を設定しておくことで、自動飛行を可能にしていた。


(楽ちん楽ちん)


 気持ちのいいスピードで飛翔して、ティターニアの隠れ家に到着した。


「師匠! おはようございます!」

「ふぁっ……ちょうどいま起きたとこよ」


 美人なのにだらしなくシャツをはだけさせたティターニアが、頭をぽりぽりとかいていた。

 庭で日光浴していたらしい。


「今日はどんな練習をしますか?」


 ミーリアは着地して、ティターニアのシャツをスカートに入れ、しわを伸ばした。


「……あっふ……ありがと……」

「見てました? 飛行魔法もいい感じですよ」

「当たり前よ。私が教えてるんだからね」

「そうですね」


 ミーリアが素直にはにかんだ。汚れを知らない顔であった。


 ティターニアは眠気の残った顔でミーリアを抱きしめ、髪の毛に顔をうずめた。

 彼女がやる最近流行りの行動だった。


「スーハースーハー……スー…………ス~……」

「匂いを嗅がないでください! あと当たり前のように寝ないでください」


 もがいても身長差があるため抜け出せない。


「ハッ……。また眠くなってきたわ。ミーリア、抱きまくらになってちょうだい。ベッドに行きましょう」

「イヤです。前、クロエお姉ちゃんに怒られたの忘れたんですか?」

「そりゃあ夕食の時間まで寝てたから怒られるのは当然よ。あの子、ミーリアのこと大好きだから心配しまくりだしねぇ。でも大丈夫、大丈夫。今日は目覚まし魔法をかけておくから」

「ダメですって。クロエお姉ちゃん、師匠の抱きまくらにされたって言ったら、私もやるって聞かないんですよ? 胸が大きくて苦しいんです」


 クロエの抱きまくらはガチ勢である。

 ミーリアを意地でも離すまいと両手両足で拘束してくるのだ。


(たまにならいいんだけどね……)


 かく言うミーリアもクロエに抱きしめられるのは嬉しい。

 三日に一度なら寝苦しくてもいいかなと思っている。


「師匠とは寝過ごすかもしれないので拒否します」

「ひどいわ……こんな可愛いエルフガールの抱きまくらになってくれないなんて……」

「ガールって……何言ってるんですか。師匠、百七十歳ですよね?」


 純粋なミーリアのツッコミに、ティターニアは抱いた腕をほどいた。


「私は百五十年寝てたから二十歳よ! 寝た分をカウントしないでよねっ!」


(身体強化……後方退避!)


 ミーリアは身体を強化して、ティターニアと距離を取った。

 魔力の強化スーツを着るイメージで成功した身体強化魔法だ。


「いい動きねぇ」


 ティターニアが恨めしげにミーリアを見つめる。


「それで師匠、今日は何をするんでしょうか?」

「そうねぇ……」

「私は転移魔法が希望です!」


 物体を移動させる転送魔法は使えるが、自分が移動する転移魔法はまだ習得していない。


 アドラスヘルム王国でも使える魔法使いは十人ほど。

 高難易度の魔法だ。


 王国では【転移魔法】【瞬間移動】などと呼んでおり、熟練者だと数名を連れて移動できる。

 全貴族が欲している魔法使いと言っても過言ではなかった。


「転移魔法……そろそろいい頃合いかもね」


 ティターニアが金髪をさらりとかき上げた。

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