第20話 天才or凡人


 ティターニアは内心焦っていた。

 金色の瞳を開閉して、長い耳を何度か動かした。


(私、転移魔法まだ使えないのよね……)


 転移魔法の難しさから、練習をサボっていたのだ。

 エルフであるティターニアはほとんどの事象を魔法として具現化できるが、転移魔法は未成功だった。


(どうしましょう……ああ、そんなキラキラした目で見ないでちょうだい……)


 師匠としての威厳がある。


 ティターニアは一年間指導をし、ミーリアという子の性格を把握できているつもりだった。


(私やクロエのことを家族以上に慕ってくれているわ。今までの生活が、ひどく寂しかったのでしょうね……。クロエの話だと、去年のラベンダー収穫期から急に聡明になったらしいけど、先祖返りみたいなものかしらね?)


 エルフは極稀に先祖の知識がよみがえる、“先祖返り”と呼ばれる現象が起こる。

 先祖返りを起こしたエルフは天才的な活躍をする者が多く、生きている間に様々な功績を残すという伝承があった。


(この子がねぇ……)


 ミーリアを見れば、期待に胸を膨らませ、深紫の瞳をぱちくりさせていた。


(眩しい! ミーリアの純粋さが眩しい!)


 ミーリアが心根の優しい子どもなのは疑いようがない。

 何をしても喜ぶため、ティターニアはつい甘やかしたくなってしまう。


 ティターニアは人差し指で、ミーリアの頬をつついた。

 クッキー、ウサギの肉、野草などバランスよく食べさせているおかげか、ミーリアは健康的に成長している。頬がぷにっとしてバラ色だ。


(やわらかい……いつぞや王都で食べた餅まんじゅうみたいね……)


 ぷにぷにとした感触が可愛らしい。


「師匠? どうかしました?」

「……なんでもないわ」

「転移魔法、教えてくれるんですよね?」

「どう教えるか考えていたの。少し待って」

「はぁい」


 ミーリアは手を上げて返事をすると、離れた場所で魔力循環の練習を始めた。

 妙に勤勉な女児だった。


(……膨大な魔力を三割使えるようになっているわね)


 ティターニアには両目に魔力を乗せて、サーモグラフィーのように魔力を可視する魔法を行使した。

 ミーリアの小さな身体が真っ赤に染まっている。


(相変わらずとんでもない魔力量ね……)


 ぐるぐると動いている魔力が三割、停滞している魔力が七割だ。


(魔力三割運用で千里眼、転送、念話、飛行を使えるって……末恐ろしいわ。でも、魔法の習得が早いとか、そういった点はない。エルフの優秀な子どもと同等って感じね。あ、そうか。センスの必要な転移魔法で、ミーリアが天才か凡人かはっきりするかも……よし。教えてみましょう。できる範囲で。私、使えないけど)


 好奇心もあって、ティターニアは本腰を入れて転移魔法の指導を決めた。


 空間系の魔法は生まれながらのセンスが問われる。

 魔力袋も空間系と言えなくもないが、一度作ってしまえば魔法使いなら誰でも使える便利グッズだ。転移魔法とは難易度が全然違う。


(どれくらいの時間で習得するかしらね?)


 一度決めてしまうと迷わないティターニア。早くもウキウキしてきた。


 一方、ミーリアは転移魔法を是が非でも習得したかった。


 瞬間移動は便利だ。

 焼き肉食べ放題の食材を集めるには最高の魔法ではなかろうか。


 加えて、金儲けにも有用な魔法だ。素材採取のために遠出をして、帰りは瞬間移動。遠方から遠方へ、誰かを有料で送迎してもいい。理想的な働きができそうで夢が広がる。


「ミーリア、お待たせ。こっちにいらっしゃい」

「はい!」


 ミーリアがたたた、と走ってきてお行儀よく背筋を伸ばした。

 ティターニアはエルフの長、通称クソジジイの教えを記憶から掘り起こした。


(ジジイの話を可愛いミーリアにするのは癪だけど、背に腹は代えられないわね)


「転移魔法は行ったことのある場所にしか移動できないわ」

「そうなんですか? 千里眼で見た場所もダメなんでしょうか?」

「ええ、そうなのよ。魔法使いが自ら行った場所でないと転移不可能なの」

「何か理由があるのでしょうか?」

「さあね。理由までは知らないわ」


(この子、普段はヌケてるのに賢いのよね。適当なこと言うと質問がバンバン飛んでくるわ)


 ミーリアは本気だ。焼き肉食べ放題ライフが脳裏にチラついている。

 ティターニアはミーリアの髪を撫でた。


「やり方は他の魔法と同じよ。自分の身体がその場所へ“魔力”で瞬間移動する光景を想像する。物質を転移させるのと同じ要領ね。全身を移動用の魔力で万遍なく満たす」

「移動用の魔力で満たす?」

「ええ。魔力を変質させるのよ。火とか水とかの応用よ」

「重力魔法と似てますかね?」

「……近いっちゃ近いわね。たぶん」

「わかりましたっ」

「全身へ均一にね。髪の毛やまつ毛なんかにも行き渡っていないと成功しないわ。あと洋服にも魔力をまとわせないと失敗ね」

「なるほど、なるほど」

「あとは自分のいる地点と、移動したい地点を、頭の中で結んで、距離をゼロにする……って感じかしらね」


 エルフの長の言葉を丸々ミーリアに伝えるティターニア。

 言うは易く行うは難し、だ。


(これむっずかしいのよね〜。さすがのミーリアでも習得は数ヶ月かかるでしょうね)


「ちょっとやってみます!」


 ミーリアが可愛らしく口を尖らせ、集中する。

 九歳の子どもだ。微笑ましかった。


 ティターニアの隠れ家には朝日が差し込み、小鳥が草をついばんでいる。


(平和ねぇ……)


 眠くなってきて、大きなあくびを一つした。


 そのときだった。


 ミーリアの姿がかき消え、森の入口に移動した。


(…………???)


「師匠、できました! 難しいですねこれ!」

「……………………そ、そうでしょう?」

「はい! 魔力が散ってしまうので、近くしか移動できなそうです」

「……ええ…………距離は後回しにして……精度を磨きなさい……」

「そうなんですね。わかりました」


(こ……この子、天才だわ……!)


 ティターニアは転移魔法を一発で成功させたミーリアの脳内を覗いてみたくなった。

 九歳児だから発想が柔軟なのだろうか。


(ミーリアに最も必要なものは一般常識だわ……間違いない……!)


 威厳がなくなるとか、そんな悠長なことを言っている場合ではなかった。


(この調子で魔法が上達すると王都上空に転移して、極大灼熱火炎魔法を打ち込むとか可能になるわ。人の役に立つことを教えておかないと……。万が一、憑依魔法で身体を乗っ取られたら大変よ。魔法への抵抗力の訓練も前倒ししてやりましょう!)


 ティターニアはまだ練習しようとするミーリアを呼んだ。


「ミーリア、ミーリア、大至急」

「どうしたんですか?」

「転移魔法を慣れないうちから連発するのは身体に悪いわ。今日の魔法練習は終了にして、座学にしましょう」

「はぁい」


(ミーリアが素直な子でよかった……! 本当によかった……!)


 ティターニアはエルフの母である世界樹に感謝をし、これからは面倒くさがらずミーリアに色々な話をしてあげようと方針を固めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る