第20話 花壇の掃除へ


「ふあぁぁぁぁああぁぁあぁぁっ」


 ミーリアはどこかのエルフ師匠のようなあくびをした。


 昨夜は夜中の三時半までクロスワードを解いていた。

 おかげで睡眠時間は三時間だ。


(目覚まし魔法がなかったら完全に寝過ごしてたよ……あと目覚まし魔法の音が大きすぎた……心臓止まるかと思った)


 同室のメンバーに迷惑をかけないよう脳内で特大のベル音が鳴る設定にしたのだが、あまりに音が大きすぎてダボラの襲撃かとベッドから転がり落ちてしまった。


(お尻が痛い……あと眠い……とりあえず魔力変換してヒーリング魔法っと)


 ベッドに落ちたときにぶつけた臀部をさすりながら、ミーリアは魔法を唱えた。


 お尻の痛みはすぐに引いた。

 ふらふらしつつも寝巻き用ワンピースを脱いで、女学院の制服に着替える。


(一晩読んでわかったのは、設問①から⑨⑨までは雑学とか王国の歴史、設問100番台は学院に関するもの、200番台は魔法について、300番台は魔物について、400番台は計算や商業関係って感じだったな。計算式は日本の記憶で結構解けたからね……ふふっ)


 クロスワードパズルを埋めていくのは、ある一種の快感だ。次も次もと止まらなくなる。


 着替え中もデモンズマップが気になってしまった。


 黒いローブ、シャツ、白のラインが入った紺色ジャンパースカート。腰のベルトには魔法袋。シャツの第一ボタンの部分にはアクアソフィアの証である、鮮やかな水色のリボンを結ぶ。ティターニアからもらったお気に入りの白いハイソックスを最後に穿いた。


 ちらりと部屋の中を見た。


(一人は起きてるみたいだけど、カーテンの内側から出てこないんだよね……。他の二人は寝てるみたい)


 きっちりと閉じられたベッドのカーテンを見て、ミーリアはため息をついた。

 見たところ互いに不干渉のようだ。


 スカーフを手にとって、鏡に向き直った。長いラベンダー色の髪をスカーフでハーフアップにまとめる。


(うん。どこからどう見ても新入生だね。本当に入学できたんだなぁ……初日から色々ありすぎた気がするけどね……牛が咲いたりとか、デモンズマップとか、罰則とか、罰則とか――)


 同室メンバーにはあとで挨拶をすればいいかと前向きに考えることにして、ミーリアはそっとドアを開け、四つの寮塔の中心部にある花壇へと足を向けた。例の罰則は本日から一週間欠かさず行うことになっている。


 アクアソフィア寮塔から出て、爽やかな朝日を浴びながら中庭の花壇に到着した。


(寮塔の花壇……すごく綺麗! ローズマリア、クレセントムーン、アクアソフィア、ホワイトラグーン……!)


 花壇には四色の花が咲き誇り、朝日に当たっている。

 真っ赤なローズマリアのアーチをくぐると、中のベンチで寝転がっている人影が見えた。


「あ、ザビーネ教授。おはようございます」


 ミーリアに罰則を言い渡したワイルド系の女性教師がそこにいた。


 黒の短いローブ、キャミソールのようなインナー、黒革のミニスカートに網タイツ、ブーツを履いている。バンダナのように腕へ巻いているのは水色のスカーフで、魔法科・アクアソフィア担当であることがわかった。髪型はウルフカットだ。


 彼女はミーリアに気づくと寝転がったまま顔を向け、さっぱりとした笑顔を作った。


「おはよう、ミーリア・ド・ラ・アトウッド。いい朝だな」


 起き上がる気はないらしい。


「そうですね。ぽかぽかしてて眠くなってきます」

「おまえ本当にドラゴンスレイヤーなのか? 魔力は多そうだが……昨日から思ってたが強者のオーラゼロだな」

「あの〜、……いちおう、ドラゴンスレイヤーです。ドラゴンさんが弱ってたので倒せた感じですね。オーラがないのは自覚してます……はい」

「ほう、そうか。弱っていたとしても魔古龍を倒せる魔力量を持ってることは間違いない。クシャナ女王のお墨付きもあるしな。よし、これから遠慮せず指導していくからな。アクアソフィアは知恵と叡智が象徴だ。忘れるなよ」

「はい!」


 ミーリアが気をつけのポーズを取っていい返事をする。


「それよりほら。これを見てくれ」


 ザビーネが起き上がって一枚の用紙を魔法袋から出し、ミーリアに手渡した。


「なんでしょう?」

「学院長から正式に認可が下りた。ミーリア・ド・ラ・アトウッドの罰則証明書だ」

「ばっそく……証明書……ですか?」

「よく考えてみろ。罰則が五回でスター一個剥奪だ。スターの個数は今後の進路に大きく響く。罰則は学院生にとって重く、意味のあるものなんだよ。そのため学院長が公平に精査して初めてカウントされる。気に入らない学院生に教師が次々に罰則を出したらすべてが台無しだろう?」

「そうですね」


(進路か……みんな一生懸命なんだね。クロエお姉ちゃんと私みたいに、貧乏な出の子もいるだろうな)


 ミーリアは領地からの脱出ばかりに気を取られていたが、学院の意義とここにいる学院生のあり方について考えさせられた。

 ザビーネはそんなミーリアを見て、口の端を緩めた。


「わかったならいい。今後は気をつけるんだぞ。心情としてはアクアソフィアの学院生に罰則をつけたくはないんだ。……などと聞いてハメを外すなよ。私はオマケなどしない。規則は守ってこその規則だ」


 適当そうに見えるザビーネは想像以上に理性的で分別のある教師であった。


「……はい。これからは気をつけます!」

「いい返事だ、ドラゴンスレイヤー」


 ザビーネはキリリとした眉を上げて、にやりと笑った。

 ミーリアはザビーネが学院生想いな教師で安心した。


「規則は寮内の掲示板に貼り出されている。よく読んでおけ。ああ、それよりもおまえの姉に聞いたほうが早いかもな」

「後で確認します」

「そうしてくれ。忠告しておくと、魔法科が他科の学院生に魔法による危険行為を行った場合、ほぼ確実に罰則一回だ。なんせ魔法は便利だが危険でもあるからな」

「そうですね……」

「ドラゴンスレイヤー、魔法は人を守るために使え。それを覚えておけよ。そうすればいざってときに迷わない。その信念さえあるなら、後は好きに使え。おまえの力だ」


 ミーリアは確かに、とうなずいた。


(魔法、あぶないもんね……本当に気をつけないと!)


「しっかし昨日の重力魔法は傑作だったな! 今思い出しても笑えるなぁ。あの問題児、グリフィス公爵家の次女がな……くくく」

「ううっ」


 ザビーネに笑われて、ミーリアは頬を赤くした。

 まさか真下に公爵家次女のディアナがいるとは思わなかったのだ。


「どうして重力魔法で横断幕を維持しようと思った? 無理があるぞ?」


 笑い終わったザビーネが寝転がった状態から起き上がり、あぐらをかいて、ミーリアを指差した。


「えっと、そうですね。もっと横断幕をピンとさせたかったんです」

「そうか」ザビーネはうなずいた。「チャレンジ精神は認めるが、重力魔法の使い方じゃないぞ。やめておけ」

「うーん。そうですかね? 効果範囲を空中に固定すれば大丈夫だと思いますよ」

「それはできるだろうがな、一箇所だけ固定しても、相方の風魔法で横断幕が揺れるだろう?」

「そうなんです。なので、昨日は上向きベクトルと横向きベクトルの重力魔法を使ったんですよ。二箇所固定すれば横断幕もぴらぴら動いたりしないので――」


 ザビーネが怪訝な表情になった。


「ベクトル? なんだそれ?」


(あっ! また必死に説明してたら癖で……)


 ミーリアは「えーっと、そのー」と言葉を濁し、どう説明すればいいのか考えた。


「で、ベクトルとはなんだ? おまえが作った魔法か?」


 ザビーネが追加で質問を投げてきた。

 ミーリアはわたわたしながらも口を開いた。


「なんというかですね、私が命名した、矢印? 方向? のことです。こういう感じで、いろんな方向に魔法の行く先を決めるイメージに便利です」


 身振り手振りで説明するミーリア。


 人差し指を伸ばして上へ下へと動かしているので奇妙な踊りにも見える。クロエがこの場にいたら「変だけど可愛いダンスね」と顔をほころばせただろう。


 ザビーネがベンチから下りて立ち上がり、黒革ミニスカートのベルトにさしていた杖を取り出し、くるっと一回転させた。


「あっ」


 ミーリアが手に持っていた罰則証明書が宙に浮いた。


「ミーリア・ド・ラ・アトウッド、風を起こして揺らしてくれ」

「えっと、はい、わかりました……こんな感じでいいですか?」

「いいぞ」


 四色の花が咲き誇る花壇の空中にミーリアの罰則証明書が浮き、風でゆらゆら揺れる。


「横向きの、ベクトルだっけか? 要は横に引っ張る重力魔法を使えばいいんだな?」

「そうです!」


 ザビーネが真剣に宙を見ている。


 傍から見ると罰則証明書が白日の下へ晒されているだけである。


 朝の散歩をしにきたのか、渡り廊下を通って中庭へやってきたホワイトラグーンの学院生二人がザビーネに一礼する。そして朝日に照らされた罰則証明書を見て不思議そうな顔をし、去っていった。


(私の失敗が丸見えっ! 教授ぅ……!)


 ようやく気づいたミーリアが両手をばたばたさせて、ザビーネにアピールした。


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